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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 「New Normal」に向けた英国のチャレンジ

「New Normal」に向けた英国のチャレンジ

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2020/04/23

要旨

  • 医療環境、設備が脆弱な英国では、医療崩壊を防ぐことを最優先課題として政府の打ち出すメッセージ、施策は首尾一貫している。
  • 政府の打ち出す施策とその目的のわかりやすさが、民間企業の協力、国民の理解を促し、「自粛、補償、貢献」がセットとなる動きを作っている。
  • 英国では、何らかの制約が長期化することを前提に、有事の厳しい時期であるにも関わらず、将来へ向けたイノベーションに力を入れている。
  • 就労観、バリューチェーン、サービスニーズ、テクノロジー等の変化はCOVID-19 後の「New Normal」を理解する上でのヒントになる。この変化の兆候を捉えて、イノベーションし続けていくことが先の見えない不安への突破口になるであろう。

英国の現状

英国政府は、COVID-19に対し、当初集団免疫による緩和策をとる方向を示したが、「約25万人が死亡し、国民保健サービス(NHS※1:National Health Service)が破綻するだろう」というImperial Collage Londonの予測を受け「緩和」から「封じ込め」へと方針を転換した。
実際に、罰則規定を伴う3月23日の行動制限を境に国内の交通量は大幅に減った。ロンドン市内の公共交通機関の利用は同年2月の交通量と比較すると97%減、全体の交通量でも約8割減(4月11日 Cabinet Office Briefing Room公表)となっている。

同政府は4月16日、「規制緩和に転じるほど感染者の増加は落ちついていない」、「現時点で規制を変更すれば感染の『第2波』を迎えることになる」等の判断から、少なくとも3週間の行動制限を延長すると発表した。同時に、措置を解除するために必要な5つの条件を明らかにした。

  1. NHSの集中治療室の病床数が十分に確保されていること
  2. COVID-19の感染死者数が安定的に減少していること
  3. 緊急時科学諮問グループ(SAGE: Scientific Advisory Group for Emergencies)により全体的な感染率の低下が証明され、管理可能なレベルにあること
  4. 検査体制や防護用品の供給体制が整うこと
  5. 規制緩和により感染の「第2波」が生じ、NHSが混乱に陥る恐れがないという確証が得られること

合わせて、政府統計局(ONS :The Office for National Statistics )は、社会的、経済的なインパクトを図る指標や、国民の代表性の高い意識調査レポート※2を高頻度で更新し、透明性の高い情報開示に努めている。

「自粛と補償と貢献」がセットの官民連動の活動

政府からのメッセージは「封じこめ」への方針転換した時から首尾一貫している。
従前より、NHSは医療従事者の慢性的な人手不足、資金不足によるベット数の少なさ等、先進国と比較しても医療環境、設備が脆弱であることが問題視されていた。
そのため、政府はCOVID-19対策は、医療崩壊を起こさないことを最優先課題として、政府の定時報告、公共交通機関の広告など、国民の目につくあらゆる箇所に「Stay at home」「Protect the NHS」「Save lives」の順で大きく掲げた。政府は「Stay at home」とは「NHSの機能を維持」するための施策であり、その結果として「国民の命を守る」という三段論法で外出制限の施策の意図を明確に伝えている。

また、NHSの人員不足の問題は、政府の呼びかけによる元NHS職員2万名の現場復帰に加え、民間ボランティアを募ることで補っている。NHSを支援する民間ボランティアは、政府目標を3倍以上上回る75万名超の応募が集まり、大きなニュースとなった。国民のボランティアを通じた貢献意識の高さに加え、自粛要請と同時期に発表した(4月20日支給開始)「一時帰休従業給与給付(Coronavirus Job Retention Scheme)(表1 参照)」の支給がボランティアと両立することも一助となり、結果「自粛と補償と貢献」を実現しやすくなっている。

ボランティアを越えた民間企業の取り組み

NHSのボランティアは医療現場に近いところから、食料品のデリバリー等まで支援範囲は多岐にわたっている。
運休が相次ぐ航空会社は、緊急救護の訓練を受けている自社の客室乗務員に対し、臨時に医療の後方支援にあたるよう打診した。これら客室乗務員は、患者の一次対応等のサポート業務を行うだけではなく、フライトトラブルに備えて訓練されたコミュニケーションスキルを活かして、24時間COVID-19 と対峙し高いストレス状態にあるNHSスタッフをリラックスさせるメンタルケア的な役割を担っているという。
民間企業のボランティアは、一意的にはNHSへの全面支援ではあるが、次なる展開へのオプション策になりうる場合もある。
例えば、NHSにボランティア派遣しているヴァージン航空の場合、グループ会社ヴァージンケアでNHSの業務のアウトソースを受けている。仮に、事業上の制約が長期化し人員整理の必要がでてきた場合には、NHSでのオペレーション経験を活かし、ループ企業大で人材を再配置したり、業域拡大につなげることもできるだろう。
民間企業の支援例では、一過性の労働力補填だけではなく、スキルを異業種で生かすリソースシフトが行われている。

