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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 「移動のニューノーマル」に対応し新たな成長を実現する コロナ対策を経た「移動変容」が運輸・旅行サービスに迫る変化(前編)

「移動のニューノーマル」に対応し新たな成長を実現する
コロナ対策を経た「移動変容」が運輸・旅行サービスに迫る変化(前編)

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2020/06/05

  • 「新型コロナウイルス対策の日々」を経たことは、日常的な行動はもちろん「遠くに行き見聞を深める」ための「手段」である人々の「移動」に大きな変化をもたらした。
  • その変化とは、「新型コロナウイルス終息後も旅行などの移動は一定程度抑制する」「移動する際にも人との接触を避け、距離を維持する」という「移動のニューノーマル」とでもいえる行動志向の広がりである。
  • その背景にはウイルス感染への懸念から従来の「移動」の代替手段として、「デジタルでの体験の価値」「日常圏内での体験の価値」「Low-Touch※1での体験の価値」を見出したことがあげられる。
  • ただし、こうした代替手段の価値がどこまで広く浸透するのかは、新型コロナウイルスの終息やその後の社会経済状況にも依存するため、現時点で明確に見通すのは難しい。
  • したがって、運輸・旅行サービスではこうした「移動のニューノーマル」とでもいうべき新しい価値を反映し、手段である「旅行の提供」から「知的好奇心を満たす産業」へと進化するとともに、変化に応じた早い意思決定や柔軟な思考の「アジャイル経営体制」とでもいうべき対応をすることで新たな成長産業へと進化することが期待される。

以下、本稿(コロナ対策を経た「移動変容」が運輸・旅行サービスに迫る変化(前編))では、知的好奇心を満たすための「手段」としての移動ニーズ、すなわち「旅行」を中心に扱い、後編で日常的な交通移動を扱う。

新型コロナウイルスの終息後も「これまで通り」には戻らない可能性

野村総合研究所では、新型コロナウイルス対策の経験を経た人々は旅行などへの意識がどのように変化したかを定量的に把握するため、特定警戒13都道府県在住の330人を対象に、簡易的なアンケート調査を2020年5月に実施した。
その結果、旅行に対する意識として「①宣言等解除後に旅行を再開する」「②ワクチン・治療薬等普及後に再開する」に加え、「③当面旅行を控える」に大きく分かれてくることが見えてきた。この結果、終息後も旅行の需要は完全には戻らず、特に長距離移動を伴う旅行については再開までに時間を要すことが示唆される結果となった。

また旅行行動のプロセスにおいて、新型コロナウイルス終息後も不安を感じるのは「飛行機や新幹線機内」が24%、「公共交通機関内」が25%となっていることから、車内・機内での人や物との接触や密閉空間での長時間移動には、心理的な障壁が残っていることが明らかになった。移動に不安を感じる要因として、「行列や集中、混雑」が32%、「他人との距離」が11%などいわゆる3密(密閉・密集・密接)に関連するものをあげる層が約6割にも上ることが明らかになった。
一方で、新幹線や飛行機の利用など遠距離の旅行にかけられる費用については、新型コロナウイルスへの感染上不安に思うことに対し十分な対策が取られるとした場合でも、「今までの水準」「それ以下」との回答が7割以上を占めている。
つまり、コロナウイルス終息後の旅行については「価格は今まで通りの水準」でありつつ、移動中の「行列や混雑は回避」し、できれば「物理的距離の維持」もしたいという、移動ニーズが定着・強まる可能性がある。

このような移動ニーズの違いは、新型コロナウイルスによる行動制約を経て、「旅行」という手段に対していくつかの代替が存在し、かつ有用であることを経験したことが背景にあると考えられる。
具体的には、①デジタルでの体験の価値(オンライン、xR※2(VR,AR,MR)による体験等)、②日常圏内での体験の価値(自家用車、自転車、スクーター、徒歩等での範囲内での体験等)③Low-Touchでの体験の価値(ソーシャルディスタンスを保った行動等)である。

