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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 コロナ後の中国オンライン診療市場

コロナ後の中国オンライン診療市場

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2020/05/26

  • 日本では20年4月にオンライン診療の活用方針が閣議決定され、初診でもオンライン診療の利用が可能となった。しかしこれはコロナ下における暫定的な対応であり、暫定期間終了後の対面診療の必要性は依然として残る。
  • 一方、中国ではインターネット大手BATが2015年ごろから開拓した当該市場が、コロナの患者の受診行動の変化に伴い急拡大する兆しであり、20年2月には公立病院で初となるインターネット専門病院も登場している。
  • 中国ではオンライン化の進展により、患者の受診行動が大きく変化することが想定され、中国で医療関連事業を展開している日本企業は速やかな戦略の転換が求められる。
  • また、日本も中国の先行事例を参考にし、導入価値のあるものはそれを参考にしつつ、企業や医療機関一体となって中長期的な戦略を描く必要があると考える。

中国のオンライン診療市場が拡大の兆し

中国の病院利用者の受診行動はコロナを期に大きな転換期を迎えており、オンライン診療が急拡大する兆しが見られる。拡大が見込まれる背景として、コロナ下で日本以上に一般市民の移動・外出が厳しく制限され、経済活動のあらゆる局面でリモート化や非接触のコミュニケーションが推奨される中、病院利用者の医療機関利用時の院内感染のリスク回避行動も相まって、『医師との対面に重きを置く』という従来のマインドを図らずも変革せざるを得なかったことが直接的な引き金になっていると考えられる。
一方、日本においても、20年4月7日「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の中で、オンライン診療の活用促進の方針が閣議決定された。初診を含めオンライン診療を希望する患者に対し、適切な措置が受けられる仕組みを速やかに整備するというものである。これまで日本においては対面診療の必要性※1がオンライン診療の普及を阻害してきたが、それが大きく規制緩和された形だ。ただし、これはあくまでもコロナの感染が拡大し医療機関の受診に制限がかかる中での時限的な対応であり、コロナが落ち着いた後の中長期的な方針の策定へ注目が集まる。
本稿ではオンライン診療では日本の一歩先を進む中国の事例を紹介しながら、その取り組みから得られる示唆を取りまとめたい。

オンライン診療がワンストップで可能に

20年2月末、上海市の復旦大学付属中山徐匯雲(クラウド)病院は、公立病院として中国で初めてオンライン専門病院として認可された。徐匯雲病院は、二級病院※2である徐匯区中心病院を母体とし、徐匯区中心病院の一部区画を割り当てる形で誕生した。専門病院の認可に先立ち2016年より試験的に運用されており、4年間で述べ180万人以上に予約や診断のサービスを提供、累計登録ユーザーは17万人超に達している。院内には3年以上の臨床経験を有する専業の医師が約15名、呼吸器科、循環器科など10超の科室が設置されており、医師は中心病院での診察の合間やプライベートの時間を活用して患者に対応する。
サービス利用者は、当該病院の対面診療履歴が無くても、24時間専門医の診察を受けることができ、日本と同様に公的医療保険も利用できるのが特徴である。また、診断後には、処方された薬を早ければ当日自宅まで配送してもらうことも可能だ。20年2月末の正式稼働から3月末までのわずか約1ヶ月足らずで生活習慣病患者を中心に累計で診察件数6千件、1.2千件の処方箋が発行された。
実際の受診の流れは、次のようになっている。利用者はスマートフォンの徐匯雲病院のアプリのメニューから、「診断する※3」をタップすると、利用可能な医師の専門分野とステータス(現在対応可/不可)が表示される。対象の医師を選択の上、ビデオチャットを接続。利用者は医師の表情を見ながら、ヘッドセットを身に着けた医師はPCのモニター上に表示された患者の電子カルテを見ながら問診が行われる仕組みだ。処方される薬については、受け取り場所を自宅か最寄りの指定薬局から選択することができ、その支払いもアリペイやWechatPayなどのオンライン決済ツールで行われる。支払いも含め1回の診察に要する時間はおよそ10分~15分、目下は医療画像の共有などはないため、一般家庭のWifiや4G回線があれば医師とのコミュニケーション品質は十分担保される。

