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植田総裁の発言が円安容認と受け止められ1ドル160円台まで円安が進行:政府は為替介入実施か

2024/04/30

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24時間のうちに約3円の急速な円安進行

4月26日に開かれた日本銀行の金融政策決定会合の後に、為替市場では円安が一段と進んだ。会合前には1ドル155円台前半で推移していたドル円レートは、決定会合で政策変更が見送られたことに加え、会合後の記者会見での植田総裁の発言から、日本銀行は円安に対する警戒心が弱いとの見方につながり、1ドル156円台まで円安が進んだ。

円安の流れは海外市場でも続き、米国市場の終盤には、1ドル158円台まで円安が進行した。24時間のうちに約3円もの急速な円安となった。1ドル160円台乗せも時間の問題となってきた。

円安の流れに弾みがつく最初のきっかけとなったのは、米国時間の25日に、イエレン米財務長官が、「介入がまれであることを願う。そのような介入がめったに起きず、過度な変動がある場合に限定され、事前に協議があることが期待される」と述べ、日本政府の為替介入をけん制したことだ。

2022年に、政府は米国が難色を示す中でも為替介入を実施したとみられることを踏まえると、今回、イエレン財務長官が日本の為替介入をけん制する姿勢を見せるなかでも、介入に踏み切る可能性はなお十分に考えられる。政府は、円安阻止に向けた対応をしていることを企業や国民にアピールすることが政治的には求められており、その観点からも、いずれ為替介入に踏み切る可能性は引き続き高いだろう。

しかし、米国当局から牽制を受けたことは、為替介入実施に向けて一定程度の制約となることは否定できないところだ。

円安で日銀の追加利上げが前倒しされるとの観測

日本時間26日に、政府が為替介入を実施しづらくなったとの観測が生じ、円安進行リスクは高まった。ただしこの時点では、決定会合で日本銀行が長期国債の買い入れ減額を実施するとの観測があり、また、会合後の記者会見で植田総裁が、円安をけん制する発言をするとの期待があったことが、円安進行をなんとか食い止めていた面があった。

しかし実際には、決定会合では長期国債の買い入れ方針には変更なく、また先行きの物価見通しも予想通りであった。さらに、記者会見で植田総裁は、円安進行をけん制する発言をしなかったことから、円安の流れが強まってしまった。

植田総裁は4月18日のG20会議後の記者会見で、「円安が基調的な物価に無視できない影響を与える場合には、金融政策で対応する可能性がある」との主旨の発言をした。金融市場では、円安進行を受けて日本銀行の追加利上げを前倒しする、あるいはそれを示唆するような発言を総裁が行うことで、円安の流れが食い止められる、との期待が浮上していた。

「悪い円安」と「良い円安」

しかし決定会合での記者会見で植田総裁は、円安によって一時的に物価上昇率が高まるだけでは金融政策で対応することはなく、それが賃金の上昇を通じてさらに持続的な物価上昇につながって初めて、政策判断に影響を与えるといった考え方を丁寧に説明した。その結果、円安阻止のために日本銀行が早期に追加利上げを行うとの観測は大きく後退し、円安が加速したのである。

政府、企業、個人は、さらなる円安進行による原材料価格上昇、製品価格上昇が経済活動に悪影響を与えることを強く警戒している。つまり円安を「悪いもの」と捉えている。

これに対して植田総裁の説明は、円安進行をきっかけにいずれ基調的物価上昇率が2%に向けて高まり、物価目標達成の確度が高まるため、それに合わせて政策金利を引き上げていく、というものだ。円安を物価目標の達成を助ける「良いもの」と捉えられる説明となっている点が、政府、企業、個人と大きく食い違う点であり、それが金融市場の失望を招いたのである。

植田総裁の説明は失敗か

植田総裁は過去には、円安進行に懸念を表明し、政府と連携していく姿勢を表明していた。今回の記者会見でも、そうした発言を前面に打ち出していれば、これほど円安は進まなかっただろう。

金融政策は為替をターゲットにせず、為替政策は政府の所管である、という建前を重視した結果、円安をけん制するどころか、円安を容認するかのように市場では受け止められてしまった。

