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企業価値向上は内側からの改革が不可欠

2015年7月号

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日本版コーポレートガバナンス・コードの上場会社への適用が始まり、企業経営者に健全な起業家精神の発揮を促すことが大いに期待されている。日本のコーポレートガバナンスを改善するカギはどこにあるのか。米3M社のCEOとして長年にわたり経営の意思決定に携わり、現在も日立製作所など世界の有力企業で精力的に取締役を務めるジョージ・バックリー氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2015年7月号より

語り手 ジョージ・バックリー氏

語り手

(元)Chairman, President and CEO of 3M
ジョージ・バックリー氏

1979年 デトロイト・エジソン社入社。その後、GECタービン・ジェネレーターズ社、エマソン・エレクトリック社などを経た後、97年 ブランズウィック社入社。2000年 同社会長兼CEO。2005年から2012年まで3M(米国)取締役会長兼プレジデント兼CEO。2012年6月からArle Capital Partnersの会長、現在に至る。また、同月より日立製作所 社外取締役を務める。

聞き手 堀江 貞之

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション研究部 上席研究員
堀江 貞之

1981年 野村総合研究所入社。96年~2001年 野村アセットマネジメントに出向。現在、大阪経済大学経営情報研究科大学院客員教授。2013年8月から金融庁「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」メンバー。2014年4月からGPIFの運用委員会・運用委員長代理。8月より「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」メンバー。

日本のコーポレートガバナンスをどう評価するか

堀江:

バックリーさんはこれまで米国の3M社など欧米の名だたる大企業で長期にわたりCEO職を経験され、また現在も日本の日立製作所をはじめ複数の企業の取締役を精力的につとめていらっしゃいます。欧米や日本の豊富な経験から、日本のコーポレートガバナンスについてどのような印象をお持ちですか。

バックリー:

コーポレートガバナンスは国によって重点が大きく異なりますが、日本はどちらかと言えばソフト・アプローチだと思います。

堀江:

それはどういう意味ですか。

バックリー:

規範となるコードが多く、規制は少ない、ということです。ただし日本では、本来「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守か説明か)」であるべきコードが、あたかも規制の一部のように受け止められ、「遵守する」という選択肢だけで行動しているように見えます。

これには、文化的な背景があると思います。日本では会社の経営陣は常に、責任感があり節度を持った態度で株主のために行動することが期待されています。また、株主の権利が見かけほど強くないのも、日本の和の文化、誰かに従う文化を反映しているように感じます。従って日本の文化の下では、アクティビストの株主は法律でその存在を裏付けられていても、それほど大きな役割を果たしたりしないでしょう。日本は他の国に比べて、社会や政府とともに会社に対する人々の信頼が厚いのだと思います。

堀江:

多くの日本人は規則に厳密に従うことを好んでいます。しかし企業価値を向上させるという観点からは、そうした厳密さは好ましいとばかり言えるものではなく、変える必要があると私は考えています。

バックリー:

私もその通りだと思います。企業価値を意識しないと、会社は衰退してしまうからです。

先日、ある日本の優良企業について調べていたのですが、非常によい会社で、製品も大変すばらしいのに、何年も利益がなく成長もしていませんでした。つまり、減価償却以外に会社の将来に再投資するためのキャッシュフローを生み出す能力を持っていなかったわけです。成長しない、利益を生み出さない会社というのは絶望的です。日本にはこうした会社が少なくありません。

従って、われわれは改革をしていかないといけません。株主価値を創造するには、政府が外側から改革するだけではなく、会社の内側からの改革が不可欠です。

ただ、政府が外側から改革を起こせば、企業も内側から改革がしやすくなるという側面もあります。例えば今回のコーポレートガバナンス・コードには、独立社外取締役を有効に活用しなさい、という原則がありますが、これは内側から企業の改革を進める効果が大きいと思います。

私がほぼずっとアメリカで働いていたからかもしれませんが、個人的には、日本は政府も会社ももっとすばやく改革を進めるべきだと思っています。ただ、急ぎすぎもいけません。私は法律、制度、歴史を尊重する日本社会の価値体系を非常に高く評価しています。ですので、そこに亀裂をもたらすようなことはしたくないからです。

堀江:

日本企業の多くはステークホルダー間のバランスという観点から見ると、株主の役割が小さく、他のステークホルダーを重視しすぎるように感じています。ガバナンスを改善するためにも、ステークホルダー間のバランスを再考すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

バックリー:

私も、ステークホルダー間のバランスは非常に大切だと考えています。バランスという観点から見ると、日本はよくやっていると思います。ただ、今おっしゃられたように、株主の役割はもう少し大きくし、成長や価値創造ももっとうまく進める必要はあるでしょう。