オンライン診療市場拡大の土台づくりは、5年前から着々と進んでいた

オンライン診療を売りにするサービスは、コロナを期に突如として出現したわけではない。中国のヘルスケア業界では2015年が「中国のインターネット医療元年」と呼ばれており、いわゆるBAT※4を中心に活発に当該領域に投資が行われた。インターネット大手のアリババグループによるオンライン診療プラットフォーム「阿里雲医院」、テンセントグループの「好大夫在線」・「微医」、中国民間保険大手の平安グループによる健康管理プラットフォーム「平安好医生」はこのころに誕生し、そのサービスを拡大していった。2018年6月頃には、類似のサービスも含め、インターネット病院は全国3千箇所、60もの専門領域がカバーされたとの報道もあり、これが今日のオンライン診療拡大のベースとなった。
サービスメニューは、徐匯雲病院と似通っている。自社の医師として1千人レベルで抱え込んでいる平安好医生のような事例はあるものの、BATはあくまでもプラットフォーマーの立場であり、基本的にはグループ外の公立・民営病院と連携しオンライン診療を展開している。付帯するサービスとして医薬品の販売や健康相談を実施する。オンライン問診の単価は50~200元程度であり、それだけでは収益性が担保されないため、公的医療保険適用外のハイエンド検診サービス、遺伝子診断などの付加サービスと結びつけて客単価を上げる努力を行っている。BATが医療に活発な投資を行う目的は、もちろん社会的な要請もあるが、次世代コア技術と位置づけているビッグデータやAIと医療の親和性が高く、それをテコにして消費者を自社グループのエコシステムへ顧客を囲い込むことが真の目的である。
BATが医療に戦略の軸足を置く前提として、中国当局主導でオンライン診療に対応できるだけのインフラ整備が戦略的に着々と行われて来たことも見逃せない。中国は国家戦略としての五カ年計画※5や互聯網+(インターネットプラス)政策※6の下、医療情報化はヘルスケア分野の柱として推進され、次世代オンライン診療に必要な大容量通信を支える4G・5G通信システムへの投資が進んだことも大きい。
ではコロナ後のタイミングで、中国において何故オンライン市場の拡大に注目されているのか。それは徐匯雲病院が「公立」であり、病院自身がインターネット病院の運営主体であるからである。BATはWechat、アリペイなどのサービスで一般消費者の生活に深いレベルで浸透し、ブランドロイヤリティは高い。ただ、BATはあくまで「民営」企業である。市場の黎明期には、サービスについて各社バラツキがあり、オンライン診療を謳いながら予約で何日も待たされたり、各都市によって運用方法が異なる公的医療保険の適用、還付基準が曖昧だったりと安心して利用できる水準でなかったことも大きい。また、「命」や「健康」を預ける対象として、「民営であること」、「face to face」でないことが一つの心理的障壁になっていたことは想像に難くなく、それがこれまでオンライン診療市場をブレークさせるに至らなかった理由だと推察するが、公立であればそのような利用者の懸念が払拭される。

