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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 ニューノーマルにおいてモビリティサービスに求められる改革 コロナ対策を経た「移動変容」が運輸・旅行サービスに迫る変化(後編)

ニューノーマルにおいてモビリティサービスに求められる改革
コロナ対策を経た「移動変容」が運輸・旅行サービスに迫る変化(後編)

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2020/06/10

  • 新型コロナウイルス対策による行動への制約によって、人の移動量は大きく減少した。今後も「3密」回避の意識が継続することで、交通機関の利用水準回復には時間が掛かる可能性もある。
  • 加えて、テレワークやデリバリーの利用が拡大・定着することで、人の移動量が感染拡大前の水準まで戻らない可能性もあり、モビリティサービスの事業運営がさらに厳しくなることが予想される。
  • これに対応し、モビリティサービスを維持していくために、以下の3つの改革が求められる。
    1. 域内の車両と輸送対象の統合運用による資産効率性改善
    2. モードミックス再編による収益性向上
    3. MaaS&オンデマンド化による利便性向上
  • 改革の実現にはデジタル投資が不可欠だが、一企業には投資負担が大きいため、アライアンスや経営統合による体力増強、デジタル資産の共有化も有力な選択肢となる。

1.交通事業者に甚大な影響を与えている新型コロナウイルス

新型コロナ対策としての移動の自粛・制限によって、鉄道・バス・タクシーといった交通サービスの利用量が大幅に減少※2している。旅客数の減少に伴って輸送収入も激減しており、すでに経営破綻に陥る事業者が現れている※3※4。また、さらに影響が長引けば、人手や車両などが維持できず、収束後に供給を増やしたくても増やせない状況が発生する恐れもある。

2.ニューノーマルにおいて予想される移動の変化

収束後も、リモート会議等の代替手段が普及することで、移動需要が減少することが予想される。加えて、“新しい生活様式”が遵守された場合は、いわゆる「3密」を回避するために混雑が忌避されるため、輸送効率性が低下し、事業運営がさらに厳しくなりうる。具体的には、利用者の心理や行動パターンの変化と、感染を防ぐための社会の要請によって、移動のあり方が以下のように変わることが予想される※5
第一に、リモートワークへの移行やデリバリー利用による移動量の減少や、時差通勤等による移動のピークの平準化など、「移動の量・ピークに関する変化」が起こる。とくにビジネス需要については、リモートワークや電話会議によって出勤・出張需要の一部が代替される。
次に、デリバリーや移動販売・移動サービスの需要が増加する、電車やバスといった密閉型のマストランジットを避けて徒歩や自転車に移行する、ソーシャルディスタンスが確保できるような設備・利用マナー・ルールなどが導入される、接触をなるべく避けるために電子決済に移行するといった、「移動に関するサービスのあり方・選択の変化」が起こる。
加えて、車両内や目的地の混雑情報を提供したり、乗客がどの交通機関を利用し、どこからどこに移動したかという移動データを収集したりする「移動に関する情報の変化」が起こる。(図表2参照)

3.モビリティサービスを維持していくために求められる改革

かかる状況においてモビリティサービスを維持していくためには、短期的には、事業継続のための現預金の確保と、利用者のつなぎとめが重要になる。複数のシナリオを想定して資金繰りを試算したうえで、取引金融機関や政府支援策を含めた資金調達、外部調達の見直し、運転資本管理、資産売却といった対策が必要になるだろう。
また、人の行動パターンは一度変わるとそのまま定着する可能性が高いため、利用者の関心を維持することが重要である。そのため、運休・減便する場合はもちろん、復旧予定のいち早い周知や、運行再開時に不安感を払拭するための安全対策の説明といった丁寧なコミュニケーションが必要になるだろう。その際、主要な顧客となっているはずの、地域の学校や企業といったチャネルを通じたアナウンスも有効である。

