
- 語り手
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- 名前
- 藤巻 遼平氏
- 所属
- dotData
- 職名
- CEO & Founder
2006年 NEC入社。11年 NEC北米研究所に異動。機械学習の準自動化や異種混合学習などの技術の研究を主導。15年 NECの研究最高位である主席研究員に史上最年少で就任。18年2月 NECから世界初の「特徴量自動設計技術」をスピンアウトし、dotDataを米国シリコンバレーで創業。東京大学航空工学科卒、機械学習・人工知能分野の博士号取得。

- 聞き手
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- 名前
- 林 滋樹
- 所属
- 株式会社野村総合研究所
- 職名
- 顧問
1988年 野村総合研究所入社。PMS開発部に配属。保険システム部、金融ITイノベーション推進部長等を経て、2007年に野村ホールディングス株式会社に出向。09年にNRIに戻り、保険システム推進部長。12年 執行役員 保険ソリューション事業本部副本部長。14年 同本部長。16年 常務執行役員。2017年 金融ITイノベーション事業本部長。23年4月より顧問。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。
特徴量自動設計の技術はデータ分析をどう変えたのか
林:
藤巻さんが創業したdotData社は、人間では気づくことが難しい高度なインサイトをデータから導く、「特徴量」の設計を自動化する画期的な技術を開発されました。この技術はグローバルで注目を集め、多くの有力企業を顧客として獲得しています。この技術についてご紹介いただけますか。
藤巻:
「特徴量」というのは、目的変数と強く関連するデータの中のパターンで、機械学習や統計の文脈では説明変数ともよばれます。「特徴量設計」は、データから有用な特徴を見つけるプロセスです。
データから特徴を抽出する作業はアートみたいなところがあって、従来、分析者が自分のスキル、そして勘と経験から導き出すものでした。これに対して、dotDataの特徴量の自動設計の技術では、独自のAIによって、企業が保有するさまざまな業務データから特徴を自動的に抽出し、インサイトの発見につなげることができます。
林:
データ分析ではこの特徴を抽出するのが特に難しいのですね。
藤巻:
そうです。
特徴の抽出は、お客様の業界によって、仮説も違えば、データのパターンも違います。そうした特徴を理解することはデータ分析の本質であり一番難しいところでもあります。
林:
藤巻さんはそうしたデータ分析において鍵となる特徴量設計を自動化する技術を当時在籍していたNECの研究所で開発したわけですね。その辺りの経緯を教えてください。
藤巻:
2012年頃、画像認識の技術でブレークスルーがありました。ディープラーニングによって、それまで手作業で行っていた画像の特徴の抽出を、機械学習のニューラルネットワークで自動的にできるようになったのです。しかし、私がそれまでずっと手掛けていた金融や通信業界のお客様の業務データの分析は、相変わらずデータサイエンティストの経験や勘に頼る世界でした。ディープラーニングで抽出される特徴はブラックボックスになり、根拠や説明が必要なビジネスでは使えなかったからです。
ちょうどその頃、ニュージーランドでプリペイドの携帯電話を解約しそうな人を予測するプロジェクトがありました。プリペイドの携帯電話は、コンビニエンスストアで買ってすぐ使うことができるので登録者情報がありません。ですので、利用者のペイメントのアクティビティなどから解約しそうな人を見つける必要があります。私と当時の部下の2人で3か月かけて、手作業で3,000個くらい特徴の仮説をつくりコーディングし、それを使いながら解約の予兆を検出するモデルをつくりました。そこで強く感じたのは、この分野でPh.D.(博士号)を持つわれわれでもこんなに時間と労力をかけなければならないのであれば、データ活用は進まないだろうということでした。
2015年に、NECで主席研究員になり、米国でチームを拡大することになった際、この特徴を抽出するプロセスを何とか自動化できないかとプロジェクトを立ちあげました。
林:
その後、プロジェクトで開発した技術を事業化するためにシリコンバレーでdotDataを創業したのですね。
藤巻:
はい。先端技術の市場ではスピード感が重要であり、プロダクト開発と事業展開を一体的に進められる環境が必要だと考えたので、2017年にNECと議論を重ね、翌年dotDataを創業しました。
林:
先ほど手作業で3,000個の仮説をつくってコーディングしたとおっしゃっていましたが、現在のdotDataの技術では、すべて自動的にできるわけですね。
藤巻:
それ以上です。自動的に何万、場合によっては何百万の仮説を生成し、それを効率的に評価してその中から良さそうなものを自動的に候補として示すことができます。
