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ロシア産石油の価格上限措置は機能するか

2022/06/30

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対ロ制裁がロシア以上に先進国の打撃となっている可能性

6月28日に閉幕したG7サミット(主要7か国首脳会議)では、ロシア追加制裁の一環として、声明文に「ロシア産石油の取引価格に上限を設けることを検討する」との文言が盛り込まれた。その狙いは、対ロシア制裁の実効性を高めることと、世界の原油市況の上昇を抑えること、の2点である。

先進各国は、自国の経済が犠牲になることを覚悟のうえで、ロシアからのエネルギー輸入を削減、停止する措置を今まで講じてきた。既に米国、カナダはロシア産エネルギーの輸入を停止している。また欧州連合(EU)、英国、日本も段階的なロシア産原油輸入の段階的停止を決めている。

しかし、それが期待していた効果を上げていないとの認識があるのだ。こうした措置によってロシアの原油輸出数量が減少しても、世界の原油需給のひっ迫を反映して価格が一段と上昇すれば、その分、ロシアの原油輸出収入の減少額は小さくなる。原油輸出数量の減少率を価格上昇率が上回れば、制裁措置によってロシアの原油輸出収入はむしろ増えることになってしまうのである。

他方で、ロシア産原油輸入の停止という制裁を掛ける先進国側では、ロシア産原油の輸入減少が経済活動に打撃を与えることに加えて、他地域から代替輸入する原油の価格が上昇すると、まさにダブルパンチを浴びてしまう。ロシアに打撃とならず、先進国側にのみ打撃となるのであれば、制裁を掛ける意味がなくなってしまう。

そのため、制裁措置によるロシアの打撃を高め、先進国の打撃を弱めるために、今回のG7サミットでロシア産石油の取引価格に上限を設けることを検討することにしたのは自然なことであったかもしれない。

G7以外の国々の協力が得られるか

しかし価格に上限を設定する措置が有効に機能するかどうかについては、なお疑問が残る。G7各国は既にロシア産原油輸入禁止の方向を決めている。従って、ロシアからの輸入原油の価格に上限が設定されるのは、G7以外の国々となる。それをG7サミットの場で決めることに無理があるのではないか。それを承知で、G7サミットの声明文に価格上限の設定を盛り込んだ点に、対ロ制裁措置の手詰まり感が透けて見えるとも言える。

G7サミットでは、上限価格を守らない場合には、欧州企業が多い石油タンカーの船舶保険や輸送の制限を行うことが検討されているという。しかし、G7以外の国、企業がそうしたルールに従う保証はない。形式的に受け入れても、ルールを守らずに上限を上回る価格でロシア産原油の確保に動く国は出てくるのではないか。

他方、上限価格設定によって、世界の原油市況がその分下振れれば、産油国から批判が上がることになるだろう。

米国やEUは2012年にイランの核開発疑惑を受けて、イラン産原油の海上輸送にかかる保険の提供を禁止した。その制裁措置によって、イラン産原油の輸出量は大幅に減少した。G7はこの時の経験を生かそうとしているのだろうが、価格上限の設定は、保険を通じた輸出制限措置と比べてもかなり複雑だ。

脱炭素化の政策と逆行も

さらに、世界の原油市況の上昇を抑えることは、原油の需要増加を促し、脱炭素化の政策と逆行してしまう面もある。ロシア産原油、天然ガスへの依存度が特に高かったEUでは、ドイツなどが石炭火力に再び頼らざるを得なくなっており、脱炭素の取り組みは足踏みとなっている。

今回のG7サミットの共同声明には、「気候変動対策に意欲的な国を集めた「気候クラブ」の2022年末までの設立を目指す」との文言が盛り込まれた。これは、議長国ドイツが主導してきた国際枠組みであり、脱炭素に取り組む企業を守るEUのルールを広げることが念頭にある。

しかし、脱炭素化をリードしてきたEUにおいて、対ロ制裁の影響で脱炭素の取り組みの見通しが厳しくなってきたのである。そうした中、先進国以外でも脱炭素の取り組みが後退してしまうことを防ぐことができるかどうかについても、不確実性が増している。

G7の世界のリーダーシップと問題対応力は低下

先進国による対ロ制裁の実効性を高めるには、先進国が制裁による返り血を我慢して受けるだけではもはや済まなくなってきた。新興国の協力がなければ、それは実現できない局面へと入ってきたのである。

しかし他方で、ロシアのウクライナ侵攻を契機に、先進国と新興国との利害の対立は強まり、G20、国連、世界貿易機関(WTO)閣僚会議などの機能不全が際立ってきている。世界のリーダーとしてのG7の役割は、明らかに低下し、世界全体が抱える問題への対応力も低下してしまっている。

(参考資料)
「深まる食料危機、対応急ぐ――石油価格上限制を導入へ ロシアの戦費抑制、実効性が課題」、2022年6月29日、日本経済新聞
「G7、石油価格に上限検討 ロシア産、戦費転用のおそれ」、2022年6月29日、朝日新聞

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