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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 政府は速やかに「雇用維持宣言」を ~新型コロナウイルスが日本経済と雇用に及ぼす影響~

政府は速やかに「雇用維持宣言」を
~新型コロナウイルスが日本経済と雇用に及ぼす影響~

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2020/03/24

  • 新型コロナウイルスが日本経済に及ぼす影響は大きく分けて、①個人消費や訪日観光客の激減などによる国内経済の急減速、②海外経済の混乱による輸出の減少、③資産市場の混乱という3つの経路が考えられる。
  • このうち、国内経済の急減速という第1の経路は既に顕在化しているが、第2、第3の経路は感染の世界的な広がりによって、今後本格的に顕在化する可能性がある。
  • 経路によって適切な対策は異なるが、まず求められるのは、雇用対策、そして売上が絶たれた経済主体への緊急的な所得・売上補填等のセーフティーネットの構築である。これはサプライチェーンの維持や信用不安の連鎖を断つことにも寄与する。
  • NRIの試算では、日本国内での失業率は、2020年1月時点の2.3%に対して、3.1%~5.2%くらいにまで拡大する可能性があるとみているが、雇用調整助成金の拡大や、国内消費のテコ入れによって影響を小さくすることは十分可能だと考えている。

新型コロナウイルスが日本経済に影響を及ぼす3つの経路

新型コロナウイルスが日本経済に及ぼす影響としては大きく分けて、①個人消費や訪日観光客の激減などによる国内経済の大幅な落ち込み、②海外経済の混乱による輸出の減少、③資産市場の混乱という3つの経路が考えられる。2020年3月末時点では、まだ第1の経路しか顕在化しておらず、第2、第3の経路については、その端緒があらわれているものの、今後本格的に顕在化する可能性も視野に入れておくべきである。我々がすべきことは、その特徴をあらかじめ理解したうえで、恐れず事前に適切な対策を打つことである。

(1)第1経路:国内での需要の落ち込みが直接もたらす影響

第1の経路は、訪日観光客の激減や、外出・イベント自粛等など、内需の急落に起因した不況である。特に大きなダメージを受けている飲食、宿泊、運輸業などの業種は、どちらかといえば労働集約型で中小企業も多く、失業や倒産の危険性が日を追うごとに大きく増している。これらのサービスに対する需要の落ち込みは一気に顕在化したが、仮に日本国内で早期に新型コロナウイルスが収まったとしても、海外での拡散状況を考えれば訪日客が短期的に元に戻るとは考えにくく、その悪影響は中長期化する可能性が高い。

(2)第2経路:外需の落ち込みがもたらす輸出産業への影響

第2の経路は外需の落ち込みに起因した輸出減である。機械産業などの輸出依存型企業を中心に影響を受け、それが部品メーカーや素材メーカーなどへ波及していくという経路であり、新型コロナウイルスが全世界に拡大したことから、今後大小さまざまな波が外需減という形で世界から到来する。サービス業と違って輸出への影響はタイムラグがあること、各国政府の経済対策いかんで様相がずいぶん変わることから、現時点では第2経路の規模、範囲については全く予想がつかない。ただしサービス業と異なり機械産業は他産業への波及効果も大きく、グローバルなサプライチェーンにも効果が波及することから、第1経路以上に国内経済への影響が大きくなることも十分ありうる。

(3)第3経路:世界的な資産市場の混乱がもたらす影響

第3の経路は、株価の乱高下や実物資産価格の下落など資産市場の混乱がもたらす影響である。すでにNYダウ平均は2月中旬の3万ドルから、3月19日時点で2万ドルにまで下落し、日経平均株価も2月中旬の2万4千円から3月19日時点の1万6千円へと、両者ともに3分の2の水準にまで落ち込んでいる。今後、金融市場の混乱が長期化して資金調達難に見舞われる企業が続出したりすると、それが金融市場内での相互不信を広げ、実体経済の落ち込みをさらに深める危険性がある。また、そのような悪循環が広がると、金融市場の混乱が一般企業の財務面にも波及し、さらなる不良債権の発生や、投資や消費の抑制につながる可能性がある。

まずは雇用の確保と収入が絶たれた経済主体への緊急的な所得・売上補填

これら3つの経路の中で、足元で完全に顕在化しているのは第1の経路である。第2、第3の経路については、新型コロナウイルス感染の広がり次第で今後大規模に顕在化する可能性はあるものの不確実性は高く、さらにいえば、世界各国が第1の経路の対策を適切に行うことによってその影響を小さくすることは可能だ。
では足元で何よりも重要なのは何だろうか。それは雇用の確保と倒産防止であり、収入や売上が絶たれた経済主体への緊急的な所得・売上補填である。特に日本は欧米と比べると、雇用の流動性がまだまだ低く、いったん失業者を生み出してしまうと、景気回復時でも再就職まで時間がかかる。またこのような経済危機になると、生産性の低い企業は自然淘汰させるべきである、という議論が必ず出てくるのだが、自然淘汰説が間違っていたことは歴史が証明している(1929年の世界大恐慌時のフーバー政権など)。
経済危機時には企業及び政府が「競争から協調」へとモードを変える必要がある。世界金融危機のときに、当時フォードのCEOだったアラン・ムラーリーは、倒産の危機に瀕していた競合のGMとクライスラーを救済するよう米国議会で要請した。なぜそんなことをしたのか。もちろん100%の慈悲心からそう言ったのではなく、競合企業が倒産すると、自社も依存している下請け企業が倒産し、自動車生産ネットワーク自体が破壊されるという思惑からではあった。しかしムラーリーの逸話が示しているのは、経済危機時においては、雇用の確保や企業の倒産防止が「社会の構成員全員」にとって良いことであり、政府による救済だけでなく、場合によっては同業他社による救済も倫理的というだけでなく論理的にも正当化されるということだ。

