はじめに
野村総合研究所 システムデザインコンサルティング部の羽江です。
今回は、いま世間を賑わせているメタバースを取り上げ、未来への流れやその特徴・活用イメージについてお話したいと思います。
執筆者プロフィール
羽江 亮太:
専門はUI/UXデザイン。システムのUI/UX評価分析・設計や標準化、UI/UXプロジェクトのPMO支援などUI/UXデザインコンサルティングに従事。HCD-Net認定人間中心設計専門家。
メタバースの本質は情報の3D化
メタバースとは、「インターネット上の3次元仮想空間」と定義されることが多いです。
メタバースの盛り上がりや潮流を考えるとき、その要因にはいろいろな要素がありますが一つには「情報の3D化」というのがあります。情報の3D化はごく自然な流れです。そもそも現実世界は3D(3次元)であり、ただこれまでは、技術的な制約から2D(2次元)で表現せざるを得なかった。それが、3D技術が発達してきてよりリアルな表現が可能になり、現実世界に近づいたということです。今後も3D化の流れは加速するので、メタバースもこの流れに乗ってますます発展するでしょう。
「メタバースは情報が3D化された世界」と位置付けると、よりその意味が理解できると思います。現在のWebやアプリの3D化とイメージしてください。例えば、従来の2DのECサイトは、3D上で商品閲覧できるなど現実世界と同じような店舗として、メタバース内に再現されています。SNSやオンライン会議のようなコミュニケーションツールは、それぞれVRChatやHorizon Workroomsに代表されるような、アバターを介して3D上でコミュニケーションがとれるサービスへ発展してきています。
3Dになることによって表現の幅も飛躍的に広がり、ユーザーが享受できるサービスの質が大きく向上するでしょう。3Dを前提にしたWebやアプリのサービスはこれからどんどん世に出てくると思います。DX推進を考える企業にとって、今後は3Dでの表現・実装を前提にしたビジネス・サービスの企画開発を考えていくことが重要になると思います。
メタバースはまだまだ黎明期
メタバースは急速に盛り上がりつつある一方で、まだ黎明期といえる段階にあります。この要因もいろいろな要素が絡みますが、一つには、メタバースを体験するために使うヘッドマウントディスプレイなどのリードデバイス(市場を牽引するデバイス)が未だ登場していないという点があります。
メタバースを実現する要素技術の一つにVR(Virtual Reality)があり、さまざまなVRデバイスが登場しています。市場に出回っているVRデバイスとしてはMeta社の「Meta Quest 2」が一歩抜きん出ています。数万円で買えるMeta Quest 2は昨今のメタバース隆盛にも一役買ったといえるデバイスです。
それでもまだ現在のVRデバイスに共通する技術課題は多く残されており、リードデバイスというには程遠いものといえます。大きくて重い、酔う(VR酔い)、見た目が格好悪い、髪が乱れる、持ち運びし難い…等々普及のネックになる要素が多く、まだまだアーリーアダプターの利用に留まっているのが現状です。
これが普及ステージに入るにはこれらの技術課題を打破するデバイスを実現することが極めて重要です。特にユーザーがWebを3Dで見るようになると、自宅でしか使えないような現在のVRデバイスの延長ではなく、スマートフォンのようなポータビリティのあるデバイスが求められます。
こうしたデバイスの進化はすでに起こりつつあります。直近でいえば例えばグラス型で薄型軽量かつ持ち運びが楽というデバイスが登場しています。さらに、VR/MR(仮想現実/複合現実)両方に対応した使いやすいものも登場しています。こうしたデバイスが一般消費者に浸透し、なにかのサービスをきっかけに利用が一気に拡大していくような流れが出てくることで、メタバースは成長期に発展すると考えられます。
一部には、近々Appleの新XRデバイスが販売されるのではないかという話が囁かれています。かつてAppleが新興モバイル市場にiPhoneを投入して爆発的に普及したように、今回も画期的な製品を市場に投入してくれることを、個人的にも大いに期待しています。
メタバースの成長期に向けて
リードデバイスの登場がひとつの契機となって、VRの利用が一般消費者に広がると、メタバースが社会に定着し始めることになります。近々訪れるであろう成長期に備え、メタバースをどう活用していくかの検討を始めておいた方がよいでしょう。こうした検討は、黎明期の段階から着手することが企業のDX推進においても非常に重要であり、企業としては、このメタバースの波に乗り遅れないようにしたいものです。
そこで、メタバースはどのように活用できるのかについて、整理してみましょう。ここでは、企業のDX推進担当の方がメタバースの活用を考える上で重要となる4つのキーワードをとりあげます。
- ① Experience (体験・体感)
- ② Simulation (試行・実験)
- ③ Communication (会話・交流)
- ④ Analytics (行動解析)
各キーワードについて、具体的な活用イメージと特徴を説明していきます。
① Experience (体験・体感)
メタバースの「メタ」には「高次の」という意味があります。その言葉が示す通り「次元・時空を超えた」体験ができるところにその特徴があります。メタバースは物理的・時間的な制約からは解放された仮想世界なので、遠く離れた場所や、それこそ宇宙空間のような特殊な環境も再現できます。また空を飛んで空間を移動したり眺めたり、はたまた瞬間移動をしたりすることも可能です。
