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所信表明演説と岸田政権1年の総括

2022/10/03

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先送り感が強い経済政策

10月3日に臨時国会が開かれ、岸田首相は冒頭で所信表明演説を行った。事前にその概要が伝えられていたこともあり、内容に大きなサプライズはなかった。4日には岸田政権発足から1年となることから、所信表明演説は政権1年間の自己査定の性格も強く帯びていた(コラム「岸田政権1年の経済政策レビューと課題」、2022年9月29日)。

この1年の岸田政権の経済政策は、「成長と分配の好循環」、「新しい資本主義」、「令和版所得倍増計画・資産所得倍増計画」といった人目を惹くスローガンが前面に強く打ち出された一方、その具体的な内容が定まらずに漂流した感がある。また具体的に実施された政策は多くないとの印象がある。

過去1年間で繰り返されてきた経済政策は、新型コロナウイルス問題への対応、物価高対応が中心であり、比較的目先の問題への対応に終始した感がある。実際、この1年のうちに、感染再拡大、ロシアのウクライナ侵攻、物価高、円安進行、安倍元首相の襲撃事件と国際問題、統一教会問題と政権は多くの課題に直面したことから、経済政策の骨格部分については、その実行が先送りされた感が強い。

所信表明演説では、1)物価高・円安への対応、2)構造的な賃上げ、3)成長のための投資と改革、の3点が経済政策の最優先課題として掲げられた。

物価高対策が政府債務の一段の拡大につながらないか

第1の物価高・円安への対応については、9月に政府が決定した物価高対策に加えて、来春に電力料金が大幅に上昇する可能性を踏まえて、電力料金急騰の激変緩和制度を創設する考えが改めて示された。岸田首相は「前例のない、思い切った対策を講じる」と述べている。ただし、具体的な枠組みへの言及はなかった。

与党内では新規国債発行による30兆円規模の大型な経済対策を今国会で成立させるべき、との声も上がっている。しかし、3日に発表された日銀短観(9月調査)も示唆しているように、足元の日本経済は比較的安定した状況にあり(コラム「国内経済のリスクは物価高から世界経済悪化へ:為替・物価の安定に必要な金融政策の調整(日銀短観9月調査)」、2022年10月3日)、巨額の経済対策が必要な状況にはない。

岸田首相は、経済対策の規模には言及しなかったが、巨額な経済対策による政府債務の一段の拡大を抑えることができるかどうか、その政治手腕が注目されるところだ。政府債務の一段の拡大は将来の需要を損ね、経済の潜在力を低下させてしまうのである。これは、岸田政権が掲げる経済再生などの方針と相いれないものだ。

政府と日本銀行による為替安定のコミットメントを示すべきだった

また円安については、円安のメリットを生かす政策が打ち出された。具体的には企業の国内回帰やインバウンド需要5兆円目標である。インバウンド需要5兆円は、コロナ問題前の2019年の実績値4.8兆円を回復することを意味しているが、もっと長期間でかつ意欲的な目標と戦略を打ち出して欲しかった。インバウンド需要が安定的に増加していくとの期待が高まれば、関連する分野での企業の投資も促され、経済の潜在力も高まる。

ところで、円安のメリットを生かすという点をことさら強調すると、政府が円安を容認しているとの観測を生みやすくなるという問題があるのではないか。偶然ではあるが、3日にはドル円レートは一時145円台と、介入前の水準まで円安が進んだ。

政府が先週、24年ぶりの円買い為替介入を実施したことに、岸田首相は所信表明演説で言及すべきだったのではないか。また、為替を巡る政府と日本銀行との温度差が指摘される中、両者が協調して為替の安定に強くコミットする姿勢を、所信表明演説で示すべきではなかったか。

人への投資など構造的な賃上げを促す施策は評価

第2の構造的な賃上げについては、政権発足当初は「成長と分配の好循環」を掲げつつも、分配の問題、特に賃上げに軸を置いた政策を実施していた感が強かった。しかし、賃上げ税制の強化などの短期的なインセンティブを与えるだけで、企業に持続的かつ大幅な賃上げを促すことは実際には難しい。この点を踏まえてか、岸田政権の政策が重視から成長重視に途中で軸足を移したことは評価できる。

所信表明演説でも、構造的な賃上げを実現するために、5年間で1兆円の個人の学び直し支援、「ジョブ型」人事制度への移行、労働市場の流動化を掲げている。直接賃上げを目指すのではなく、賃上げを促す環境整備に注力する姿勢に政府が転じたことは望ましいことだ。ただし、人事制度の見直しなどについては、具体策を来年6月にまとめるとしており、再び先送りされている面もうかがわれる。

成長戦略でも財源確保ができるか

第3の成長のための投資と改革については、骨太の方針で打ち出された新しい資本主義実現のための重点投資が改めて示された。先端産業支援、GX投資、DX投資、スタートアップ支援がその対象である。政府が民間の投資を引き出す投資を実施し、官民協力して経済の成長力を高めることを目指す取り組みは重要である。できるだけ早期に具体策をまとめ、来年度予算に反映して欲しい。

ただし、物価高対策や防衛費増額の議論と同様に、成長を促すための政府の投資も、政府債務の一段の増加を伴えば、それが経済の潜在力を低下させ、成長戦略の効果を損ねてしまう。この点から、投資の具体策と同時に財源確保も重要な政策課題である。岸田政権が財源を確保しつつ成長戦略を進めることができるかどうかは、まだ不透明である。

様々な困難に直面する中、岸田首相は所信表明演説で、東日本大震災からの復興を進める福島になぞらえて、「直面する困難も必ずや乗り越えていける」と述べている。相次ぐ問題の浮上で、岸田政権が思ったように経済政策を進めることができなかったのがこの1年だろう。その結果、岸田政権の経済政策に対する一般の評価は未だ固まっていない。重要なのは、岸田政権が掲げる経済政策について、できるかぎり早期に具体策をまとめ上げ、実行に移すことである。

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