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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 過去の経済危機の経験から学ぶ 求められるアフターコロナに向けた攻めの姿勢

過去の経済危機の経験から学ぶ 求められるアフターコロナに向けた攻めの姿勢

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2020/05/25

  • 新型コロナウイルスの影響で経済、企業業績が大きく落ち込む中、多くの企業が生き残りに向けた必死の努力を続けている。
  • 過去にも経済危機は幾度となくあったが、危機を乗り越えて成長を遂げた企業が存在する。NitinNohria教授(ハーバードビジネススクール学長)らの分析では、過去の経済危機に際しては攻めと守りの両面を重視した企業が高い成長を示していた。守りではオペレーションの効率化、攻めではM&Aなどの資産投資だけでなく、顧客ニーズをとらえて市場を開発した企業が成長している。
  • コロナ危機を乗り越えて成長するためには、デジタルを使ったオペレーションの効率化と顧客との関係強化、「不の解消」による市場ニーズに応えた新たなビジネスの創出が求められる。さらに、これらを実現するための大胆な投資戦略の必要性も見えてくる。
  • リーマンショック時のニューノーマルではGAFAなど新たなプレーヤーが台頭した。今回のニューノーマルも新たな価値を実現する企業や事業が生まれてくる契機ととらえるべきである。
  • 危機はチャンスでもある。コロナ危機に守り一辺倒ではなく、コロナで生まれる「不」の解消を通じて成長する、攻めの姿勢を持った企業の登場が待たれる。

生き残りに向けて必死の日本企業

新型コロナウイルスの影響で経済が落ち込んでいる。IMFは4月の経済見通しにおいて、経済成長予測を大幅に引き下げた。2020年の世界のGDP成長率は-3.0%、先進国・地域だけで見れば-6.1%の予想をしている。欧米程には感染の爆発が起こっていない日本であるが、IMFの見通しでは、成長率-5.2%と他の先進国同様大きな落ち込みが予想されている。
実際、企業業績にも大幅な落ち込みが生じている。5月3日の日本経済新聞では、世界の主要企業の2020年1月~3月期の連結純利益は前年同期に比べ4割減、中でも日本が78%と最大の落込みとの報道がなされている。
こんな逆風の中、多くの企業が生き残りに向けた懸命の努力を続けている。特に新型コロナウイルスによる外出自粛の影響をまともにかぶった飲食、観光、宿泊、エンターテイメント、航空などの業界では従業員の一時帰休(厳しいところでは削減)による人件費の抑制や、金融機関との折衝による流動性確保など事業存続に向けたぎりぎりの攻防が日々繰り広げられている。

過去に不況を乗り越え成長した企業の戦略に学ぶ

今回のコロナ危機による経済の落ち込みが今後さらにどの程度深刻化するのか。またどの程度長期化するのかは読み切れないところではある。
しかし、過去にも経済危機は幾度もあり、企業の中にはその危機をうまく乗り越えることでさらにその強さを磨きあげ、経済危機後大きな成長を遂げた企業も一定数存在する。 リーマンショック後の2010年3月、ハーバードビジネススクールの学長NitinNohriaらはハーバードビジネスレビューで「Roaring Out of Recession」と題する論文を発表した。この中で、Nohriaらは、過去のアメリカの3度の経済不況(80年危機、90年不況、2000年のドットコムバブル崩壊)前後の企業のパフォーマンスを分析し、うまく乗り切ってその後の成長につなげた企業とそうでない企業の違いを明らかにした。主な発見は以下の通り。

