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内閣改造後の岸田政権の経済政策の課題

2022/08/09

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新たな布陣では岸田カラーは強くは打ち出されないか

岸田政権は10日に内閣改造、自民党役員人事を発表する。現時点で報道されているところでは、派閥のバランスに配慮したうえで、骨格は維持される方向だ。麻生副総理、茂木幹事長という派閥の領袖の留任は確定、松野官房長官(安倍派)、林外相(岸田派)、鈴木財務大臣(麻生派)の留任もほぼ固まり、萩生田経産大臣(安倍派)は党政調会長に登用される方向だ。公明党の斉藤国土交通相も留任される見込みだ。

内閣、党役員の新たな布陣では、岸田カラーは強くは打ち出されない見込みであるが、内閣改造後は岸田首相が主導権をより発揮する形で、各種政策で岸田カラーが強まることも考えられる。

内閣改造後の岸田政権の経済政策に求められるのは、日本経済の潜在力、成長力を高める政策に、最大限注力することではないか。やや迷走を繰りかえした感もある岸田政権が掲げる「新しい資本主義」についても、そのような観点へと比重をより移していくことが望ましい。

岸田政権が当初強く打ち出していた賃上げは、賃上げ税制の拡充や企業への働きかけなどを通じて、賃上げ自体に直接働きかけてもなかなか実現できるものではない。賃上げを実現するには、生産性向上や成長期待の向上など経済ファンダメンタルズの変化が必要であり、それを促す政策が重要だ。それこそが成長戦略である。

人への投資、スタートアップ支援、GX投資の強化が3つの柱に

6月に閣議決定した骨太の方針を機に、岸田政権の経済政策は所得再分配から成長戦略へとその重点を移したように見えるが、これは望ましいことだ。骨太の方針の中で、新しい資本主義を実現するための重点投資には、人への投資の強化、スタートアップ支援、GX(グリーン・トランスフォーメーション)投資の強化が含まれており、岸田政権は、これらの施策を重点的に、今後本格化させていくだろう。スタートアップ支援とGX戦略については、既に担当大臣も任命しており、岸田政権が強い意志を持ってそれらの政策を進めていく方向だ。

リカレント教育、リスキリングなどの人への投資を強化することは、働く人の技能の向上を通じて、経済全体の効率化、そして賃金の上昇につながるものだ。そして新たな技能を身に着けた働き手が、他企業、他業種に移っていくことで、その効果はより高められるはずだ。新たな技術を社会全体に広めるイノベーションにまで高め、産業構造の高度化を促すためには、労働市場の流動化を併せて進めることが重要だ。これが岸田政権の大きな課題である。

日本でイノベーションを生み出し、経済の潜在力を再び高める観点から、スタートアップの支援は重要だ。しかし、小手先の施策だけにとどまっていては、優れたスタートアップが多く生まれることを期待するのは難しいのではないか。優秀な学生の多くが大企業に就職し、イノベーションが大企業から生まれる傾向が強いという日本の特性に配慮して、スタートアップと大企業の連携を強化するという視点が重要なのではないか。大企業の従業員から起業を志す人を多く輩出するためには、年功序列制度、終身雇用制度など既存の制度を大きく変える試みも必要だろう。また、研究開発投資を通じて企業内で生まれる新たな技術を、日本経済全体の生産性向上、国際競争力向上につなげるように、外部化を図っていくことも日本では重要であり、そこに政府の重要な役割があるだろう。

GX戦略については、政府は10年間で20兆円規模の政府の投資を計画している。これが呼び水となって民間企業の投資が促され、温暖化対策が進められるように、政府は投資の内容を十分に精査し、効率性を追求して欲しい。

人を増やす、活かす、動かす

岸田政権の成長戦略では、人に関わる施策がなお十分ではないとの印象がある。労働者の質を高める「人への投資」とは別に、「人を増やす、人を活かす、人を動かす」施策に今後は期待したい。

日本の合計特殊出生率は2021年に1.30まで6年連続で低下し、過去最低を記録した2005年の1.26に近づいている。それでも政府、国民の間で危機意識はあまり高まっていないように見える。先行き人口が急速に低下していくとの見方が強まれば、それは中長期の成長期待の低下につながり、企業の設備投資、雇用、賃上げに悪影響を及ぼす。この観点から、出生率の引き上げに向けた取り組みは喫緊の課題であり、政府の重要な成長戦略の一環と位置付けるべきだ。

