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NRI トップ 新型コロナウイルス対策緊急提言 リアルとデジタルの両輪による医療オペレーション変革で機動力を高める

リアルとデジタルの両輪による医療オペレーション変革で機動力を高める

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2020/06/10

  • 新型コロナウイルスへの対応において、急激な医療需要の増加に耐えられず、世界の医療機関は提供体制の崩壊の危機に瀕した。日本は、人口当たりの死亡率は低いものの、検査・治療体制の整備に関する課題が他国と同様に顕在化した。
  • 一方で、ドイツ、韓国、台湾などでは、迅速に医療提供体制の整備をし、新型コロナウイルスによる死亡率を低く抑え早期の感染収束を迎えつつある。これらの国は、平時から有事を想定し、検査・治療体制の整備に必要となるコントロールタワーの整備やルールメイキングを行うと共に、有事の際に、病床や医療従事者を増強できる仕組みを準備していた。
  • 日本も医療提供体制の整備を進めているが、ドイツ、韓国、台湾と比べて初動のタイミングと取組の範囲が大きく異なった。日本は平時の医療提供体制の枠組みを超えず、あくまでも従来の医療インフラをベースとした行政主導の取組が目立った。この初動の違いが医療供給側の逼迫感を高めた。
  • また、世界各国はデジタル技術を活用し、医療提供体制を補完している。患者の把握、層別化・管理、治療を効率化するために、ベンチャーの既存技術を医療分野に展開する事例やコロナ禍によって顕在化した新たな課題の解決方策を開発するために、政府主導でハッカソンを実施するなどしている。日本でも民間IT企業と連携した複数の取組みが3月末から開始されており、今後の社会実装が待たれる。
  • 有事の際には、平時の医療インフラの枠を超えて、医療提供体制を柔軟に増強することで、医療崩壊のリスクを最小限に留めることが肝要と考える。中枢の意思決定構造の整備・仕組み作りや、デジタル技術を活用した新しい医療システムの構築といった、リアルとデジタルの両輪によるオペレーション変革を完了させておくことが、有事の際に機動力を高めるために重要である。有事に備えた医療提供体制の整備は、ビフォーコロナからの課題であった。アフターコロナでは、デジタルツールが活用された医療が平時の医療として機能する世界の構築が進むと考える。

世界の医療現場は需給バランスの急激な変化への対応に疲弊

今回の新型コロナウイルスがこれほどまでに拡大し、多くの国で医療崩壊に繋がった背景にあるのは新型コロナウイルスの特徴である不顕性感染(感染力を持った無症状患者の存在)とその感染力にある。街中で不顕性感染が発生し、政府による感染力を持つ患者に対する水際対策が難航を極め、感染患者が激増した。また、一般患者に紛れて感染力を持つ無症候患者が医療機関に出入りすることで、病院内で院内感染が発生する事態に陥った。患者数が増え、医療需要が急激に増加する一方で、供給体制は追い付かず現場は刻一刻と疲弊していった。
例えば、新型コロナウイルス感染症の死亡者数が全世界の中でも多いアメリカ(5月下旬時点で約9万人)やイタリア(約3万人)では、患者の適切な把握と緊急時の医療機関内の感染症対策が実施されない段階で、多くの感染症患者を受け入れることになり、一般外来で感染症患者を長時間待機させる、医療従事者が感染症対策をせずに診察にあたる等の状況が発生し、院内感染のリスクを高めた。
一方で日本は、死者数が合計で800人程度(5月下旬時点)とアメリカやイタリアに比べて規模は小さいものの、検査・治療体制等の整備が十分とは言えず、医療の急激な需要の変化を抑え込む綱渡りの状態が続いた。