一方、米国でステークホルダー間のバランスという考え方が強調されるようになったのはここ数年の話です。というのは、米国では株主のために収益を生み出すことこそCEOと取締役会の大事な役割という考え方を多くの投資家が持っていたからです。中には極端な形でアクティビズムを進める例も現れ、超短期主義を押し進め、たった一人の株主の考えをすべてに優先させたりすることも起こりました。

これではとてもバランスがとれているとは言えません。株主間でも、また株主と従業員、顧客、サプライヤーなど他のステークホルダーの間でもバランスが取れていません。ときには会社が現状に満足してのうのうとしていることもあるのでショック療法も必要ですが、目先の株主利益のために圧力をかけるような極端なやり方は全く支持できません。会社にとってよくないと思うのです。


企業の価値創造のためにCEOが意識すべきこと

堀江:

先ほど日本の企業はもっと企業価値を意識すべきだという話がありましたが、日本のCEOはそのためにどのような意識改革が必要だと思われますか。

バックリー:

CEOは会社の長期的な成功と繁栄をどうやって達成するかという根本的な問題に立ち返る必要があると思います。そこでCEOがすべきこととは、会社が持続的な競争優位を持っているか確認し、それを維持するために正しいことをしているか自問自答することです。

会社がうまくいっているか確認するために、CEOが着目すべき「よい会社」の指標はいくつかあります。

マーケットよりEPSが高いか、市場全体よりも売上成長率が高いか、毎年マーケットシェアが高まっているか、顧客満足度が高いか、従業員の満足度が高いか、利益指標が安定または改善しているか、雇用主として評判がよいか、そしてESG指標がよいか、といったものです。

それでは、CEOはどうすれば「よい会社」にすることができるのでしょうか。私は高度1万メートルの高いところからの視点と、1千メートルのもう少し低いところからの視点があると考えています。

高度1万メートルのレベルでは4つポイントがあります。まず、会社は夢を持っていなくてはいけない。次に、その夢を達成するための強固な戦略がないといけない。それから本当に最高の人たちを揃えないといけない。そして最後に、徹底的に実行に移さないといけません。

次に1千メートルのレベルでは、価値創造の源泉として(1)売上の成長を促進する、(2)営業利益率を引き上げる、(3)法律と道徳に則りながら税率を引き下げる、(4)運転資本の効率を高める、(5)企業の評価価値を高める、の5つの要素を意識する必要があります。

堀江:

よい会社はこれらの要素に注目しているわけですね。日本企業にとって特にカギとなるのは、どんなことだと思いますか。

バックリー:

今日、欧米企業の多くは、1千メートルのレベルでいえば、利益率を引き上げることより売上を成長させることを重視しています。そうした会社はすでにオペレーションが洗練されていて利益率には大きな改善余地がないからです。しかし、多くの日本企業では営業利益率の改善の面でもまだできることがあると感じます。

それから私はイノベーションというものを非常に愛しています。例えば、あなたの会社がライバル会社より原材料をうまく調達できるか、製品をうまく製造できるか自信がなかったとき、あなたはどうすればよいでしょう。ライバル会社より頭を使うことです。イノベーションが大事なのはまさにここです。成長をいかに加速させようか考えているすべての会社にとって、イノベーションはカギとなります。


取締役会を有効に機能させるには

堀江:

取締役会のあり方についてお聞きしたいと思います。取締役会における独立取締役の役割で最も重要なのはどんなことだと思われますか。

バックリー:

とにかく独立であることです。つまり独立の精神を持っていること、そして会社の経営陣に左右されずに、独立した立場で意見を表明できることです。

独立取締役は解雇されたり降格させられたり、他のポストに移されたり、ということがありません。アメリカ社会でも、社内取締役にとって社長は上司であり、上司とかけ離れた意見を表明することは簡単ではありません。従って、日本でも、社外取締役は、改革を進める上で非常に重要な役割を果たせると思います。

堀江:

その点に関連して、CEOと取締役会長の職責分離について意見をお聞かせいただけますか。会長がCEOを兼職すると取締役会から独立ではなくなってしまいます。独立性の観点からこうした議論についてどう思われますか。

バックリー:

非常に興味深い問題です。というのも、私は現在、英スミス社の会長でCEOは別にいるのですが、米3M社では会長兼CEOだったからです。

3Mで仕事をしていた頃、私は会長とCEOの兼職を強く支持していました。なぜなら、会長とCEOの役割を同一人物が果たすことができることを歴史は示しているからです。少なくとも米国では、会社のパフォーマンスと兼職かそうでないかの間に相関関係はありませんでした。