企業向けでは、現実には再現しにくい災害事故や建設中の作業現場といった環境下での研修・トレーニングなどの用途として活用できます。現実と同じ3Dの世界での体験にはリアリティがあります。例えば安全教育の分野では、事故などの現場体験を提供できるため、利用者に鮮明な印象を与え、より理解を深める効果があります。そのような教育用途のメタバースもどんどん作られていくでしょう。
② Simulation (試行・実験)
メタバースでは、失敗を恐れずに新しいことを試したり、何回もやり直したりが容易に行えます。今後は各企業が多種多様な実験場のようなメタバースを大量にもつ時代が到来するかもしれません。
その代表格がデジタルツインです。例えば建物や街といった現実世界のモノをデジタルで複製・再現し、物理データや数理モデルを用いてシミュレーションを行うというようなものです。活用方法としては、メタバースで検証した内容を現実世界にフィードバックして、改善に繋げるといったものがあげられます。現実空間で行うにはコスト高でリスクが大きいものにも適しているため、失敗が許されないような業務や、現実世界では仮説検証が難しいような業務を、メタバース上でやってみるのもいいかもしれません。
③ Communication (会話・交流)
注目すべき特徴としては、3D空間上におけるアバター同士のコミュニケーションを、臨場感をもって行うことができるということがあげられます。メタバースでは、場所や空間等の物理的な制約なく、現実同様に相手の存在を目の前に感じつつ、顔やジェスチャーなどを見ながら対話できます。VRChatやclusterの様なソーシャルVRツールはその代表例です。単なる会話だけでなく、デジタルアイテムの売買を行えるDecentralandのようなNFTゲームもたくさん世に出てきています。
そのため、一般消費者向けには、商品販売やマーケティング、ブランディングの観点からの活用が期待されています。企業用途では、社内外のミーティングやグループワーク、セミナー・研修といった多対多のコミュニケーションへの活用もできるでしょう。
④ Analytics (行動解析)
ここまでメタバース空間でどのような活用ポイントがあるかを3つ整理しました。最後は、メタバースのような3Dのサービスで得られるデータ利活用についてです。行動データの記録・利活用という観点が重要になります。
従来の2Dサービスでは、平面ブラウザ上のボタンクリックや画面遷移のような動線分析といったデータの取得にとどまっていましたが、3Dではその範囲が格段に広まります。
バーチャル店舗を例に考えるのがわかりやすいです。3D上で実際に歩いた経路(動線)から、商品棚のどこを見ていたか(視線)、どの商品を手に取ったか(アクション)、店員に発した質問(会話)といった、商品購入までにリアルでユーザーが取る行動とほぼ同じ情報を記録できます。企業にとっては、これらの行動データをいかに活用するかがポイントになります。
一般消費者の行動分析はマーケティングで活用できますし、先のトレーニングの例では、行動記録を取ることで受講者の学習レベルの把握や学習効果の計測をすることもできます。
メタバース上のデータ利活用は、アナリティクスという領域でも今後注目すべきテーマになっていくと思います。
メタバース成熟期 ~マルチバースの時代へ~
将来的にはメタバースも成熟期に入り、社会インフラとして当たり前の存在となっていくでしょう。そして、メタバースが無数に存在する「マルチバース」の時代に突入していくと考えられます。マルチバースの時代には、様々な目的・機能を持ったメタバースが相互に繋がり、それこそWebブラウジングをするかのように、気軽に仮想空間を渡り歩きながら、各々のメタバース上で情報を探したり、ビジネスを行ったり、コミュニケーションをとったりしながら、長時間にわたってメタバース上で過ごすことが当たり前になってくるでしょう。
最終的には、先に触れた”Experience”等の「質」が劇的に向上し、究極的な没入体験が可能なメタバースも出てくると思われます。そこには映画マトリックスのような、現実との区別がつかないほどのリアルな仮想世界が存在するでしょう。現在体験できるのは視覚・聴覚のレベルですが、そのときには、触覚・嗅覚・味覚も体験可能なレベルにバージョンアップしていると思います。ここでは詳しく触れませんが、既にベースとなる技術は開発されており、実用化は時間の問題だと思われます。
少しだけその先の世界を想像してみると、例えば高級料理フルコースを味や食感を含めて堪能でき、食欲までをも満たしてくれるメタバースといった、今の時点では想像しにくいサービスも出てくるかもしれません。こういったサービスは、現実の状態を無視して体験できるという点で革新的です。フルコースの例でいえば、仮に現実世界では病気で流動食を余儀なくされるような場合であっても、仮想世界では存分に食事を楽しむことができたりするわけです。このような無限の可能性を秘めている点こそが、メタバースが注目される所以であり、メタバースの真髄なのだと思っています。
現実と仮想世界との垣根がなくなる時代になるのはしばらく先の話にはなりそうですが、そのような世界の実現が人類の手に届く範囲になりつつあるのです。想像すると何だかワクワクしてきませんか?
おわりに
弊社では、XRといったメタバース関連技術にも着目し、実証実験などの取り組みを始めています。
近々では、マルチバース時代の到来に向け、ハイペースで進化するWeb・アプリの3D化に備え、自社サイトの一部をメタバースにして公開する試みなども検討しております。
メタバースの業務活用などでお悩みなどありましたらお力添えできますので、是非ともご相談ください。
執筆者情報
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