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制度整備が進む非上場株取引市場

2022/04/22

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三つの柱からなる制度整備

非上場株式の取引を円滑化することを狙いとした制度整備が進められている。これは以前、本コラム(注1)でも紹介した 日本証券業協会(以下、日証協)の「非上場株式の発行・流通市場の活性化に関する検討懇談会」報告書や2021年6月に公表された金融庁金融審議会市場制度ワーキング・グループの第二次報告「コロナ後を見据えた魅力ある資本市場の構築に向けて」の提言を受けたものである。現在進められている制度整備は、①特定投資家に移行できる個人の範囲拡大、②非上場株式等の特定投資家向け勧誘制度の創設、③特定投資家向けの株主コミュニティへの参加勧誘の解禁、の3つの柱からなる。

特定投資家に移行できる個人の範囲拡大

第一の特定投資家に移行できる個人の範囲拡大は、2022年4月に公表され、現在パブリック・コメントの募集が行われている金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、金商業等府令)改正案に盛り込まれている(注2)(注3)。

特定投資家とは、金融商品取引法(以下、金商法)に規定されている投資に関する専門知識のあるプロ投資家の類型である。特定投資家には、適格機関投資家や国など一般投資家に移行できない特定投資家と上場会社や資本金5億円以上であると合理的に判断される株式会社など、金融商品取引業者(証券会社)に対して申し出ることで一般投資家に移行できる特定投資家がある(金商法2条31項、金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令23条)。また、①特定投資家以外の法人、②出資総額が3億円以上の組合の業務執行者である個人、③純資産が3億円以上かつ投資性金融資産が3億円以上の個人であって取引開始から1年を経過した者、の3つの類型については、申出によって特定投資家に移行できるものとされる(金商法34条の3第1項、34条の4第1項、金商業等府令61条、62条)。

今回の内閣府令改正案には、上の③、すなわち証券会社に申し出ることで特定投資家に移行できる個人の範囲を拡大することが盛り込まれている。具体的には、新たに次の3つの類型について、特定投資家への移行を認める。

  1. ①純資産5億円以上、②投資性金融資産5億円以上、③年収1億円以上のいずれかを満たす者(金商業等府令62条1項2号)。
  2. 過去1年間の平均取引頻度が月4回以上であり、かつ①純資産3億円以上または②投資性金融資産3億円以上のいずれかを満たす者(金商業等府令62条1項3号)(注4)。
  3. 特定の知識経験を有する者であって、①純資産1億円以上、②投資性金融資産1億円以上、③年収1千万円以上のいずれかを満たす者(金商業等府令62条1項4号)。ここで特定の知識経験を有する者とは、①金融商品取引業や銀行業等の金融業務に通算1年以上従事した者、②大学または大学院において経済学または経営学の教授・准教授等の職に通算1年以上あった者、③日本証券アナリスト協会認定アナリスト、一種外務員または二種外務員、一級または二級ファイナンシャル・プランナー、中小企業診断士のいずれかの資格を有する実務経験1年以上の者、④経営コンサルタントとして1年以上の実務経験を有し③の資格保有者と同等以上の知識・経験を有する者を指す(金商業等府令62条3項)。

以上、3つの類型については、いずれも取引開始から1年以上という要件を併せて満たすことが求められる。この要件は、従来、申し出た者が申出を受けた証券会社との取引を開始してから1年以上とされてきたが、今回の改正案では、「最初に金融商品取引業者との間で(中略)取引契約を締結した日から起算して1年を経過していること。」と改められ(金商業等府令62条1項1号)、他の証券会社等との取引経験を通算することが可能となる。

特定投資家に関連する日証協規則の整備

制度整備の第二の柱である非上場株式等の特定投資家向け勧誘制度の創設と第三の柱である特定投資家向けの株主コミュニティへの参加勧誘の解禁は、いずれも2022年7月1日施行予定の日証協規則改正の内容である。

