インドでは発足後3年近くになるモディ政権が粘り強く経済改革を進めており、同政権が重視するインフラ開発をめぐる環境も次第に改善しつつある。インドのインフラ・プロジェクトをめぐる課題は何か。海外投資家はどのようにインフラ投資にアプローチすべきか。インドの代表的な総合インフラ金融機関、スレイ・グループ副会長のスニル・カノリア氏に語っていただいた。
語り手
Srei Infrastructure Finance
取締役副会長
スニル・カノリア氏
1989年 実兄である現会長とともにSrei Infrastructure Financeを設立し取締役副会長に就任(現任)。2007年 Srei Equipment Finance 取締役、2010年 India Power Corporation 社外取締役、Grupo Empresarial San Jose 独立社外取締役。そのほか、2015年 インド商工会議所会頭、インド公認会計士協会委員、インド国土交通省委員会メンバーを兼ねる。
聞き手
NRIインド
社長
金 惺潤
2003年 野村総合研究所入社。不動産、金融、総合商社、エネルギー業界を専門とする経営コンサルタントとして活動するとともに、不動産投資市場、資産運用ビジネス、機関投資家分析、コーポレートガバナンスなどのリサーチを手掛ける。ノースカロライナ大学経営学修士(MBA)取得。15年 NRIインド出向。16年より現職。著書に「不動産投資市場の研究」(2013年)。
聞き手
NRIインド
投資戦略コンサルティング部門 副部門長
サニー・ゴエル
買収戦略策定、買収候補のスクリーニング、デュー・デリジェンス、ジョイント・ベンチャーの設立、フィジビリティスタディ、go to market戦略、統合戦略などのM&A業務に約9年間従事。工学士及び経営学修士。
インドの総合インフラ金融機関、スレイ・グループとは
金:
まず、カノリアさんが副会長を務めるSrei InfrastructureFinance(スレイ)について少しご紹介いただけますか。
スレイは、長年、インド事業の重要なパートナーとして日本企業とも深い関係を築いてきましたが、一般の日本人にはあまり知られていないかもしれません。
カノリア:
スレイは、インドのコルカタに本社を置く総合的なインフラ金融機関です。1989年に建設・採掘機械のリース会社として創業しました。
当時、インド経済は停滞しており、機械設備の市場規模も小さかったのですが、その後インド経済の成長とともに急拡大しました。インドの建設機械の年間売上高は1989年度の約2,500万ドルから2011年度は50億ドルになりました。
金:
22年間で200倍になったわけですね。
カノリア:
そうです。その後市場は30億ドルまで縮小しましたが、経済環境の改善に伴い、今年度はかなりの拡大が見込まれています。
スレイは当初からこうした機器・設備のファイナンスとリース事業においてマーケットリーダーとして業界を牽引してきました。特に、建設・採掘機械における市場シェアは現在3割を超えています。
ヘルスケアやITの機器など他の資産のリースやファイナンスにも事業を拡大しています。さらに、経済成長に資する資産であれば事業機会だと考え、港湾設備、電力設備、倉庫機器なども手掛けるようになりました。
金:
スレイではそうした設備ファイナンスのほか、インフラ・プロジェクトのファイナンスも行っていますね。
カノリア:
はい。有料道路をはじめ、電力、空港、港湾、工業団地、経済特区など幅広い分野を手掛けています。ここ10年ほどはファイナンスの仲介だけでなく、自らインフラ・プロジェクトに投資し始めました。
このようにスレイはインドのインフラ事業のあらゆる分野で専門性を磨き、成長機会に目を向けています。ファイナンス、リース、投資のすべてを網羅しており、状況に応じて自らのバランスシートを使う場合もあれば、ファンドを利用する場合もあります。事業を拡大する中で、経済環境が厳しい時期もありましたが、そうしたことからはリスク管理の能力を身につけてきました。
ゴエル:
日本企業との関係で言えば、御社はコマツなどの日本の建機へのファイナンスから事業を始めたと聞いています。
カノリア:
そうです。スレイは創業当初から建機ファイナンスでコマツ、日立建機と付き合いがあり、最近ではコベルコなどたくさんの日本企業と提携関係があります。
建機ファイナンス以外にも日本企業とはさまざまな形でつきあいがあります。例えば、スレイではB2Bのテクノロジー事業への投資を強化しており、物流事業に関連したIoTのソリューション・プロバイダーとしてNECと提携したりもしています。
金:
日本企業に対する印象はいかがですか?
