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トヨタ自動車による新型種類株式発行の意義

2015/06/17

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日本を代表する企業であるトヨタ自動車が、従来にない種類株式「AA型種類株式」(以下「本件種類株式」という)を発行する計画については、前コラムで紹介した。その後、6月16日に開かれた同社の定時株主総会において、本件種類株式を発行するための定款変更案が可決され、それを受けた発行決議が行われた。そこで、以下では、本件種類株式の発行計画公表後に提起された様々な疑問や批判を踏まえながら、改めてその意義について私見を述べたい。

本件種類株式の発行計画に対しては、その意義を高く評価する見解が示される一方で、疑問や批判も投げかけられた。とりわけ、目についたのは、本件種類株式が、トヨタ自動車のコーポレートガバナンスに否定的な影響を及ぼすのではないかとの懸念である。

そうした懸念の根拠の一つは、本件種類株式が、実質的な社債権者に議決権を与えるものではないかというものである。これは、本件種類株式が概ね5年経過後は発行価格で会社によって取得され得るという点を捉え、会社による元本保証が付された社債と同じではないかという指摘である。

しかし、本件種類株式は、残余財産分配において、普通株式よりも優先するが社債権を含む一般債権には明らかに劣後する。残余財産分配時の順位の違いは、負債(デット)と資本(エクイティ)を区別する最も本質的な要素の一つであり、その違いを除けば債券に等しいというのは乱暴な議論だと言わざるを得ない。

更に、本件種類株式には、概ね5年間原則として譲渡できないという制限が付されている。発行後5年以内にトヨタ自動車が経営破綻の危機に瀕した場合、社債権者(普通株式に転換できるという点で本件種類株式により類似する転換社債の保有者を含め)や普通株主は、一定の損失は被るであろうが、社債や株式を売却するという選択肢を持ち得る。これに対して本件種類株式の保有者は、同社が経営危機に陥ったとしても、売却によって損失を少しでも限定するという機会は与えられないのである。

もう一つの批判は、本件種類株式の株主は、いわゆる持ち合い株主と同じような「安定株主」であり、そうした株主に議決権を与えることは、経営規律を弛緩させるというものである。米国の議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が、本件種類株式発行のための定款変更決議に反対を表明した理由も主としてこの点にあった。

しかし、契約によって長期保有を強制される本件種類株式の株主が、トヨタの経営規律を弛緩させるという論理は理解しがたい。素直に考えれば、仮に、トヨタ自動車の経営が株主の利益に反するようなことになった場合、株式を売却すれば株主の利益に反する経営によって生じる損害を回避することのできる普通株主とは異なり、本件種類株式の株主は、積極的に議決権を行使して会社提案に反対の声を上げるのではないだろうか。つまり、売却機会を与えられない株主に議決権が与えられていることは、むしろ経営規律の向上につながるのではないだろうか。

更に言えば、トヨタ自動車の経営が株主の利益に反するようなこととなり、多くの普通株主が保有株を投げ売りするような事態となれば、同社の株価は下落傾向に陥るだろう。そうなれば、もともと普通株の株価にプレミアムを乗せる価格で発行される本件種類株式の普通株式への転換は期待できなくなり、同社は、本件種類株式のほとんどを発行価格で買い戻さざるを得ない状況に追い込まれるだろう。そのような事態を避けたいと思えば、同社は、規律ある経営を続けることで企業価値の向上に努めるしかない。

本件種類株式をいわゆる持ち合いと同視する見方自体、大いに誤ったものと言わざるを得ない。典型的な株式持ち合いが経営規律を弛緩させるのは、A社とB社が株式を持ち合った場合、A社がB社の経営に強く異を唱えれば、いわば報復的にB社もA社の経営に異論を差し挟む可能性が高まるからである。このため、株式持ち合いの当事者である会社は、自社経営者の保身を図ることを優先し、企業価値向上につながるような議決権行使を積極的に行うインセンティブ(動機付け)が働かないということになるのである。