  1. 守り重視型企業、攻め重視型企業、攻めと守りの両面重視型企業では、攻めと守りの両面重視型企業が最も高いパフォーマンスをあげている(図1:攻めと守りの姿勢別成長率比較)
  2. 守り重視型企業の不況後のパフォーマンスは、攻めと守りの両面重視型企業だけでなく、攻め重視型企業に比べても見劣りする(図1)
  3. 守りの戦略では、人員の削減は不況後の成長にマイナスに働きがち。一方、オペレーションの効率化は、不況後の成長にプラスに寄与する(図2:攻めと守りの施策の組み合わせ別成長率比較)
  4. 攻めの戦略では、買収などによる資産の拡充に加えて、市場開発、すなわち顧客ニーズを満たす商品、サービスの拡大に注力した企業が、より高いパフォーマンスをあげている(図2)

今回のコロナ危機は過去の経済不況と比べてもその規模が格段に大きいという指摘もある。また、人の移動が止まったことで、売り上げが完全蒸発し、生き残ることがすべてという企業にとっては、まずは現下の荒波を乗り切るための緊急対策が至上命題となる。一方、企業の継続自体はそこまでひっ迫した状況にはないという比較的恵まれた境遇にある企業の経営者が、単に守りを固めるだけの経営に逃げ込んでしまっているとしたら、不況後の成長の機会を自ら手放していることにもなりかねない。世の中全般の重たい空気、気分に流されて、単純に守り一辺倒のマインドセットになっていないかを、改めて立ち止まって見つめなおしてみることが必要である。

本気のDXと不の解消で企業を抜本的に作り直すチャンス

(1)デジタルを使った新たなオペレーションの構築

非常に残念なことであるが、コロナ危機が起こるずっと前から、日本の労働者の生産性は低い状態にある。就業者一人当たり労働生産性で見た時、日本の順位はOECD加盟36か国中21位であり、主要先進7か国の中では、最下位というのが定位置になっている。現時点でも経済規模でみれば、先進7か国の中で、日本は米国に次ぐ第2位というポジションにある。しかし、一人当たりの生産性で見ると1990年代初頭には米国の3/4程度の水準だったのが、今や米国の6割程度の水準に落ち込み、日米の格差は開くばかりである。
算数的に言えば、一人当たりの労働生産性を高めるためには、同じ仕事を少ない人数でこなせばいい。そのためには機械やITなどの活用を進めるのが有効と考えらえる。
しかし、日本はITの活用に関しては決して進んでいるとは言えない状況にある。
スイスのビジネススクールIMDがITの活用に関して、World Digital Competitiveness Rankingというランキングを毎年発表している。残念ながら2019年の日本のランキングは調査対象国63か国中23位、主要先進7か国の中では5位にとどまっている。特に人材は63か国中46位、新しいものを経営に素早く取り入れて活かす力を示すビジネスアジリティという項目では63か国中41位(中でもそのサブ項目であるビッグデータの活用では63か国中最下位))と際立って低い評価が下されている。
もちろん日本企業もデジタル化に全く無関心だったわけではない。多くの企業でデジタルトランスフォーメーションと称する社内プロジェクトが進められ、CDO(チーフデジタルオフィサー)というデジタル化を推進する上級役員を置く企業もこの数年で急増した。 しかし、これらの企業の動きを見る限り、トランスフォーメーション(=変質、変態、大転換)と名乗れるほどの大規模な改革を実現し成果をあげた企業はごく限られているように感じる。デジタルトランスフォーメーションの成功企業のケーススタディをみるといつも同じような企業名があがってくるのが、まさにその実態を表しているように感じる。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大という予期せぬ環境激変により、労働生産性が低くてもお構いなく、これまで通りのやり方で業務を続けることはできなくなってしまった。 オフィスに出ないで業務を回すためには、業務フロー自体を見直すことが不可欠であり、新たな業務フローを実現するためにはあえてIT利用を避けるという選択肢は考えにくい。また、顧客との直接的な対面ができない状況でモノやサービスを販売、提供するためには、マーケティング、営業、デリバリーのやり方を抜本的に見直し、作り直す必要が生じている。どうせ抜本的に業務を見直さなければならないのであれば、ITを使ってより効率的、効果的なプロセスに作り上げようというのが普通の発想だろう。
生産性が低くともなんとか業務が回った(回っていると思おうとしていた)これまでは、なかなかデジタル化にドライブがかからなかった日本であるが、新型コロナウイルスで業務自体を抜本的に見直さなければ全くビジネスが回らなくなった今は、まさにデジタルトランスフォーメーションを進める上では絶好のチャンスなのである。
守りと攻めの両面重視が不況後の成長につながるとの研究結果を上で紹介した。オペレーションの効率化という守りの面からも、新たな環境下で競合他社に先んじて顧客接点を強化するという攻めの面からも、デジタル化は最重点で取り組んでいくべき課題といえる。

