フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 SARSの経験を土台にデジタル活用で先手を打つ台湾の新型コロナウイルス対策

SARSの経験を土台にデジタル活用で先手を打つ台湾の新型コロナウイルス対策

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

2020/04/14

要旨

  • 台湾は、早期対応(中国語で「超前部署」という)を方針として新型コロナウイルス対策を行ってきたことで、感染者・死者を比較的低く抑えられている。武漢での感染流行が報じられると、まず中国現地へ専門家を派遣して状況を把握し、すぐに入国制限や検疫を実施した水際対策が功を奏している。入国者とその濃厚接触者を中心とした感染リスク者の監視も徹底されており、感染経路不明者も非常に低く抑えられている。また、2003年のSARSの教訓が国民に浸透していることから、強制措置を取らなくても民間での自主的な検温・マスク着用の取り組みが幅広く行われていることもその要因となっている。
  • 早期対応を実現できた背景として、行政組織と情報システムの整備がある。組織面では各省庁横断で指揮監督ができる指揮センターを早期に設立し、情報の集中化を実現するとともに、国民とのコミュニケーションを充実させている。情報面では、SARS以来整備してきた情報システムをベースに改修することで、マスク・防護服・消毒剤・ワクチンなどの物資の在庫管理が一元的に行われており、出入国情報と国民のIDナンバー等のデータを統合することで、マスクの実名販売や病院の診察現場での患者の出入国記録の確認などが行えるようになっている点が感染対策に活かされている。
  • 経済面での補填策としては、2月末という非常に早い段階で、新型コロナウイルス感染症の影響により経営困難となった業界や企業に対して財政面での補助や振興措置を取り、経済面での不安払しょくに貢献している。また、個人のID情報から隔離が実施された人などを後から特定しやすく、補償をする際の対応も容易にしている。
  • 台湾ではSARSの際の経験があることが素早い対応につながっているが、日本はほぼ初めての大型感染症対応となるため、国民への情報周知や政府での対策策定に時間がかかっていると想定される。台湾での経験を活かした取り組みがこれからの日本での対策の参考となると幸いである。

新型コロナウイルス影響下の生活状況

自主的対応が進み、平常通りの生活を維持

台湾は4月13日現在、感染者数393人、死者6人と、発生地の中国から近い距離にありながら、近隣の日本や韓国に比べて感染者・死者ともに少なく抑えられており、諸外国で実施されているロックダウンも回避されている。
オフィスへの通勤に関しても、海外からの帰国者を除いて、通常通り行われている。旧正月休みが明けた1月30日と非常に早い段階から、消毒用アルコールの設置、マスクの着用義務、発熱チェックなどの防疫対策が大型のオフィスビルを中心に自主的に行われている。商業施設、小売、外食店舗などでも自主的に消毒と換気が強化されている。公共交通機関の車両消毒頻度も高められ、券売機やエレベーターのパネルなども定期的にアルコール消毒されている。アメリカやヨーロッパで感染者が拡大した影響を受けて4月4日からは、地下鉄でマスク着用義務規定が発表され、違反した場合は3,000〜15,000台湾元(1元=約3.6円)の罰則となっている。新幹線、長距離バスなどの利用者に対する検温なども早くから行われている。
学校運営に関しては、旧正月休みの延長という形で一律休校措置が取られていたが、2月25日から新学期が再開されている。2月19日の段階で休校に関する基準が発表されており、高校以下では教員か生徒1人の感染が確認された場合に学級閉鎖とし、2人以上が感染した場合に休校とするというルールが運用されている。現在、全校休校となっているのは高校1校のみで、一部学級閉鎖のところはあるものの大部分は通常通りの運営がなされている。
その他にも、4月1日には「社会距離に関する注意事項」が政府から発表され、屋内1.5メートル、屋外1メートルの距離を保つべきという呼びかけのもと、多くの店が行列の距離の管理を行っている。

