フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 COVID-19危機と転換が求められるタイの自動車産業~生産・供給体制の再編と新規事業の開発

COVID-19危機と転換が求められるタイの自動車産業~生産・供給体制の再編と新規事業の開発

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

2020/05/08

  • タイでは3月半ばからCOVID-19感染者拡大を受け、夜間外出禁止令、国内外移動制限、商業施設・レストランなどの営業制限のセミロックダウン措置を実施中。
  • セミロックダウンにより、既に直近の国内自動車販売台数は4割減となっており、NRIの推定では、年間を通じての国内自動車販売への影響は、リーマンショックを上回る前年比2~3割減に落ち込む可能性がある。
  • 特に、セミロックダウンの長期化で、企業の資金繰りへの影響により、日系が構築してきた垂直分業構造への影響が懸念され、タイ政府からの支援が限定的であるなかで、短期的には、業界・日タイ政府とともに迅速に資金繰りの問題に対応することが必要。
  • 長期的な視点では、COVID-19 を契機に進む生産・供給体制の再編に、タイやその周辺の拠点を組み込み、必要な支援・協力を検討していくことが求められる。
  • また、COVID-19危機の長期化とユーザーのデジタルサービスに対する意識及び習慣の変化により、ポストCOVID-19以降の自動車産業のデジタル変革につながる可能性が高く、販売とサービス機能をデジタルに変革するためのリソースを迅速かつ効果的に割り当てていくことが求められる。
  • 日系企業としては、今後、日系企業としては、新規事業の開発や新規プロセスの導入を図りながら、新しい製品・市場・バリューチェーンを取り込んで競争力強化を図ることが求められる。

タイのCOVID-19感染対策と感染状況

タイでは3月半ばからCOVID-19感染者拡大を受け、夜間外出禁止令、国内外移動制限、商業施設・レストランなどの営業制限のセミロックダウン措置を4月末まで実施する予定である(4月28日に5月末までの延長を発表)。4月初めら緊急事態宣言を発表した日本と比べて、早くから外出規制、ソーシャルディスタンシング(社会的隔離)対策を取っていることもあり、4月末には、感染者数は3月末のピークの100人台から、20人以下に落ち込み、累積感染者は3000人を下回るなど、セミロックダウンの効果が一定程度表れてきている。
その半面、1か月以上に亘るセミロックダウン措置により、国内経済・産業は深刻な影響を受けている。なかでも自動車産業では、4月になってから、トヨタをはじめとした日系メーカー7社が4月末までの工場の生産休止を発表。20年1~3月累計で前年比23%減、4月以降は更なる事態の悪化が避けられない状況にある。自動車メーカーからの受注落ち込みを受けて、日系サプライヤーのなかでは、週単位での全従業員の休業や、交代での自宅待機措置をなどで対応している。一部のサプライヤーでは、従業員に対して25%の減給措置を行っており、一般従業員にとっては残業代を入れると、実収入は4割以上の減少となる計算となり、購買力の減少と家計負債の増大が消費低迷の長期化につながることが懸念される。

過去の3つの危機との比較

タイはこれまで1997年の「アジア通貨危機」、2008年の「リーマンショック」という2度の金融危機、2011年の「大洪水」による自然災害という3つの危機を経験し、タイ経済及び自動車産業も復興を遂げてきた。COVID-19による自動車産業への影響は未知数ではあるが、過去の危機と比べることによって示唆を得られることから、以下でデーターを使い最も影響が大きかった二つの危機を振り返ってみる。

タイが震源地となった1997年の通貨危機では、国内の金融機関が破綻し、歴史的な打撃を被った。タイの経常収支の悪化からバーツ切り下げによる通貨危機、更に金融危機へと発展し、98年のGDPは二桁台のマイナス成長に至った。98年の自動車市場は前年比6割減、2年前に比べて75%の水準まで落ち込む。前年比―60%以下の自動車市場の底這い期間も12か月とリーマン危機の2倍続いた。更に、危機前の水準回復までには77か月を要した。

2009年の「リーマンショック」では、アメリカで発生した金融・信用危機はアジアに波及し、タイでも2010年にGDPは-1%に落ち込む。しかし幸いにも、タイの経済ファンダメンタルズが通貨危機の教訓を経て健全化していたことや、グローバルでの未曾有の金融緩和策、中国などの新興国市場への輸出回復により、復興は比較的早かった。それでも、自動車販売は前年比マイナス成長からプラスに転じるのに12か月、危機前の水準回復までに15か月を要した。

