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人工知能との共存

2016年3月号

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人工知能やロボット等の普及が、将来、広範な職業の雇用を奪うのではないかと憂慮する見方が注目を集めている。どのような職業がコンピュータに代替されるリスクが高いのか。人間とコンピュータはどのように共存していけばよいのか。機械学習の研究者で、コンピュータに代替されやすい職種を分析した論文「雇用の未来」の著者でもあるオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授に語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年3月号より

語り手 マイケル A . オズボーン氏

語り手

オックスフォード大学
准教授
マイケル A . オズボーン氏

2012年よりオックスフォード大学 エンジニアリング・サイエンス学部の准教授(現職)。2015年1月より英オックスフォード大学マーティンスクールにて、テクノロジーと雇用を研究するオックスフォード・マーティン・プログラムの共同ダイレクター。共著論文に“The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerisation”(2013)

聞き手 福井 正樹

聞き手

野村マネジメント・スクール
学長
福井 正樹

1982年 野村総合研究所入社。93年 NRIヨーロッパに赴任し、リスク管理のフレームワーク構築に従事。95年 金融システムソリューション室長。2002年 執行役員就任。金融IT研究センター長、金融ナレッジ事業本部長、金融ITイノベーションセンター長を経て、2006年 ジョインベスト証券 代表取締役社長に就任。2009年よりNRIネットコム 取締役。2015年より現職。

人工知能やロボット等が世界の雇用にもたらす衝撃

福井:

オズボーン先生が2013年に発表した「The Future of Employment(雇用の未来)」という論文は、「将来、人工知能やロボット等によって米国の労働人口の半分近くが高いリスクにさらされる」という衝撃的な内容で、非常に注目を集めました。反響はいかがでしたか。

オズボーン:

とても好意的な反応が多かったです。実は論文を執筆した当時は、「コンピューターによって労働が代替される」というストーリーの現実性についてもう少し懐疑的な人が多いのではないかと思っていました。ところがその予想ははずれ、執筆から3年たった今は、「機械学習が雇用に影響を及ぼす」という見解に同意しない人はほとんどいなくなりました。

福井:

今回、オズボーン先生には、弊社と共同で日本の雇用についても分析いただきました。この研究では、「日本の労働人口の約49%がコンピューター技術に代替される可能性が高い」という結果が得られ、英国の35%、米国の47%よりも高い数値となりました。

オズボーン:

実は3つの国の数字は直接比較できるものではありません。それぞれの国で用いたデータの性格がかなり異なりますので、三国間で有意に差があると結論付けることはできません。

むしろ、これら3ヶ国で観察された傾向が非常に似ていることを指摘できると思います。いずれの国も、1)コンピューターに代替されるリスクの高い労働人口の割合が非常に大きい、2)代替リスクの低い労働人口の割合もかなり大きい、3)代替リスクが中程度の労働人口の割合は小さい、という特徴があります。

福井:

どの国も、コンピューターに代替される可能性が高い人たちと低い人たちに両極化しているわけですね。

今回の研究では、「創造性や協調性が必要な業務はどの国でも一様に代替可能性が低い」という結果も得られました。これは何が原因だとお考えですか。

オズボーン:

コンピューターに何を教えれば創造性や協調性を高めることができるのか、分かっていないことが原因だと思います。このことは機械学習やロボット工学の根本的なボトルネックとなっています。人間が創造性を発揮しているときは、言語化できない「暗黙知」のようなものがメインで働いており、それをコンピューターのコードの形で明示的に表すのは難しいわけです。


コンピューター化が金融業界に及ぼす影響

福井:

金融業界は昔から、業務支援にコンピューターを幅広く利用してきましたので、人工知能やロボットがもたらすインパクトについてひときわ関心が高いと思います。

オズボーン:

計量ファイナンスの分野で機械学習に対する関心がかなり高まっていることがうかがえます。機械学習のアルゴリズムを使うとデータ処理が非常にうまくいくことや、トレーディング戦略への応用の可能性を感じられるのだと思います。ロンドンの多くの金融機関が「機械学習がビジネスにどのような影響をもたらすのか」について真剣に考えているのも、そうした理由からだと思います。

福井:

今回の共同研究では、金融業界でコンピューターに代替される可能性が高い職種として、「銀行窓口係」、「保険事務員」、「会計監査係員」などがあがりました。これらの業種が代替されやすい理由はどこにあるのでしょうか。