雇用への影響

新型コロナウイルスが日本の雇用に及ぼす影響はどうなるのか。ちなみに2008~09年の世界金融危機においては、日本の失業率は2008年1月の3.9%から、ピーク時の2009年7月には5.5%にまで拡大した。
NRIは、新型コロナウイルスの影響について、消費、輸出などの需要の落ち込みと雇用の弾性値からいくつかのシナリオを想定した。雇用の弾性値とは、需要の変化に対して就業者数がどのくらい変化するのかの数値である。景気後退時には、この数値が低ければ低いほど就業者数が減らない(つまり失業者が出ない)ことを意味し、雇用調整助成金のような政策や、企業の自助努力で下げることが可能だ。
雇用への影響を見るには、消費や輸出、投資などの需要がピーク時に最大でどのくらい落ち込む可能性があるかが重要となる。2020年1月時点の実質消費支出(二人以上の世帯)は、消費増税の影響などから対前年同月比で既に3.9%減少しており、新型コロナウイルスが本格化した2月以降の統計ではこの両者の影響は分け難いが、新型コロナウイルスの影響によって消費税増税の影響も含めてピーク時には最大5~10%程度減少している可能性があると想定した(注:1年間通じてではなくピーク時の落ち込み)。また訪日外国人消費額(2019年は年間4.8兆円)は、ピーク時にゼロになると想定した。輸出減については、世界金融危機時(2008~09年)に日本の輸出額が23%落ち込んでいるため、ピーク時には10~20%減少している可能性があると想定した。投資については、世界金融危機時(2008~2009年)に、日本の民間投資額は14%落ち込んだが、それを補うように公共投資は7%増加しているなど、投資全体がどうなるかは公共投資の規模に依存することから、今回の簡易試算では考慮していない。
雇用の弾性値については、世界金融危機当時の日本の数値(0.17)と1990年代後半のアジア通貨危機当時の数値(0.30)の2つを用いた。0.17という数値は世界的に見ても極めて低く、世界金融危機当時の日本は雇用調整助成金などの政策も功を奏して、本来であれば発生していた更なる失業を防いでいたと言われている。
以上の想定でいくつかの試算をすると、日本の失業率は2020年1月現在の2.3%に対して、3.1%~5.2%程度にまで拡大する可能性がある結果となった。ピーク時に発生している新たな失業者数でみると50~200万人であるが、我々は以下に示した取り組みによって、雇用の弾性値をさらに下げ、新規失業者数をもっと小さくすることも十分可能だと考えている。

提言 政府は速やかに「雇用維持宣言」を出すべき

上記の様に、急激に悪化する状況の中では行うべき対策にも時間軸を考慮した優先度付けが重要となる。
その上で、今この瞬間に最も優先すべき事は雇用の維持である事から、政府は速やかに「雇用維持宣言」を出し、雇用の維持に政府として全ての力を注ぐことを確約すると共に、事業者の「踏ん張り」を強く促すべきである。具体的には以下の3点を提言する。

  • 「雇用調整助成金の全面活用」

    • 収束までの間、雇用調整助成金の受給要件の撤廃・対象者を全被雇用者に拡大
    • 中小企業に対しては助成率を2/3から全額に拡大する事
    • 助成金支給までのつなぎ融資制度創設
  • 「資金繰り対策」

    • 緊急貸付制度などの拡充と融資実行までの迅速化
    • 各種税・社会保険料等の納付延長
  • 「国内消費テコ入れ政策の検討」

    • 事業継続・雇用維持に資する各種政策の検討(規模や概要などを早期に公開)

長期化しかつ先が見えない中で、事業者は4月早々にも雇用に手を付け始める可能性がある。そのためにも、「雇用維持宣言」を政府が出すことで、事業者に踏み止まらせる事が必要である。
また、企業が今の局面で事業継続や雇用維持に注力し、経営資源を保持する環境を整えることが出来れば、新型コロナウイルスの感染拡大という嵐が去った後に、政府が経済を元の軌道に戻すプロセスをより円滑に進めることが出来る。その意味で、政府による「雇用維持宣言」は、足元の日本経済の混乱を抑制することが出来るだけでなく、新型コロナウイルス収束後の日本経済の迅速な回復をサポートすることにもつながる。

最後に ~子供たちの頑張りに大人たちは負けてはいけない~

新型コロナウイルスの影響による一斉休校などの突然の事態にも子供たちはよく頑張った。この子供たちの頑張りを無駄にしてはいけない。次は大人たちの番である。子供たちのためにも、立場を超えた大人たちの奮起が求められる。

執筆者

梅屋 真一郎

未来創発センター 制度戦略研究室

佐々木 雅也

未来創発センター 戦略企画室

森 健

未来創発センター グローバル産業・経営研究室

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お問い合わせ先

【提言内容に関するお問い合わせ】
株式会社野村総合研究所 未来創発センター
E-mail:miraisouhatsu@nri.co.jp

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E-mail:kouhou@nri.co.jp