ロックダウンの影響により、懸念される資金繰り

リーマンショックでは、信用収縮にはつながったが、1997年の通貨危機のような不良債権による国内金融機関の閉鎖等の金融危機には至らなかった。今回のCOVID-19危機では、ロックダウンによる実態経済への影響が中心であることから、COVID-19による影響は、リーマンショックにより近いと言える。しかし、今回の危機がリーマンショックより深刻と思われるのは、二つの理由がある。一つは、セミロックダウンにより自動車の生産・販売の落ち込みが当時よりも激しいことである。二つは、セミロックダウンの長期化によって、雇用喪失や所得減少により市場への影響が長期化する可能性があることである。リーマンショックの際は、タイの市場が20~40%落ち込む底這い期間は5か月であり、年間を通じての市場の落ち込みが-20%であった。今回の短期的な落ち込みは5割近くになることが想定され、市場の底這いの期間が3か月以上になれば、リーマンショックの影響を上回る可能性が高くなる。また、タイの完成車輸出は約100万台と、生産200万台の半分を占めるが、主要輸出先でロックダウン状況が続くことが予想されることから、リーマンショック後のように新興国向け市場の急回復が期待できない。

最大の懸念は、このような状況のなかで、サプライヤーやディーラーの資金繰りがいつまで持ちこたえるかである。業界関係者の間では6月初めが限界であるとの指摘もあり、抜本的な支援策が講じられなければ、日系メーカーがタイで構築した700社以上のTier1からTier3-4まで連なる垂直分業構造にひびが入るリスクがある。

ポストCOVID-19を見据えた戦略

タイ政府のこれまでの2度の金融危機及び経済回復に向けての対応を振り返ると、政府による産業支援は限定的であり、民間主導による回復の側面が強い。今回の危機でも、日系企業が利用できるタイ政府によるCOVID-19の事業インパクト軽減措置は少ない。この危機に対して、短期的には、生産停止の長期化により深刻化する可能性のある資金繰りリスクに対して、日タイの政府・業界でうまく連携して迅速に対応していくことが必要となるだろう。また、中長期的な視点では、ポストCOVID-19を見据えたグローバル生産・供給体制のなかに、タイ及び周辺の拠点をどう位置づけ、そのために必要な拠点の強化策を検討することが求められるだろう。特に、今回は中国に依存したサプライチェーンのリスクが露呈したことから、「生産集中・最適調達」から「生産分散・現調優先」の動きが加速化することが予想される。その見直しの動きのなかで、日本及びタイ・周辺地域との生産・供給体制の再編が必要となるだろう。また、後述するCOVID-19を契機としたデジタルを使った販売・サービスの拡大から伺えるように、タイを新規事業や新規プロセスを早期に試験・展開する場として活用することでバリューチェーン全体での競争力を強化する競争が既に始まっており、日系メーカーの乗り遅れは取り返しのつかない事態になる可能性がある。

ポストCOVID-19 はタイの拠点強化と新しい連携・分業関係構築の機会

97年の通貨危機後は、日系自動車メーカーは国内市場の急減に対応するために、「国内向け生産専従型」から「輸出志向型」へ転換を図った。リーマンショック後は、自動車メーカーは、その数年前にタイ政府が打ち出したエコカー政策の後押しで、小型乗用車のエコカー(1500cc以下の内燃機関)生産を拡大し、「1トンピックアップ依存型」から脱却し、「製品・市場の多様化」を図った。今回もこの危機を乗り越えるために、日系の自動車業界は、新しい製品・市場・バリューチェーンを取り込んで、タイの拠点を強化しながら、日本及び周辺地域との新しい連携・分業関係を構築していく大胆な戦略と実行力が求められているのかもしれない。

COVID-19の影響を受けた自動車メーカーのマーケティング、セールス、サービス分野でのイニシアティブ

タイ政府から得られる産業支援が限られている状況のなかで、タイにおける自動車メーカーは、バリューチェーン全体に対するCOVID-19の影響を克服するために、緊急感をもって1か月前から新しいイニシアティブを開始している。以下では、特にバリューチェーンの下流に焦点を当て、マーケティング、セールス、サービスにおけるメーカーがとった対応から、COVID-19以降、特にデジタル分野で、自動車メーカーがこれから進もうとしている方向について展望する。

タイでは、セミロックダウン対策に加えて、COVID-19の蔓延に対する顧客の懸念から、例えば、公共施設への訪問、公共輸送の利用、対面での接触を控えるなどの顧客の物理的行動は大きく変化した。4月中旬にGoogleが発表したコミュニティモビリティレポートによると、1月と比べて4月の公共交通施設の利用者数は62%減、小売&娯楽施設への訪問数は48%減少している。 自動車業界でも同じことが起こっており、試乗、車の購入、点検、またはメンテナンスを行うためにディーラーに足を運ぶ顧客は激減し、自動車業界に大きな影響を与えている。このような顧客の物理的な行動の変化に対応するために、フォード、起亜、アウディ、プジョー等のメーカーは、「自宅でのテストドライブ」と、「自宅からのサービス」という新しいサービスを開始している。前者はディーラーが顧客の家に車を配送し、テストドライブを行うサービス。後者ではディーラーは顧客の家まで車を受け取りに行き、点検・サービス完了後、車を家まで送り届けるサービスである。それとは別に、車の消毒サービスもいくつかの同業者によって無料で提供されている。これら一連のサービスは、メーカーと顧客との関係の維持と、販売やサービスからの収益の確保につながっている。

