2020/04/28
要旨
- 新型コロナウイルス感染拡大阻止のため、日本では4月7日に7都府県を対象に緊急事態宣言が発出され、さらに16日にはその対象が全国に拡大された。世界各国で実施されている都市封鎖や外出規制、営業停止はウイルス感染数の抑止に一定の効果を上げているものの、経済・社会活動面で大きな犠牲を強いている。
- このトレードオフを乗り越えるべくフル活用されているのが、デジタル技術である。新型コロナウイルス感染拡大後、日本人のテレワーク、オンラインショッピング、オンライン学習、デジタルツールを使ったコミュニケーションは顕著に増加している。さらに足元ではオンライン診療や公共サービスのデジタル化も急ピッチで進められている。
- 人々の行動変化に伴って、意識や価値観も変化している。我々は新型コロナウイルスがいったん終息した後も、テレワークなどの行動変容は「ニューノーマル(新常態)」として定着すると考えている。そのため企業、自治体、学校、病院、そして市民1人1人によるデジタル投資は、新型コロナウイルス対策と、その後のニューノーマル対応という2つの意味で活発化するとみている。
- さらに、個別の主体によるデジタル投資の成果を連携(シェア/マッチング/統合)させることで、社会的な便益を生み出す「デジタル社会資本」に仕立てることが重要だ。従来の社会資本(道路、港湾等)が公的機関によって整備されていたのに対して、デジタル社会資本は、産・官・学、そしてデータの提供者である市民の参画によって構築されるインフラである。
ウイルス感染拡大阻止と経済・社会活動維持のトレードオフ
新型コロナウイルスの感染は全世界に拡大し、2020年4月20日時点で、感染者数は240万人、うち死亡者数は16万人を超えるまでに至っている。世界各国では都市封鎖(ロックダウン)が行われ、日本でも4月7日に7都府県を対象に緊急事態宣言が発出、4月16日にはその対象が全国に拡大されている。
国際通貨基金(IMF)は、2020年の世界全体のGDP成長率がマイナス3%になるという予測を発表した※1。特に影響が大きいのは先進国で、米国がマイナス5.9%、ドイツがマイナス7%、イタリアはマイナス9.1%、そして日本はマイナス5.2%と予測している。経済協力開発機構(OECD)は、都市封鎖や外出規制などの施策が経済に及ぼす影響について、典型的な先進国では生産額を20~25%減少させる可能性があるとしている※2。
各国政府は、新型コロナウイルスの感染拡大阻止と、経済・社会活動の維持というトレードオフ(二律背反)のなかで日々難しい決断を迫られていることになる。中国や韓国、また都市封鎖を早期に開始した国では感染者数の増加ペースが低下しつつあり、都市封鎖の解除と経済活動の再開についての議論が始まっている。しかし都市封鎖や外出自粛を緩和すれば、ウイルス感染が再び拡大する可能性も否めない。ハーバード大学の研究チームは、米国を研究対象に、医療機関が機能停止に陥らないようにするためには、断続的なソーシャル・ディスタンスが2022年まで必要になるだろうと述べている※3。
また、テクノロジーの進展による市民の行動モニタリングが感染症拡大の抑制に効果を上げたことは、民主主義社会に対して、社会の安全性と個人のプライバシーとのトレードオフという問題を提起した。企業においても、従業員を安全に職場に戻すには、各従業員の位置情報を逐一モニタリングするツールの導入が必要だという議論が起こっている。フィナンシャルタイムズの記事※4によれば、「ある程度のプライバシーを犠牲にしない限り、従業員を職場に戻すという目標を達成するのは難しいだろう」とプライバシー関連の弁護士が述べていて、ある程度の私権は犠牲にしてでもデジタルテクノロジーによる公衆衛生面の効果を許容する声は高まるかもしれない。
否応なく変化した日常生活と生活者の意識の変化
(1)デジタルツールの急速な浸透
我々の日常生活で最も大きな影響を受けたのが仕事である。緊急事態宣言を受けて営業自粛対象となった事業所の従業員は突如自宅待機、あるいは収入を断たれることになり、それ以外の事業所でも可能な限りのテレワーク(特に在宅勤務)が原則となった。野村総合研究所(NRI)が3月に実施した調査では、在宅勤務をしている人の53%が「新型コロナウイルス感染拡大後に初めて在宅勤務を実施した」と回答していて(注:従業員500人以上の企業勤務者)※5、おそらくこの比率は4月の緊急事態宣言後にさらに上がっているとみている。
働き方の変化だけでなく、お店での買い物からオンラインショッピングへ、通学からオンライン学習へ、対面からSNSなどデジタルツールでのコミュニケーションへ、といった変化についても、NRIのアンケート調査から確認されている※6。これはまさに、ウイルス感染防止と経済・社会活動の維持というトレードオフを、デジタルツールを活用して乗り越えようとする動きといえるが、この中には、今回をきっかけに「初めて」体験するという人が少なからず存在している。
(2)5割以上が「平常時でも在宅勤務を取り入れたい」と考えている
このような行動の変化は、様々な支障を浮き上がらせると同時に、意識や価値観の変化をもたらしているようだ。NRIのアンケート調査によると、在宅勤務を今回初めて実施した人の約半数は何らかの支障(例:自宅での仕事環境がない)を感じているものの、同時に3割近くが支障はなかったと回答している。また、「今の職務ではそもそも在宅勤務ができない」という人を除くと、実に5割強の回答者が「緊急時だけでなく平常時でも在宅勤務を取り入れた働き方をしたい」と回答している※7。コロナ禍が落ち着いても以前のような朝夕の満員電車での通勤風景はもう見られないかもしれない。
ノーベル経済学賞の受賞者であるダニエル・カーネマンは、通勤が幸福度を引き下げる効果を人々は過小評価する傾向にあると指摘している。そうすると、今回テレワークを体験した人の中には、通勤のストレスから解放されることのプラスの側面を初めて実感したという人もいるに違いない。
もちろんテレワークにも欠点・限界はある。少人数で深い議論をしようと思ったら、対面にまさるものはない。製造現場でも実物を見ながら(触りながら)議論したほうがより良いアイデアが浮かぶ。今回のコロナ禍を通じて、そのようなアナログ世界の大事さにも気づきつつ、デジタルの便益を実感しているのだ。
「ニューノーマル」を見据えたデジタル投資が活発化する
