金融業界の横のつながりで生成AIの活用を促進
生成AIのビジネス利活用への関心が急速に高まり、金融業界でも幅広い領域で高い効果を発揮することが期待されている。そうした中、金融データ活用推進協会では今年5月、金融機関の生成AI活用事例や事例ごとに考慮すべきリスクと対応例を示したハンドブックを公表した。ハンドブックを作成した狙いは何か、今後どのように発展させていくのか、代表理事の岡田拓郎氏に語っていただいた。
語り手
一般社団法人金融データ活用推進協会 代表理事
NPO法人金融IT協会 副理事長 兼 事務局長
岡田 拓郎氏
2008年 七十七銀行入行、その後、全国銀行協会、三菱UFJ信託銀行、デジタル庁で一貫して金融デジタル分野に従事。金融業界横断でAI・IT活用を推進することをミッションに複数団体を運営。一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)の前身組織である「金融事業×人工知能コミュニティ」の発起人。2022年4月にFDUAを設立し、代表理事に就任。
聞き手
株式会社野村総合研究所
金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアリサーチャー
金子 洋平
2015年 野村総合研究所に入社。同年NRIセキュアテクノロジーズ出向、セキュリティコンサルティング業務に従事。2020年より現職。金融機関のビジネスに関するコンサルティング、リサーチに従事。専門は金融DX推進、リテール金融など。一般社団法人金融データ活用推進協会 AIWGアドバイザー。著書に「AIナビゲーター2024年版(共著)」。
金融データ活用推進協会(FDUA)が果たす役割
金子:
岡田さんが代表理事を務める金融データ活用推進協会(FDUA)はどのような団体で、どういう目的で設立されたのか教えていただけますか。
岡田:
2022年4月にFDUAを立ちあげて2年になりました。前身組織として「金融事業×人工知能コミュニティ」(2020年1月設立)があったのですが、これを社団法人化したものです。
FDUAの立ち上げにあたって、理事の方々から助言頂き、特に心掛けていたのは「業界の横のつながりを作っていこう」ということでした。私は予てから、金融業界は各金融機関が縦割りで競争し過ぎている面があり、そのために業界全体として競争力を失っている部分があるのではないかと思っていました。ですから、FDUAでは金融機関の間で協調してできる部分を見つけ出して業界横断でやっていけないかと考えたわけです。
FDUAも元はと言えば、金融業界のデータの実務家同士が集まって、ちょっとした飲み会をやるところから始まったものです。お酒を飲みながら話をすると、お互いに共通の課題で困っていたことがわかってきます。「うちはここの分析で困っているんだ」、「ここの基盤で困っているんだ」、「こういった人材育成で困っているんだ」といった悩みはお互いに似たり寄ったりなわけです。
そこでそうしたノウハウをカジュアルに共有する場があってもいいのではないかと考え、ミートアップという形で交流を始めました。ミートアップを重ねていくうちに、生成AIのガイドラインを作成したらどうか、といった具体的な課題も次第に寄せられるようになりました。そこで、そうした具体的な課題についてはワーキンググループを作ってそこで進めていくことにしました。
また、前身の「コミュニティ」では参加者は金融機関だけでしたが、FDUAでは一般社団法人化するにあたって誰でも参加できるようにしました。その結果、NRIのようなIT企業やスタートアップの方たちにも参加いただき、より強固な推進力を得ることができました。
金子:
それまでデータ活用のノウハウについて各金融機関が縦割りでうまく共有できていなかったのが、岡田さんが立ち上げたコミュニティや協会でうまく壁を超えることができたのはどうしてだと思いますか。
岡田:
FDUAの特徴として、熱い人が集まっているから、というのは一つあるのかなと思っています。現状をなかなか変えられない中、「もっと変えられる」と思っている人がFDUAには集まっています。
金子:
それまで社内で自分一人で課題を抱え、もやもやしていた人たちが熱い思いを持って集まり、そうした輪がだんだん大きくなってきたということでしょうか。
岡田:
そうですね。FDUAが発足した2年前は、今みたいにAIは流行っていませんでした。前身の「コミュニティ」を含めると合わせて4年間くらい活動していますが、この時期はどちらかというとAI に対して幻滅している人が多い時期でした。ディープラーニングの第3次AIブームはありましたが、金融機関では「思ったより使えない」、「ビジネス効果が出ない」と言われ、少し居場所を失ったような担当者もいたように思います。
そうした中から、「でも、AIやデータの時代はいつか来る。私たちが金融を変えていくんだ」と考えていた人たちがFDUAに集まって、ようやく今、生成AI の時代が来た、というところだと思います。
生成AIの盛り上がりを金融機関はどう捉えているか
金子:
今おっしゃったように、金融機関は、AIへの幻滅期を経て生成AIで非常に盛り上がってきたところだと思います。今回の盛り上がりを金融機関はどう捉えているのでしょうか。
岡田:
近年のフィンテックやDXといったテクノロジーの革新的な動きと今回の生成AIブームに対する金融機関の向き合い方を比べると、今回は経営層が本気だなと強く感じます。
これまでのテクノロジーの革新的な動きでは、リスク管理部署がストップをかけて進まないといった話を多く聞きました。ですが、今回の生成AIに関しては、むしろリスク管理部署も課題を解決するための代替策を出したりして、会社一丸となって推進しているように感じています。
今回の生成AIについてもブーム先行の側面はあると思いますが、幻滅期がすぐに来ることはないのではないでしょうか。比較的地に足の着いた技術であると多くの方が感じているように思います。
金子:
リスク管理部署が今回の生成AIに関しては前向きということですが、一口に生成AI の活用のリスクと言っても、どこに焦点を置けばよいか難しいところがあると思います。法規制やセキュリティ規程の順守に関連するリスクなどはわかりやすいのですが、生成AIが変なことを言って金融機関の社会的な評判を損ねてしまうようなリスクを気にしている会社も多いようです。どのようなリスクに特に注意すればよいと思いますか。
岡田:
生成AIの何がリスクかというと、総論としては、生成AI に取り組まないことが一番のリスクになっているのではないでしょうか。
金子:
となると、どちらかというとリスク管理部署のリスクではなく、経営判断としてのリスクでしょうか。
岡田:
そうです。ただ、生成AIに取り組まないことのリスクをリスク管理部署も感じているのがこれまでと違うところだと思っています。
それから、個別のリスクとしては、やはりお客様向けのところがポイントになっていると思います。社内であればある程度間違いがあっても許される業務はあります。しかし、お客様向けとなと、誤った回答をしたり誤った資産運用アドバイスをしたりすることは、信頼が基盤である金融機関にとっては許容し難いわけです。そこをどうクリアしていくかに注目すべきだと思います。
金子:
金融機関としては、お客様向けに生成AIに答えさせたり、アドバイスみたいなものを提供していきたいという気持ちはあると思います。しかし、コンプライアンスの問題もあり、AIに安全な答えをさせようとすると、何も答えられない状態になってしまっています。
こうした状況は金融機関とIT企業だけががんばってもなかなか解決できるものではありません。個人的には、金融機関のお客さまのAI リテラシーも上げていけたらよいのかなと思っています。
岡田:
そうですね。お客さまに、AIのリスクについて規約に書いたり同意をもらったりしても、なかなか納得感は得られず、評判リスクは解消されません。お客様の間で、AIには不得意なところもあるという理解が広がってくれば、評判リスクは低減されて、AIがもっと活用される世界になるのかなと思います。もしかしたら、そうした啓発活動も今後協会の役割の一つになるかもしれません。
ハンドブックの有効な活用法
金子:
FDUAでは、私も執筆に参加させていただいた「金融生成AI実務ハンドブック」を5月に公表しました。また夏には「金融生成AIガイドライン」の公表も予定しています。
こうしたハンドブックやガイドラインを作るに至った経緯を教えていただけますか。
岡田:
現状では各金融機関が個別に生成AIに関連する各種の法規制やリスクのポイントについて検討しルールを作成しています。そのため、各金融機関が同じことをやっている部分がかなりあり、他の金融機関に相談したいと悩んだりしています。そこで、各金融機関で悩んでいる共通の項目については協調できる領域としてFDUAで扱っていこうと考え、そうした中でガイドラインを作ろうと作業を始めたわけです。
ただ、ガイドラインを作り始めると、事業インパクトの大きな代表的なユースケースを鉄板ネタとして示すことが大事であることもわかってきました。ユースケースがあってこそ、それに関連する法規制やリスクが存在するわけです。そこで、ガイドラインより前に、ユースケースをまとめたハンドブックを作ったほうが業界のためになるのではないのかと考え、そちらの作成を先行させたわけです。
金子:
金融機関の方々は今、生成AIをどう活用するかいろいろ試行錯誤している段階だと思います。そうした状況では、ユースケースを通じて、自社でやる場合にどんなリスクがあるか洗い出していくと考えやすいでしょうね。
岡田:
FDUAでは昨年、「金融AI成功パターン」という機械学習に関する本を出版しました。その際も、多くの金融機関の方々からユースケースがわかると取り組みやすいという声をいただきました。こうした経験からも、生成AI分野でもユースケースにまず着目したいと思いました。
金子:
ユースケースをベースとしたハンドブックを先行させたのは、生成AIを活用してもらうために真剣に検討したFDUAらしい選択だったと感じます。
岡田:
そうですね。FDUAには、本当の意味で実務家が集まっており、魂のこもった内容になったと思います。