さらに、足もとの円安が物価に与える影響は、従来ほどには大きくないとの植田総裁の発言も、金融市場では円安容認と受け止められ、さらに、円安による物価高によって生活が圧迫されるという国民の懸念に配慮していない、との批判を生じさせてしまった。

このように、今回の植田総裁の発言は、あまりにも正直かつ建前重視であったがゆえにさらなる円安進行を許してしまった。これは判断ミスと言えるのではないか。

週明けには1ドル160円台まで円安が進む

4月29日のアジア市場の朝方に、ドル円レートは一瞬1ドル160円台に乗せた。先週金曜日の日本銀行の金融政策決定会合後に円安が進み、同日の米国市場では1ドル158円台まで円安が進んでいた。週明けの29日のオセアニア・アジア市場では、158円台前半で取引は始まったが、日本時間の午前10時台に一気に1ドル160円台まで円安が進んだ。

円安を加速させる特定の材料があった訳ではないが、日本が休日であるため、政府の為替介入に対する警戒感が薄れていたことが、市場参加者が安心してドル買い円売りを仕掛けることを許した一因と考えられる。さらに、日本が休日のためドル円の取引がかなり薄いことも、市場のボラティリティを低下させ、一気に1ドル160円台まで円安が進んだ背景だろう。

為替介入が行われたか?

29日のアジア市場では、朝方に1ドル160円を付けた後、ドル円レートは1ドル159円台前半で推移していたが、13時台に入って一転して円高に振れ、1ドル155円近くまで円が買い戻された。その後29日の海外市場では、ドル円レートは1ドル154円台と156円台の間で大きく変動する不安定な動きが続いた。

1時間以内に4円程度も円高に振れることは、通常の取引では起こりにくいことだ。日本が休日でアジア市場でのドル円の取引が薄商いであったため、価格の変動(ボラティリティ)が高まっていたことを考慮に入れても、政府による為替介入があったことが疑われる状況だ。政府は為替介入の有無を明らかにしていないことから確実ではないものの、覆面で為替介入が行われた可能性は比較的高いのではないか。

仮に為替介入が行われた場合には、それが、円安が進んだ先週末ではなく週明けのタイミングとなった理由は2つ考えられる。第1は、朝方に1ドル160円の節目を超えたことで、日本の当局の円安への警戒感が一段と高まったことに加えて、日本の為替介入に難色を示す米当局を説得する材料になったと考えられる。第2に、日本市場が休日でアジア市場でのドル円の取引が薄商いであったことから、比較的規模が小さい介入でも為替市場を大きく動かすことが可能な状況であったことだ。

為替介入が行われた場合、そこには政治的は背景もあるのではないか。足もとの円安進行を受けて、企業や個人の間からは、さらなる物価上昇への懸念が示されている。そうした中、28日の衆院補選で自民党が全敗したことから、政府は、為替介入を実施することで、円安対応を行ったとの証拠づくりを国民向けに行い、支持の回復を狙う必要が出てきた可能性もあるだろう。

ただし、為替介入の効果は大きなものではなく、時間稼ぎでしかない。政府の為替介入と日本銀行の利上げが組み合わされれば、円安阻止に向けて相応の効果を発揮することが期待できるが、26日の金融政策決定会合で、日本銀行は円安阻止のために早期に追加利上げを行うことに慎重な姿勢を見せたことで、政府と日本銀行の強い連携への期待は後退してしまった。

ドル円レートは早晩1ドル160円を超える円安となり、いずれは1ドル165円を巡る市場と当局との攻防の様相となるのではないか。

年初からの円安は家計に年間6,600円の負担

4月10日に1ドル152円という2022年、2023年の円安のピークの水準という節目を超えて円安が進んでから、短期間で8円も円安が進んだ。年初の1ドル約140円からは約14%も円安が進んだことになる。それは、消費者物価を1年間で0.2%程度押し上げる効果を持つ(内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)」による)。

この物価上昇は、総世帯の家計には平均で年間6,590円の負担(実質消費活動が変わらない場合に、追加の出費となる金額)となる計算だ。円安進行は、原油高と合わせて、個人の将来の物価上昇懸念を高めることを通じて、短期的にも個人消費の強い逆風となる。

それが強く表れ、個人消費の低迷が強まれば、日本銀行の追加利上げの制約要因にもなっていくだろう。

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