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ウクライナ問題は空前の食料危機と貧困・飢餓問題に発展

2022/06/17

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食料輸出規制を食い止める国際協調が機能不全に

世界貿易機関(WTO)の最高議決機関となる閣僚会議が6月12日、スイスのジュネーブで4年半ぶりに開催された。最大の議題は、ロシアのウクライナ侵攻で懸念が高まる食料危機への対応である。

WTOに加盟する56の有志国・地域は、ウクライナ支援で連帯を表明する共同声明を12日に発表した。そこでは、ロシアによるウクライナ産穀物の略奪などが強く非難されている。しかし、この共同声明に加わったのは、全加盟国・地域の3分の1程度にとどまったのである。先進国による対ロ制裁に反対している中国やロシアと伝統的に友好関係にあるインドなどはこれに加わっていない。

食料危機を深刻にしているのは、多くの国が導入している食料の輸出規制であるが、そうした保護貿易主義の拡大に歯止めをかけるために各国が足並みを揃えることは難しくなっている。G20(主要20か国・地域)や国連でも見られる先進国と新興国の分断、国際協調の綻びは、WTOでも顕著である。

国際食料政策研究所(ワシントン)によると、ウクライナ侵攻以降、合計26か国が食料や肥料に対して全面的な禁止措置のほか、税制措置や特別認可制度などの輸出制限を導入している。

現在、数十種の食料が輸出規制の対象となっている。アルゼンチンは牛肉、ガーナはトウモロコシ・コメ・大豆の輸出を禁止している。イランはジャガイモ・ナス・トマトの輸出を禁じ、レバノンではアイスクリームやビールの輸出も禁じられている。

過去にも、貿易規制が食料品価格を押し上げてきた。コメ価格が113%高騰した2006~08年について分析した2012年のある論文によると、値上がり分のうち40ポイントは貿易政策が要因である可能性がある、と指摘している(ウォールストリートジャーナル紙)。

ウクライナからの穀物輸出に大きな支障

ロシアがウクライナの港湾を占拠し、黒海周辺の船舶の航行を阻止したことで、ウクライナ産の穀物が輸送されるルートが閉ざされてしまった。このため、穀物は自動車や列車でウクライナ西部の国境まで運ばれるか、あるいはドナウ川を下ってルーマニアで船舶に積み込まれている。しかし、戦争により橋や道路が破壊されたことが、陸路での食料輸出を難しくしている。

ウクライナ産の穀物の多くは現在、貨車で国境を越えてポーランド・バルト海沿岸にある港湾に送られている。欧州連合(EU)によると、穀物用貨物列車がEU諸国の国境で待機する平均日数は現在16日間で、一部には30日間に達する場合もあるという。また、トラックの待機時間が12時間以上になることもあるという。

ソ連時代からのウクライナの鉄道は、隣接する大半のEU諸国よりも幅の広いゲージを採用していることが、貨物での食料輸出をさらに難しくしている。ウクライナからの貨物は、国境沿いで、クレーンでつり上げて、別の列車に移す必要がある。そこに時間がかかっているが、その作業を行う人の不足も大きな障害になっているのである。

前例のない飢餓と貧困の波

国連食糧農業機関(FAO)によると、ロシア産小麦の輸出シェアは19%と世界最大であり、ウクライナ産の9%とあわせると世界の小麦輸出の約3割を占める。ウクライナとロシア産の小麦の輸出は、エジプトやトルコなどの中東やアフリカ諸国が中心である。

ウクライナ産小麦への輸入依存度の高い中東・アフリカ諸国は、食生活に欠かせない小麦に調達が難しくなると、食糧危機に直結するのである。米国やカナダ産の輸入小麦などに切り替えれば問題は緩和されるようにも思えるが、中東・アフリカ諸国は今まで相対的に低品質で安価なウクライナやロシア産小麦に頼ってきた。輸送コストも含めてかなり高価な米国やカナダ産の輸入小麦に簡単に切り替えることはできないのである。

国連は6月8日に報告書を公表し「穀物価格の上昇などによって、94か国の16億人が影響を受けている」と指摘した。またグテレス事務総長は、「前例のない飢餓と貧困の波を引き起こす恐れがある」と強い懸念を表明している。

干ばつといった自然災害なのではなく、ロシアによるウクライナ軍事侵攻、黒海封鎖、ウクライナの橋、道路、鉄道設備の破壊、そして多くの国による輸出規制措置が、食糧危機を深刻にさせている。まさに人災によって、前例のない飢餓と貧困の波が引き起こされているのである。

(参考資料)
"Export Curbs Spread Globally, Adding to Food-Inflation Pressures", Wall Street Journal, May 26, 2022 "Bombed Bridges, Closed Ports Keep Ukrainian Grain From a World That Needs It", Wall Street Journal, May 31, 2022 「ウクライナ産小麦9割減、食糧高騰、データ点検、中東など代替調達難しく」、2022年6月14日、日本経済新聞 「WTO、危機下で分断鮮明 閣僚会議開幕 ウクライナ連帯、加盟国3分の1どまり 物流や食料など利害対立」、2022年6月14日、日本経済新聞

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