その上で、コロナ後の利用者の減少に対応しつつ、社会インフラとしての利便性を高めていくために、中長期的には以下の3点の改革が必要になると想定される。

1.車両と輸送対象の統合運用による資産効率性の向上

移動量の減少による輸送効率の更なる低迷に対応するため、「車両」と「運転手」という資産をどれだけ効率的に回せるかという観点から、より踏み込んだ対応が必要である。貨客混載や、自家用車・送迎車輌の多目的利用などによって、資産の回転率を向上させることが考えられる。
日本でも4月から特例措置として認められたタクシーによる貨物デリバリーには、旅客需要の埋め合わせ、貨客混載による輸送効率の向上が期待される。今後、規制緩和を含め、輸送モードや企業、人・貨物の区別なく、一つの都市単位で資産効率性の最大化を図り、業界全体の収益性向上を目指すべきである。

2.モードミックスの再編による収益性・供給量の向上

需要減少に供給削減で対応すると、利便性の低下を引き起こし、さらなる利用者離れを引き起こしてしまう。これを防ぐためには、各地域の需要量に合わせて車両のダウンサイジングを行うことで、固定費を最大限抑えたサービス提供体制を築く必要がある。例えば、これまで路線バスで運行していた地域も、ワゴン車といったより小型な車両に切り替えられる可能性がある。
2月7日に閣議決定された法案※7では、(従来の交通サービスでは維持が困難になった地域では)自家用有償旅客運送の要件の柔軟化が盛り込まれていることから、輸送モードミックスの見直しによる収益性の改善は、これまでよりも行いやすくなることが期待される。
自動車だけではなく、感染拡大後に利用が増加しているシェアサイクル※8や、今後導入が広がる可能性がある電動キックボードといったパーソナルなモビリティもサービスのポートフォリオに含め、地域の移動需要を面で取り込み、移動の利便性を維持することが重要になる。

3.MaaS&オンデマンド化による利便性の向上

移動手段の制約に加え、買い物などに時間制限がある中、利用者数を維持していくために、MaaS※9による利便性向上が一段と重要になる。リアルタイムでの運行状況を踏まえた経路検索・決済機能に加えて、車内や目的地の混雑情報※10の提供によって、利用者の不安を払拭し、「行きたい場所に、最も速い/安い/安全な方法で到達できる」状態を成立させなければならない。
さらに、混雑を避けて移動したいというニーズが高まるため、事前予約や配車への需要が増加し、オンデマンド化の重要性が高まると想定される。中国では、北京、上海など複数の都市で、経済活動再開後のオンデマンドサービスの導入が進んでいる。オンデマンド化により、モビリティサービスにも事前予約が普及すれば、需要に応じて前もって供給量を最適化し、変動費の削減や乗務員の負担軽減が可能になるため、供給側にとっても大きなメリットがある。

4.改革を実現するための取り組み

これまで述べた3つの改革は、利用者の体験向上や需給のマッチングなど、デジタル技術の活用が必須であり、大幅な投資も必要とする。これらのデジタル化は、事業の効率化に寄与するだけでなく、コロナウイルスの蔓延以前から長年の問題となっていた、配車や運行ダイヤ・乗務員シフト調整など経験を要する業務の次世代への承継にも寄与し、モビリティサービスの持続可能性を高めるという点でも、メリットが大きい。
しかし、これらのデジタル投資は、モビリティサービス企業が単独で賄うのが難しい可能性も高い。需要が完全には回復しなかった場合、経営状態が悪化し、更に難しくなることも予想される。よって、これまでの枠組みに縛られず、アライアンスやM&Aなどにより、企業体力を高めることも、有効な選択肢の一つとなりうる。3月に閣議決定された独占禁止法特例法案では、一定の条件を満たせば経営統合時に独禁法が適用除外とされており、規制面でも経営統合への後押しが進んでいる。また、新型コロナウイルス対策緊急融資を実行した金融機関にとっては、デット・エクイティ・スワップやデット・デット・スワップなどの再生手法を先んじて準備し、地域のモビリティサービスを支援していくことも必要になるであろう。