オズボーン:

まず、基本的な傾向として、コンピューターは人間よりも大規模なデータの処理、ストレージ、アクセスに優れていることが挙げられます。これらの職種ではコンピューターのそうした能力を発揮しやすいのだと思います。会計監査を例に取れば、コンピューターは人間のように一部ではなくすべての財務データを見てさまざまな異常や詳細に観察すべき事項を発見することができます。

福井:

ただ一方で、銀行窓口係などは、お客さまと意思疎通したり、お客さまの考えていることを思料して商品を薦めたりします。そこでは、コンピューターへの代替が難しい協調性や創造性がかなり必要なのではないかと思うのですが。

オズボーン:

重要なのは、そうした職種で実際どの程度、相手の意図を理解したり、交渉や説得をしたり、いろいろな配慮をしたりするための「社会的知性」が要求されているか、だと思います。

「顧客のことを理解する必要があるから、コンピューターでは代替できない」という議論について考える上で、1950年代のタイピストの例はとても参考になります。当時、口述筆記ができる職業としてタイピストは花形でしたが、ワープロの登場で、専門職としての優位性はなくなってしまったわけです。同様に、銀行窓口係も、ATMは会話がほとんどできないにもかかわらず置き換えられています。機械が仕事の一部しか代替していない場合でも、生産性の恩恵が受けられるのであれば、代替される可能性はあるわけです。

福井:

私はこれまでずっと証券業界の仕事に携わってきたので、特に証券業界への影響に興味があります。証券業務は大きく、1)接客業務、2)トレーディング業務、3)決済、財務、コンプライアンスなどのバックオフィス業務、の3つに分類されます。コンピューター化が進んだ場合、それぞれどのような影響が出ると思われますか。

オズボーン:

顧客との複雑なやりとりが必要なフロント業務は「社会的知性」に大きく依存しているため、オートメーション化の影響はそれほど大きくないでしょう。

一方、バックオフィスには、ルーチンの意思決定を行う業務がたくさんあり、こうした業務はアルゴリズムで置き換えることも可能です。かつてバックオフィス機能がオフショアに移管されたのと同じように、経理や一部の法務の機能もアルゴリズムに任せられるのではないでしょうか。遠くの国の誰かに業務を移管できる体制を構築できるのであれば、アルゴリズムに任せる体制を構築することも可能でしょう。

福井:

証券業務のうち、トレーディング業務への影響についてはどうお考えですか。トレーディングの分野では既にコンピューターが市場の状況に応じて自動的に注文を出すアルゴリズム取引がかなり進んでいます。

オズボーン:

非常に興味深い分野だと思います。というのは、トレーディング業務ではアルゴリズム取引の利用が急速に増えてきたこともあり、今後、人間のトレーダーに取って代わると予測することも可能だからです。しかし、私の考えはそれとは少し違い、新しい戦略を開発したりする創造的な機能を担う人間は今後も必要だろうと考えています。

なぜなら、トレーディングというのは基本的に競争相手との戦いだからです。われわれは相手を出し抜こうとしているわけで、その限りにおいては今後アルゴリズムがもっと使われるようになったとしても、依然としてアルゴリズムを開発する人間のトレーダーは必要でしょう。

福井:

「トレーディングは相手との戦い」という指摘は面白いですね。

今の話からチェスのことを思い出しました。チェス専用のスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」は、チェスの世界チャンピオンのカスパロフと互角の勝負をしました。そこでカスパロフは「これは問題だ」と考え、ゲームデザインの一部を変更して、人とコンピューターがペアを組んでペア同士で対局することを考案したわけです。このゲームでは人間がコンピューターのことをよく理解している必要があります。プレイヤーはお互いにコンピューターの高い性能を利用するのですが、人間の判断は残したわけです。

オズボーン:

とても示唆的な例ですね。コンピューター化できない人間の創造的なスキルと機械の高い処理能力がいかに補完関係を持ちうるかをよく示していると思います。トレーディング業務でも同じように、人間は既存のアルゴリズムに創造的な解釈を加えたり、新しいアルゴリズムを創造したりする形で、アルゴリズムと共存できると思います。

福井:

「人間のトレーダーは今後も必要」という話は、ある意味、朗報なのですが、懸念もあります。

これまで以上に少数のトレーダーがコンピューター化による生産性の向上の恩恵を独り占めしてしまうのではないかということです。一方で、コンピューターで代替された雇用は失われてしまいますから、今以上に社会の経済的格差が大きくなるのではないでしょうか。