(2)不の解消をキーワードにしたイノベーションの推進

攻めの戦略では、不況で経営危機に陥る企業に対するM&Aなどによる資産の拡充に加え、顧客ニーズにあった商品、サービス開発などの市場開発努力を同時に行うのが有効との研究結果を紹介した。実は、コロナ危機により、従来はなかった課題が生まれ、それを解決したいという新たなニーズがいたるところで生まれている。消費者はステイホームで買い物もままならないし、旅行にも映画にも食事にもいけず、ストレスをためている。企業も消費者に対して直接ものやサービスを販売してきところは、顧客接点が立たれて全く売り上げがたたなくなっている。また、日本国内にとどまらない世界的な新型コロナウイルスの蔓延により、市場自体が大きく冷え込むとともに、時間をかけて築いてきたグローバルなサプライチェーンも回らなくなり、需要面供給面ともに立ちいかなくなった企業が多数出てきている。コロナ危機の影響が長引けば長引くほど、深刻化すればするほど、これらの課題を解決したいというニーズは高まることになる。これらのニーズに応えることで、企業は新たなビジネスを生み出すことができるはずである。

イノベーティブな企業として常に名前があがる会社にリクルートがある。リクルートは新しいサービスを開発する上での基本的な思想として「不の解消」を掲げる。これは、ユーザーやクライアントの不満、不便、不安といった「不」を解消し、新たな価値を提供していこうという思想である。
今回のコロナ危機克服の局面で企業に求められるのは、まさにこのリクルートが掲げる「不の解消」という思想だと考える。
移動自粛、テレワーク推奨で、顧客を訪問できない、同僚と打ち合わせできないという不便な状況が発生している。この状況を打破すべく、一気に普及が進んでいるのがビデオ会議通話アプリである。ビジネスマンの間でもZoom、Skypeなどの利用が急拡大している。新しいコミュニ―ションのやり方に多くの人が慣れるにつれて、新型コロナウイルス終息後も、顧客を訪問しなくても、あるいは社員が一堂に集まらなくても、リモートでかなりの業務が回るのではないかという議論がすでに出てきている。

感染リスクを抑えるために、買い物にいけない。その不便に応えるべく、勢いを増しているのがECである。アマゾン、楽天などの既存EC事業者だけでなく、店舗中心だった小売業者でも、積極的にECに注力する動きが拡大している。

変化の遅かった教育分野でも長期休校で、変化の兆しがある。学力面での不安、先生や同級生に会えないことで生じる子供たちの精神面での不安を解消すべく、オンラインを使った様々な取り組みが徐々にスタートしている。AIなどのデジタル技術を有効活用すれば学力向上につながるという議論はこれまでもあったが、伝統的なやり方はなかなか変わらなかった。新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を契機に、より効果的な教育手法の開発、導入に向けた議論が盛り上がっていくことが期待される。

今回最も注目を集めたのが、医療の領域である。大きな医療機関でさえマスクや防護服が手に入らない。人工呼吸器が足りないなど、不足、それに伴う不安でまさに「不」の状況が発生した。国民の健康な暮らしを守るために必要な物資を必要な人に必要な時に確実に届けるための新たな仕組み、生産から販売、物流までを含むトータルな仕組みを新たに作り直すことの必要性が強く認識された。新型コロナウイルスの第2波、3波への警戒が言われる中、この「不」の解消は社会としての喫緊の課題であり、この状況を解消できる企業があれば、まさにそれは新たなビジネスをその企業にもたらすことにつながるはずである。

