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バイデン大統領訪日時に発足させるインド太平洋経済枠組み(IPEF)とは何か?

2022/05/20

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関税を引き下げる市場開放に踏み込まない経済圏構想

バイデン米大統領は5月22日~24日に日本を訪問する。訪日期間中に、米国が主導するインド太平洋地域の新たな経済圏構想、インド太平洋経済枠組み(IPEF)を発足させる予定だ。その狙いは、民主主義的国家による経済協力・連携であり、中国への対抗を強く意識した事実上「中国封じ込め」の枠組みとなるだろう。

アジア地域では、中国が主導してきた東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が今年1月に発効し、また中国は環太平洋経済連携協定(TPP)にも参加を申請している。他方、米国は、トランプ前政権がTPP交渉から離脱している。日本は米国にTPP加入を呼び掛けているが、米国内では海外の安価な製品に雇用を奪われることへの警戒感が労働者の間に根強く、米国のTPP参加は現時点では見通せない。

その結果、アジア地域の貿易では、中国の存在感が高まる一方、米国の存在感が低下する方向にある。この状況を変えるため、バイデン大統領が2021年10月末の東アジアサミットで、新たな経済圏構想を打ち出した。それが、IPEFである。

ただし、これは加盟国内での自由貿易の推進を主目的にした自由貿易協定(FTA)、経済連携協定(EPA)とは全く異なるものだ。参加国が互いに関税を引き下げる市場開放には踏み込まないのである。

IPEFは、①貿易、②供給網(サプライチェーン)、③インフラ・脱炭素、④税・反汚職、の4分野で構成され、それぞれの分野で政府間協定を結ぶ交渉が始められる見込みだ。分野ごとに参加国は異なることになる。参加国が原則同一の条件を受け入れるFTA、EPAなどとは異なり、かなり緩い連携の枠組みとなるだろう。また、貿易協定ではないため、各国議会の承認も必要ない。米国内では「紳士協定に近いもの」との見方もされているようだ。こうした緩い枠組みが実際どの程度機能するかは、未知数である。

日本はIPEFに参加を表明

具体的な内容はまだ公式には明らかにされていないが、①貿易の分野では、デジタル、労働、環境で新たなルールを設けることが検討されている模様だ。そこには、企業にサーバーの設置義務を課してデータを自国内に保存させる「データローカライゼーション」規制の緩和なども含まれる。②供給網(サプライチェーン)の分野では、各国で半導体などの戦略物資について在庫や生産能力といった情報を共有する体制を整える。③インフラの分野では、中国の広域経済圏構想「一帯一路」に対抗して、低利融資などの支援策をまとめる見通しだ。

日本は、既にIPEFに参加する意向を表明している。日本以外に韓国をはじめ日本、インド、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、フィリピンなどが参加する見通しだ。さらに米国は、貿易面で中国の影響力が大きくなっている東南アジア諸国連合(ASEAN)の参加も呼び掛けている。マレーシアは参加の方向に傾いており、それ以外にタイ、インドネシア、ベトナムは検討中である。米国は台湾の参加も検討しているとみられるが、その場合には中国の反発を恐れてASEANの国々が参加を見合わせる可能性もあるため、台湾の参加はハードルが高そうだ。

米国の中国包囲網戦略には一定の距離感も必要

日本は、米国などとの連携を視野に中国への対抗を強く意識した経済安全保障推進法を成立させたばかりだ(コラム「経済安全保障推進法成立へ。企業活動への過剰関与のリスクも」、2022年5月11日)。しかし、経済的に中国離れ(デカップリング)を進める方針の米国と日本の立場は同じではない。特定分野では中国への過度の依存度を低下させながらも、引き続き中国経済との密接な関係を維持することが、日本の国益の観点からは求められるだろう。

米国主導のIPEFのもとで中国から生産拠点を一気に引き上げるなどの急速な国内回帰を進めることになれば、それは日本経済の効率性を低下させ、また国民に割高な国内製品を購入させることにもなってしまう。また、IPEFのもとで中国を過度に刺激することは、両国の経済環境をいたずらに悪化させることにもつながり、日本の国益に適わない。

対中国の経済安全保障政策では、米国との連携強化を図りながらも、米国とは異なる日本の立ち位置を模索し、日本の国益に資するという観点から、米国とは一定の距離感も意識してとることも必要なのではないか。

(参考資料)
「米、新経済枠組み発足を表明 日本も参加へ」、2022年5月18日、日本経済新聞電子版
「米主導の新経済枠組み、日本で発足 中国対抗へハードル」、2022年5月18日、日本経済新聞電子版
「韓国、米国主導の経済同盟「IPEF」参加を決定」、2022年5月18日、朝鮮日報
「米主導の新経済圏「IPEF」発足へ=バイデン氏訪日時―インド太平洋枠組み」、2022年5月18日、時事通信ニュース

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