待機児童対策、育児休業支援などの施策が出生率向上には十分に効果を発揮していなことを踏まえ、今後は日本の婚姻率を高め、婚姻を早める取り組みがより重要になってくるのではないか。

また、多くの問題を抱える外国人技能実習制度の大幅見直し、縮小と同時に、特定技能制度での外国人労働者の受け入れ枠拡大を検討して欲しい。働き手の増加は、経済の潜在力を高める。これらが人を増やす戦略だ。

ポストコロナのインバウンド戦略の再構築も重要だ。特定の国に偏らず、多くの国、地域から広く外国人旅行者を招きいれ、先行き、持続的にインバウンド需要が増加していくとの期待が高まれば、企業が宿泊、運輸関連などでの設備投資を拡大させ、経済の潜在力向上につながる。これは人を活かす戦略だ。

また、東京など大都市に集中する人口を地方に誘導し、地方で有効に活用されていない社会インフラをより利用するようになれば、経済の効率を高めることができる。それは賃金の上昇にもつながり、地方経済の活性化にも資するものとなろう。また、地方への人口移動は、生活環境の改善を通じて出生率の向上にも貢献するだろう。これは、人を動かす戦略だ。

政府債務の増加は成長戦略の効果を損ねる

このように、内閣改造後の岸田政権の経済政策には、成長戦略の一層の推進を強く期待したい。ただしその際に十分留意すべきなのは、それらの政策が財政環境のさらなる悪化につながらないように努めることだ。国債発行の増加など政府債務の累積は、将来の民間需要を奪うことにつながり、企業の中長期成長期待を低下させる。それは、設備投資、雇用、賃上げの抑制につながり、経済の潜在力を低下させてしまう。政府債務の増加は、成長戦略の効果を損ねてしまうのである。

自民党内では、財政拡張を求める声が強まっているが、岸田政権は中長期的な財政健全化の方針を堅持することが求められる。そうした姿勢が維持されるかどうかの試金石となるのは、内閣改造後に本格化することが予想される物価高対策の議論だ。党内では秋の補正予算編成を通じて巨額の経済対策の実施を求める声が強まっている。しかし、プラスの経済成長が続いているとみられる現状で、果たして巨額の経済対策は必要だろうか。

物価高が経済に与える打撃を弱めるには、物価高が長期化してしまうとの消費者の懸念を緩和することが重要だ。ガソリン補助金、節電ポイント、広範囲な給付金などはそれには役立たない。その役割を担うのは、金融政策である。日本銀行は中長期的な物価の安定について、強いコミットメントを打ち出すべきだ。また、金融政策の柔軟性を高める政策調整を通じて、日本銀行の金融緩和姿勢が変わらないことで、物価高を助長する悪い円安が長く続いてしまうとの個人の懸念を緩和に注力すべきだろう。

今後本格化する防衛費増加の議論も踏まえ、岸田政権には安易な財政拡張議論を抑えることに注力して欲しい。財政の健全化を短期間で達成することはもはや無理であることから、中長期の健全性の方針を堅持することが重要だ。

日銀総裁人事の議論も本格化。金融政策は本来の柔軟さを取り戻すか

内閣改造を終えると、いよいよ来年4月の日本銀行の総裁人事の議論が、岸田政権内で本格化しよう。経済、金融環境次第ではあるものの、新総裁のもとでは10年続く異例の金融緩和策の正常化が慎重に進められることが予想される。ただし、可能性は低いだろうが、内閣が指名する新総裁次第では、現状の政策が維持される可能性も残される。

岸田政権は、日本銀行の政策に直接介入しない姿勢をとっている。日本銀行の独立性を尊重するこうした姿勢は評価できる。ただし、時の政権は総裁の人事を通じて日本銀行の政策に一定程度影響力を与えることができることも確かである。

岸田政権の経済政策の中では、金融政策の重要性は相対的に低く、追加の金融緩和策を通じて景気浮揚を図る考えは政権にはないだろう。従って、金融緩和に非常に前向きな人物を次期総裁に指名する可能性は低いとみられる。

むしろ、様々な副作用を生む異例の金融緩和を、金融市場の混乱を避けつつ、円滑に正常化していくことを次期総裁に強く期待しているのではないか。そのため岸田政権は、新総裁に、柔軟で中立的な人を指名することが予想される。そうなれば、日本銀行の金融政策は、経済・物価、金融環境の変化に臨機応変に対応する、本来の柔軟な枠組みを取り戻すことができるのではないか。

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