FDUAの参加者は、金子さんも含め、基本的には個人立候補で、「やりたい」という熱い思いを持った人が自分で社内調整をして参加するパターンが多いです。このハンドブックも土曜日に合宿をしたり、平日の業務終了後に集まって議論したりといった活動がメインでした。
金子:
ハンドブックを公表した反響はどうでしたか。
岡田:
大きな反響をいただいています。FDUAのホームページからダウンロードできるのですが、掲載1週間で500件もダウンロードされました。これまでのFDUAの取り組みの中でも非常に反響がよいものとなっています。金融機関だけでなく官公庁、IT企業、スタートアップ、個人の方など業種を問わず、ダウンロードしていただいたり協会宛てにご照会いただいたりしています。
金子:
ハンドブックのおすすめの使い方はありますか。
岡田:
金融機関の方々にはぜひ自席に平置きしてほしいです。そして生成AIに取り組むぞとなったときには、ハンドブックを参照していただき、推進する上でのポイントを押さえた上で取り組んでいただくと、効率的に進めることができるのではないかと思います。
今回のハンドブックの中には、ユースケースとリスクの関係を一目でわかるようにまとめた個人的に気に入っている表があります1)。生成AI活用の8つの具体的な事例についてそれぞれ5つのリスク(個人情報・機密漏洩、ハルシネーション、プロンプトインジェクション等の悪用、サードパーティリスク、著作権侵害)の大きさを星の数で示した表です。
今、多くの金融機関で生成AI の企画担当者などが経営層から生成AIのユースケースを作るよう求められ、どこから着手すればよいか悩んでいます。またリスク管理部署では生成AIの何がリスクなのか、いまだに回答に困っています。そうした金融機関では生成AI 活用に向けた第一歩として、この表を用いて「こういうユースケースがあって、こういうリスクがある」と確認いただければ、金融機関内のコミュニケーションの円滑化に役立つのではないかと思います。
その上でさらに、「ではこの事例に取り組もう」となったときには、ハンドブックの事例の部分を参照していただくと、具体的なリスクのポイントを知ることができます。
金子:
ハンドブックを読んでそこから実際の作業へと落とし込む際に何か困ったら、協会のミートアップに参加してもらうとよいですね。
岡田:
ぜひ、そうしていただきたいです。金子さんのような有識者の方もいれば、金融機関で同じような課題に取り組んでいる方もいますので、そこでより詳細に議論していただけると思います。ハンドブックを読んで終わらせるのではなく、協会の活動にも参加いただくことで効果を最大化できるでしょう。
ハンドブックをどう発展させていきたいか
金子:
今後、このハンドブックはどのように発展させていきたいと考えていらっしゃいますか。
岡田:
ハンドブックはこれで完成というわけではありません。日々、ユースケースとリスクのポイントの記述をブラッシュアップし続けていく必要があります。まだスタート地点に立ったところだと思っています。
金子:
そうですね。今回のハンドブックでは去年の12月にキックオフし、1月、2月に執筆を始めました。そこから半年くらい経って既にユースケースもだいぶ変わっている印象を持っています。どこかでアップデートして、より実践的なものにできればよいなと感じています。
岡田:
ハンドブックの発展ということで私が一つ考えているのは、ハンドブックを冊子化して金融機関に配布することです。
冊子になると、やはり参照しやすくなります。金融機関の実務家にとってしっかりした形式知になるでしょう。さらに官公庁をはじめ、社会貢献に資するような団体や大学の方などに献本して、広く役立てていただきたいと思っています。
今回のハンドブックは、特定の業界に限定した生成AI のハンドブックという意味で、たぶん世界初、という特筆すべき点があります。金融業界で実務に地に足の着いた内容のハンドブックができたことで、小売り、製造といった他の業種でも同じような取り組みのきっかけになったらうれしいです。
金子:
最後に、FDUAが今後NRIにどんなことを期待したいか教えていただけますか。
岡田:
今回のハンドブックの作成では、金子さんに牽引していただいて完成できたと思っています。
NRIには、今後も有識者として協会の活動に積極的に参加していただき、最先端のテクノロジーとコンサルティングのノウハウを発揮していただけたらと思っています。
金子:
今後ともよろしくお願いします。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
(文中敬称略)
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1)
「 金融機関における生成AIの実務ハンドブック」11ページ、図1.2-1(金融データ活用推進協会ホームページよりダウンロード可)
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