オフラインでコロナの水際での侵入、拡大を防いだのは社区

コロナ下でのオフラインの対策を見てみよう。
受診フローは基本的に日本と変わらない。発熱や咳の症状があり、感染地域への渡航や感染者との接触履歴がある場合、当局指定の発熱外来※7で問診の上、PCR検査を行い、陽性であれば感染症指定病院で隔離措置を取るというものである。20年1月末の時点でコロナに関するコールセンターや地域相談窓口は全国で一斉に設置され、その動きはトップダウンで非常に早かった。
日本との大きな違いは、「社区」と呼ばれるコミュニティが感染拡大の水際で果たした役割である。
まず、日本人にはあまり馴染みのない社区について説明する。国・省・市・区の下の最小の行政単位として「街道」というものが存在する。街道には行政機関があり実際の活動は「居民委員会」が各種活動を行う。社区はその居民委員会の管轄範囲である。居民委員会の活動内容は、日本の保健所に近い業務も多く、普段は計画出産人口の管理、高齢者向け福祉サービス、健康予防啓発活動などを行っている※8
2020年1月23日の武漢市閉鎖からわずか5日後の1月28日、国務院より『新型コロナウイルス肺炎管理強化のための社区防疫業務に関する通知』が公布され、防疫の最前線としての社区が果たすべき役割が明示された。通知では、社区の強みを生かして、通知曰く「絨毯式管理(人海戦術による社区全住民の管理)」と「ITの活用」という一見相反するように見える2つの取り組みを持ってコロナの早期発見、早期隔離、早期診断、早期治療に全力を尽くす、とした。
具体的な取り組みとして、「防疫ステーション」を設置し社区のスタッフやボランティアによる人員を配置、最もミクロなレベルではマンションの管理会社と連携しながら、人や車両の通行管理などを行った。絨毯式管理という意味においては、実際に筆者も1月末から中国国内の自宅に帰宅する際には、必ずマンション敷地入り口と建物の入り口で2回入館証を提示し、検温をクリアした上で初めて建物に入ることができる、という生活を余儀なくされた。また、スーツケースを抱えた帰宅者を防護服に身を包んだ社区スタッフが取り囲んでヒアリングをしているような状況も頻繁に目撃した。
このように、その是非はともかく、コロナ下において最前線の旗振り役として非常に緊張感を持った、ある意味相互監視的な管理を行う上で社区の果たした役割は大きかった。また一方で、ITの活用については、外国や市外からの移動者についてはWechatを通じた「住民情報登録」を義務付け、自宅待機要請対象者を洗い出すための活動を強化した。また、上海「随申码」のような個人のIDに紐付いた健康証明※9を活用し、住民の健康属性の管理が行われた。医療機関との連携については、コミュニティ病院である社区衛生服務中心※10の医療スタッフと連携し、自宅待機要請者に対する1日2回の検温、発熱者の医療機関への輸送や受診サポートなどを行った。

コロナ後の受診行動の変化

中国ではコロナによって、病院利用者の受診行動は2つの意味で変化する可能性があると考える。特に、中国当局を長年悩ませてきた上級病院への一極集中は若干緩和に向かう公算が高いと考えている。まず、冒頭で論じたオンライン化の進展である。病院利用者サイドのマインドの変化は前述した通りだが、実は医師サイドの変化も大きい。中国では長らく禁止されていた医師の兼業が2015年ごろから本格解禁されたことにより、医師のキャリアパスは多様化している。臨床経験や収入を補完する役割を下級病院や民営病院などの「外部」に求め、研究欲や名誉欲は「内部(医師が本来所属する病院)」で実現する。外部に活動を求める場合、コロナ後を見据えて当該事業をさらに強化するBATが資金にものを言わせ優秀な医師の囲い込みを増やし、公立病院との競争によりサービス品質が早い段階で劇的に向上するシナリオは十分考えられる。
次に、社区医療の再評価である。コロナによって中国当局も生活者もコミュニティレベルでの医療分業の有用性については十分すぎるほど痛感した。当局は第十二次五ヵ年計画(2011年~2015年)から分級医療※11を推進しており、その実現はある意味悲願となっている。コロナを期に、病院のランクに応じた自己負担比率に階段を設ける仕組み※12の見直しがされるとも言われており、社区医療の患者ゲートキーパーとして、さらなる役割の付与がなされるかもしれない。

日本企業や日本政府に対しての示唆

中国で医療関連事業を展開する日本企業にとっては、オンライン診療やその保険適用が進めば、総体としての医療へのアクセス量が増加し、例えば医薬品メーカーの場合、新たな処方機会が生まれたり、オンライン診療のインフラを支える医療システムや、5G普及が本格化した際の医療機器市場が拡大したりする可能性がある。また、分級医療がさらに進展すれば、病院の等級ごとにその機能が細分化され、そこに所属する医者が治療プロセスにおいて担う役割が変化する可能性も考えられる。そうなると、例えば生活習慣病関連の医薬品を販売する場合、下級病院での処方が大幅に増加するためこれまでリソースを投入していたチャネルとはターゲットが一変するといったシナリオも考えられ、それにキャッチアップするために日本企業も中長期な戦略を早急に見直す必要があるだろう。

