2015年11月6日、2名の有識者をお迎えして、「CSRダイアログ」を開催しました。ダイアログでは、本社機構担当役員の臼見好生と、NRIグループの企業価値向上や事業の重要性などについて意見を交わしました。いただいた貴重なご意見は、これからの経営やCSR活動に活かしていきます。
出席者
(五十音順/所属、役職は2015年11月時点)
鈴木 均氏
((株)国際社会経済研究所 代表取締役社長)
立教大学21世紀社会デザイン大学院客員教授
元NEC CSR推進部長。現在はサステナビリティに貢献するICTの可能性を調査研究し政策提言するシンクタンクの責任者。
寺中 誠氏
(東京経済大学 講師)
東京経済大学講師。国際人権NGOの活動を通じて、ビジネスと人権に関する国連の指導原則の影響を取り上げている。
臼見 好生
(野村総合研究所 常務執行役員)
本社機構を担当し、CSR活動や環境配慮など、中長期の視点から事業を通じた社会課題の解決を目指す。
この一年の取り組みについて
臼見:
昨年度から今年度にかけて、環境・人権・ガバナンスなどに関する取り組みを更に進めてきました。「CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)」の参加と「気候変動情報開示先進企業(CDLI)」への選定、「人権に関する方針」「贈収賄防止に関する方針」「独占禁止法遵守の方針」の明文化と公開、「健康経営」の開始、障害者雇用促進のための「NRIみらい」の設立と特例子会社認定、女性社外取締役を加え社外取締役を2名から3名へ増員、コーポレート・ガバナンス・コードの制定などです。
鈴木氏:
CSRの個々の取り組みに関しては、フレームワークを用意してきちんと活動しており、またCDPへの対応にみられるように、パフォーマンスも高いという印象を受けています。そうした中で、リーディング企業への期待という意味で課題を3点述べたいと思います。
一点目は、CSRの重点テーマが経営上の重要課題と上手く紐付けられていないという点です。CSRのそれぞれの要素は経営の中に入っているのでしょうから、両者を紐付け、CSRと経営の戦略的な整合性を見せるようにしていくとよいでしょう。ESGの視点を踏まえて中長期的な企業価値向上のストーリーを描くことは、コーポレート・ガバナンス・コードの流れに沿ったものでもあり、投資家がNRIの戦略的な取り組みを理解する上で重要であると思います。
二点目は、マネジメント・スコープの拡大です。CSRの活動も情報開示もまだNRI単体中心のものになっていますが、グローバルなビジネスに力を入れていく上では、バリューチェーン全体を適切に管理し開示していく姿勢を示すことが重要です。まずNRIがあり、グループ会社があり、グローバルがあり、そしてサプライチェーンを含むバリューチェーンへと、マネジメントの拡大が必要であると思います。
そして三点目は、グローバルの潮流である人権です。今年人権方針を策定したということなので、これを出発点として、今後人権デューディリジェンスに繋げていくことが必要です。グローバルな潮流として人権がフォーカスされている中、NRIにはリーディング企業として、ぜひ人権デューディリジェンスを行ってほしいと思います。
寺中氏:
健康経営を開始したということですが、その内容と、現在の健康状況、特にメンタルヘルスの状況について教えてください。
臼見:
メンタルヘルス疾患に関しては、2000年に産業医の先生を迎え対策を本格化して以降、数字上は若干増えています。メンタルヘルスに対する知識や意識が高まることより、病院に行くケースや上司に相談するケースが増えるため、そのような傾向になるということです。
「健康経営」とは、従来は労務管理・メンタルヘルス対策が中心だったものから、より社員の健康全般に幅広く取り組むという趣旨から始めたものです。
「1.生活習慣病を減らす」、「2.ストレスを減らす」、「3.喫煙を減らす」、「4.ワークライフバランスの推進」、という4つの活動目標を軸に、トップによるメッセージの発信や、社内ウェブを通じたノウハウの共有などの取り組みを進めています。
一年目なので、健康経営に変わったと社員が感じられるくらいのことをやろうと考えていて、例えば、様々なデータに基づき社員の健康に関する傾向を分析し情報発信を行うなど、NRIらしいやり方を工夫しながら進めたいと思っています。さらに、フィットビット(リストバンド型の活動量計)のように、データを取って遊び感覚で健康を意識してもらう方法なども検討しています。
