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なお遠いウクライナ停戦合意への道のり:先進国側の対応が鍵か

2022/11/16

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米国でウクライナへの軍事支援の見直しを求める声

先般行われた米中間選挙で、上院では与党・民主党が主導権の維持を決めたが、下院では野党・共和党が僅差で過半数を奪還する可能性が見込まれている。ねじれ状態となれば、バイデン政権のウクライナ戦略にも影響が出てくる可能性があるだろう。米政府の対ウクライナ支援額は、2月のウクライナ紛争開始以降、累計で182億ドルを超えており、国際社会では突出している。こうした中、共和党議員の中では、ウクライナへの軍事支援の見直しを求める声も高まっている。

軍事支援の見直しを求める声は、民主党議員の中からも出始めている。米議会下院の民主党議員30人は10月24日に、バイデン大統領に書簡を送り、バイデン大統領が直接ロシアのプーチン大統領と会談を行い、迅速な戦争終結を目指すように要請した。その際、現実的な停戦の枠組みには、制裁の緩和や、すべての当事者が受け入れられる安全保障に関する国際的な合意などを含む必要性がある、と述べている。

ウクライナとロシアの停戦合意への期待が高まる

米紙ワシントン・ポストは11月5日に、米国政府が非公式にウクライナの政権幹部に対して、ロシアとの交渉の扉を開いているとのシグナルを送るよう促した、と報じた。先進国の間では、いわゆる「ウクライナ支援疲れ」が広がっている。また、アジアやアフリカ、中南米など新興国は、ウクライナ紛争によってエネルギー・食料品不足、あるいは価格高騰などの大きな経済的な打撃を受けており、停戦を望む声が高まっている。他方、戦況が好転しているウクライナにはロシアとの停戦合意を目指す姿勢が見られないことへの不満も高まっている。そこで、ウクライナへの最大の軍事的支援国であり、同国への影響力が大きい米国に対して、ウクライナに停戦合意に向けた努力を働きかけるよう、要請が高まっている可能性がある。

他方で米国は、ウクライナに対して停戦合意に向けた取り組みを真剣に促している訳ではなく、他国の不満に配慮したポーズ、との見方も少なくない。実際、11月12日にウクライナのクレバ外相と会談したブリンケン米国務長官は、同国への侵攻を続けるロシアとの停戦交渉を始める時期や交渉内容についてはウクライナが決定するものだとして、米国に交渉を強いる意図はないと説明している。

ゼレンスキー大統領の5つの条件

ロシアのルデンコ外務次官は11月8日に、モスクワで記者団に「前提条件は何もない」として、ウクライナとの協議に前向きな姿勢を示している。他方で、ウクライナのゼレンスキー大統領は、真剣に停戦合意を模索しているようには見えない。

ゼレンスキー大統領は、ロシアに求める和平交渉の前提として、以下の5点を挙げている。
・ウクライナの領土保全の回復
・国連憲章の尊重
・戦争による全損害の賠償
・すべての戦争犯罪人の処罰
・二度と侵略しない保証

これらは、ロシア側が受け入れることはできないものであり、それを承知で提示しているのだろう。現時点で停戦合意の交渉が本格化すれば、勢いづいた戦況に水を差しかねないことを懸念しているのかもしれない。

ウクライナは、ロシアが2014年に一方的に併合した南部クリミアを含めて、自国領土を巡って譲歩することはしないとの姿勢である。一方で、ロシアのプーチン大統領も併合したウクライナ東・南部4州について「議論の対象にならない」と主張しており、両者が折り合う余地は今のところ見えていない。

対ロシア経済制裁の見直しが停戦合意の一つの鍵となるか

ただし、停戦合意は、ウクライナ側が提示する条件だけで決まるものではないだろう。既にみた民主党議員の要請にもあるように、西側諸国が北太平洋条約機構(NATO)などの安全保障体制などでロシア側に配慮する提案を行うことや、対ロ経済制裁を緩和・解除することも、合意に向けた譲歩をロシア側から引き出す手段となる。停戦合意は、ウクライナとロシアの二国間だけで完結するものではないのである。

例えば、この先、ロシア経済が一段と悪化していき、国内の政治体制維持にも支障が生じる事態となれば、先進国による対ロシア経済制裁の緩和・解除が、ロシア側からの譲歩を引き出し、停戦合意成立の鍵を握る可能性も考えられるだろう。

G20(20か国・地域)首脳会議出席のために訪れたインドネシアでイエレン米財務長官は、「停戦合意が成立すれば対ロシア制裁が見直される可能性があり、それは適切だと思う」と語っている。他方で、対ロシア制裁の一部は継続される可能性があるとも述べている。対ロシア経済制裁の緩和・解除を、ロシアとの交渉材料に利用する考えであろう。

現状ではウクライナとロシアの間で停戦合意が早期に成立するめどは全く立っていない。しかし、将来的には、ロシア経済や国内政治情勢が悪化すれば、合意に向けた機運が高まることも考えられなくはないだろう。その際に、対ロシア経済制裁や国際安全保障体制の観点で、先進国側がロシア側にどのような条件を提示できるかが、合意成立の鍵を握るのではないか。それに備えて、先進国側は今からしっかりと戦略を練っておく必要があるだろう。

(参考資料)
「対ロ制裁、ウクライナ和平合意後も継続の可能性─米財務長官=WSJ」、2022年11月14日、ロイター通信
「G20へ「和平協議」言及 ロシアやウクライナ 米に思惑、駆け引き」、2022年11月10日、日本経済新聞
「DJ-対ロ制裁、ウクライナ戦争終結後も残る可能性=イエレン氏」、2022年11月13、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「DJ-米民主党議員、ウクライナでの終戦に向け米ロ首脳の直接会談を要請」、2022年10月24日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「和平交渉はウクライナ次第 米国務長官、外相に伝達」、2022年11月13日、日経速報ニュース
「米共和伸張で支援縮小可能性 ウクライナの妥協余地なく」、2022年11月10日、産経新聞
「ゼレンスキー氏 露と交渉 5つの前提 領土保全回復 侵略せぬ保証」、2022年11月9日、東京読売新聞

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