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ロシア産石油の価格上限設定は機能するか

2022/09/05

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価格上限設定で一挙両得を狙う先進国

主要7か国(G7)財務会合は9月2日に、ロシア産石油および石油製品の価格に上限を設定する措置を導入する方針で合意した。欧州連合(EU)がロシア産石油の原則輸入禁止措置を施行するタイミングに合わせて、ロシア産石油については今年12月5日に、石油製品はその2か月後の来年2月5日に、それぞれ上限価格制度が導入される。

輸入国に上限価格を遵守させるために、先進国は保険サービスへの規制を利用する。上限を超えるロシア産石油、石油製品が海上輸送される場合には、保険会社が保険サービスを提供することを禁じる。保険がなければ海運会社は事故時の損害賠償のリスクにさらされるため、海運は難しくなるとみられる。イエレン米財務長官によれば、石油の海上輸送に対する保険の約90%が英国やEUの保険会社によるという。

今回の価格上限措置の狙いは2つある。第1は、ロシアが石油・石油製品の輸出から得られる収入を制限することで、ロシア経済、財政に打撃を与え、戦争継続能力を削ぐことだ。先進国は今までもロシア産石油・石油製品の輸入を禁止・制限する制裁措置を講じてきたが、現状ではロシアの輸出収入を大きく減らすには至っていない。ロシアが中国、インド、あるいはサウジなどへの輸出を新たに拡大させているためだ。また、原油価格の上昇も制裁の効果を低下させている。先進国がロシア産石油および石油製品の価格に上限を設定するという異例の措置に今回踏み切るのには、このような背景がある。

第2は、石油市況の上昇を抑えることで、先進国そして世界のインフレ問題を緩和することも狙いである。先進国にとって今回の価格上限措置は、いわば一挙両得を狙った枠組みなのである。

日本のサハリン2事業を通じたロシア産石油輸入が対象外となることの問題

今回のG7会合では、設定する上限価格など詳細な枠組みについては示されなかった。また価格上限措置が機能するかどうかは、中国、インドなど非先進国がこの枠組みを受け入れるかにかかっているが、それについても明らかにされなかった。G7は、協力国を今後数週間で発表するという。

そもそも、G7で価格上限措置が表明されてから今回正式合意されるまでかなりの時間を要しており、議論が紛糾した可能性がうかがえる。ロシアとの関係悪化を懸念する中国、インドが賛同を示していないこともその理由の一つだろう。

さらに、日本がサハリン2事業を失うことを警戒したこともその一因かもしれない。今回のG7会合は、日本企業が新会社の下でサハリン2事業を継続することをロシア政府が認めた直後に開かれた。原油価格上限設定の報復として、ロシア政府が日本企業によるサハリン2事業の継続を認めない決定を下すことを日本政府が警戒していたからかもしれない。

また、日本がサハリン2事業を通じてロシアから輸入する石油については、今回の原油価格上限設定の対象外となる方向だ。日本のサハリン2事業は天然ガスが中心であり、石油の比率は低いが、原油価格上限設定の報復として、ロシア政府が日本企業に今後厳しい条件を提示することで、事実上サハリン2事業の継続が難しくなれば、日本の天然ガス輸入の約9%を占めるロシア産天然ガスの輸入が停止してしまう事態となる。日本はこれを恐れたのではないか。

ただし、日本のロシア産石油輸入だけが価格上限措置が適用されない例外となれば、それは対ロ制裁での先進国の結束という観点から大きな問題を残すことになるだろう。またロシアは、今後も日本のサハリン2事業の継続を、先進国の結束を乱す手段として利用する余地が残る。

枠組みの機能を阻む3つの懸念

今回の価格上限措置によって、ロシアの石油・石油製品の輸出収入が減少する一方、石油価格下落で世界のインフレ問題が緩和されるかどうかはかなり不明である。逆に事態が一層悪化してしまうリスクもあるだろう。

第1に、上限価格を低く設定し、それが石油・石油製品の生産コストを下回るようであれば、ロシアは石油・石油製品の生産を停止してしまう可能性がある。そうなれば、世界の石油市況は一段と上昇し、先進国及び世界の経済・物価に大きな打撃となってしまうだろう。

第2に、中国、インドなどロシア産石油・石油製品を輸入する国は、この価格上限の枠組みに参加しない可能性がある。そうなれば、この枠組みはほぼ機能しないだろう。ロシア政府は、価格上限の枠組みを受け入れる国には、ロシア産石油・石油製品の輸出を停止すると脅している。

今回の枠組みは、先進国側につくのか、ロシア側につくのか、新興国に判断を迫るもの、いわゆる踏み絵となっているのである。これをきっかけに、世界の分断が一層加速する危うさもあるだろう。

第3に、産地の偽装によって、ロシア産石油・石油製品への上限価格設定が十分に機能しない可能性がある。先進国からの石油輸入禁止・制限措置を受けて、ロシアはアジア諸国だけでなく、中東諸国への輸出も増加させている。ロシア産重油は、今やその多くがエジプト経由でサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に輸出されている。UAEのフジャイラ港では、ロシア産やイラン産の原油が混合され、原産地が偽造される一大拠点となっているとされる。

世界経済悪化で先進国、ロシアは痛み分けか

こうした点を踏まえれば、上限価格設定が、ロシアの石油・石油製品の輸出収入を大幅に制限するとともに、石油価格の下落を通じて世界のインフレ問題沈静化につながる決定打となることはないのではないか。

他方、大幅な金融引き締めの影響などで世界経済は今後減速に向かい、世界の石油需要は縮小する可能性が見込まれる。そうなれば、需給バランスが悪化して、石油価格も明確に下落するだろう。そうなれば、石油の輸出数量減少と価格低下の双方の影響が、ロシア経済とロシアの財政に大きな打撃を与えることが視野に入ってくるのである。

制裁措置だけではロシアに致命的な打撃を与えることができなかった先進諸国は、結局、自国経済の悪化という大きな犠牲を払うことで、ロシアに大きな打撃を与えることに成功するだろう。結局は、両者が痛み分けとなるのである。

(参考資料)
「G7財務相、ロシア産石油価格の上限設定で合意」、2022年9月2日、ロイター通信ニュース
「ロシア産石油、12月から価格上限 G7財務相合意」、2022年9月3日、日本経済新聞電子版
「米、協力国を「数週間で発表」-ロシア産石油価格上限設定で」、2022年9月3日、共同通信ニュース

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