政府によるマスク製造・販売の一元管理

台湾内で新型コロナウイルスが話題となり、国民がマスク購入に動き出したのは、最初の感染者が出た1月22日頃のことである。薬局やスーパーはもちろんのこと、マスク製造工場にまで人が殺到し、需給の逼迫を予想した政府は、1月24日に医療用マスクとN95マスクの輸出を禁止した。その後、1月30日から国内で生産するマスクをすべて収用し、全国の大手コンビニで購入できる環境を整えた。しかし、列に並び直せば一人が何度でも買える状態で、各店舗の在庫は入荷後すぐになくなる状況となっていた。
そこで、国民健康保険カードの番号で購入実績管理を行う実名制販売が2月6日から導入されている。
これは、SARS以来整備してきた台湾内で一元化された在庫管理システムを今回の新型コロナにあわせて政府が改修・オープンデータ化しており、そこに民間の知恵・工夫・活力が組み合わさって実現されているものである。指定された薬局で毎週1人2枚まで購入できるという措置で、購入価格も5元と統一されている。月・水・金曜日は、国民健康保険カード番号の末尾奇数のみ、火・木・土は末尾偶数のみがマスクを購入できる。一人が何枚も購入できないように、薬局の店頭で国民健康保険カードをスキャンすると購入状況がその場でわかるよう、購入履歴情報が全国で一元管理されている。薬局のマスク在庫数のデータも政府で一元管理されており、国民はスマホアプリを使って近くの薬局のマスク在庫数を確認し、指定時間に買いに行けばよい。指定時間前になると若干の行列はできていたものの大きな混乱はなく、全国民に対する最低限のマスク確保を実現している。その後、マスク増産に合わせて購入できる枚数等は変化しており、下記図にまとめた。

早めの対応が奏功している政府の感染対策

1月下旬から出入国制限をスタート

新型コロナウイルス対策において、台湾は2003年のSARSの経験が存分に活用されている(台湾のSARS死亡者数は84名で、中国、香港に次ぐ)。まず、副総統をはじめ政府上層部にその対応経験者が揃っていることから、意思決定が迅速に行えている。また、社会全体にもSARSの際の教訓が浸透しており、実行面での素早さにつながっている。
衛生福利部(日本の厚生労働省に相当)疾病管制署(以下、疾管署)は、2019年末に中国武漢市での原因不明の肺炎が出現した情報を把握すると、12月31日に中国疾病管理センターに当該感染症に関する情報提供を依頼すると同時に、台湾域内の感染防止のため、武漢市からの渡航者に対する検疫を開始した。これは世界でも非常に早い対応であった。
2020年1月に疾管署は、「伝染病予防治療諮問会」を招集し、武漢市への渡航滞在の自粛要請レベルを引き上げると共に、専門家を武漢市に派遣。新型コロナウイルスを「厳重特殊伝染性肺炎」として正式に法定伝染病として指定している。また、「中央伝染病指揮センター」を設置し、新型コロナウイルス感染症の管理体制を国家管理レベルに引き上げ、各省庁横断での体制を敷いた。
台湾への出入国管理では、1月22日に中国湖北省への団体旅行と中国湖北省からの台湾訪問を禁止、2月6日に中国全土からの入国を禁止、その後3月19日からはすべての外国人の入国が禁止されている。

細やかな水際対策で感染経路不明者を抑制

現在は、感染リスクに応じて3段階の管理基準が設定されている。下記の図にある対象者それぞれを個別に衛生福利部が把握・管理しており、リスク者の管理は地方自治体や地方の機関に依頼している。在宅検疫・在宅隔離の2つについては、定期的な在宅確認の電話連絡や、携帯電話の位置情報検知などが行われ、協力をしない場合の罰則も規定されている。細やかな水際対策により感染経路不明者を非常に低く抑えられている点が特徴的である。

マスクの生産増強

防疫に必要となるマスクの生産増強も早期に対応が進められた。2019年12月末に政府はマスクや医療関連資材の国内在庫を確認し、2020年1月31日には、国内29ヵ所の全マスク工場が政府に収用された。マスク生産増強のために1億8000万元が投入され、国内の工作機械や部品業界団体の協力もあり、3月上旬に60台、3月末には32台のマスク製造機が追加された。生産能力は新型コロナ発生前の1日あたり188万枚から4月上旬には1日あたり1,500万枚にまで拡大している。冒頭で述べたように、国民のマスク購入にあたってはマスクの需給逼迫を受け、2月6日から実名制での販売となっている。当初は一人週に2枚であったものが、マスクの生産量が増えてきた4月9日以降は、2週間に9枚まで購入できるようになっている。