デジタルによる体験は、アナロジーでいえばライブコンサートでしか味わえない音楽体験をCDやDVDでも疑似的に体験できるように、旅行という体験についてもxR技術とデバイスの発達により、今後はあたかもその場所に旅行しているかのような体験が自宅で再現体験できるようになるといわれており、次第に普及・一般化すると見込まれる※3
日常圏内での体験は、他人との接触を抑制する観点から自家用車での移動や自転車・スクーターあるいは徒歩等での移動をあらためて実行したことで、その圏内にある体験の価値が再認識されたことがある。日常生活圏内にも自転車やより小型のモビリティ(スクーターなど)のシェアリングサービスなども今後需要が出てくる可能性はある※4
一方で、Low-Touchでの体験、これは今までの常識とはやや異なる価値が生まれてきた、と考えられる。つまり、なるべく人と接触しないような空間体験こそ価値があると改めて認識された。これまでにも例えば新幹線のグリーン車や飛行機のファーストクラスなどは存在し、相応の対価によりそのサービスは選択可能であった。現在生じつつあるのは、(価格は現在の水準のままで)車内・機内のみではなく、移動から目的地での行動を含めて多数の人との接触機会を極力減らす(混雑や行列を回避する)、そういった価値観である。これまでの大型連休やお盆期間、年末年始などに集中していた旅行需要の分散化といった行動の転換にもつながっていくものと考えられる。

新型コロナウイルスの終息後の運輸・旅行サービスへの見通し

こうした新しく生じつつある旅行に対するニーズがどの程度定着していくのか、その広がりを定量的に示すことは現時点では難しい。その理由としては、新型コロナウイルスの終息のかたちが現時点では不確実で見通せない要素も多く、かつ今後その状況次第で大きく前提条件が変わる可能性も大きいためである。

上図に示すように、旅行に対する代替手段がどこまで浸透するかは、最終的なウイルスの影響終息にどこまで時間がかかるのか、そこに至るプロセスで経済社会全体の活動がどこまで制約され悪化するのか、といった要素に大きく依存する。加えてこうした経済社会の変化による消費者の不安の発生、その解消がどのように変化するかという不確実性も存在する。
しかしながら、現時点ではこれら2点(ウイルスの終息と経済状況)がどのように推移するかについては見通すことは困難であり、また「振れ幅」も大きいので、一つのシナリオに依拠した判断をすることは適切ではない。
そのため、現時点では幅広な将来像を念頭に今後のビジネスの在り方を検討すべき段階にある。

「移動を提供するサービス産業」から「知的好奇心を満たすサービス産業」へ

つまるところ、移動は手段であることから、その目的である知的好奇心を満たす体験(効用)を最終的に得ることに寄与しているかどうか、が運輸・旅行サービス生き残りの必須条件である。
特に、新型コロナウイルスの影響により、「移動のニューノーマル」とでも呼ぶべきニーズが顕在化した今後は、これまでのように手段としての移動を提供するだけでは、充分に潜在的な需要を顕在化させることができない可能性がある。
つまり知的好奇心を満たす効用をどのように実現するのか、まで遡ってビジネスを考えていくと前段で示した旅行に対する代替手段を含めて一体的に提供していく、つまり「デジタル体験」「日常圏内体験」「遠距離Low-touch旅行体験」を包含したサービスとして提供できるようにすることが重要になる。
これまでは、例えば東京にいる人が世界遺産である広島県の宮島(厳島神社)の空間を体験し、参詣したいという知的好奇心に対し、「近距離交通(バス・鉄道・船舶等)」「遠距離交通(航空・新幹線)」「宿泊」を組み合わせることで、その体験(効用)を得る手段を提供してきたのが運輸・旅行サービスである。
一方で、現在はこうした知的好奇心を満たすための旅行という「手段」に対して、ウイルス感染等の不安要素が多く存在するため、その不安に対応したうえで最終的な「効用」を提供するサービスの登場が期待されている。例えば、以下に示すようなxRを活用して参詣から空間までを遠隔で体験できるサービスや、MaaSとブッキングサービスを組み合わせて目的地での観光・食事までまったく混雑や行列などなく一貫して提供するサービスなどが考えられる。