一方、日本国内に目を転じると、冒頭に述べたように、ようやくオンライン診療の活用促進が動き出したが、関連する企業や医療機関の動きは鈍いように見える。中国では、オンライン診療を推進させるにあたり、政府はあくまで医療インフラ整備など黒子の役割に徹し、医療保険など制度面での逸脱がないようにその手綱は抑えつつも、BATを始めとする有力企業に市場形成を担わせている。このように、走りながら柔軟に戦略を調整していくことができることは中国の強みである。日本と中国では医療の仕組みが異なるため、一概に全てを導入することはできないものの、このスピード感や政府の関わり方は参考となると思われる。
コロナを期に日本でも政府、企業と医療機関が一体となってオンライン診療利用促進のための中長期的な戦略を描く必要があるのではないだろうか。

  • ※1:

    オンライン診療を開始するまでの時間と(20年度診療報酬改定前には6ヶ月、改定後には3ヶ月に短縮)、緊急時を想定したいわゆる30分ルール(おおむね30分以内に対面診療が行える体制を確保)

  • ※2:

    500床未満の総合病院。最も先進的で500床以上を有する三級病院の下の等級であり、複数のコミュニティに向け医療サービスを提供する

  • ※3:

    生活習慣病診断、コロナ診断などが選択可能。ほか、メニューとして医薬品の処方、診察予約、健康コラムの閲覧、コロナ対策室などがある。20年1月に設置されたコロナ対策室では、上海市全域の系列病院から約100名の医師をオンラインに投入、一般市民や感染疑い者からの健康相談や感染症予防の啓発を行っている。

  • ※4:

    百度(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)。大手IT企業の総称

  • ※5:

    第十二次五カ年計画(2011年~2015年)では、医療分野での言及として医療インフラの構築に呼応した病院情報共有、臨床情報、電子カルテ、地域医療プラットフォームへの投資拡大など、いわゆるDtoD(Doctor to doctor)分野を支える医療情報化が推進されてきた

  • ※6:

    2015年よりスタート。モバイル、クラウド、ビッグデータ、IoTなどに代表される新しいインターネット技術と既存のあらゆる産業を結合させ、「インターネット+医療」、「インターネット+金融」、「インターネット+物流」など産業のイノベーションを追求する国家戦略

  • ※7:

    上海市の場合、コロナ対応の発熱外来は1月末に設置が開始され、3月末時点で病院の規模問わず117箇所設置されている。20年3月22日には、社区衛生服務中心に「発熱診療所」182箇所を設置することが発表された。

  • ※8:

    その他、医療関連以外では、各種政策の周知、治安の維持、青少年教育、コミュニティの衛生管理など様々なサービスを行っている。

  • ※9:

    コロナの防疫管理を強化するため上海市ビッグデータセンターが管理する個人健康証明。赤・黄・緑色の3種類のQRコードの色で個人の健康リスクが評価され、公共交通機関、オフィスビル、商業施設などへの入場時のエビデンスとなる。取得は支付宝(アリペイ)や微信(Wechat)経由で実名にて行う。都市別に管理されており、北京市は「健康宝」杭州市は「健康码」などその名称は異なる。また、中国移動などの通信キャリアでも個人所有のスマートフォンのトレーサビリティから健康リスクを証明サービスも提供されている。

  • ※10:

    都市部における基層医療機関であり一級病院に相当、地域に根ざしているのが特徴。2018年時点では全国3.5万箇所設置。予防接種や健康診断、軽微な診療が行われるいわゆるかかりつけ病院。

  • ※11:

    三級病院などへの上級病院への患者の一極集中をコントロールするため、社区衛生服務中心などの下級病院(かかりつけ医)に患者を誘導する政策

  • ※12:

    例えば、2020年3月時点では上海市では、在職者(居民基本住民保険の加入者)が一般外来を利用した場合、500元までは全額自己負担となる。そして、病院等級に応じ、自己負担比率は最も大規模な三級病院が50%、二級病院が40%、一級病院が30%となっている。

執筆者

鶴田 祐二

野村綜研(上海)咨詢有限公司
産業三部 総監

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