ドイツ、韓国、台湾は、平時からの備えにより、迅速な初期対応を実現

人口当たりの死亡者数を比較的低く抑え込むことに成功したドイツ、韓国、台湾では、感染症対策として、患者の「把握→層別化・管理→治療」の一連の流れを迅速に回せるようオペレーションを整備した。
例えば、ドイツは健康不安を訴える市民への対応に、医学生ボランティアを活用し、検査能力を増やすために、動物衛生研究所などの医療機関以外の施設を活用した。これにより、患者の把握、層別化において、不足した供給側の体制を整えることができ、医療従事者は患者の管理、治療に専念することができた。韓国では、民間企業がAIを使用してPCR検査の診断試薬を早期に開発し検査数を増加させ、軽症患者と重症患者の迅速な層別化に繋げた。その後、軽症者は民間施設で管理、治療することにより、医療現場の負担を軽減した。台湾は、昨年末からいち早く中国の感染拡大に関する情報を手に入れ、早期の入国制限などの水際対策の強化や封じ込め対策によってクラスター発生を抑え、医療需要の急増を防いだ。
各国の迅速な対策を可能としたのは、有事に対する事前の準備に他ならない。ドイツ、韓国、台湾では、SARS、MERS、鳥インフルエンザ、新型インフルエンザでの教訓を踏まえ、パンデミックを想定した仕組づくりができていたことが特筆される。各国が実際に対策を行った手法を①コントロールタワーの整備、②ルールメイキング、③医療インフラの整備・増強の3つの側面と、対策を実行したタイミングで分類した(図表1)。注目すべきは、各国は新型コロナウイルスが発生する前から感染症拡大に備えた仕組づくりを実施していたことである。
韓国は、MERSが流行した2015年の翌年に疾患管理本部(専門家組織)を組織改編し、機能の見直しを行っていた。新型コロナウイルス感染症が発生すると、感染症発生初期から当組織に司令塔の権限を与え、専門家が主導して様々な問題に対処した。
台湾は、SARSの経験をもとに2004年に感染症防止法を改正し、政府内に強力な司令塔組織を設置した。新型コロナウイルスの対応においても、この司令塔組織が臨時政府のような強大な権限を持ち、感染症防止法に基づき、学校の休校や集会、イベントの制限、交通、マスクの生産・流通など細部まで管理した。
ドイツは、アジアで流行したSARSや鳥インフルエンザの教訓を基に、8年前に、感染症によるパンデミックを予測し最悪の事態を想定したシナリオ予測を綿密に行っていた。シナリオ予測を行ったのは、ロベルト・コッホ研究所(RKI)のウイルス学の専門家である。RKI は、連邦政府の研究機関であり、政府や地方の保健当局や医療専門家への助言を行っている。助言とはいえ、国の意思決定におけるRKIの影響力は大きく、実際に医療従事者を守る法律や患者を守る法律には、RKIが発行しているガイドラインが反映されている。このように専門機関の出す科学的根拠に基づく研究結果を活用する土壌のあるドイツは、今回も専門家の予測結果を実際の対策方針に反映し、最悪の事態に耐えうる医療提供体制を準備し始めていた。実際に事前に準備したルールに基づき、感染初期の段階で検査数拡大や感染症対策に即した院内オペレーションを実行し、自国の対応を行いながら他国の支援まで行っている。

日本は、ドイツ、韓国、台湾の仕組みから見習う点が多い

日本が行っている対策を、前述の①コントロールタワーの整備、②ルールメイキング、③医療インフラの整備・増強の3つの側面と対策実行のタイミングから整理をした(図表2)。日本でも、他国と同様にコントロールタワーの整備や医療インフラの整備・増強を行っているが、対策の実施タイミングが他国と異なることがわかる。他国では平時に、有事の意思決定構造を明確化し、対策を円滑に実行するためのルールを作り、現場のオペレーションを定め、医療インフラの整備・増強を実施することで、患者の「把握→層別化→管理→治療」の一連の流れを迅速に回せる仕組みを構築していた。例えば、韓国、台湾は、感染発生前に①コントロールタワーの整備、②ルールメイキングを終えていたことで、感染発生後は、③医療インフラの整備・増強の実効策にフォーカスした施策を矢継ぎ早に実施することができ、死者数の拡大を防ぎ収束に繋げた(図表3)。日本は、感染症発生前に他国のような仕組みが十分整備されていた状況ではなかったため、感染症発生後のタイミングで多数の対策について検討する必要が生じた。

デジタル技術を活用し、医療提供体制を補完する世界各国

有事における検査・治療体制等の供給側の整備を支援するツールとして、世界各国は積極的にデジタル技術を活用している。新型コロナウイルスに対するデジタル技術を活用した取り組み事例として、1)デジタルヘルスベンチャーの既存技術の活用、2)公的機関による新たな課題解決に向けた新規技術の開発促進、があげられる。デジタル技術の活用事例は、大きく9つに分類され、感染予防や医療負担の軽減等を通じて医療オペレーションの効率化・最大化に貢献すると考えられる(図表4)。

1.デジタルヘルスベンチャーの既存技術の活用

新型コロナウイルスパンデミックを受け、デジタルヘルスベンチャーがデジタルツールの提供を進めている。約130の世界で提供されているデジタルヘルスの取組みを、前述の患者の「把握→層別化・管理→治療」の一連のオペレーションの観点から整理した(図表4)。デジタルヘルスベンチャーの技術は、患者の「把握」の際に必要性の低い検査を軽減し、「層別化・管理」では、医療施設の稼働状況による迅速な患者搬送を実現し、「治療」では遠隔モニタリング・診療により院内感染リスクを低減するなどの価値を提供している。

2.公的機関による新たな課題解決に向けた新規技術の開発促進

エストニア、ドイツ、スイス等の国では、3月中旬から4月上旬にかけて公的機関主導によるデジタルハッカソンが実施され、民間との積極的な協力による新型コロナウイルス対応策の開発が行われている。各ハッカソンの参加者は、数十ヵ国から集まり合計約1千人~4万人規模にのぼる。各国の他、世界保健機関(WHO)や欧州委員会(EC)が主催したハッカソンもある。このような公的機関によるハッカソンは、対象となった有望なアイデアに対して金銭だけでなく、政府・関連企業によって早期の実用化を目指した様々な支援が提供される。各ハッカソンで開発されたアイデアは、医療提供体制整備に寄与する事例が多数あり、ハッカソン開催から僅か1-2カ月で開発が進められているケースもある。また、供給側だけでなく、需要側への働きかけを強めた事例も存在する。例えば、3月中旬に開催されたエストニア政府の主導による「Hack the crisis」をきっかけに開発されたチャットボット「SUVE」は、政府の公式発表を「一般の言葉に翻訳」することで、新型コロナウイルスに関する公式情報のみをシェアし、フェイクニュースによる混乱を抑える役割を果たすツールである。既にエストニア政府の行政サイトで活用されている。さらに、各ハッカソンで提示されているテーマは、企業支援やコミュニティ支援などコロナ禍における社会経済活動全般の課題に対する解決を目指した取り組みも多い。