カノリア:
物事の進みが速くない印象はあります。しかし、ただ単に拙速にものごとを運ぶよりは、多少遅くても着実な方がよいと思っています。スレイは、パートナーに対して長期的な関係を築きたいと考えていますので、長期的な視点でインドの経済発展を見ているパートナーを探しています。
モディ政権下で何が変わったか
金:
インフラ市場の足元の状況をどう見ていますか。
カノリア:
モディ政権が発足して3年近くになります。現政権は過去の問題を片付けるため、様々な施策を打ち出してきており、インフラ市場をめぐる状況も大きく変わりました。
これまで政府のプロジェクトはガバナンスの問題もあり、多くの不正・汚職事件が発生していました。また政府がせっかくプロジェクトを打ち出しても、土地収用や環境評価の問題で行き詰まってしまうことが多々ありました。しかし、こうした問題はかなり克服されたと言ってよいと思っています。現政権は強いイニシアチブを発揮しており、ガバナンスもよく働き、政策フレームワークの透明性も図られています。ここ数年、政府も民間も、インフラにまつわるいろいろな課題を学び、業界も成熟しました。
止まっていた多くのインフラ・プロジェクトが再開され、そうしたプロジェクトが二桁で伸びています。現在、これほどの水準で拡大している国はほとんどないと思います。インド経済は今後10年間、7~8%以上の成長が期待されており、マクロ的にも非常によい環境にあります。
金:
ここのところ、インドでは銀行の不良債権(NPA)比率が上昇し、経済への影響も懸念されています。インフラ向けローンの不良債権化が特に目立っていますが、どう見ていらっしゃいますか。
カノリア:
実は、遅延しているインフラ・プロジェクトの大半は、銀行融資で資金調達されたものです。インフラ向け融資には、これまでいくつか構造的な問題がありました。
第一は、インドには長期資金の出し手がいないことです。そのため、コンセッションは20~25年なのに、デットは8~10年に留まっていました。プロジェクトの資金調達を行った段階で既にキャッシュフローのミスマッチが存在しているわけです。
第二に、多くのプロジェクトが土地収用や環境評価の問題を抱え、キャンセルになったり停止したりしたことです。プロジェクトが3年遅れると、インドのような12~15%の高金利の環境下では、プロジェクトのコストは40~50%増えてしまいます。問題の解決には時間がかかるため、その影響が銀行に重くのしかかっています。
しかし、今後数年間は投資家にとってはチャンスかもしれません。銀行は資産を売却しなければなりませんから、よい価格で資産を購入できる可能性があります。
金:
昨年、インドで初めて体系的な破産法が導入されました。破綻処理の手続きが円滑になると期待されていますが、NPAの問題解決にも貢献するでしょうか。
カノリア:
はい、NPAの問題をより迅速に解決するのに大いに役立つと思います。
銀行はこれまで政府の顔色をうかがって自ら意思決定できず、対応がなかなか進まないという事情がありました。破産法の手続きに従えば、銀行は裁判所の判断の下、非常に透明な手続きを行うことができます。銀行は、合理的な判断のもと資産をリストラしたり、投資家に売却したりできるようになるわけです。ですからこの破産法は、インドの独立以来、最も強力かつ最も優れた経済法だと思っています。
金:
となると、今年はNPAの問題解決に向けて大きな前進が期待できるかもしれませんね。
カノリア:
そうですね。改善し始めると考えています。
ただ、インドでは破産法は全く新しいものなので、これからキャパシティの構築などが必要となります。破産手続きには、実務をよく知った人が求められます。しかし、そうした人材はまだまだ足りない状況ですので、育成していく必要があります。ですから、しばらく時間はかかりますが、今後1~3年で状況はかなり良くなるのではないでしょうか。
「高額紙幣廃止」がインド経済にもたらしたもの
金:
昨年11月、モディ首相が高額紙幣の無効化を断行しました。闇資金を撲滅するためという理由で、予告なしに500ルピー、1,000ルピー紙幣(当時のレートで約800円、1,600円)を廃止したわけです。新札に交換するため銀行には長蛇の列ができるなど混乱も見られました。日本企業においては自動車、日用消費財などの事業への影響が懸念されました。
今回の措置がインフラセクター、引いてはインド経済・社会に与えた影響についてどう見ていらっしゃいますか。
カノリア:
幸いなことに、インフラセクターへの影響はほとんどなかったと思います。プロジェクトの多くは政府が資金の出し手であるため、現金がほとんど関与していなかったからです。
私はむしろ、無効化された紙幣のほぼすべてが銀行に預金され金融システムに戻ってきたことに注目しています。これまで多くの現金が家庭の食器棚の奥に眠っていたことを考えると、金融システムで流通しているお金は、ずっと増えていると思います。新たにもたらされた流動性は、今後の経済成長を支えるでしょう。
その他にも、お金の流れの透明性が高まったことにより不法取引が減りました。新紙幣の供給が追いつかずATMからの現金引き出しが制限されたことで、人々のデジタル決済への関心が高まりました。そうした効果は大きかったと思います。
金:
