台湾が独立に向けて動くのを防ぐことが中国の現段階での目標

米国のペロシ下院議長の台湾訪問を受け、中国は数日間にわたる大規模な軍事演習を実施して、台湾を一時的に事実上の封鎖状態にまで追い込んだ。さらに米国との関係では、気候変動など幾つかの問題に関する米国との協力を停止し、軍事分野の対話を一部凍結している。世界は、今回の中国の対応が、台湾に対する中国の圧力がより直接的なものとなる新たな段階の始まり、と大いに懸念している。

このように、台湾問題を巡って米中間の対立は一気に緊迫の度を強めたように見えるが、中国側は事態をいたずらに悪化させない意向を持っているとされる。ペロシ下院議長は当初今年4月の訪台を計画していたが、その時から中国は、訪台を避けるように外交努力を長く続けていた。ペロシ議長の訪台を許せば、それは世界各国の政治家が相次いで訪台するという「ドミノ効果」をもたらし、台湾の国際的立場を強めて、独立宣言を促す可能性があることを中国政府は危惧してきたのである。実際、台湾との関係を強めるリトアニアの運輸通信省の高官が、7日に台湾を訪れている。

中国政府が長年掲げてきた目標は台湾を支配下に収めることだが、現段階での目標は、台湾が正式な独立に向けて動くのを防ぐことにあるだろう。

「今は本格化な危機を迎える時期ではない」

ペロシ下院議長の台湾訪問のわずか4日前に、習近平国家主席はバイデン大統領との電話会談を行った。通常、こうしたタイミングで中国は米国との首脳会談を避けることが多い。習国家主席が米国の行動を抑えることができなかったとなれば、メンツがつぶされてしまうからだ。それでも習国家主席が電話会談を行ったのは、ペロシ下院議長の台湾訪問を何としても阻止したかったのだろう。

一方で、習国家主席はペロシ下院議長の台湾訪問が避けられない可能性も十分に想定していたのではないか。その場合でも、米中の決定的な対立につながらないよう、あらかじめバイデン大統領に伝えておくことも、異例の電話会談の狙いだったのではないか。

米ウォールストリート・ジャーナル紙によると、電話会談で習国家主席は「今は本格化な危機を迎える時期ではない」と伝えたという。さらに、ペロシ議長が台湾を訪問すれば何らかの結果を招くことになると警告したうえで、それでも米国と戦争をするつもりはないことを示唆し、両国が「平和と安全を維持する」必要があると述べたという。

習国家主席は米国との緊張を劇的にエスカレートさせないよう当面努める一方で、秋の共産党大会も意識して、国内向けには力を誇示する必要があった。中国メディアが台湾周辺海域へのミサイル発射の模様を生中継したのにも、そうした狙いがあったという。

11月に米中首脳が直接会談か

習国家主席は、11月に東南アジアを訪問し、バイデン米大統領との直接会談を行う方向で準備しているという。これは、中国が米国との対話を引き続き重視していることの表れなのだろう。習国家主席は、今秋開催される5年に1度の共産党大会で異例となる3期目の続投となる可能性が高い。その直後となる、11月15～16日にインドネシア・バリ島で開かれる主要20か国・地域首脳会議（G20サミット）に出席する可能性が高い。さらに習国家主席はタイの首都バンコクに移動して、2日後に開催されるアジア太平洋経済協力会議（APEC）首脳会議に出席する見通しだ。

このいずれかの機会で、米中首脳会談が実施されることが予想されている。習国家主席にとっては約3年ぶりの外遊となり、バイデン氏が大統領に就任してから初の直接会談となる。

このように、米中間での対話の機運は続いており、両国ともに決定的な対立を避けようとする姿勢に変わりはないように見える。そうした中で、仮に事態が急変する可能性があるとすれば、ペロシ下院議長の訪台とそれに対する中国の行動をきっかけに、台湾国内で独立に向けた機運が高まる場合ではないか。

また、14日には超党派の米議員団が予告なしに台湾を訪問し、蔡英文総統と面会した。中国側をあえて挑発しているかのようなこの行動は、中国を大いに刺激し、中国は15日に再び台湾周辺の海域と空域で軍事演習を行った。反中国の傾向が強い米議会のこうした動きを、バイデン大統領は制することができなくなっているようにも見える。このような米議会の動きも、米中関係を一気に悪化させるリスクをはらんでいると言えるだろう。

（参考資料）
"Xi Sought to Send Message to Biden on Taiwan: Now Is No Time for a Crisis（習氏「戦争の意図ない」 バイデン氏に示唆　ペロシ氏訪台前）" , Wall Street Journal, August 12, 2022
"China's Xi Jinping Plans to Meet With Biden in First Foreign Trip in Nearly Three Years（中国が米中首脳会談を計画、11月に東南アジアで）", Wall Street Journal, August 13, 2022

執筆者情報

• 木内 登英

  エグゼクティブ・エコノミスト