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物価高と公的年金制度の見直し議論

2022/11/22

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来年度の公的年金支給額は実質で目減り

歴史的な物価高騰が、改めて日本の公的年金制度の設計について議論する機運を高めている。厚生労働省は2023年1月に、23年度分の公的年金の年金改定額を公表する。年金支給額は3年ぶりの増額になる可能性が高い。足元での物価・賃金上昇分が年金支給額に上乗せされるためだ。しかし、上乗せ分は物価上昇分を下回ることから、物価上昇分を差し引いた実質支給額は目減りするとみられ、年金生活者には打撃となるだろう。

現在の年金支給額は、2004年の年金改革で導入された「マクロ経済スライド」に従って決定される。年金支給額は物価、賃金が上昇すれば、その分増額されるが、それだけでは少子高齢化で年金受給者と現役世代の比率が悪化する中、年金財政は悪化を続け将来の制度の安定性、持続性が損なわれてしまう。そこで、保険料を支払う現役世代の減少と平均余命の延びという人口動態の変化に応じて、物価や賃金の上昇幅よりも年金額を抑制する制度が「マクロ経済スライド」である。

ただし、物価、賃金が下落している局面では、年金支給額の減額幅が大きくなることを避けるため、「マクロ経済スライド」は発動されない規定となっている。その結果、2004年度の導入以降、発動されたのは2015年度、19年度、20年度の3回に留まっている。そのため、年金財政は悪化し続けているのである。

そこで、2018年度からは、「マクロ経済スライド」が発動されない間に人口動態への変化に合わせて年金支給額が抑制されなかった、いわゆる積み残し分を、物価上昇時に適用する「キャリーオーバー制度」が導入された。2021年度、22年度は「マクロ経済スライド」は発動されなかったことから、その積み残し分の0.3%相当が、23年度の年金支給額から差し引かれる。

さらに2023年度分の「マクロ経済スライド」発動による抑制分が0.4%程度あり、合計で0.7%程度、23年度の年金支給額が減額され、物価上昇の影響を除いた実質値で見れば支給額は減少することになる。

「マクロ経済スライド」の見直しは必要か

このように、物価、賃金の下落が続き、「マクロ経済スライド」は発動されなかった後に物価、賃金が上昇すると、年金支給額の抑制が一気に強まる、いわば激変が生じてしまう。これは年金生活者の打撃となるだろう。この点を踏まえれば、物価、賃金の下落時にも「マクロ経済スライド」を発動させるように、制度を見直すことも検討すべきではないか。

他方で、物価上昇分を年金支給額に上乗せする際には、年金生活者の消費パターンにも配慮する必要があるのではないか。足元では、エネルギー関連、食料品関連など必需性が高い品目の物価上昇が顕著となっている。年齢層が高い年金生活者は、消費に占めるこうした品目の比率が他の世代と比べて大きいことから、物価上昇の打撃をより大きく受ける。年金生活者が直面している物価上昇は、全国民平均の物価上昇よりも高いのである。

そこで、年金生活者の消費構成で再計算した物価上昇率を用いて年金支給額を計算すれば、年金生活者の生活の安定に資するだろう。

国民年金の保険料支払期間を5年延長する案

公的年金制度の「100年安心」をうたった2004年度年金改革で導入された「マクロ経済スライド」のもとでも、年金財政の悪化は続き、制度の安定性、持続性には問題が残ったままだ。そこでさらなる制度変更の議論が続けられている。

先月、厚生労働省の社会保障審議会年金部会が開催された。2024年に行われる5年に1度の年金財政検証に向けて、年金改正の議論がスタートしたのである。そこでは、国民年金(基礎年金)の保険料支払について、現在の40年間(20歳以上60歳未満)を5年延長して、64歳までの45年間にする方向が検討されているという。

国民年金の保険料は現在、月1万6,590円である。40年間支払うと月約6万5千円の基礎年金を受け取ることができる。仮に保険料を支払う期間が5年延びると、その分だけ現役世代の負担が増加するとの批判が出ている。しかし、現役世代の将来の受け取りも増加するのである。

厚生年金は、働いている場合には70歳まで保険料を納め、その分年金額も増える仕組みとなっている。それに対して国民年金では、保険料を納める時間を60歳までとしているのは、近年の高齢化の流れを反映せず、60年前にできた古い仕組みのままであることの反映である。保険料の支払い期間の延長は、検討されるべきだろう。

本当の「100年安心」の制度に向け継続的に見直しを

「100年安心」と銘打った現在の公的年金制度は、「マクロ経済スライド」のもとで、高齢化がさらに進んでも、年金支給額を削減することで年金財政を維持することに主眼を置いたものだ。しかし、今後の人口動態次第では年金支給額が著しく削減され、形式的に制度は存続しても、年金生活者の安定が十分保障されず、制度が事実上破綻してしまう恐れもあるのではないか。その点から、「100年安心」の制度とは言えないだろう。

年金支給を支える現役世代も、将来の年金受給者であるとの視点に基づき、現役世代の負担増加に歯止めをかけることを狙った2004年度の年金改革、そのもとで導入された「マクロ経済スライド」についても、改めて世代間の負担の在り方を議論した上で、見直しを検討する時期に来ているのではないか。

(参考資料)
「年金3年ぶり増額改定へ 来年度1.8%増の試算 マクロスライド発動、物価高で実質目減り」、2022年11月22日、日本経済新聞
「来年度年金 実質減額*民間試算*物価上昇に追い付かず」、2022年11月22日、北海道新聞
「(ニュースドリル)国民年金の保険料、「64歳まで」検討」、2022年11月21日、朝日新聞
「国民年金「65歳まで納付」案 若者世代にはプラス-正しく年金を理解する(3)」、2022年11月21日、日本経済新聞電子版

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