いくつか事象について、身近なところで発生している「不」について見てみたが、今回のコロナ危機では、まさに社会のいたるところで新たな「不」が発生しているはずである。新たな商品、サービスの開発を通じて、コロナ危機で生じる「不」を払しょくし、その活動の中で自らも新たな強みを築いて大きく成長できる、そんな成長機会を見逃すべきではないだろう。

(3)コロナ後の成長加速に向けた積極的な投資戦略

デジタルを使った新たなオペレーションの構築、不の解消をキーワードにしたイノベーションの推進について述べてきたが、アフターコロナの時期になりこれらの施策をいち早く実現するためには、現段階からそれらに必要となる資源・資産の同定とその獲得のための投資の在り方を検討しておくことが重要だろう。
特に今後重要性を増してくると思われるのは、デジタルトランスフォーメーションの流れの中で、各種データやそれを扱うノウハウ、さらにはそれらに精通した人材など、いわゆる無形資産と呼ばれるものであろう。欧米先進企業と日系企業では無形資産に対する取り組み方大きな差異があることが幾度となく指摘されてきた。これまで、これらの資産についての配慮が十分でなかった企業であっても、DX時代には避けて通れない課題でもあり、今回のコロナを契機にこれらの今後の必要性・重要性について確認するとともにその獲得に向けた方策の検討が必要となるだろう。目先の対応に追われて、目に見えるものに意識が集中しがちだが、デジタル化の推進、「不」の解消を目指した新たな事業の創造に向けては、人材を中心とする無形資産の充実なくしてその実現は不可能であることを改めて強く認識すべきである。

ニューノーマルにどう向き合うか

ポストコロナ、あるいはウィズコロナの時代をニューノーマルと呼ぶ人が増えてきている。決まった定義はまだないが、人は以前のように自由に移動することはなくなり、他の人との濃密な交流も控えられる。都会のオフィスに毎日満員電車で通うようなこともなくなり、在宅を中心とするワークスタイルになる。多くの人でごった返す商業施設に買い物にいくことも減り、娯楽も選ぶようになる。健康、安全が経済同様に(あるいはそれ以上に)重視される。こんなイメージだろうか。

しかし、実はニューノーマルという言葉は今回初めて登場した言葉ではない。
最初に使われたのは、リーマンブラザースが破綻した金融危機の時期である。この時は、金融危機で多くの伝統大企業の経営が立ちいかなくなる中、経済の活況はそんなに簡単に戻らないという文脈で使われていた。
しかし、その後リーマンショックの落込みから米国経済は回復し、この言葉はいつの間にか使われなくなっていった。実は、ニューノーマルがしきりに言われていたころから、GAFAが台頭し始めている。アップルのアイフォンが広く普及していったのもこの時期である。ニューノーマルの時代=新たなプレーヤーが経済をリードする存在として浮上してきた時代だったのである。
収束の目えないコロナ危機に直面し、将来に関する深刻な見通しばかりが耳に入ってくるが、この時期に再び登場したニューノーマルも、ネガティブにとらえるのではなく、これまでなかった新たなものが生まれてくる契機になりうるという意識を持つことが必要である。

アメリカのアル・ゴア元副大統領は、ノーベル賞の授賞式において、「クライシスは漢字で危機と書く。つまり、クライシスは危険であると同時に、機会であるということだ」と述べた。
現在は確かに大きな危機だが、企業の存続を守るだけでなく、デジタルも使った自社の新たな商品、サービスにより、コロナ危機で発生している「不」を解消していくのだという攻めの姿勢を持った企業が数多く出てきてくれることを祈っている。

  • 例えば日経新聞5月12日付朝刊「オピニオン」

執筆者

中島 済

未来創発センター 戦略企画室

木村 靖夫

未来創発センター 戦略企画室

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