我々は、人々の行動、そして意識や価値観の変化が、多少の揺り戻しはあるにせよ新型コロナウイルス終息後に「ニューノーマル(新常態)」として定着すると考えている。端的に言えば、経済社会のデジタル化の進展である。それは将来的な疫病・災害時への備えでもあるし、我々自身の行動の自由度の高まり(例:オフィス勤務と在宅勤務の組み合わせ)、そして利便性の高まりでもあるからだ。
企業に目を向けると、特に社員の働き方改革や顧客との非対面チャネル構築などの面でデジタル投資が活発化すると考えている。テレワークであれば、VPN環境整備、端末支給、またZOOMなどの遠隔コラボレーションツールの導入だ。ただし、大企業であってもテレワークの大号令をかけたものの、通信の帯域不足等の問題でテレワークの推進が滞るなど、実際に導入してもネットワーク状態が不安定でまともな会議にならない企業も意外と多い。ましてや中堅・中小企業ではなおさらテレワークの導入に苦労している。一方、テレワーク化は、社内の業務プロセスの大幅な変革を必要とするため、今回をきっかけに、ペーパーレス化や業務プロセスの刷新は進むであろうが、そのためにも企業自身の通信インフラへの積極投資は待ったなしである。
日本企業の経営幹部に話を聞くと、ぼんやりと見えてきた「ニューノーマル」を見定めて、果敢に事業変革に取り組もうとする企業も少なくない。この機に乗じて一気呵成にオンラインサービスへの投資を行って他社との差異化を図る、テレワークであぶり出された紙や手作業に頼っていた業務プロセスを一気にデジタル化するなど「攻めの意思決定」を下す経営者もいる。ポストコロナでは企業経営のパラダイムシフトが起こることは間違いない。
産・官・学・市民による「デジタル社会資本」の整備を
(1)企業以外でもデジタル投資が急務に
デジタル投資は企業だけでなく、政府・地方自治体、学校、病院、そして市民1人1人でも活発化する。政府は給付金申請のオンライン化など、公共サービスのデジタル化を進めざるをえないし、病院ではオンライン診療態勢を整える必要がある。また学校・大学では遠隔学習のインフラ整備とコンテンツ制作が急務となっている。そして最も大事なのが、我々市民が情報端末を保有するだけでなく、それを使うための「デジタル・ケイパビリティ」を高める、という意味での人的投資である。
しかしスマホやタブレット、PCを保有せず、使い方もわからない人にとっては、便利なデジタルサービスが整備されても利用できないし、自分でやり方を習得するのは極めて難しい。つまり各人の取り組み(デジタル投資)だけでは限界があって、社会としてのサポート、連携が必要だ。これは企業にもあてはまる。自社内のデジタル化を進めて業務の効率化を図るだけではなく、各社がクラウド上の共通プラットフォームに参加することで、例えば自社の余剰生産能力(設備等)を、それを必要としている他企業にシェアする、あるいは「巣ごもり需要」への対応で人手が足りなくなっている業務(例:宅配、食品デリバリー)と、人手が余っている企業間で人材マッチングする、といった連携によって、社会全体としての便益が生み出される。
(2)個別主体の「デジタル投資」を「デジタル社会資本」にする
つまり、個々の企業や自治体、学校、病院などが行う「デジタル投資」を、プラットフォームでつなげることで、社会的な便益を生み出す「デジタル社会資本」にするということだ。企業間、自治体間、学校間、病院間のシェアリング/マッチングだけでなく、これらの主体間でつながれば、さらなる社会的便益も期待できるだろう。そして市民はデジタル社会資本のユーザという立場だけでなく、データの提供者という重要な役割を果たすようになる。感染症リスクにも抵抗力のある強靭で安全・安心な社会を目指すため、産・官・学・市民によるデジタル社会資本の整備を急ピッチで進めていくべきである。
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※1:
“World Economic Outlook”, IMF, April 2020
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※2:
“Evaluating the initial impact of covid-19 containment measures on economic activity”, OECD, April 2020
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※3:
“Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period” Stephen M. Kissler et. al., Science, 14 April 2020
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※4:
“The race to build coronavirus surveillance tools to track workers”, Hannah Murphy and Patrick McGee, Financial Times 26 April 2020
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※5:
「新型コロナウイルス感染症拡大に伴う人々の行動と意識の変化から見る「学び方改革」、「働き方・暮らし方改革」の可能性」
(https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200420)を参照のこと -
※6:
調査結果の一部は「新型コロナウイルス感染拡大が日本人の消費行動に及ぼす影響」(https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200331)、「新型コロナウイルス感染拡大下の日本人の情報収集行動」(https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200409)などを参照のこと。
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※7:
※5を参照のこと
執筆者
森 健
未来創発センター グローバル産業・経営研究室
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