さらには、事業者間で資産を共有化していくことも考えられる。例えば、検索・配車プラットフォーム、ダイヤ作成機能、予約システムなどのデジタル資産は、事業者間でシェアすることで初期投資・固定費負担を軽減しうる。
これまでの日本のモビリティサービスは、民間での自由競争を基本とし、世界的にも質の高いサービスが提供されてきた一方で、事業者間の協調による改革が進まなかった面がある。今後予想される生活様式の変化と採算性への負の影響は、日本のモビリティサービスにおける競争領域と協調領域の見直し、そしてサービスを支える経営や資本のあり方の見直しを余儀なくするであろう。

  • ※1 

    一般社団法人日本モビリティ・マネジメント会議『新型コロナウイルス感染症の拡大と政府による自粛要請が 公共交通に与える影響試算』,朝日新聞2020年4月28日『山手線、通勤時間帯の利用者70%減 減少幅が拡大』,東海旅客鉄道『月次ご利用状況』,西日本旅客鉄道『月次ご利用状況』,四国旅客鉄道『新型コロナウイルス感染症による影響と対応について』(4月17日)。なお、タクシーは日本モビリティ・マネジメント会議による東北地方の事業者へのヒアリングより,※2 路線バスは『「新型コロナウイルスの感染拡大を受けた熊本県内乗合バス事業者の対応について」くらしの足をなくさない緊急フォーラム』における熊本都市圏3社へのヒアリングより引用
    東京メトロは4月8日のデータ

  • ※2 

    各種報道によれば、昨年同月対比での4月の旅客輸送量は、都市間交通で約80%から90%、地下鉄や路線バス、タクシーなどの都市内交通では約50%から80%減少している。詳細は図表1を参照。

  • ※3 

    『急成長タクシー会社「まさかの倒産」、観光業は転職希望者が続々』読売新聞オンライン,2020年5月24日,https://www.yomiuri.co.jp/economy/20200524-OYT1T50097/,最終閲覧2020年5月25日

  • ※4 

    『神戸空港タクシー、破産手続き開始…コロナ禍による発着便減少が直撃』Response,2020年5月18日,https://response.jp/article/2020/05/18/334685.html,最終閲覧2020年5月25日

  • ※5 

    野村総合研究所が実施したアンケートでも、本稿で挙げた変化を示唆する回答が見られる。アンケートの概要はNRI『新型コロナウイルス感染拡大による消費者の行動変容がICTメディア・サービス産業に及ぼすインパクトと対応策(サマリー)~変革を契機にしたDX実現にむけて~』を参照
    (結果を一部抜粋)

    • サンプルの25%が「感染拡大後にインターネット上の買い物に費やす時間が増えた」と回答
    • ECサイトについては利用者の46%、食事宅配サービスについては利用者の21%が、「感染拡大収束後も頻繁に利用し続けたい」と回答
    • サンプルの44%が「現金よりもキャッシュレスでの支払いが増えた」と回答 など
  • ※6 

    厚生労働省『新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」を公表しました』,SkedGo社公式発表,『CORE MaaS: A Social Distancing Mobility Platform』,『3 Ways China’s Transport Sector Is Working to Recover from COVID-19 Lockdowns』などをもとに野村総合研究所作成

  • ※7 

    国土交通省『持続可能な運送サービスの提供の確保に資する取組を推進するための地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律案』,https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo12_hh_000173.html,最終アクセス2020年5月29日

  • ※8 

    『コロナ影響 自転車通勤が増加か 首都圏の利用動向』NHK,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200523/k10012442331000.html,最終アクセス2020年5月25日

  • ※9 

    Mobility-as-a-Serviceの略。様々なモビリティサービスを、一括して検索・購入・利用できる状態。

  • ※10 

    経路検索・MaaSプラットフォームを提供するSkedGoは、「ソーシャルディスタンスが保てるか」という基準でルートが検索できる機能や、車両別の混雑情報の提供を始めている

執筆者

村岡 洋成

グローバルインフラコンサルティング部

酒嶋 亮太

ロンドンビジネススクール留学中

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