デジタル決済の普及は、インド政府の最重要政策の一つ、全国民に金融サービスを提供するといった金融包摂を後押しするものですね。インドでは本当に多くの人がPayTMなどのモバイル決済サービスを利用するようになりました。
カノリア:
インドのフィンテックの進化のスピードには目覚ましいものがあります。
インド政府も金融包摂を進めるため、デジタルバンキングの推進に非常に積極的です。決済分野に特化した「ペイメントバンク」の制度を創設しましたし、消費者が銀行間の資金移動をモバイルプラットフォーム上で行うための統一決済インターフェース、UPIも導入しました。
また政府は最近、すべての国民が最低限の生活を営むために定期的にお金を支給する、いわゆる「ベーシックインカム」の制度について議論しています。これを実現させるとなると、必然的にデジタルな手法に頼ることになります。
金:
ほとんどの人がATMを利用したことがなく、デビットカードやクレジットカードに至っては見たこともないのに、今や誰もがモバイルで金融取引を行っているわけですから、他の国では見られない非常に面白い状況ですね。
カノリア:
その通りです。
こうしたITを活用した金融包摂の推進は、スレイが2007年に開始した「サヘッジeビレッジ」も契機となっています。これは、インド政府の全国eガバナンス計画の一部として取り組んだ事業で、全国の農村に、ITインフラを備えたサービスセンターを設け、eガバナンス、eコマース、eラーニングを提供するというものです。eコマースでは、支払いの決済や、銀行口座の開設、預金の引き出し、生命保険の販売などのサービスを提供しています。われわれはこうしたセンターを主に1万人未満の村で開設しており、これまでに全国で6万以上設置しました。村民はその地域の大きな町まで出向かなくても、こうしたサービスを受けられるようになりました。
海外投資家にとってのインフラ投資機会
金:
先ほど政府のインフラ・プロジェクトは今後、活発になるという話がありました。海外投資家も関心を高めているのではないでしょうか。
カノリア:
そうですね。既に多くの海外投資家がインドに投資し始めています。例えば、バンガロール空港ではカナダの投資家が最大の投資家になっています。
インドのバリュエーションは高くなりつつありますが、私の考えではここ2年ほどは絶好の投資機会だと思います。ただ、インフラが開発段階にある「グリーンフィールド」の案件と、建設が完了し運営段階にある「ブラウンフィールド」の案件は明確に区別して考える必要があるでしょう。
今後、政府のインフラ・プロジェクトで大型のグリーンフィールド案件がたくさん出てくることが予想されます。しかし、インドへの投資を検討し始めた海外投資家に適しているのは、やはりブラウンフィールド案件ではないかと思います。
インドにはブラウンフィールド資産にも、飛行場、港湾、道路など、建設リスクを伴わない、長期リターンが見込める投資機会がたくさんあります。こうした資産でも二桁のリターンが見込めますので、年金基金など長期投資家にとっては非常に魅力的だと思います。
またインドでは他国と比べて、インフラ整備に官民提携(PPP)を活発に活用してきた歴史があります。過去15年ほどで、民間セクターはインフラに4,000億ドル以上の投資を行ってきました。従って、グリーンフィールド案件を除外したとしても、4,000億ドルのインフラ投資がセカンダリー投資家に多くの投資機会をもたらしてくれると思います。
金:
グリーンフィールド案件については、どうアプローチすべきでしょうか。
カノリア:
まずどの州の案件かに注意する必要があります。なぜならプロジェクトの多くは州レベルで実施され、州ごとにさまざまなボトルネックがあるからです。投資家は進歩的で協力的な州とつきあう必要があります。グジャラート、マディヤ・プラデーシュ、アーンドラ、テランガナのように積極的な州もありますが、対応の遅い州も多々あります。ただ、州どうしの競争も起きつつあるので、今後改善していくのではないかと思います。
金:
投資家としては、最初は比較的安心して投資できるブラウンフィールドを検討し、その後、先進的な州のグリーンフィールドを選択肢に含めるのがよさそうですね。
カノリア:
まさにそうです。
ゴエル:
最後に、インドに興味を持つ日本の投資家や企業にメッセージをお願いします。
カノリア:
インド社会は急速に成熟しており、5年前には考えられなかった低リスクの投資機会がどんどん出てきています。人口も多く、今後も7~8%の高い経済成長が期待できます。GDP2.5兆ドルという経済規模を考えれば、持続的に大きな投資機会が生まれてくると思います。
日本の投資家は消極的でリスク回避的な傾向があるように感じます。リスクの評価や管理は現地のパートナーと組むこともできますので、ぜひ積極的に投資を検討していただければと思います。
金:
今こそ投資の時期なのかもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(文中敬称略)
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インフラ投資の魅力が増すインド市場
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