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日本でも財政健全化のためペイアズユーゴーの導入検討を

2022/07/15

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財政健全化の方針堅持が重要

参院選挙後の政府の財政政策で大きな注目点となるのは、補正予算編成を伴う物価高対応の大規模経済対策、来年度予算に向けた防衛費の大幅増額、新しい資本主義実現のための重点投資となる。いずれも新たな財源を確保しないで実施すれば、財政環境の一段の悪化を招く。

先般の骨太の方針策定に至る過程で、自民党内では2025年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を修正し、歳出拡大の制約とならないようにする働きかけが強まった。現在、党内は財政拡張路線と財政健全化路線とで割れている状況だが、前者の力が高まってきている印象だ。

財政健全化のために大幅な歳出削減や大幅増税を実施し、経済に大きな打撃を与えることは現実的ではない。現在の国債発行残高の水準を見ると、ここまで悪化した財政環境を短期間で立て直すことは不可能だ。中長期の課題として財政健全化の方針をしっかりと堅持して、時間をかけて財政再建に取り組むことが現実的な方法だろう。

日本経済は非常事態ではなく実力に見合って低位で安定した状況

足元では、日本経済の置かれた状況が異常である、いわゆる非常事態であることを理由に、国債発行による財政拡張策を正当化する動きが強まっている。足元だけでなく、日本経済の非常事態を理由に、過去10年近くにわたって異例の金融緩和、財政拡張策が実施されてきたのである。

確かに日本経済はかつてと比べて成長する力を大きく失った状態にあるが、実力に見合って低位で比較的安定している状況と言えるだろう。現在の物価高は確かに消費活動の逆風ではあるものの、例えば過去の感染拡大時と比べれば、個人消費への打撃は相対的には小さい。こうしたもとで、国民の危機感をいたずらに煽って、異例の金融、財政政策を長く続けていれば、副作用が積み上がり、経済の力はさらに落ちてしまうだろう。

財政にフリーランチはないのであって、「国債発行で財源を調達すれば誰にも痛みは及ばない」と考えるのは誤解だ。国債発行による財源調達は、将来に向けた国民の負担となり、将来の需要を前借りするに過ぎない。さらに、財政の拡大は民間経済活動に悪影響を与えるクラウディング効果を生じさせる。その結果、経済の成長力は一段と低下し、国民生活を圧迫するようになってしまう。

「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」など米国の財政健全化措置を参考に

米国では、1980年代のレーガン政権時に、軍事費拡大や積極減税策によって財政は大幅に悪化し、財政赤字と貿易赤字とが共存する「双子の赤字」の問題が、長期金利の上昇、ドル安、株価下落など金融市場を揺るがした。このように米国では、金融市場が警報を発する形で、財政健全化の重要性を国民が強く認識したのである。このことが、レーガン政権に続くブッシュ政権のもとで、財政健全化が迅速に進んだ背景にある。他方日本では、金融市場がそのような反応を示さないため、市場の力で財政を健全化させる自浄作用は働きにくい。

ブッシュ政権以降に米国でとられた財政健全化策は、日本でも参考にすべきではないか。ブッシュ政権時には「1990 年包括財政調整法」が成立し、「ペイアズユーゴー(Pay-As-You-Go)原則」と「キャップ制」が導入された。その後、1993 年1月に発足したクリントン政権でも、ブッシュ政権による財政再建の枠組みは踏襲された。また米国では1917年から、債務上限が法律で定められており、これも財政悪化に歯止めをかける仕組みである。

「ペイアズユーゴー原則」とは、新規の施策や制度変更を通じて義務的経費の増加や減税を行う場合には、同一年度内に他の義務的経費の削減や増税などの措置を行わなければならないとする制度である。十分な相殺措置がなされていないと判断される場合には、歳出が一定の割合で一律に削減がなされることになる。

「キャップ(Cap)制」 は、裁量的経費に上限を設ける仕組みであり、根拠法は「2011 年予算管理法」である。当該年度の歳出予算法における裁量的経費の総額が法定上限を超えた場合には、歳出の一律削減がなされることになる。

プライマリーバランスの黒字化目標は機能してこなかった

日本で現在議論されている歳出増加は、社会保障費など制度によって決まる義務的経費ではなく、裁量的経費である。裁量的経費を増額する場合には、その財源を新規の赤字国債の発行ではなく(建設的支出増加を建設国債の発行で賄うことは許容される)、他の裁量的支出の減額、あるいは増税によって賄うとする「ペイアズユーゴー原則」、あるいは裁量的経費に上限を設ける「キャップ(Cap)制」の導入を検討すべきではないか。また、近年では与野党の政治的駆け引きに使われてしまっている感は強いが、法定の債務上限についても、導入を検討する価値はあるのではないか。

米国よりも格段に経済規模で見た政府債務の水準が大きい日本で、財政健全化を促すこうした制度が導入されていないのはおかしい。プライマリーバランスの黒字化目標を掲げるだけでは、財政健全化に目立った効果を発揮してこなかったのが、今までの経験である。

財政の本質に立ち返れ

そもそも財政とは、国民から集めた資金を国民の意思に基づいて各種政府サービスに適切な割合で振り向けるプロセスに他ならない。しかし、予算つまり国民が負担できる金額には限りがあることから、どこに資金を振り向けるかを慎重に取捨選択する必要がある。

ところが、歳出拡大を新規の赤字国債の発行で安易に賄う傾向が強まると、こうした取捨選択のプロセスが疎かになってしまう。米国に範をとり各種の財政健全化の仕組みを導入すれば、それ自身が財政健全化を推進する効果を持つばかりでなく、限られた財源を適切に配分するという財政の本質を、国会、国民が思い出すきっかけともなるのではないか。

収入が不足していれば、買いたい物をあきらめるのが、通常の個人の消費行動だ。若年時には、将来の収入増加に期待して、あるいは将来の収入増加という信用力を使って、資金の借り入れを行い、それを通じて自動車、住宅の購入を行うのが普通だ。

日本経済の潜在力低下に歯止めをかけ将来の財政危機のリスクを減らす必要

しかし、既に成熟期に入った日本経済が、先行き成長力を大きく高め、税収増加で債務を確実に削減できると考えるのは適切ではない。現在の財政環境は、既に高年齢層に入った消費者が、大幅な資金の借り入れを通じて消費を拡大させ続けているのと似た構図ではないか。それは結局個人破産、政府で言えばデフォルトにつながるか、あるいは次世代、次々世代に借金を残すことになり、かなり無責任な行動となるだろう。既に、日本人一人当たりの政府債務は1,200万円前後に達している。

政府の債務と個人の債務は異なるとの議論もあるが、基本的には同じではないか。将来の国民が政府債務の返済を続けていきデフォルトは起こらないとの金融市場の期待が、現在の低金利を支えている。一度これが崩れれば、金融市場は大きく混乱し、経済の安定は損なわれる。他方、デフォルトが起こらないのであれば、将来世代は政府債務の返済を続けていく必要があり、その分民間需要は損なわれる。

日本経済の潜在力低下に歯止めをかけ、さらに将来の財政危機のリスクを減らす、また、世代間での不公平感を是正するという観点からも、岸田政権には新たな制度の導入を伴う形で、財政健全化の方針をしっかりと再確認し、それを強く推進する政策を進めていって欲しい。

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