日本でもコロナ禍の課題解決に向けてデジタル技術活用が始まる

前述の通り、他国ではコロナ禍の課題を既存のデジタル技術を活用して、また、新たな技術開発を通じて解こうと試行している。一方、日本でも、3月末から政府と民間IT企業との連携によるデジタル技術の活用が進められている。技術活用の内容、規模面では他国のケースよりも限定的な面は否めないが、例えば、厚生労働省とLINE株式会社による国民の健康状態と行動を把握するための全国調査や、Agoop・ヤフー・KDDIと連携した一般消費者のGPS位置情報統計データの活用など、患者の「把握」、「層別化・管理」の支援が始まっている。加えて、遠隔診療等の「治療」に関するデジタル活用事例も増えつつある。今後、このような活動を加速させていくために、制度、仕組み、体制の整備が急務である。

リアルとデジタルの両輪により医療オペレーションの機動力を高めるための要諦

有事の際には、平時の医療インフラの枠を超えて、医療提供体制を柔軟に増強することで、医療崩壊のリスクを最小限に留めることが肝要と考える。先の他国の事例から、以下4つの要諦が示された。

  1. コントロールタワー整備による意思決定構造の変革
  2. 専門機能を有する既存施設の有効活用
  3. 専門能力を持つ休眠人材や医学生等ボランティアの巻き込み
  4. 既存・新規デジタル技術の有効活用

他国よりも人口当たりの死者数を抑制することに成功した国(上述のドイツ、韓国、台湾)は、過去の経験を基に、次なる有事を想定して有事の際の司令塔組織を設置し、平時・有事でコントロールタワーの切り替えができる準備をした。有事の司令塔組織を中心にパンデミックのシナリオ予測を行い、必要な病床数や医療機器を確保すると共に、院内感染防止のルールメイキングや民間セクター活用を見越した法整備を行った。これが感染初期の迅速な対応を可能とした鍵であった。日本では専門的な対策本部や専門家会議が設置されたが、コントロールタワーとしての権限が付与されていた訳ではなく、感染症対策に対して医学的見地から助言を行うことを目的としており、他国に比べてコントロールタワーの意思決定への直接的な影響力は限定的であった。
また各国は、感染発生後は、専門機能を持つ既存施設や専門知識を持つ人材を収集し、感染確認前の健康不安を訴える市民の対応に充てた。こうすることで、感染未確認患者の医療機関への急激な移動を制限することができた。加えて、事前に作成した感染症発生時のルールに基づき、不急の手術の延期や普通病床の新型コロナウイルス対応病床への切り替えを実施することで、感染症に対処するリソースを確保した。日本でもホテル等の既存施設の活用や歯科医師・離職中の看護師等の巻き込みを図っているが、一方で、他国のように、平時の際は医療提供体制のエコシステムに含まれない専門的施設を持つ民間の活用や学生ボランティア等で集まった人材を委任可能な一部の作業に限定して登用するといった例は見られず、ベースとなる医療の供給量そのものを増加させる施策、特に人手不足を解消させる施策を迅速に実行に移すことが難しい状況であった。
さらに各国は、既存の医療の枠組みにとらわれず、既存のデジタル技術を積極的に活用するとともに、コロナ禍の新たな課題解決手法としてデジタル技術開発に投資をしている。実際に、官民が連携をしながらデジタル技術を早期に社会実装し、感染症のリスク低減や需給の逼迫の解消に役立てている。
このような有事に備えた医療提供体制の整備は、ビフォーコロナからの課題であった。アフターコロナでは、デジタルツールが活用された医療が平時の医療として機能する世界の構築が進むと考える。日本が前述の4つの要諦を実現するためには、今回の有事の経験を活かし、ドイツ、韓国、台湾のように、感染症対策を安全保障の一環として捉えることが必要ではないか。新型コロナウイルスの第2波に備えるためにも、平時のプログラムとして有事を想定した医療提供体制の在り方の検討を組み込み、医療機関の役割分担や病床数・医療機器の確保、法規制含むルールメイキングなどの仕組みづくりと、デジタル技術を活用した新しい医療システムの構築といった、リアルとデジタルの両輪によるオペレーション変革を完了させておくことが、有事の際に機動力を高める鍵になると考える。

執筆者

中原 美恵

グローバル製造業コンサルティング部

須川 史啓

グローバル製造業コンサルティング部

大久保 華子

グローバル製造業コンサルティング部

木島 百合香

グローバル製造業コンサルティング部

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