年収の壁とは
「年収の壁」とは、主に非正規の労働者において、その年収額を超えて働くと、税や社会保険料の負担が増え、自身や配偶者の手取り額(実際に受け取れる金額)が減る現象のことです。手取り額の減少を避けるため、就業日数や就業時間数を調整してその年収額を超えることがないようにする人がいることから「壁」と呼ばれています。
「年収の壁」の種類
「年収の壁」には、公的制度に基づく「税に関する年収の壁」や「社会保険に関する年収の壁」、配偶者が勤務する企業等各々の賃金制度に基づく「『家族手当』に関する年収壁」などがあります。
「年収の壁」は、性別や配偶者の有無と関係ないものもありますが、ここでは、会社員の夫がいてパートで働く妻のケースを例に説明します。
「税に関する年収の壁」には、妻自身に住民税や所得税が発生する壁や夫が配偶者控除・配偶者特別控除を受けられなくなる壁があります。しかし、これらの壁を超えても、壁を超えることで発生する納税額の増分よりも、給与収入の増分の方が上回るため、手取りが減ることはありません。
「社会保険に関する年収の壁」は、妻がこの年収を超えると夫の扶養を外れ、妻自身が年金や健康保険料などの社会保険料を納付する必要が生じる壁です。こちらは、妻自身が支払う保険料の額が小さくないため、給与収入の増分よりも負担する保険料の額が上回り、手取りが減少してしまいます。手取りが減少しないようにするためには、例えば106万円を超えて社会保険に加入する人の場合、およそ125万円まで給与収入が増えるように働かないとならない、106万円の時と同水準の手取り額に戻らないと言われています。
「『家族手当』に関する年収の壁」は、家族が被扶養者であることや一定の年収以下であることを条件として、夫の勤め先が「家族手当」を支払うことがあるために発生するものです。妻の年収が一定の額を超えると、夫が手当を受け取ることができなくなることがあり、その場合、世帯の手取り収入が減ってしまいます。
図表 主な「年収の壁」(会社員の夫とパートで働く妻の世帯の場合)
(出所)野村総合研究所
このように、「社会保険に関する年収の壁」や「『家族手当』に関する年収の壁」による手取り額の減少を回避するため、年収が一定の額を超えないように就業日数や就業時間数を調整することを「就業調整」と呼びます。本当は今より長く働くことが可能な場合でも、働く時間を短く抑えることから「働き控え」などとも呼ばれています。
働き方によらず中立的な社会保障制度へ
本来、自ら社会保険料を負担して社会保険に加入すれば、将来受け取ることができる年金額が増えたり、けがや病気、出産の際などに手厚い保障を受けたりすることができるといったメリットがあります。しかし、現在の手取り額の減少を避けようと「働き控え」をする労働者が多くいるというのが実態です。とりわけ、配偶者がいて、パートなどで働く女性で多く見られます。女性の就労やそれによる経済的自立の妨げになっているとして、問題視されています。
最近は、最低賃金の引き上げや深刻な人手不足を背景に、パートタイム労働者の時給が上昇する傾向にあります。しかし、「年収の壁」の存在によって働く時間をこれまで以上に短くせざるを得ないとする人がおり、さらなる人手不足にもつながっていると言われています。
こうした状況を踏まえ、国は、働き方や雇用の選択を歪めない雇用や働き方に中立な社会保障制度へと抜本的に制度を見直すことを表明しています。