寺中氏:
メンタルヘルス疾患の数字は対策を始めれば増えるのが当然であり、増えることがいけないと思う感覚が一番良くないことなので、そこが解消されているのであればよい傾向だと思います。
社員の健康はメンタルヘルスだけが問題なのではなく、全体の職場環境や、安全衛生の考え方などが全て絡んだ問題なので、統合的に取り組むアプローチはよいと思います。
ぜひ健康経営に関するリーディング企業になって、他の企業やさまざまな組織とノウハウを共有できるようになることを期待します。
鈴木氏:
健康管理は本人にとっても会社にとっても重要であり、特に金融関係の重要な情報を扱っているNRIにとっては、情報セキュリティの観点からも優先的に捉えなければいけない課題です。仕組みをいろいろ作っても限界はあり、人間のヒューマンエラーや意図的な違反を防ぐためにも、健康管理や働きやすい職場づくりは重要だと思います。
プライバシー権などの人権について
寺中氏:
情報を扱う企業であるNRIにとって、バリューチェーン全体の管理・統制という観点から、情報面における人権、すなわち「プライバシー」の問題は避けて通れません。
日本ではプライバシーと個人情報保護が混同されていますが、「人権とは、国や政府、または企業に対して、個々人が異議を申し立てる権利」ということができます。その場合に、個人情報保護というのは「保護」の観点であり、「人権」の観点ではありません。
企業側が個人情報を「保護する」ことは、とても大事です。人権の観点からは、それを超えて、企業の個人情報の利用について異議申し立てをする人が出てきた場合に、「その意見を取り上げて、社内の手続きのプロセスに乗せる」ことができるかということが問われています。この仕組みを整えることが、人権デューディリジェンスの基本になります。
今回のCSRレポートにもプライバシーという言葉に対する言及はありませんが、NRIの中で、個人情報保護の考え方を拡大してプライバシーの権利に関する考え方として、経営の根幹に位置付けるべき時期にきているのではないかと思います。
プライバシーの権利を人権として位置付けた人権デューディリジェンスの全体像を提示できれば、多大なインパクトを日本の企業社会に与えることができると思います。
鈴木氏:
人権は企業活動の土台にあるもので、包括的に捉える必要があります。プライバシーの他に、労働安全衛生やハラスメントも含まれますし、環境も地域社会に与える影響という点で生存権に関係するので人権に繋がります。
このように企業が活動するさまざまな局面で人権に関わる問題が出てくるため、何か全社横断的な特別なことをやらなければいけないと考えると、そこで思考が止まってしまう傾向があります。そこで、人権を要素ごとに分解していくと、既存のマネジメントの仕組みに繋がってくるものも多いので、現実的な対応を取りやすくなります。
例えば情報システムの設計においては、プライバシー・バイ・デザインの考えに基き、プライバシーへの対応を設計段階から織り込むことが該当します。労働安全衛生や環境については既にマネジメントの仕組みがありますし、腐敗防止についても方針を定めて取り組んでいます。 このように明確に紐付けをすると、現場の社員も人権に対する抵抗感が無くなっていくと思いますし、それがCSR部門の役割だと思います。
臼見:
海外のパートナー会社をグループ会社にしたことにより、これまで800人程度だったグローバルの社員が2000人規模になり、国・地域、性別、習慣や働くことに対する考え方など、急速に多様化が進みました。
社員の多くが日本にいて画一的な働き方をしているという状況からだいぶ変わってきているので、どのように舵をきっていくべきか、多少手探りしながらも考えているところです。
マネジメント・スコープについて
鈴木氏:
私はCSR部門の責任者だった時に、グローバルに会社毎にプロモーターを任命し、核となる拠点でワークショップを行い、併せて重点的にフォローすべきCSRリスク領域を決めてケーススタディなどによる啓発活動を進めました。
まずは旗振り役を任命し、何をやるべきかを決めるのが本社の役割です。ただし、あまり大きく構えて追加のリソースを投入するとなると難しいので、いまある体制、リソースの範囲内で、役割を付け足すという形がよいと思います。