このうち、新たに制定された「店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則」は、日証協の協会員である証券会社が、特定投資家向けに投資勧誘を行うのにふさわしいと判断した非上場株式等について、発行者の事業内容や財務諸表等といった発行者情報を含む特定証券情報が勧誘対象者に提供されるかまたは公表されていることを前提としながら、特定投資家向けに投資勧誘を行うことを認めるというものである。

これは、東京証券取引所のプロ投資家向け株式市場TOKYO PRO Marketへの上場時に行われている特定投資家向け私売出し(金商法2条4項2号ロ)の対象を同市場に上場しない株式等にも拡大するものである。特定投資家向け私売出しに際しては、特定証券情報を相手方に提供しまたは公表しなければならないとされており(金商法27条の31)、この規定に基づいて制定された「特定証券情報等の提供又は公表に関する内閣府令」では、「金融庁長官が指定する情報」を特定証券情報とすることが規定されており(同府令2条1項3号)、今後、今回の新たに制定された規則に定められた内容が、金融庁長官によって指定される見込みとなっている。

一方、新規則制定に併せて行われた規則改正では、株主コミュニティ制度の改善を図るための制度見直しが行われた。その内容は次の通りである。

  1. 株主コミュニティへの参加については、投資家が自発的に申し出ることが原則とされており、証券会社は、株主コミュニティへの参加勧誘を原則として行ってはならないものとされている。この参加勧誘禁止の例外として、新たに特定投資家に対する株主コミュニティへの参加勧誘を認める(株主コミュニティに関する規則9条2項6号)(注5)。
  2. 株主コミュニティ銘柄が、店頭取扱有価証券に該当する場合、すなわち当該銘柄の発行者が有価証券報告書を提出している会社であるか適正意見の付された監査報告書の添付された財務諸表を会社内容説明書として利用できる会社であるかのいずれかに該当する場合には、株主コミュニティへの参加勧誘が可能となる(株主コミュニティに関する規則9条3項)。この場合、株主コミュニティ運営会員証券会社は、当該銘柄の発行者と協議した上で、参加勧誘の対象となる顧客の属性を定めて勧誘を行う(注6)。

制度整備の意義と課題

以上のような制度整備は、どのような効果をもたらすだろうか。また、非上場株取引の活性化という観点からは、どのような課題が残るのだろうか。

第一の特定投資家に移行できる個人の範囲拡大は、従来の要件が過度に厳格であり、大いに歓迎すべきものだと言えよう。とりわけ、対象となる個人の要件に、これまで同様の保有資産に年収が加味されたことや投資に関する知識経験が豊富であることを類型的に示す職業経験や資格といった定性的指標が加えられたことは画期的とも言える。米国でも2020年8月に採択された証券取引委員会(SEC)規則改正で、私募に関するセーフハーバー・ルールであるレギュレーションDにおいて勧誘対象として認められる適格投資家(accredited investor)となり得る個人の要件に専門資格の保有という定性的要素が加えられた(注7)。とはいえ米国の場合、現在のところ認められている資格は自主規制機関FINRAの付与する証券外務員資格等に限られており、日本の内閣府令改正では、より幅広く一定の知識経験を有する個人が特定投資家に移行することを可能にしようとしている点を高く評価すべきである。取引開始から1年以上という要件に他の証券会社との取引履歴を加味できるようにする点も重要だ。自社とは取引実績がないが、既に他社で投資経験を積んでいる顧客に対して、「特定投資家への移行の申し出は1年待って欲しい」と言わなければならないのは、いかにも不合理だからだ。

もっとも、今回の制度改正が多数の個人の特定投資家への移行に直ちにつながるのかと問われれば、それは何とも言えないと答えざるを得ない。特定投資家への移行は、個々の顧客が取引先の証券会社に対して申し出て初めて可能となる。裏を返せば、証券会社が、特定投資家向けの魅力的な商品となる株式等の発行会社を発掘し、対象となり得る顧客に積極的に特定投資家への移行を働きかけない限り、実際に移行が進むことにはならないのだ。冒頭で触れたワーキング・グループ報告に述べられていることだが、大手証券会社5社の合計で特定投資家に移行した個人は延べ92名に過ぎないのに対し、現行制度の下でも、特定投資家に移行可能な個人の要件の一つである投資性金融資産3億円以上を保有する個人は、野村総合研究所の推計によれば約2万人に上る。

