フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 深刻な天然ガス不足が高める欧州の景気後退リスクと脱炭素政策修正の可能性

深刻な天然ガス不足が高める欧州の景気後退リスクと脱炭素政策修正の可能性

2022/09/01

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

再び停止したロシア産天然ガスの欧州への供給

ロシアの国営天然ガス会社ガスプロムは8月31日(モスクワ時間午前4時、日本時間午前10時)に、欧州向けガスパイプライン「ノルドストリーム」を通じた天然ガスの供給を停止した。ガスプロムは、保守作業などのため、8月31日から9月2日までの間、欧州向けの天然ガスの供給を一時停止すると事前に発表していた。保守作業は表向きの理由であり、実際には、制裁などを巡って対立する欧州への揺さぶりを強めることがロシア側の狙いとみられる。

ガスプロムは6月に、ドイツ企業がカナダで修繕していたタービンが対ロ制裁の影響で予定通りに返却されていないことを理由に、ノルドストリームでの天然ガスの供給を大幅に削減した。7月にも定期の保守作業を理由に、天然ガスの供給を一時的に完全停止している。今度こそは供給が再開されないのではないかとの不安が欧州には燻っている。

欧州の脱炭素政策がLNGの調達の制約に

欧州は、天然ガスの調達先をロシアから他国・地域へと切り替えようと奔走しているが、うまくはいっていない。脱炭素政策の影響もあり、他国・地域でも天然ガスの供給量が限られることや、欧州の各国政府が脱炭素を推進していることが障害となっているのである。

ロシア以外の地域と欧州とをつなぐガスパイプラインは、既に輸送能力の上限まで稼働している状況だ。不足分については、さらに遠方から運ばれる液化天然ガス(LNG)に頼っている。欧州各国が米国やカナダ、カタールなど天然ガスの主要生産国と交渉しているものの、必要な量を確保できるかについては、この冬ばかりか来年の冬についてもなお見通せていない状況だ。

急増する欧州のガス需要をまかなう分をカタールや米国などが増産するには少なくとも2年はかかる。他方、欧州各国は長期的に化石燃料の使用を削減する脱炭素目標を掲げているため、将来のリスクを睨んで、天然ガスの供給国側が求める長期契約を結ぶことを、欧州企業側が渋っているのである。

そこで欧州は当面、割高なスポット市場でLNGを調達して不足分を補わざるを得ない。そのほとんどは、アジアの業者が米国の業者から長期契約で購入し、ガス価格が高騰している欧州に振り向けているものだという。

ロシアのウクライナ侵攻が始まって以降、ドイツの電力会社でLNGの長期契約を結んだのはわずか1社にとどまっている。2040年頃以降の化石燃料使用を禁止する法律を政府は撤回していないため、それが、数十年単位の長期契約を強く主張するカタールからのLNG調達の大きな障壁となっている。脱炭素政策が、LNGの調達を妨げている面があることは明らかだ。

年末までに貯蔵天然ガスが底をつく可能性

また、LNGのスポット調達が相応にできても、それを貯蔵し、さらに再びガス化して利用できる設備が欧州には十分にない。ドイツには、国外からLNGを受け入れるターミナルがまだ一つもない。政府はLNGを再ガス化できる浮体式ターミナル4基をリースしており、5基目は民間企業のコンソーシアムに現在建設を委託しているところだ。この5基の容量はそれぞれ年間50億立方メートル程度であり、すべて合計してもノルドストリームの年間流量の半分にも満たないという。

たとえ早期にLNGの調達が増えたとしても、再ガス化施設での処理が追い付かないという状況は、他の欧州諸国についても同様だ。

ドイツ政府によると、国内のガス貯蔵施設の貯蔵率は上昇しており、8月30日現在で約83%である。現時点ではまだ余裕があるが、この先、ノルドストリーム1を通じたロシアからの天然ガスの供給が途絶えたまま冬場に突入する場合には、12月にも貯蔵率がゼロまで落ち込むと独連邦ネットワーク庁が8月上旬に分析している。

仮に天然ガスが深刻な不足状態に陥る場合には、暖房用の家庭への供給を優先するため、政府が企業への供給を大きく絞り、工場の稼働停止などが起こる可能性がある。そうなれば、経済活動に深刻な打撃となることは避けられない。

景気後退リスクと脱炭素政策修正の可能性

深刻な天然ガス不足を受けて、原子力発電所の廃止や、石油や石炭などの使用削減といった脱炭素実現に向けた環境規制を見直している国が欧州では出てきた。ドイツも今冬に、停止中の石炭火力発電所を再稼働させると発表している。唯一稼働している原子力発電所3基を2022年末に停止する決定についても、現在見直しを進めている。

このように、ロシア産天然ガスの供給減は、欧州経済に深刻な打撃を与える可能性が高く、その結果、この冬はユーロ圏を中心に欧州諸国が景気後退に陥る可能性が高まっている。この冬ばかりでなく、その次の冬にも必要な天然ガスをLNGとして確保できるかのめども立っておらず、問題は長期化が避けられない。

それに加えて、欧州は脱炭素に向けた政策の軌道修正も迫られている。従来、欧州が主導してきたカーボンニュートラルなど脱炭素に向けた取り組みを、欧州自らが後退させることを強いられている。それは、欧州にとってはまさに苦渋の選択である。

(参考資料)
"Europe Braces for Russia Gas Disruption This Week—and Years of Higher Energy Prices Ahead(欧州ガス高騰、数年続く可能性も)”,Wall Street Journal, August 31, 2022
「欧州ガス、ロシア再び停止 きょうから 需要期の冬、不足懸念」、2022年8月31日、日本経済新聞
「ロシア、独へのガス輸送停止―保守点検で3日間、ロイター報道」、2022年8月31日、共同通信ニュース

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