また、グローバルなブランドという観点からも、責任投資に関する評価を上げるためには、グループ全体やバリューチェーンへの展開は避けて通れません。
パートナー企業とのCSR勉強会のような取り組みを行っていますが、そこにIT企業特有の共通課題であるプライバシーの問題や、労働安全衛生、健康経営などのテーマを入れていくとよいでしょう。
攻めの部分としてグローバルに展開するのであれば、国連が9月に採択したSDGs(持続可能な開発目標)があります。SDGsに掲げられた17の目標は、グローバル社会の期待事項であり、企業にも目標達成に向けたパートナーシップが求められています。これらの目標に対して、NRIとして具体的にどこに焦点をあてることができるのか、ということを明確にしてみるとよいと思います。
例えば、NRIは公文教育研究会の基幹システムのサポートを行っていますが、その流れで、SDGsの17の目標の一つである「質の高い教育」に関連して、アフリカの識字率の改善に公文教育研究会と協働しトライアルで取り組んでみるという発想もあると思います。
人づくりについて
寺中氏:
学生小論文コンテストは、非常によい取り組みだと思います。今の学校はあまり個性を出せない状況にあって、こうして自分たちの発想をいろいろな場で発表できるようになれば、人材育成として素晴らしいと思います。小論文の内容も、自分の経験を超えて、社会への提言として鋭く指摘している点がよいと思います。
この取り組みを日本だけでなく、識字率が低い国で同じことが出来るか試みるなど、いろいろなやり方で広げていけば面白いと思います。さらに、それを支援するシステムまで提案できれば、それ自体がNRIの本業でもあり、その可能性に期待します。
鈴木氏:
NRIは海外展開を進めていますが、途上国で求められる人材育成の一つに職業訓練があります。特にIT関係の職業訓練を、そのコミュニティでどのように行うかは、コミュニティの発展に影響するため非常に重要です。 CSV(共通価値の創造)の考え方で言えば、ITの職業訓練を地域で行い、その中から将来NRIのオフショア開発の事業に携わる人や、地域で起業して社会課題解決型の事業を行う人が育っていくという広がりが期待されており、そのような視点を持って職業訓練を行うとよいと思います。
まとめ-NRIへの期待
鈴木氏:
NRIはIT分野におけるリーディング企業の一つであり、かつコンサルティング、シンクタンクという立場にもあるので、日本の社会、未来をどう描くかということについて、これからも提言を続けていって欲しいです。
特に日本政府が抱える一千兆円を超える債務残高を減らすことは大きな課題であり、その中で、マイナンバーを活用した行政の効率化や、IoTの動きにみられるように、あらゆる分野でITを活かしていくことはとても重要なので、ぜひ高い見識で提言を続けることを期待します。
寺中氏:
マイナンバーは面白いチャレンジだと思います。マイナンバーが適切に利用されるためには、さまざまなセーフガードが必要で、そのための設計をしなければなりません。しかしまだその点が不十分であり、マイナンバーに反対している人も多いため、普及が難しい状況です。
この問題に対するソリューションを提供できるのは、システムを担っているところだけです。マイナンバーに限らず、システムを運営し、ソリューションを提供しているNRIの仕事は社会の最前線にあると思います。
臼見:
本日いろいろなお話を伺って気付いたこととして、社内向けにやるべきことはだいぶ整理してきましたし、これからも取り組みを進めていかなければならないのですが、一方でやはり、NRIは社会を変えていくということが一番のベースにあり、そこが社会から期待されている部分でもあるということです。 これからの社会を変えていくためにどのような視点が必要なのかということも含めて、政策提言や、それを実現するためのシステムなど、本業で答えることが一番問われていると思います。
私の決断ですぐに出来ることもあれば、大きなチャレンジが必要なこともありますが、今回のダイアログをよい機会として、取り組みを進めていきたいと思います。 本日はどうもありがとうございました。
(2016年2月2日公開)
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