いわゆるMaaS(Mobility as a Service)と呼ばれるサービスは、旅行などの際の一連の移動という手段をおもにスマートフォンのアプリケーション上で予約や決済、発券までを一貫して提供するものである。利用者にとっての移動という手段をより目的に近い形で提供するものとなっており、移動中の混雑を回避したいという目的に対しても、例えばより混雑の少ない時期、時間、便名、移動方法等を包括的に提案するなどの対応もできる。
加えて、目的地での行動(観光、飲食、物販等)においても一定の低密度(Low-Touch)のサービスを保つため、そうした訪問先での行動も予約制に転換していくことがより消費者ニーズに寄り添ったサービスへの発展と考えられる。つまり、これまでは移動という手段を目的(決まった時間に決まった場所に行くこと)に沿って提供することがサービスであったMaaSが、そうした目的地での「ブッキングサービス」の機能も統合していくことでより「効用」の提供に近づいていく。
さらには「移動しない」つまり、デジタルによる体験という選択肢も含めて提供することによる「知的好奇心の充足産業」へのビジネスモデルの変化は運輸・旅行サービスに対する「移動のニューノーマル」により迫られた課題、といえる。たとえば、羽田空港にてxR装置を搭載した体験用の飛行機に乗り、ゴーグルをかけて椅子に座ると、1時間後には上記の例のような宮島観光を仮想体験した後、そのまま宮島と同じ世界遺産で姉妹都市であるフランスのモンサンミシェルに移り(その間にあたかもフライトしているかのような演出や、機内食の提供などをすることも付加価値につながるであろう)、宮島との共通点や世界遺産としてのつながりなどを学びながら観光体験できる、といったサービスも1つのアイデアとして考えられる。
このように、新型コロナウイルス対策を経験した私たちにとって、「移動」という行為はより強く目的に結び付いた手段として意識されることになろう。

アジャイル経営体制の構築

こうした「知的好奇心の充足産業」へのビジネスモデルの対応を進めるとしても、いったいいつまでにどこまでこうした「移動のニューノーマル」に基づくビジネス規模が拡大するか、現時点では不確実である。
一方で従来のビジネスも、前年比90%以上の減少というような強烈な需要変動に見舞われた運輸・旅行サービスでは、これまでは普通に考えることができた1年後、2年後の需要を見通すことが難しい局面に立たされている。そもそも長期にわたる安定的な需要を前提とした、大きな設備投資を伴う運輸・旅行サービスにとって、こうした変動を既存の事業の範囲内だけで吸収することは困難である。
つまり、上記の通り「旅行」という手段の存在意義も変化しつつある現在、こうした変化に対応し、新しい運輸・旅行サービスのビジネスモデルを構築していくことは生き残りの必須条件になる。
そのためには、「アジリティ」(変化を素早くとらえ、判断を早く行う)、「ピボット」(保有資産を違う形で生かす)、「連携」(業種業際横断でのサービス体制)といった能力の開発が欠かせない。
新型コロナウイルスへの対応を契機に、運輸・旅行サービスは、前述したような新しい付加価値を生み出す産業へと転換し、再び成長軌道へと回帰するきっかけが生まれた、そのように考えると、この危機に対応しそれを脱したときには新たな成長企業群が多く生まれてきているであろう。

  • ※1 

    Low-Touchとは、ここでは「high-touch」(特別なサービスや頻度で顧客に接する)の対義語として、特に顧客に接することなくサービスを提供する、という概念として用いている。

  • ※2 

    xRとは、ここでは「Virtual Reality(仮想現実)」「Augmented Reality(拡張現実)」「Mixed Reality(複合現実)」など主にデジタル技術により視覚上の現実空間と仮想空間を組み合わせて表示、体験可能とする技術の総称。

  • ※3 

    たとえば、WIRED Vol.33 P29 ケヴィン・ケリー[Mirror World]などでそうした可能性は強く示唆されている。

  • ※4 

    たとえば、KDDIはこうした近距離モビリティの普及を見込み、電動キックボードを中心としたマイクロモビリティシェアリング事業を展開するNeutron Holdings, Inc.(本社: 米国カリフォルニア州サンフランシスコ)への出資を行うとともに、福岡市にて実証事業を行うなどにすでに取り組んでいる。
    https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2019/08/09/3958.html

ご参考

「コロナ禍における旅行意向に関するアンケート」の実施概要

  • 【調査方法】

    インターネットアンケート調査

  • 【調査対象】

    過去3年以内に飛行機を利用した海外旅行(業務目的除く)を実施した特定警戒13都道府県在住者

  • 【有効回答数】

    330人

  • 【実施時期】

    2020年5月20日~5月22日

執筆者

村岡 洋成

グローバルインフラコンサルティング部

持丸 伸吾

DXコンサルティング部

矢崎 圭

グローバルインフラコンサルティング部

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