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対ロ追加制裁と原油価格下落がロシア経済・財政に打撃:ウクライナ侵攻も新たな局面か

2022/10/05

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欧米が対ロ追加制裁を発表

ロシアがウクライナ東・南部4州の一方的な併合宣言を行ったことを受け、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請する考えを表明し、ロシアとの徹底抗戦の姿勢を改めて明確にしている。ウクライナのNATO加盟を認めれば、NATO加盟国は集団的自衛権に基づいてウクライナでの紛争に直接関与することになるため、NATO加盟国はウクライナの加盟を認めず、引き続きウクライナへの軍事支援を行うとみられる。

他方、一方的な併合宣言を受けて、欧米諸国は再び追加の対ロ制裁を発表している。米国の制裁措置は、議員や要人の資産凍結や金融取引の制限などが中心となる。米財務省によると、追加制裁の対象となるのはロシア中央銀行のナビウリナ総裁や約280人の連邦議会議員、政府高官の親族などである。また、米商務省はロシア軍を支援する57団体を米国製品の輸出規制の対象リストに追加したと発表し、米財務省はロシア軍関係者ら910人をビザ(査証)発給規制の対象にするとしている。

一方、欧州連合(EU)欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、既にG7(先進7か国)財務相会合で合意されていたロシア産石油の取引価格への上限設定などを含む追加制裁案を発表した。制裁案にはロシア製品の新たな輸入禁止措置も盛り込まれており、欧州委員会はそれがロシア経済に最大70億ユーロの損失を与えると見込んでいる。さらに、EUからロシアへの新たな輸出制限措置も設けられ、航空用品、電子部品、特定の化学物質など軍事に使用される可能性のあるものが対象とされる。

EUは天然ガスについても輸入禁止や価格上限の設定を検討しているが、ハンガリーなど一部加盟国の反対から、今回の制裁案には盛り込まれなかった。

世界経済の減速観測から原油価格は大きく下落

ロシアのウクライナ侵攻以降、段階的に実施されてきた先進諸国による対ロ制裁措置は、ロシア経済を次第に追い詰めているものと考えられる。さらに年末からは欧州によるロシア産原油の原則輸入禁止や取引価格上限設定措置も始まる。

国際エネルギー協会(IEA)の9月のレポートによると、8月のロシアの石油輸出量は日量760万バレルで、ウクライナ侵攻前の水準を39万バレル、率にして5%程度下回っている。また輸出額は8月に177億ドルとウクライナ侵攻前の水準を12億ドル、率にして6%程度下回っている。

ただし、今後はロシアの石油収入はもっと下がっていくだろう。世界の原油市況が下落しているからである。WTI原油先物価格は、ウクライナ侵攻直後の今年3月と6月に1バレル120ドル近辺まで上昇していたが、足元では80ドル近辺での推移となっている。これは概ね今年年初の水準であり、ウクライナ侵攻直前の90ドル程度を下回っている。原油価格の下落は世界経済の減速を予見した動きである。

また、先進諸国の制裁発動で行き場を失ったロシア産原油を今まで大量に買っていたトルコ、中国、インド3か国への供給が、需要鈍化の影響から落ち込んでいるという。

原油価格はロシアの財政収支を赤字化する水準まで下落か

国際金融協会(IIF)によると、1-7月のロシア連邦予算のうち、石油・天然ガスの収入は歳入全体の約45%を占めていた。まさに財源面で財政を支える柱である。他方、政府データに基づくと、8月のロシア連邦財政収支は3,440億ルーブル程度の赤字になったと推定される。1-7月の月間平均収支は687億ルーブルの黒字、合計は約4,810億ルーブルの黒字であったことから、8月に財政環境は劇的に悪化したことになる。

ロシア政府は財政赤字の穴埋めのため、エネルギー業界への増税策を含む複数の措置の導入を決めた。また9月には、2月以来となる国債(国内債)の発行に踏み切った。6月までは、原油価格の上昇による原油・石油製品の輸出収入増加によって、ロシアの財政が支えられ、それが戦争の継続を可能にさせてきた。しかし、WTI原油先物価格が現在80ドル程度である一方、ロシア産原油はそれに対して20ドル程度安売りされていることを踏まえると、原油価格は既に、ロシアの財政収支を均衡させるのに必要な水準を下回っていると考えられる。

いよい行き詰まるロシア経済・財政

世界経済の減速や原油価格の下落に加えて、プーチン政権が打ち出した部分動員令も、ロシアの財政及び経済に逆風となっている。プーチン大統領は9月21日に、ウクライナ侵攻をめぐり予備役の「部分的な動員令」を発動した。当初、ロシアの予備役2,500万人の1%強にあたる、軍務経験がある予備役約30万人を招集すると説明していた。実際には、軍務経験がある予備役以外も対象とされたとして大きな混乱を生んでいるが、少なくとも30万人を新たに投入すれば、彼らの軍装備や訓練、給料を新たに手当てする必要が出てくる。これは追加的な財政負担となる。

他方、民間企業にとっては、兵役または徴兵逃れの国外脱出によって人手が奪われており、打撃となっている。また重要な技能を持ったロシア人の国外脱出、いわゆる頭脳流出が加速しているとの指摘もあり、中長期的にもロシア経済の逆風となるだろう。

ここにきて、ロシア経済、ロシア財政はいよいよ行き詰まり感を強め始めている。この面から、ロシアのウクライナ侵攻は新たな局面に入ってきていると言えるだろう。

(参考資料)
"Russia’s Mobilization, Plunging Oil Prices Weaken Putin’s Economic Hand(プーチン氏の動員令、ロシア経済に痛烈な打撃)",Wall Street Journal, September 29,2022
「EU、ロシアへの追加制裁案発表」、2022年9月29日、朝日新聞夕刊
「米、対露制裁を拡大 「併合」非難 議員ら資産凍結」、2022年10月1日、東京読売新聞夕刊
「ロシア産石油 取引価格に上限 EU、禁輸など追加制裁案」、2022年10月1日、中日新聞朝刊
「EU、ロシアへの追加制裁案発表」、2022年9月29日、朝日新聞夕刊

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