オズボーン:

そうですね。

ここ30~40年間、社会の経済的不平等が悪化してきたこともあり、われわれの研究でも「コンピューター化が社会の不平等にどのような意味を持つのか」という問題に取り組んでいます。そこで分かったのは、スキルの高い人ほどコンピューター化の影響を受けづらいということです。そして、テクノロジーに置き換えられてしまう仕事に従事している人は、新しい仕事に移ることがそう簡単ではないということです。

したがって、コンピューター化によって社会の不平等化が更に進んでいくのではないか、という指摘は全くその通りだと思います。創造された富をより平等に分配する新しい制度や政策を生み出すことは、社会の大きな課題になっています。


コンピューター化時代の教育のあり方

福井:

先生の論文の中に「学歴は、コンピューター化される可能性と強い負の相関がある」という分析結果がありました。今後、コンピューター化が更に進めば、教育のあり方にも大きな影響が出てくるのではないかと思います。コンピューター化が進展した時代を生きなくてはならない学生達に、われわれは何を教えていったらよいと思いますか。

オズボーン:

テクノロジーは加速度的に進化しているため、今、学校に通っている生徒たちが20年、30年働き続けるためにどんな準備をしておく必要があるか、正確に予測するのはとても難しいと思います。

そこで一般的な話にならざるを得ないのですが、先ほど述べたコンピューター化におけるボトルネックがカギとなるのではないでしょうか。つまり、ボトルネックになっている創造性と社会的知性こそ、集中して子どもたちに身につけさせるべきスキルではないかと思うのです。これらは将来もコンピューターに代替されにくい要素だからです。

特に大学生には、特定の知識よりむしろ「学習する能力」を習得してもらいたいです。というのは、創造性も社会的知性も、学習する能力があるからこそ身につけられるものだからです。ではどうすれば学習する能力を獲得できるか。個人的な見解ですが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学で採用されている「チュートリアル制度」のようなやり方が最適なのではないかと思います。チュートリアル制度では、生徒が先生に毎週1対1で特定のテーマについて発表したり議論したりします。クラスを教授が一方的に情報を授ける場とするのではなく、特定のトピックについて学生と深い会話を交わす場とすべきだと思うのです。

福井:

社会人の教育についても伺いたいと思います。私は現在エグゼクティブ層に対する教育に携わっているのですが、将来、機械学習やビッグデータの活用が広がると経営戦略の立案プロセスも変わってくると思います。それによってエグゼクティブに必要とされるスキルはどう変わると思いますか。

オズボーン:

やはりマネジメントの役割も、新しいテクノロジーに対応して変わっていかないといけません。戦略の策定には、これまでにはなかった形でデータを活用していく必要が出てくるでしょう。エグゼクティブとしては、機械学習技術をどのように利用すれば経営に役立つ知見を得られるか理解しておくことが重要だと思います。

福井:

日本企業のエグゼクティブは、欧米企業と異なり、新入社員として入社して、そこから昇進していくプロセスの中で知識や経験を蓄えて戦略を考える立場になっていくケースが多いです。そうした長いプロセスで得られた見識も、やはりコンピューターで代替されてしまうということでしょうか。

オズボーン:

エグゼクティブが活用すべき社内情報は増える一方です。ですから、昇進を繰り返しながら会社の情報を収集していく伝統的な手法も、ある程度は、膨大なデータを活用したモニタリング手法に置き換えられるでしょう。将来的にはアルゴリズムを活用するスキルは、長いキャリアを通じて社内でじかに得た情報よりも重要になってくるかもしれません。

福井:

エグゼクティブも今までのように経験や勘だけを頼りにしていくわけにはいかなくなりそうですね。

オズボーン:

そうだと思います。もちろん、アルゴリズムの開発などは社内のデータサイエンティストや機械学習の研究者などの専門家に任せればよいでしょう。むしろエグゼクティブは、データを用いてできることの限界を理解しておく必要があると思います。データから得ることのできない知見がどういうものかを理解しておけば、エグゼクティブはそうした領域で自分の社会的知性を発揮させることができるでしょう。

福井:

エグゼクティブが社会的知性を発揮させるためにも、テクノロジーに対する理解は今後大きなカギとなりそうですね。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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