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ロシア産原油輸出の上限価格設定は穏当な着地:先行きは需要鈍化で原油価格の下落リスクが高まるか

2022/12/05

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ロシア産原油の輸出上限価格を1バレル60ドルで合意

ロシア産原油輸出価格に上限を設定するG7(主要7か国)の対ロ制裁措置のスキームが、12月5日の実施が直前に迫った12月2日にようやく決定された。G7及び欧州連合(EU)は、ロシア産原油の輸出上限価格を1バレル60ドルとすることで合意したのである。この合意には、オーストラリアも加わった。

ただし、G7、EUともに、海上輸送を通じたロシア産原油の輸入を12月5日からほぼ停止するため、制裁措置の直接的な影響は受けない。また日本についても、ロシア産原油の輸入は「サハリン1」と一部「サハリン2」を通じて行われてきたが、他の先進国と足並みを揃えて既にロシア産原油の輸入を段階的に停止する方向に動いてきており、足もとでは輸入はほぼ停止している。そのため、今回の輸出価格上限措置の影響はほぼない。

ただし、今回の制裁措置に対するロシアの報復措置によって、「サハリン2」を通じた日本のLNGの調達に支障が生じることを恐れて、「サハリン2」を通じた原油輸入については、来年9月末まで原油輸出価格の上限設定の対象外とすることを決めた。

ロシアは、上限価格を受け入れた国にはロシア産原油の輸出を停止するとの方針を示している。

ロシアの報復措置で世界の原油価格が大きく上昇することも警戒

今回の措置は、先進国以外の特にアジア、中東諸国に対するロシアの原油輸出価格を抑え、ロシアの原油輸出収入を減らして、戦費調達に打撃を与える狙いがある。ロシアの海上輸送による原油輸出については、船舶保険の大半を担っているのは欧米の金融機関であるため、上限価格を超えてロシアが原油を輸出する場合には、それら金融機関が保険を提供しないことで、アジア、中東諸国に対して、上限価格以下での輸入を強いる仕組みとした。

他方、先進国が恐れているのは、今回の制裁措置への報復として、ロシアが原油の生産・輸出量を大幅に削減することで、世界の原油価格を大きく押し上げてしまうことだ。それは、先進国の経済に打撃となる。

ロシアの原油の採算ラインは1バレル40ドル台とされている。上限価格をその水準以下に設定した場合、ロシアは採算割れとなる原油生産を停止する可能性が生じ、そうなれば世界の原油価格を押し上げてしまう。あるいは、採算ラインを上回る水準であっても、市場実勢をかなり下回る水準に上限価格が設定されれば、ロシアがそれに強く反発して、世界の原油価格高騰を通じた先進国経済への打撃を狙って、原油生産・輸出を停止する、あるいは大幅に減少する報復措置を打ち出す可能性がある。

ロシアの戦費調達に打撃を抑えつつ、世界の原油価格が大きく上昇する事態を回避する、という2つの目的を同時に達成できる微妙な水準に、原油価格の上限は設定されたのである。

上限価格は今後も市場実勢並みに設定される

ロシア産を代表するウラル原油は、国際市場で1バレル65ドル前後で取引されている。EUは当初、上限価格を1バレル=65~70ドルとするG7案を軸に検討していた。しかし、ロシアへの反発が強いポーランド、エストニア、リトアニアなどが、30ドル程度とより踏み込んだ水準を求めており、調整が難航していた。最終的には現在の市場価格よりも5ドル程度低い水準で上限価格が設定されたのである。

エストニア政府によると、上限価格を1ドル引き下げると、ロシアの原油収入を年間約20億ドル減少させる効果が見込まれるという。このことから、輸出価格が市場実勢よりも5ドル低いと、ロシアの原油収入は年間で100億ドル程度減少する計算だ。

より低い水準での上限価格設定を求めていたポーランド、エストニア、リトアニアなどは、今回の決定に引き続き不満を抱いている。そのため合意では、この上限価格を2023年1月中旬に再び見直し、その後も2か月ごとに見直すとした。さらにその価格上限は市場の平均価格より5%低く設定するとしたのである。

それでも、概ね市場実勢に近い水準がこの先も維持されることになり、世界の原油価格の先行きの見通しには大きな影響を与えない。

原油価格の決定要因は供給側から需要側へ:来年1バレル50~60ドルが視野に

中国など、対ロシア制裁に反対してきた国は、今回の価格上限措置によって事実上、制裁措置に組み込まれることになり、反発を強めているとみられる。自国の金融機関を通じた輸送保険を用いて、上限価格にとらわれない形でロシアからの原油輸入の継続を模索する動きもあるようだ。あるいは、形式的にはこの上限価格を守る姿勢をとりながらも、密かに高めの価格で輸入を続ける国もでてくるだろう。また、中東ではロシア産原油を他の油種と混ぜることで、産地を分からなくする動きも従来からあるとされており、上限価格が守られない可能性があるだろう。

今回の制裁措置に対するロシア側の対応に不確実性は残るとはいえ、市場実勢に比較的近い水準に上限価格を設定したことで、ロシアが原油の生産・輸出を大幅に削減するという報復措置をとる可能性は低下したのではないか。

過去数か月の間原油市場は、この上限価格の設定が、世界の原油市況に大きな影響を与える可能性があるとして強く警戒してきた。実際には、想定内の着地となったことで、合意直後の原油市況は大きく反応していない。

上限価格設定を受けて、この先の原油市況を決める要因は、対ロシア制裁を受けた原油供給の変化から、世界の原油需要の変化へと大きく変化していくだろう。中国を中心に原油市場が世界経済の減速観測を強めていく中、この先原油価格は下落方向を辿るとみられ、来年にはWTI原油先物価格で、1バレル50~60ドル程度の水準が視野に入ってくるのではないか。

このことは、ロシア経済そして戦争継続能力に強い逆風となる一方、世界のインフレ懸念を鎮静化させる大きなきっかけとなるのではないか。

(参考資料)
「ロシア政府、原油価格制限「受け入れがたい」 対抗措置を示唆」、2022年12月4日、毎日新聞速報ニュース
「ロシア原油、上限60ドル発動へ G7とEU足並み 相場安定と両にらみ 制裁効果に疑問も」、2022年12月4日、日本経済新聞
「上限価格、中国インド焦点 調達国も価格交渉の見方 ロシア産原油」、2022年12月4日、朝日新聞
「ウクライナ侵攻:ウクライナ侵攻 露産原油価格、上限60ドル G7・EU・豪、追加制裁合意」、2022年12月4日、毎日新聞

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