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日本が統合抑止の理念を受け入れ日米同盟深化へ(日米首脳会談)

2023/01/16

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統合抑止の理念の下で変質する日米同盟

岸田首相はワシントンで1月14日、バイデン大統領との首脳会談を行った。G7(主要7か国)加盟国歴訪の最後であり最大のイベントとなった。両国にとって大きな焦点となったのは、中国、ロシア、北朝鮮の軍事的な脅威に対して、日米が連携を強化して対応し、日米同盟を深化させることができるかどうかだった。それは十分に達成された感が強い。

1950年に締結された「旧日米安全保障条約」に基づく二国間の軍事的な取り決めに始まる日米同盟は、70年の時を経てより対等な関係を目指す方向で大きく変容してきている。

米国は、中国、ロシア、北朝鮮など権威主義的な勢力に対抗するため、同盟・有志国の力を総動員する「統合抑止」を戦略に掲げている。日米同盟の深化もその一環である。「統合抑止」の下では、当該各国がそれぞれ抑止力強化に向けて相応の貢献を求められる。

日本の防衛力の強化については、去年5月に岸田総理が「防衛力を抜本的に強化し、防衛費の相当な増額を確保する」とバイデン大統領に約束していた。実際、政府は防衛費をGDP比で現状の2倍となる2%とすることを目指し、昨年末に5年間の防衛費増額を閣議決定した。

それは、日本が自らの防衛力を強化することを目指すだけでなく、それと交換に米国及び他のG7諸国から安全保障面での連携強化を引き出し、中国、ロシア、北朝鮮などの軍事的脅威に対する抑止力を強化する狙いがある。

日本の防衛力強化計画は日米連携強化が前提

首脳会談で岸田首相は、日本の防衛力増強、反撃能力の保有、防衛3文書などについてバイデン大統領に説明し、バイデン大統領からは、「日本の歴史的な防衛費の増額や、新たな国家安全保障戦略を通じて、我々は軍事同盟の近代化を図っている」「アメリカは日米同盟に完全に徹底的に責務を果たす。日本の防衛にも責務を果たす」との説明を受けた。また日米同盟については、バイデン大統領が「核を含むあらゆる能力を用いた、日米安保条約5条の下での、日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメント」を改めて表明した。そして5条が沖縄県・尖閣諸島に適用されることも改めて確認した。日本側の狙いは十分に果たされただろう。

今回の日本の防衛力強化策の柱となったのは、相手の領域内のミサイル発射拠点などを直接攻撃する、反撃能力の保有である。それを通じた抑止力の強化を実効性のあるものとするには、米国との連携が不可欠である。特に、相手国が日本に対してミサイル発射などを通じて軍事的攻撃を準備しているとの情報は、米国を通じて得られる部分が多い。この点から、日本が独自に決めた防衛力強化策であっても、それは日米連携の強化、日米同盟の深化が前提、それと一体である。

日米首脳会談やそれに先立つ外務・防衛閣僚協議(2+2)で日米の連携強化が確認されたことで、日本の防衛力強化計画もようやく完結した感がある。

日本が紛争に巻き込まれるリスクも高まる

ただし、日米連携の強化は、日本が米国の安全保障戦略に組み込まれていくことも意味し、この点から日本が他国からの攻撃対象となってしまうリスクを高める側面もある。日本はそういう道を選択したのであり、相応の覚悟をすることが必要だろう。

共同声明には、「台湾海峡の平和と安定を維持する重要性」も明記された。台湾有事の際には、日本が巻き込まれるリスクは高まっており、日本と米国はまさに一蓮托生となっている。

経済分野では日米に温度差

台湾有事を含め、中国に対抗するために日米の連携を安全保障分野で強化していることで日米の利害は完全に一致している。しかし経済分野ではかなり温度差があるだろう。米国は中国経済との関係を遮断するデカップリングを目指している。日本にも中国への半導体輸出規制で協力を求めている。他方、日本は中国との経済関係を切ることは考えられず、経済分野での米国の要求を100%は受け入れられないところだ。

また台湾有事についても、経済的な打撃は米国よりも日本の方が格段に大きくなる。戦闘により台湾との貿易関係が停止すると、1年間の効果で日本のGDPは1.4%押し下げられる(コラム「台湾有事の経済損失試算:国内GDP1.4%下落」、2022年8月4日)。アジア地域全体の貿易に支障が生じると、日本経済への影響はその何倍にも膨れ上がるだろう。この点からも日本は台湾有事を避けたいと考えており、米国との間の温度差は大きい。

「核兵器のない世界」の議論はややトーンダウン

今回の岸田首相の欧州、北米の歴訪の狙いは、今年5月に広島市で行われる主要7か国首脳会議(G7サミット)の地均しだ。広島出身の岸田首相が最も関心を持っているのは、「核兵器のない世界」の実現であり、11日には記者団に対して「核軍縮・不拡散というテーマで広島から国際的な機運を盛り上げる機会にしたい」と強調している。日本政府は、G7サミット開催時に、各国のリーダーの広島平和記念公園への訪問を検討している。またバイデン大統領が被爆地・長崎市に現職の米大統領として初めて訪問することも検討されている。

バイデン大統領はオバマ政権から「核兵器のない世界」の理念を引き継いだ。大統領候補だった2020年8月には「核兵器のない世界に近づけるよう努力する」との声明も出している。

しかし、ウクライナ戦争でロシアによる核兵器の使用の懸念が広がる中、米国で核廃絶に向けた議論はトーンダウンしてしまった感がある。ロシアの核使用を抑止させるためには、米国の核保有の重要性は高まっている。また、今回の日米同盟の深化、強化においても、米国の核兵器は抑止力として重要な役割を担っているのである。

ウクライナ戦争勃発、台湾海峡の緊張を受けて、岸田首相が恐らくライフワークとして最も強い関心を持つ核廃絶というテーマの優先順位を引き下げることを、岸田政権は強いられているだろう。

(参考資料)
「日米首脳会談 岸田首相「連携を強く確認」 バイデン大統領「日米同盟の責務果たす」」、2023年1月14日、日本テレビニュース
「日米首脳会談で共同声明 「台湾海峡の平和と安定維持」重要性を明記」、2023年1月14日、朝日新聞速報ニュース
「バイデン氏「日本の防衛に全面関与」  日米首脳会談」、2023年1月14日、日本経済新聞電子版
「日米首脳、ともに被爆地へ 5月のG7広島サミット ロシア核使用抑止期待」、2023年1月14日、日本経済新聞

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