業務部門でのデータ活用を意識したプラットフォーム
林:
御社の特徴量自動設計の技術では、専門家のスキルがなくてもデータ分析ができ、データ活用の民主化を促すものと理解しています。お客様はどのように受け止めていますか。
藤巻:
日米で、われわれのサービスへのスタンスはやや違うと感じます。
日本の場合、分析モデルを構築する「データサイエンティスト」も、分析をビジネスに活用する「データアナリスト」も、どちらも人が少ないです。データサイエンティストはようやくジョブとして確立されつつありますが、データアナリストはそうしたジョブ自体ほとんど存在しません。ですから、日本では、われわれが提供する自動化の技術を使って民主化されると思います。
一方、米国の場合は、データ分析の専門家が既にたくさんいます。ただし、企業は専門家を増やしてより多くの分析をこなすのではなく、自動化によって1人の専門家に多数の分析をさせるアプローチをとります。ですから、米国ではdotDataは専門家のスキルを拡張するものと見られています。
林:
日本では御社の技術でデータ分析の民主化が進むという話でしたが、データ分析を行う専門部署だけでなく、業務部門での利用を意識したサービスにも力を入れる予定ですか。
藤巻:
そうですね。われわれは、データは結局、業務で活用されてこそだと思っています。dotDataInsightという最新のデータ分析プラットフォームは、業務部門の人たちに、データのどの特徴を見ればインサイトが得られるかを伝えることにフォーカスしています。
生成AIが出てきたのは、われわれにとって幸運でした。生成AIはデータの統計的パターンに解釈や意味を与えるのが得意です。dotDataのAIで統計的パターンがわかっても、それを業務として解釈するには少しギャップがあります。dotData Insightでは、生成AIによってデータの特徴に解釈や仮説を与え、ギャップを埋めることができます。
林:
御社はデータ分析のテクノロジーを企業に提供していらっしゃいますが、一歩進んで、企業からデータを受け取って分析結果だけを提供するようなサービスを行うことは考えていないのでしょうか。
藤巻:
今のところ考えていません。それには二つの理由があります。
一つは、米国の企業は小さな企業でも内製化志向が非常に強く、こちらでデータを受け取って結果だけを返すタイプのサービスをみんな嫌がるからです。それどころか米国では、「製品に専門的なサービスやサポートをつける」と言っても「そんなものはいらない。ソフトウエアだけほしい」と言われたりします。逆に言えば、最低限のサービスやサポートで使いこなせるソフトウエアしかいらない、というスタンスだといえます。
もう一つは、今非常に注目を浴びているエージェント型AIが普及することで、3年から5年でデータ分析も大きく変わることが予想されるからです。エージェント型AIでは、AI自身が専門家のように次に何をすべきかワークフローの進め方を判断します。dotDataの技術も、こうしたエージェント型AIの概念に近く、AIがデータから自動で特徴を抽出し、分析の方向性を導き出す点で共通しています。われわれがお客様に代わって分析するのではなく、お客様自身が、エージェントの支援を受けながら、業務としてデータを活用する世界を目指したいと考えています。
dotDataのサービスを利用した成功事例
林:
御社は世界のトップ企業にサービスを提供しています。いくつか成功事例を教えていただけますか。
藤巻:
米国でdotDataが一番使われているのはリスク管理の領域です。
例えば、コンシューマーファイナンスの分野では、基本的には貸せば貸すほど収益を得られるビジネスなので、貸し倒れが起きるリスクをどう抑えるかが非常に重要になります。
あるお客様は、以前は手作業で一生懸命リスクを分析していたのですが、今はdotDataを使って毎週約50個のリスクの指標に関する新しいリスクパターンがないか自動で探索しています。新たなリスクパターンが見つかると、すぐにダイナミックプライシングで価格を変えるなど、色々な手を打っています。そのお客様は2年半くらいで、貸し倒れ率を2ポイント下げることができました。
それから日本で私が一番すごいと思ったのはある商社(A社)の事例です。顧客数も多いですし、扱う商材も膨大です。
A社では、dotDataを活用して、どんなときに、どんなお客様と、どんな商談をするとうまくいきやすいかの特徴を分析しました。そして特徴がわかってきたらRPAと連携し、営業担当者のカレンダーと連携し、時間の空きを見つけ、自動的に商談をスケジュールするようにしました。営業担当者に「あなたは、この時間、このお客様に、この商品を提案してきなさい。なぜなら、このお客様にはこういう特徴があり、過去の傾向からするとこういう製品の商談がうまくいきやすいからだ」と提案するわけです。これにより、AIが年間で15万件以上の商談を提案し、実際にその3分の1の5万件程度、営業がお客様に提案をしています。