従って、かなりの部分は、その人がどんな人物か、に依るのではないかと考えています。適切な資質を持ち、ほかの取締役を尊重し、会長とCEOのどちらの職責も尊重するのであれば、その人は、会長の職責で取締役会をリードし、CEOの職責で取締役会のために働くことができるでしょう。

一方で私はCEOとは別に会長が存在することにもたくさんメリットがあると思っています。そのことはイギリスの企業における体験から実感しているところです。CEOは通常、非常に多くの責任を負っており、そのほとんどについて相談する相手がいません。そこで、取締役会長は独立した立場からCEOのアドバイザーとなり、指導者となり、友達となることができます。CEOを助ける小さな声になりうるのです。

というわけで、今ではどちらの方法もそれぞれよいところがあり、最終的にどちらがよいかは、やはり人物次第ではないか、というところに落ち着いています。


投資家と企業の対話をどのように促進していくか

堀江:

日本版コーポレートガバナンス・コードでは、会社と株主の対話の重要性についても強調しています。私も機関投資家と会社の経営陣は長期的な価値創造についてもっと議論すべきだと思います。

ところが企業側からは「長期的な企業価値について建設的な議論をしようとする投資家なんてどこにもいない」という声が聞こえてきます。実際、日本の投資家の関心は企業の短期的な見通しに集中しているように感じます。こうした状況はどうすれば変えることができるでしょうか。

バックリー:

まず、日本の投資家に企業の長期的な健全性に興味を持ってもらうよう説得する必要があります。マーケットは景気循環や季節性をはじめ様々な要素で動いています。そうした影響を排除するには「景気サイクルを通して」投資することが大事です。

また投資家は「よい会社」を選別する必要もあります。特に、比較的少数の銘柄に投資する集中ポートフォリオでは、よい銘柄を選択するために会社をよく知ることが不可欠です。そしてそのためには、企業も長期の投資家に対して経営にアクセスできる手段を設けておく必要があります。投資家が会社への理解を深めるには、やはり外側から会社を眺めるより、内側から見た方が分かることが多いからです。

また、投資家は企業のESGパフォーマンスにもっと注目すべきだと思っています。

それから、私が「隠された財宝」と呼んでいる、会社の財務報告書などには書かれていない要素も大事です。たとえば、オペレーションやエネルギーの面でどれだけ効率的か、製造プロセスの生産性はどうか、原材料を無駄なく使っているか、特許ポートフォリオがどうなっているか、売上に占める新製品の比率はどのくらいか、といった要素がこれに当たります。

さらには、私が「賢者の指標」と呼んでいる要素もあります。経営者の賢さ、熱意、渇望、才能といったことで、これもスコア化するのは難しいですが、よい会社とそうでない会社を選り分ける大事な要素です。

堀江:

投資家はこうした外側からは分かりづらい要因の理解を、経営者との対話から深めることができるわけですね。

最後に、投資家と企業の対話を一歩進めて、投資家が企業に働きかけるエンゲージメント活動についてお聞かせください。投資家が優れたエンゲージメント活動を行う能力は、企業を評価する能力とは少し異なると思います。優れたエンゲージメント活動を行う能力とはどのようなものだと思いますか。

バックリー:

まず、投資家のエンゲージメント活動というのは非常に難しいものです。大企業の経営者は、投資家の提案を聞いても、なかなか考えを変えないものです。

けれども、極端な例ですが、ウォーレン・バフェットだったら耳を傾けるでしょう。すなわち、投資家サイドに、財務報告書の内容だけではなく、会社の中で何が起きているか本当に理解できる知恵を持った人がいれば、事情は違ってくると思います。例えば、成長やイノベーションで実績のある元経営者などが投資家にいれば、会社のイノベーションや成長を支援するためにたくさんのことができるでしょう。また、製造業で長い経験を積んだ人であれば、企業の製造工程などの質の良し悪しをよく判断できるでしょう。このように、投資家はさまざまな分野の専門家を揃える必要があります。テクノロジーや製造の専門家、そして財務などの専門家、どちらも大事になります。

成功体験を積み上げた聡明な人たちが投資家として経営者と対話したり、会社にエンゲージしたりすることは、会社にとっても非常に有益な機会になるのではないでしょうか。

堀江:

ものづくりと財務の専門家がチームとなって活動すれば、投資家も企業に有効な働きかけができるかもしれませんね。

本日は貴重なお話を大変ありがとうございました。

(文中敬称略)

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