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雇用統計の指標性が問われる(7月米雇用統計)

2022/08/08

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7月分米雇用統計は上振れて大幅利上げ観測が再燃

5日に公表された7月分米雇用統計は、事前予想を上回る労働市場の堅調ぶりを示唆した。非農業雇用者増加数は、事前予想の2倍程度の前月比+52万8,000人となった。失業率は6月まで4か月連続で3.6%の水準で下げ止まっていたが、7月には3.5%と新型コロナウイルス前の水準まで低下した。さらに賃金上昇率も前月比0.5%上昇、前年同月比では5.2%上昇した。加えて6月の賃金上昇率も上方修正された。このように、7月分米雇用統計では主要な指標がいずれも事前予想を上回り、米国の景気減速観測に水を差す結果となった。

統計発表を受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)が9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも大幅な利上げを継続する、との見方が強まった。統計発表前には、9月には0.5%の利上げと7月の0.75%から利上げ幅が縮小するとの見方が優勢だったが、統計発表後は3回連続で0.75%の利上げ幅になるとの見方が強まっている。

ただし、9月20・21日の次回FOMCまでにはもう一回雇用統計の発表があり、また物価統計など他の重要指標の発表もあることから、現時点で次回FOMCでの金融政策を占うことはできない。利上げ幅は0.75%ないしは0.5%が有力だろう。

統計発表後、米国の長期金利は一律に0.1%~0.2%程度上昇し、またドル高が進んだ。ドル円レートは133円台から135円程度まで円安が進んでいる。しかし、再び140円台をトライするのはハードルが高く、6月の140円直前が今回の円安局面でのピークであった可能性が高まっているだろう。

新型コロナウイルス問題によって雇用関連統計の指標性は低下している

米国では今年1-3月期に次いで4-6月期も実質GDPが前期比マイナスとなり、2期連続のマイナスという簡易的な景気後退の定義に当てはまった。このことと、今回の雇用統計が示す経済情勢との間には大きな乖離があり、多くの人々を困惑させている。

おそらく米国経済の実態は、両者の中間なのではないか。つまり、米国経済はまだ景気後退に陥ってはいないが、労働市場が示すほど堅調ではなく、需要が相応に下振れるなど減速の兆候は多く見られ始めている。来年にかけては景気後退入りのリスクを十分に抱えている、というものだ。

労働市場は引き続き新型コロナウイルス問題によってかく乱されているため、景気判断をする際の指標性は低下しているのではないか。企業側は、新型コロナウイルス問題で労働者を一時解雇したが、事態の改善を受けて労働者を再雇用しようとしたものの、思うようにそれができなかった。一度職を離れた人が、再び労働市場に戻ることに慎重だったためだ。そこで企業は強い危機感を持って、高い賃金を提示しながら人手不足の穴を競って埋めようとしている。景気の先行きに不確実性が高まってきてもなお、企業の雇用意欲が衰えていないのは、このような背景があるからではないか。

ポストコロナの新しい産業構造の姿を見極めるため働き手は様子見か

他方、労働者側に注目すると、新型コロナウイルス問題が続く中では、感染リスクを恐れて再び働きに出ることをためらう人が多かった。また、昨年秋までは、連邦政府による手厚い失業保険の上乗せ給付が働く意欲を削いだ面もあった。

こうした制約が薄れていく中でもなお、新型コロナウイルス問題で離職した人の中で職探しをしていない「非労働力人口」が高水準のままであり、これが失業率を押し下げている。

再び働きに出ることをためらう人が多い背景には、ポストコロナの新しい経済、新たな産業構造の行方を見極めようと様子見をする傾向が強いことがあるのではないか。新型コロナウイルス問題は、外食、旅行関連など感染リスクが高いサービス支出から、巣籠り消費で需要が高まるモノ、例えば家具、家電、日用品、家、自動車などへの財支出へと恒常的に消費をシフトさせ、これが産業構造の転換を促しているのが現状と考えられる。

しかしこうした新たな産業構造の転換はなお移行期にあり、最終的な姿はまだ見えてこない。現時点で拙速に再就職先を決めると、うまく勝ち組の企業には入れず、将来失職の憂き目にあったり、賃金が下がるようなことがあるかもしれない。そこで、ポストコロナ経済、新たな産業構造の姿が固まるまで、再就職を控える人が多いのではないか。

雇用統計を重視するとオーバーキルのリスク

このように、新型コロナウイルス問題の影響により、企業側、労働者側の双方の要因から、強い新規雇用と労働需給ひっ迫が生じている面があるだろう。しかしそれらは決して持続的なものではなく、いずれは収束していく移行的な現象だ。

他方で、物価高騰や金利上昇の影響は、着実に米国の需要を弱くしている。現局面では、雇用関連統計の指標性が落ちている可能性を十分に踏まえた慎重な政策判断をすべきところだが、実際にはFRBの政策は労働関連統計に引きずられるだろう。その結果、景気を実勢以上に強めに判断し、大幅な金融引き締めによって最終的には景気を殺してしまう「オーバーキル」のリスクが高まっているのではないか。

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