第二の非上場株式等の特定投資家向け勧誘制度の創設は、今後の使われ方次第では、日本版レギュレーションDとも呼ぶべきものとなって非上場会社の有力な資金調達ツールとなっていく可能性を秘めている。

米国では、適格投資家及び適格投資家以外の投資家で金融及び事業に関して知識と経験を有し投資の見込みとリスクを評価する能力のある洗練された者35名に対して売付けられる株式等のSECへの公募届出を免除するレギュレーションDの規則506(b)や適格投資家のみに売付けられる株式等について一般向けの広告を含む幅広い勧誘を認めるレギュレーションDの規則506(c)に依拠しながら行われる発行での資金調達額が、2019年には合計1兆,5,580億ドルに上ったとされる(注8)。この金額は、同じ年に上場会社等が有価証券の公募によって調達した資金の規模を上回る。

この点についても、特定投資家に移行する個人の範囲の拡大と同様に、証券会社の取り組み次第という感が強い。繰り返しになるが、特定投資家への移行は、個々の顧客が取引先の証券会社に対して申し出て初めて可能となる。この点は、証券会社との取引関係から離れた一般的な要件が定められている米国のレギュレーションDにおける適格投資家と決定的に異なっている。つまり、米国では、レギュレーションDに示された適格投資家の要件に該当する投資家多数に対して、例えばベンチャー企業が直接出資つまり株式の買付けを持ちかけたとしても私募であるとしてSECへの公募届出が不要となるのに対し、日本で特定投資家に移行できる要件を満たす個人に対してベンチャー企業が直接株式の買付けを働きかければ、対象とする投資家の数が50人以上であれば、有価証券届出書の提出を必要とする公募(募集または売出し)に該当してしまうのである。

一方、第三の特定投資家向けの株主コミュニティへの参加勧誘の解禁は、これも証券会社の取り組み姿勢次第ではあるが、従来一般にあまり浸透していなかった株主コミュニティ制度の認知度向上と利用拡大につながる可能性を秘めているものと言えるだろう。

(注1)コラム「非上場株市場の活性化を図る日証協懇談会報告書」2021年6月24日
(注2)金融庁「「金融商品取引業等に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(案)」の公表について」2022年4月1日
(注3)パブリック・コメントの募集期間は5月1日まで。
(注4)この要件を満たす者として特定投資家への移行を申し出た者は、知識・経験に照らして適当であるときは、当該要件を満たさなくなった場合にも要件を満たす者として取り扱うことができる(金商業等府令62条2項)。これは、「過去1年間の取引頻度が月4回以上」という要件を満たすために不必要な取引を行うことを防ぐ趣旨からの規定と考えられる。
(注5)従来、株主コミュニティへの参加勧誘は、対象者が①当該株主コミュニティ銘柄の保有者、②当該株主コミュニティ銘柄の発行者の役職員、③過去に①または②であった者、④②の配偶者または二親等内の親族、⑤当該株主コミュニティ銘柄の発行者の子会社または関係会社の役職員、という5類型のいずれかである場合に限られていた(株主コミュニティに関する規則9条2項1号乃至5号)
(注6)例えば、当該銘柄の発行者が地域の有力企業であるといった場合に、一定地域内の投資家に限定して株主コミュニティへの参加勧誘を行うといったケースが想定されている。
(注7)コラム「米国における未公開株等の市場の規制改革」2020年11月10日、参照
(注8)SEC, Release No.33-10763; 34-88321, Facilitating Capital Formation and Expanding Investment Opportunities by Improving Access to Capital in Private Markets (March 4, 2020), p.8.

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