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金融機関の気候変動リスクのシナリオ分析

2022/08/30

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気候変動リスクの把握に共通シナリオを用いたシナリオ分析が世界の主流に

金融庁と日本銀行は、3メガ及び3損保グループと連携して、気候変動にかかわる共通シナリオを用いたシナリオ分析を行い、その結果を8月26日に公表した。報告書は「気候関連リスクに係る共通シナリオに基づくシナリオ分析の試行的取組について」と題されており、課題把握を主な目的とする試行的取組(パイロットエクササイズ)であることが強調されている。

金融機関の経営、金融システムに与える気候変動リスクの大きさなどを把握することの重要性への認識が、近年、世界で大きく高まっている。また、中長期にわたって顕在化し、不確実性がかなり高いという気候変動リスクの特性を踏まえると、そのリスクの把握、測定には、通常のストレステストではなく、シナリオ分析が有効との認識が広まっている。さらに、共通シナリオを用いてシナリオ分析を実施する動きが欧州など世界に広がってきた。

これを受けて日本でも、2021年6月にサステナブルファイナンス有識者会議報告書において、まずは大規模な金融機関を中心に、共通シナリオを用いたシナリオ分析の試行的取組を進めるべきとの提言がなされ、それが今回の報告書につながっている。

共通シナリオについては、気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)が公表するシナリオが用いられた。

気候変動リスクは純利益と比べて相応に低いとの結論

気候変動が企業に与えるリスクは、一般的に、物理的リスクと移行リスクの2つとされる。銀行の場合には、物理的リスクは、気候変動リスクの高まりが自然災害を激甚化することなどにより、貸出先の企業の経営に大きな打撃を与え、また担保資産の価値を低下させることなどで生じる与信費用の増加である。他方、移行リスクは、カーボンニュートラルへの移行に伴う規制や技術、市場環境等の変化が進む中で、既存の環境負荷の高い業種がビジネスの縮小を強いられ、そこに融資を行う銀行の与信費用が増加することなどのリスクである。

今回は、物理的リスクと移行リスクの双方が、信用リスクを通じて銀行の財務に与える影響の分析がなされた。その結果、報告書では、物理的リスクと移行リスクによる年平均の信用コストの増加額については、各行の平均的な年間の純利益と比べて相応に低い水準になった、と結論付けられている。

また報告書は、各行が独自に公表している結果と大きな差はない、としている。ただし、今回の分析はあくまでも試行的なものであることから、計測結果の数値は開示されていない。

気候変動リスクの正確な計測は難しい

気候変動リスクが銀行の信用コストに与える影響を推し量ることは、実際にはかなり難しい。物理的リスクであれば、一定のシナリオのもと、特定の自然災害の発生などを前提にしてリスクを試算することはできるが、移行リスクについては、環境負荷の高い産業が、どの程度CO2排出量を減らし環境負荷の低い産業に移行していくことで、ビジネスの縮小を避けることができるか、あるいはできないか、などについては、今後生み出される新たな技術にかかる部分が大きく、それを現時点で推し量ることは簡単でない。

この点から、今回暫定的に、気候変動リスクによる各行の信用コストの増加は利益水準と比べて大きくないとの結果が得られたとしても、それに甘んじることは避けねばならず、引き続き気候変動リスクの計測の精緻化、正確な把握に努めることが銀行には求められる。メガ以外の銀行についても同様である。

また、気候変動リスクは全く新たなリスクではなく、既存の金融リスクを増幅する役割を果たしている、との理解が広く世界で共有されている。この下では、仮に気候変動リスクが顕在化しても、それは既存のストレステストによって想定された範囲内であり、気候変動リスクに対応して特別に資本のバッファーを積み増すことが必要になることは必ずしも想定されていないように思われる。しかしこれについても、予断を持つことは禁物なのではないか。気候変動リスクが非常に大きいとの結論が得られれば、資本の積み増しも必要になるだろう。

銀行の気候変動リスクへの取り組みが生むポジティブな点も積極的な情報開示を

金融システムの安定の観点からは、気候変動リスクが信用リスクに与える影響の把握が重要である。しかし一方で、気候変動リスクへの対応は、銀行経営にポジティブな影響も与える。取引先企業がCO2排出量を減らすための投資を行う際には、それは新規融資を通じて銀行の収益を増加させる。

また、取引先企業が新たな技術に支えられた新規投資によってCO2排出量を減らすことができれば、移行リスクは低下する。それを銀行が新規融資を通じて支援することができるのである。それは、脱炭素社会への移行を助ける取り組みであるという点で重要な社会的価値を生む。さらに、取引先の移行リスクが低下すれば、銀行の信用リスクも低下するというメリットも生まれる。このように、移行リスクについては、銀行が能動的に取引先に働きかけることで減少させることができる性質のものである。

今後は、主要行以外にも気候変動リスクの開示が進んでいくだろう。その際には、リスク量の計測と開示にとどまらず、CO2排出量を減らすための新規投資に対する融資を通じて、銀行が低下させることができる移行リスクの量や、信用コストの低下分についても、併せて情報開示を積極的に進めていくことが気候変動リスクのより包括的な影響を把握する観点から望ましいのではないか。

(参考資料)
気候関連リスクに係る共通シナリオに基づくシナリオ分析の試行的取組について」、2022年8月26日、金融庁、日本銀行

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