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政府の脱炭素化政策とGX経済移行債の課題

2022/08/05

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脱炭素化推進に政府が10年間で20兆円の支出

政府はこのほど、脱炭素社会を実現する政策GX(グリーントランスフォーメーション)を推進する司令塔となる「GX実行会議」の初会合を開いた。ウクライナ問題や電力不足問題が浮上する中、短期的には化石燃料への依存を継続、あるいは強化せざるを得なくなっている。しかし岸田首相は、「ウクライナ情勢に関連したエネルギー危機の克服が最優先」としつつも、それが「2030年や50年に向けたGXの実行と別々のものであってはならない」と発言し、両者を両立させる計画の策定を目指す。実際のところ、クリーンエネルギーの活用拡大を通じた脱炭素化は、エネルギー安全保障の強化と安定した電力の確保の双方に資するものだ。

経済産業省が5月に出した「クリーンエネルギー戦略」の中間整理によれば、今後10年間で官民合わせ150兆円規模のGX投資が必要となる。そのうち政府が20兆円の資金を投じ、民間企業の投資を引き出す「呼び水」とすることを目指す。政府支出が巨額に及ぶことから、それが民間投資の呼び水となり、脱炭素をどの程度推進させるのか、精緻な分析と検討が求められる。

グリーン国債の概念上の問題点

政府は、新たな国債「GX経済移行債(仮称)」を発行して、その資金を調達する考えだ。その具体的な設計、狙いはまだ固まっていないが、脱炭素のための資金調達としては企業が発行するグリーンボンド(環境債)に近いもの、との考え方ができるだろう。海外では多くの国がグリーン国債を発行している。

企業が短期的な収益を犠牲にしても社会貢献の一環として脱炭素に資金を投じる。その特別な目的のための資金調達にグリーンボンドを活用するが、それを評価する投資家が企業負担の一部を引き受けて、通常の社債よりも低い金利(グリーミアム)でグリーンボンドを購入するのである。

ただし国の場合には、脱炭素という公共の利益に資する事業を、グリーンボンドという特別の国債発行で、かつ低い金利で調達することを狙うのは適切でないようにも思われる。すべての国民の利益になる事業は、一般的な財源で賄うべきではないか。

他方、通常の国債と別建てにすることで、市場規模が小さくなり、流動性の低さから流動性プレミアム分だけ通常の国債よりも金利が高くなるという、狙いとは逆の結果を生んでしまう可能性もあるのではないか。

「つなぎ国債」で償還財源が十分に確保できないリスク

ところでこの「GX経済移行債(仮称)」の場合には、将来の償還財源を明確にして発行する「つなぎ国債」としての発行が議論されているという。そうであれば、政府債務残高を中長期的に一段と悪化させることは回避できる。ただし、これは財源確保の手段を事実上先送りするものであり、償還財源が十分に確保できずに将来にわたって国民の負担となってしまうリスクも相応にあるだろう。

現時点で償還財源として候補に挙がっているのは、電気料金に上乗せされている「再生可能エネルギー賦課金」と「地球温暖化対策税」だ。「再生可能エネルギー賦課金」については、電気代に占める賦課金の割合(20年度)は企業で16%、家庭で12%に上っている。仮にGX債の財源に転用されれば、今後も企業・家庭にとっては重い負担が続くことになる。

他方、石油石炭税に上乗せされる「地球温暖化対策税」の税収は、現状では年間2,200億円とかなり小規模であり、10年間で20兆円の財政資金を到底賄うことはできない。

「排出量取引」では政府の財源は確保できない

現状では、官民が協力して脱炭素を進め、CO2を2030年度に46%削減、2050年度に実質ゼロ(カーボンニュートラル)にするための具体的なスキームはできていない。本来は、炭素に価格を付けて炭素税や排出量取引などを導入するカーボン・プライシング(CP)制度を確立してから、カーボンニュートラル達成に向けた具体的な計画を策定すべきだ。それができずに、政府の財源確保の手段が確定していないため、「GX経済移行債(仮称)」をつなぎ国債として発行する計画となり、財源の問題が事実上先送りされているのである。

カーボン・プライシング制度には、「炭素税」や排出量の上限規制を行う「排出量取引」、クレジット制度など様々な制度がある。カーボンニュートラルの達成に向けて最も直接的な手段は、産業ごとにCO2排出量の上限を政府が設定し、それを上回る、あるいは下回る部分を企業間で排出量取引を行って調整するものだ。ただしその場合の問題は、政府の脱炭素支出の財源を確保する手段とならないことだ。

「炭素税」の導入検討も

他方、政府がCO2に価格を設定して課税する「炭素税」を導入すれば、政府の税収が増え、それを企業の脱炭素の呼び水として活用できる。

上記のグリーンボンドなどは、企業が脱炭素化を通じて社会の厚生を高めることを評価して、投資家がそのコストの一部を受け入れ、低金利で債券を購入するものだ。これに対して炭素税は、公害のようにCO2の排出を通じて企業が社会の厚生を低下させているとの考えに基づき、新たな課税を通じて外部不経済の内部化を行うことを目指す枠組み、と整理できるのではないか。ただし、「炭素税」導入については、負担増加の観点から企業側に慎重な意見が強いのが現状だ。

いずれにせよ、政府はカーボン・プライシング制度と脱炭素の財政支出の財源確保をできるだけ早期に決定する必要がある。それがないまま政策を進めても、官民が協力した実効性の高い脱炭素化の実現は難しいだろう。

(参考資料)
「GX債の償還財源が焦点 20兆円、民間投資の呼び水に 政府」、2022年7月28日、時事通信
「GX実行会議、エネルギー危機克服が大前提」、2022年7月29日、化学工業日報

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