林:
どの業界も営業にデータ活用しようとしているので、汎用性の高い事例ですね。
藤巻:
最近もある日本の銀行から、「dotData Insightのトライアルをしたい。法人営業の営業担当者がSalesforceに入力しているデータを使って、彼らのパフォーマンスを上げられるようにインサイトを提供したい」という相談がありました。SalesforceをはじめとするCRMに対して、dotData Insightをテンプレート化し、すぐ使える形で提供することも考えています。
林:
コールセンターでのやりとりなどの言語分析もされているのですか。
藤巻:
テキスト情報については、生成AIがテキストを得意としているので、それを利用して特徴を抽出しています。日本では営業日報などの分析はあまり進んでいないため、「テキストを分析してみたい」という声を聞きます。コールセンターの声を認識してテキスト化する技術は世の中にいくらでもあるので、そこはわれわれ自身はやりません。テキスト化されたものを使っています。
日本の金融機関がデータ活用を推進する上での課題
林:
近年、CDO(最高デジタル責任者) を置くなど、デジタル化を急ぐお客様が増えています。dotDataでは、データ分析の教育研修プログラムみたいなものは提供していますか。
藤巻:
はい。ただ、そうした人材育成については、日米でお客様のスタンスが大きく違っていて、日本だけで提供しています。
米国は基本的に、ジョブに対して必要な能力を有する人を採用して要らなくなったらクビにするので、教育予算という概念があまりありません。一方、日本では「dotDataの導入に興味はあるが、うちの会社の人間で使いこなせるだろうか」という相談が非常に多く、また多くの企業に「人を育成する」という文化があります。ですから、製品とともに人材育成のプログラムを提供しています。
われわれの人材育成プログラムには、いくつかわれわれなりのこだわりもあります。
第一に、座学で知識を学ぶような研修プログラムは無料でたくさんあるので、そういうものは提供しません。実際に手を動かしデータを触る体験を得られることを最重視しています。「データ分析って結構面白いね」と言ってもらえるような最初の成功体験を作るのが大事だと思っています。
第二に、できるだけ人が教えるのではなく、テクノロジーと対話して学んでもらいます。従来、データ分析の研修の多くは、研修コンサルタントが分析結果の解釈について教えたり、分析のテーマに悩む研修生から業務課題を聞いて議論したりしていました。われわれは、ソフトウエアの中に生成AIを組み込むことで、われわれのAIのエンジンと対話してもらいながら分析を企画したり結果を読み解いてもらいます。このアプローチでは、研修が終わってコンサルタントが去った後も、テクノロジーが伴走をしてくれるという大きな利点があります。
林:
最後に、藤巻さんから見て、日本の金融機関はもっとこうすればよいのにと感じることがあれば教えていただけますか。
日本の金融機関は理系の優秀な学生を多く採用していますが、データ分析の業務はわりと限られた少人数で行われています。私は、支店ごとにデータ分析をする人がいてもよいと思っています。
藤巻:
われわれはメガバンクとも地方銀行ともお付き合いがありますが、金融機関によって事情はさまざまです。大手の金融機関は、規制の問題もありますが、データ分析をしようと思ってもITのセキュリティ制約などが厳しすぎて身動きがとれないという話をよく聞きます。その部分の変革をできるかどうかは今後カギとなるでしょう。データ分析は、クラウドを活用しアジャイルなプロセスで行わないとうまくいきません。
一方で、地銀では、「データ分析の適任者がなかなか見つからない」といった悩みも聞きます。しかし、そうした人材が行内に本当にいないのかといえば、そうではないのではないかと感じています。
先日、ある地銀の30名くらいの方に弊社の人材育成プログラムに参加してもらいました。プログラムを実施する前は「うちの銀行では分析テーマの企画やデータ活用の企画は無理ではないか」という懸念の声もあったのですが、実際に参加してもらうと、参加者の約8割の方が「データ分析は面白い」と感じ、プログラムで作成した企画書もよいものがかなり見られました。ですから、データ分析ができる人は金融機関の中にそれなりにいるのだと思います。そういう人たちをもっと掘り起こして、オープンにデータが扱えるようにすれば金融機関のデータ活用はもっと盛りあがるでしょう。
林:
弊社ではdotDataの方と一緒に金融機関のお客様に会う機会をいただいています。dotDataの話を聞かれたかたはどの方も意欲が高まっているように感じます。御社と協力して、金融機関のデータ活用をもっと広めていければと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
(文中敬称略)

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