これに対して、本件種類株式の場合、種類株主の多くは個人投資家となることが想定されており、彼らが、トヨタ自動車の経営に異を唱えることで何らかの不利益を蒙ったり、同社から「報復」を受けたりする可能性はほとんどない。同社の経営が株主の利益に反することとなれば、本件種類株主は、自らの資産価値を保全するために、同社経営陣に何ら憚ることなく、経営の方向を改めるよう強く求めていくことが十分予想されるのである。総じていえば、本件種類株式がコーポレートガバナンスに与える影響は、経営規律を弛緩させるどころか、むしろ高める方向での作用だと考えるべきだろう。

コーポレートガバナンスとは異なる観点からなされた批判として、本件種類株式は外国人投資家が取得することを想定しておらず、「国内の株主にのみ恩恵があり、海外の株主への配慮が不十分」というものもあった。このような批判がなされたのは、本件種類株式が日本国内でのみ募集(公募)されるためである。

この点については、海外市場でも同時に募集を行うグローバル・オファリングを実施する場合、多額の発行費用が生じる一方、既に触れたように、本件種類株式発行の主たる狙いが長期保有を前提とする個人株主の取り込みにあることを踏まえれば、国内でのみの募集としたことが不当であるとは言えないだろう。また、海外投資家が国内の代理人等を通じて、本件種類株式を取得することが全面的に排除されているわけでもない。更に言えば本件種類株式は、当初からシリーズ化することが想定されており、第2回以降の発行に際して、例えば、米国で私募の形をとりながら一定の投資勧誘を行うといった可能性も考えられ、「国内の株主にのみ恩恵がある」という見方は、やや短絡的であるように思われる。

最後に、本件種類株式の意義について、筆者が重要と考える点を若干補足しておきたい。本件種類株式の発行にあたって、トヨタ自動車は、普通株式の希薄化を回避するために本件種類株式の発行数と同数程度の自己株式取得を行うと発表している。恐らく、主として機関投資家が自己株式取得に応じ、個人投資家が本件種類株式を取得するということになるだろうから、これによって実質的には株主の入れ替えが起きることが想定される。

このように、会社が積極的に株主構成を変えていこうとすることは、いわば会社が株主を選ぶことともいえ、出資者である株主が会社の経営陣を選任するという原則から外れるとも言える。もっとも、日本の会社法は、株主に株式の優先引受権(pre-emptive right)を与える英国会社法などとは異なり、発行可能株式総数の範囲内であれば、第三者割当増資という形で、経営陣が株主を選定することを正面から認めている。

また、定款変更という形で、既存株主からのお墨付きを得た上で、個人投資家をターゲットとする種類株式を発行することは、広く行われている株主優待よりも問題が少ないと言えるのではないだろうか。株主優待は、保有する株式の数や保有期間によって株主に対して異なる取扱いをするという点では、株主平等原則の観点から問題が全くないとは言えない。また、優待券等を換金する手間がかかるので、機関投資家の多くは株主優待制度に不満を抱いている。

最近、コーポレートガバナンス・コードの制定などを通じて、主に機関投資家株主が投資先企業と積極的に対話することで、上場会社の企業価値向上を図ろうとする動きがみられる。そのこと自体は否定されるべきことではないが、他方で、企業経営者が、一年とか四半期といったそれほど長くはない期間で投資成績を評価され、時として機会主義的とも言える行動をとる機関投資家だけでなく、自社の経営方針に共感して長期間株式を保有する投資家層を株主として確保したいと考えるのは当然とも言える。

株式公開買付(TOB)が宣言され、経営支配権をめぐる争いが生じている場合に、経営者が保身のために自らを支持する株主を確保しようとするといったことには大きな問題がある。しかし、本件種類株式発行のように、経営支配権をめぐる争いのない「平時」において、既存株主の理解も得ながら特定の投資家層を株主として取り込もうとするのであれば、選定された株主が明らかに企業価値の向上を妨げる恐れが強いといった特段の事情でもない限り、会社による株主選びが否定されるべきではないのではなかろうか。

執筆者情報

  • 大崎貞和

    大崎 貞和

    未来創発センター

    未来創発センター

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