長期化に対する構え

英国において、何らかの制限のある状態は、長期化するとみられている。
3月29日時点の政府定例報告で、保健当局高官は、「6カ月間、厳しい行動制限(ロックダウン)が続くというわけではない」と念を押しながらも、「急激な緩和は危険で、国内の日常が『元に戻る』には3~6カ月かかる可能性がある」と述べた。
政府は当初より、行動制限から3週間ごとで見直していくと宣言しており、感染者数の増加率、死亡者数の推移はある程度予測通りとしながらも、現時点では3週間の延長が決定されている。
国営放送BBC※3は、ロンドン大学キングスカレッジらの調査※4を報じ、「かつての状態」に戻るのは、今年の夏前までとみる回答は5%にとどまり、60%以上が、半年以上になると回答している。国民側にも、ある程度 長期化への構えができつつある。

有事でも将来につながる積極的なイノベーション投資

英国政府は、何らかの制限が長期化することを前提に、この有事の最中にも、資金援助等の損失を補填するための策とは別に、将来のビジネス投資に向けた追加支援策を次々と打ち出し続けている。
感染者数が急増し、厳しい中にあった4月3日には支援金2000万ポンド(約27億円※5)の「英国およびグローバルレベルの『Global Disruption』に対するイノベーションプロジェクト※6」の募集を開始した。一時休業給与補償の始まった20日には民間資金と政府予算を折半した株式転換社債「Future Fund※7」に総額5憶ポンド(約675憶円)準備した。さらに、政府系機関「Innovation UK」の通常のイノベーション支援予算に加えて、新たに7億5,000万ポンド(約1,000憶円)を投じ、研究開発型中小企業支援向けの融資、助成金を充当する計画発表し、5月には給付を開始する予定である※8

また、民間企業では、COVID-19によって、「破壊的イノベーション」を一気に推進している業界の一つに保険業界がある。業界的に、短期的には財務的損失が大きいが、これまで、ミレニアル世代向けに投資をしてきたデジタルサービス/チャネルを一気に全世代に展開する好機になるとみている。そのため、現在は、セールス実績よりも顧客接点、デジタル誘導等のアクションを重視し、その行動指標をKPIとしてみているという。
COIVID-19の影響を受け、英国大手保険会社Avivaの株価は21日には50%ダウンしたが、政府のバックアップ、危機管理態勢の早期立ち上げ、財務面安泰のアピール、デジタルサービスに舵をきったこと等で、現在株価は回復しつつある。
Avivaは、現在、長期の顧客育成を優先し、新規営業よりも、支払い業務や、アプリ上でワンストップで対応できるデジタルサービスへの誘導を最優先している。これらのデジタル化サービスへ誘導することで、未病と相関の高いデータの取得、対面チャネルの営業活動効率化、 e-Healthとのデータ連携等による保険商品・サービスの高度化等今後のイノベーションにつなげることが可能になる。
COVID-19の対応によって、必要最小限の移動、店舗サービスの閉鎖、在宅勤務、オンラインコミュニケーション等の制約を経験した。これまでの「高齢者にデジタルは無理」の先入観を覆し、働き方、バリューチェーン等の合理性を模索し、イノベーションへ大胆に舵を切るきっかけにもなっている。

「New Normal」に向けて

COVID-19に伴う先の見えない不安はどの国でも共通である。英国が2週間早い動きを示したイタリア、スペイン等から学んだように、日本よりも感染者数が多く、3週間ほど先んじて行動制限になった英国から、学ぶこともあるであろう。明確なメッセージ、判断参考データの透明性、スキルフォーカスのリソースシフト、積極的なイノベーション投融資等、変化のボラティリティが大きい有事だからこそ、将来に向けた投資をする姿勢は、参考になる部分も大きい。
国連連事務総長が「Recover Better. We simply cannot return to where we were before COVID-19 struck. (中略)The recovery must lead a different economy※9」と述べているように、マクロ的には、COVID-19前の世界に戻るのではなく、これまでとは異なる価値観「New Normal」が作られていくことになるであろう。
COVID-19 の行動制限から働き方、バリューチェーン、サービスニーズ、テクノロジー等が変化した。この変化は、「New Normal」を理解する上でのヒントになるであろう。自社のコアビジネスに影響する変化指標(Key Change Indicator)を設定し、その兆候から、さらに良い社会を目ざして、イノベーションし続けていくことが先の見えない不安への突破口になるであろう。

  • 注)

    本稿は4月20日時点の情報を基に執筆しています。

執筆者

若友 千穂

NRI ヨーロッパ
Head of Research and Consulting


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