新しいビジネス展開の例として、トヨタのKINTOによる新しいレンタカーサービスが挙げられる。トヨタは当初3月中旬に東南アジアでは初めて3〜4年契約の新車のレンタルサービスである「KINTO ONE 」を開始した。しかし、パンデミックの期間中は、公共交通機関の利用を出来るだけ避けたい新規顧客の要求に応えて、テストドライブカーを使用した短期レンタル(3か月〜1年間)のための追加サービス「KINTO ONE Limited」を開始した。これは、新しい顧客の需要と低利用の資産(ここでは、試乗車)を結びつける創造的な取り組みと言える。

顧客の行動変化に対応した自動車メーカーのデジタルイニシアティブ

顧客の物理的な行動の変化以外に、COVID-19のパンデミックは、顧客の「デジタル活動」に不可逆的ともいえる変化をもたらしつつある。COVID-19は、ソーシャルネットサービスやWebサイトからeコマースプラットフォームやオンライン配送サービスまで、顧客と直接につながる(ライブ)のあらゆる側面でデジタルチャネルとサービスの使用の急拡大を引き起こしている。

3月中旬にタイのCOVID-19感染者が100人を超えてから1か月も経たないうちに、タイのEコマースアプリとフードデリバリーアプリのアクティブユーザー数は、それぞれ約8%と12%急増している。それに対して、その30日前までの成長率は、eコマースアプリでは-6%、フードデリバリーアプリでは7%にとどまっていた。 (JPモルガン、2020年4月)。 デジタルメディアの場合、1週間あたりの視聴回数の合計は、3月上旬から3月末まで約40%増加している(ニールセン、2020年4月)。

このような顧客の行動変化に対応するために、自動車メーカーは既存のデジタルイニシアティブの強化もしくは新規のイニシアティブ展開に関わらず、マーケティング、セールス、およびサービスセールスアクティビティでデジタル変革の活用に重きを置くようになっている。3月に開催される予定であったバンコクインターナショナルモーターショー2020はパンデミックのため延期されたが、その代わりに、ほとんどの自動車メーカーはオンラインチャネルを利用して、新製品の発売をライブストリーミングし、FacebookおよびYouTubeを通じて顧客エンゲージメント活動を行うようになった。マツダはこの機会を利用して、昨年のMazda3の発売から開始した「スカイブッキング」と呼ばれるプラットフォームを強力に推進しようとしている。これは、メーカーがディーラーを介さずに、新製品の発売から顧客の問い合わせ管理、そして車を予約するまでの顧客の購入プロセスを全てオンラインで簡潔に処理するサービスである。

いくつかの新しいデジタルイニシアティブも登場している。 前述の「自宅でのテストドライブ」と「自宅からのサービス」の2つのサービスは、実際にはメーカーが管理するWebサイトまたはLINE公式アカウントを通じて提供されている。 他の例では、トヨタは3月下旬にラザダモール(タイでトップのeコマースプラットフォームの1つ)にオフィシャルショップを設立し、純正部品をオンラインで販売。プジョーに至っては、LINEと提携し、LINE Martと呼ばれるeコマースプラットフォームを通じて、支払いプロセスを含む完全なオンライン自動車購入サービスを提供している。 これらは、自動車産業のデジタル変革の新たなステップを示している。

長期的に自動車メーカーは何ができるか?

以上の事例からみるように、過去1か月に、各メーカーによってマーケティング、販売、サービスの分野で多くの新しい試みが展開されている。特に、製品のマーケティング、新規顧客の開拓、そして現在の顧客との良好な関係維持のために、デジタルツールとチャネルを活用している。しかし、メーカーはこれが一過性の競争ではないことを認識し、パンデミックが過ぎた後にデジタル変革の重要性が低下すると軽く考えるべきではないと、ここで強調しておきたい。その背景として2つのポイントに着目したい。第一に、前述のように、タイの自動車セクター、特に自動車の購入に対するCOVID-19の影響は、長く深刻なものになることが予想される。第二に、パンデミックは顧客の行動に大きな変化をもたらし、その終了後も元通りにならないだろう。顧客はデジタルツールとサービスに慣れ、信頼するようになり、その後はデジタルツールとサービスから得られる便利さを一層追求することが予想されるからである。メーカーは、長期的に市場で勝ち残り、成長するためには、販売とサービス機能をデジタルに変革するためのリソースを迅速かつ効果的に割り当てていくことが求められるようになる。

執筆者

山本 肇

NRI タイ
製造業コンサルティンググループ
Senior Manager

Punthira Chinotaikul

NRI タイ
製造業コンサルティンググループ
Consultant

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

お問い合わせ先

【提言内容に関するお問い合わせ】
株式会社野村総合研究所 未来創発センター
E-mail:miraisouhatsu@nri.co.jp

【報道関係者からのお問い合わせ】
株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
E-mail:kouhou@nri.co.jp