素早い感染症対策を可能にした管理体制とシステム整備

疾管署による省庁横断での管理体制

台湾では、新型コロナウイルスのような危険性の高い伝染病が発生した際に、国民への強制力を担保する法規制が2003年のSARSの際に規定されている。それは日本統治時代の1944年に施行された<伝染病防治法>をベースに、法定伝染病と指定された場合、医師による通報や一般市民への検査実施、強制隔離措置の強制、違反時の罰則などが制定できるというものである。
また縦割りになりがちな各省庁を横断した協力体制を早期に実現するための仕組みとして、行政院の同意のもと、「中央伝染病指揮センター」と指揮官を設置し、各省庁へ統一的な指揮監督を行える権限を持つとともに、国軍や事業者、民間団体との協議も行える仕組みが整えられている。
疾管署の役割は通常の医薬衛生体系とは独立しており、全国の伝染病予防や監視に加えて物資整備業務も統括している。疾管署は台湾全土に6ヶ所の管制センターを設けており、伝染病発生の緊急時には全国規模での感染情報の集約や必要物資の調達が可能となっている。
疾管署はSARSのあった2003年以来、政府のホームページで各種伝染病に関する情報公開を行っており、24時間体制のホットラインで国民からの情報提供、問い合わせへ対応している。今回の新型コロナウイルスに関してはホームページだけでなくLINE経由でチャットボットを活用して感染情報や公衆衛生情報を通知している。国民との対話機会を増やしパニック状態を防ぐために、「中央伝染病指揮センター」の陳時中指揮官が毎日記者会見で最新の感染状況や管理体制の情報を公開している。その場には各省庁の専門家も同席しており、国民からの疑問に丁寧に答えている。こうした活動によって、国民の陳指揮官に対する信頼は厚く、台湾全体が一体となった取り組みが推進できる要因ともなっている。

感染関連情報を集中管理する情報システム

SARS感染拡大への対応を契機として、疾管署は伝染病関連の情報システムの整備も進めてきていた。伝染病の予防や監視、感染状況把握のために数十にものぼるシステムを統合している。それによって、平常時から「病院/診療所/保健所→衛生局→区域管制センター→疾管署」という情報の流れで各地方の情報が通報される仕組みとなっており、疾管署が各種感染状況を集中管理し、迅速に対応できている。
医療現場で必要となるマスク・防護服・消毒剤・ワクチンなどの物資についても、「防疫物資管理システム」により全国各医療機関の在庫をひと目で把握できるようになっている。各医療機関では平常時から入荷数と消費数を報告するよう義務づけられており、疾管署でも各医療機関の安全備蓄数量を設定し緊急時対応ができる準備を整えていた。マスクの実名制販売が早期に実現できた背景にこうした情報システムの基盤整備があったことは間違いない。そのうえで、政府は一元管理されている薬局のマスク在庫データのオープンデータ化にも早い段階で踏み切っており、そのデータを用いた民間人によって1章で示したような薬局のマスク在庫確認アプリも多数開発されている。他にも、医療データシステムと空港・港湾の検疫部門のデータも連携され、個人の行動管理が行われている。出入国データと医療データが紐づくことで、各病院に来院する患者の海外渡航歴が現場で把握できるようになっている。

GDPの5.4%に相応する財政支援

2月末から実施されている財政支援措置

新型コロナウイルスの影響を受けた国民と企業の収入の損失を埋め合わせるために、行政院は、2020年2月25日に「中央政府における深刻な特殊感染性肺炎の予防と救済のための特別予算」の初回措置を発表した。2月末という非常に早い段階で、新型コロナウイルス感染症の影響により経営困難となった業界や企業に対して財政面での補助や振興措置を取ることを発表した点が、国内の経済面での不安払しょくに一部貢献している。
さらに、2020年4月2日には、初回措置と合わせて1兆500億元(台湾のGDPの約5.4%)規模の追加措置が発表された。これは、2,100億元の各省庁に対する特別予算、1,400億元の民間救済資金に加えて、中央銀行や郵政およびその他の公共銀行への7,000億元の融資からなる。上記の特別予算は、2020年の総予算の約10%を占める(2020年の中央政府予算は、約2兆776億元)。労働者支援策としては自宅隔離措置を行った場合の皆勤賞与の減額や解雇等の不利益処分を禁止する点や、給与補填策を打ち出している。IDナンバーによって隔離政策を取られたかどうかは政府で一元管理できており、今後の補填策を打つうえで実行を容易にしている。

各省庁による特別予算

各省庁による特別予算の内容は下表のとおりである。

執筆者

伊豆 陸

NRI台湾 総監

NRI台湾コンサルタントチーム


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

お問い合わせ先

【提言内容に関するお問い合わせ】
株式会社野村総合研究所 未来創発センター
E-mail:miraisouhatsu@nri.co.jp

【報道関係者からのお問い合わせ】
株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail:kouhou@nri.co.jp