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利便性の波及に向けて始動するマイナンバー

2016年5月号

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マイナンバー制度が順調なスタートを切った。マイナンバー(個人番号)の利用は当初、社会保障・税・災害対策の行政手続きに限られるが、中長期的には金融や医療をはじめ広範な分野で大きな変革の糸口となることが期待されている。マイナンバー制度の将来像はどのようなものか、マイナンバー制度の導入にあたり陣頭指揮をとってきた向井治紀氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年5月号より

語り手 向井 治紀氏

語り手

内閣府
大臣官房番号制度担当室長 内閣審議官
向井 治紀氏

1981年 大蔵省(現 財務省)入省。2004年 財務省主計局法規課長、06年同理財局国有財産企画課長などを経て、09年 理財局次長。2010年より内閣官房内閣審議官(社会保障改革室担当)(現在に至る)。現在、大臣官房番号制度担当室長のほか、すべての女性が輝く社会づくり推進室次長、情報通信技術(IT)総合戦略室長代理(副政府CIO)などの要職を兼ねる。

聞き手 梅屋 真一郎

聞き手

株式会社野村総合研究所
未来創発センター 制度戦略研究室長
梅屋 真一郎

1989年 野村総合研究所入社。システムサイエンス部配属の後、NRIアメリカ(ニューヨーク)、野村ローゼンバーグ(サンフランシスコ)に出向。帰国後、金融関連本部にて各種制度の研究や実務設計に携わる。経営企画部を経て、2013年4月より現職。政府のIT総合戦略本部新戦略推進専門調査会マイナンバー等分科会の構成員を務める。

順調に滑りだしたマイナンバー制度

梅屋:

マイナンバー制度が無事スタートしました。これ程大がかりな制度としては、驚くほど落ち着いたスタートになりました。

向井:

混乱は予想よりはるかに少なかったと思います。特に、企業サイドが十分に準備していた印象があります。今のところ、順調に対応が進みつつあります。

梅屋:

企業が準備をする中で役所に出した質問や要望に対して、行政もいろいろ対応していただいた結果、制度上の盲点を全部つぶすことができたように感じます。

一方で、新しい制度が導入されるといって大騒ぎしたわりには、使用できるのはまずは主に税と社会保険だけで、「肩すかしを食った」という感想も聞かれます。

向井:

確かに、見た目は、税金をとられるだけの話に見えます。マイナンバーの狙いの一つは、行政手法をいろいろ作れるところにあります。そこが見えてくると、マイナンバーの意味がわかってくるのではないかと思います。

梅屋:

そういった意味では、3月に立ち上げた「子育てワンストップ検討タスクフォース」もその一環ですね。マイナンバー制度を活用して、子育てに関する行政手続きをワンストップで行えるようにする話は、生活に密着していてメリットの感じやすい分野だと思いました。

向井:

タスクフォースを立ち上げるまでに1年ほどかかりました。当初、厚労省や内閣府は前向きではありませんでした。厚労省は「子育ての手続きは対面でもなかなか来てくれないから、ITは無理」とのスタンスでした。そこを、「むしろITを使ったほうがよいのではないか」と説得してきました。

まずは、子育てについて具体的にどのような需要があるのかを知りたいと思っています。タスクフォースのメンバーも、現場で子育て支援を行っているNPOなど需要サイドの人たちに入ってもらっています。

実は私自身は、今の役所の子育て対策にかなり不満を持っています。上から目線を感じるんです。

梅屋:

福祉の世界ですね。

向井:

子育て支援の質・量の向上を目指した新しい保育制度も、保険ではないため権利性がありません。それが上から目線になってしまうのだと思います。そこで、制度の大枠は変えられませんが、利用者の子育て支援サービスへのアクセスの仕方を変えてはどうか、ということで今回の話を仕掛けたわけです。

一方、企業サイドでは保育所に対して勤務証明を発行する事務が発生しています。大企業だと何千件も発行しないといけないのですが、勤務証明は自治体ごとにまちまちで非常に面倒だと聞いていました。ですから今回のタスクフォースでは、保育サービスの利用者と企業の両方から課題を掘り起こし、問題提起していきたいと考えています。


金融機関に対するインパクト

梅屋:

マイナンバーが金融機関に与える影響について伺いたいと思います。まず金融資産に対するマイナンバーの付番は今後どうなっていくのでしょう。

向井:

預金については2018年以降順次付番されることになっています。銀行の窓口でマイナンバーを提供するかどうかはまずは任意ですが、国会答弁でもありましたように、将来的にはすべての預金に付番することを目指しています。

ただ実施するにあたって、新規口座は比較的簡単なのですが、既に作られた口座すべてに付番するのは非常に難しくて、何年かかるかわかりません。最終的には「マイナンバーがないと引き出せない」というところまでやらないといけないかもしれません。

梅屋:

有価証券や保険も含めて、すべての金融商品の契約についてマイナンバーで把握していく方向なのでしょうか。

向井:

そういうことになると思います。

梅屋:

不動産についてはどうですか。固定資産への付番という大きく立ちはだかる山があります。

向井:

確かに、固定資産税は、必ずしも登記上の所有者が払っているわけではないという問題があります。相続されて変更登記がなされていない例も多くみられ、マイナンバーが付けられることで既に亡くなった人の資産が山のように出てくると思います。

とはいえ、固定資産についても将来的には金融資産と同じ方向に向かうと思います。

これから先、超高齢化で社会保障の給付が急速に増える一方で、保険料を払う人は減っていきますので、給付と負担の緊張関係はますます厳しくなります。結局、所得や資産のある人にできるだけ負担してもらう方向に行かざるを得ません。ですから、その基準となる所得や資産の把握は、100%とは言いませんが、「公平だから仕方ない」とみんなが思えるような水準にもっていかないといけないわけです。

梅屋:

納得感を得るためにも、透明性を確保することが不可欠ということですね。

早晩、金融機関が取り扱う商品に基本すべてマイナンバーがつくとなると、次のわれわれの関心は「相続をどうするか」だと思います。

向井:

相続については、まず戸籍にマイナンバーを紐付ける必要があります。今は法律上できませんが、マイナンバー法には3年後の見直し規定があるので、法務省には地道に検討会を開いてもらっています。

われわれは当初、マイナポータルのワンストップサービスとして「引越ワンストップ」、「死亡ワンストップ」、「子育てワンストップ」などを考えたのですが、難易度が一番高いのは死亡ワンストップでした。

死亡ワンストップとは、親が死んだ時になるべくワンストップで手続きを完結させるということです。相続の際に休眠口座や未払いの生命保険ができてしまうのは、親が何を持っているか子供が把握していないからです。そこで、そういった情報を知らせるような仕組みをつくりたいわけです。この問題の解決には10年、20年かかるかもしれませんが、旗は掲げ続けたいと思います。

梅屋:

法定相続人が自動的にわかる仕掛けができれば、金融機関の業務手順にも大きなインパクトを与えると思います。

向井:

是非、金融機関の方々には、どうすれば相続の事務がスムーズに行くか提案いただけるとありがたいです。他のワンストップについても、これぞという提案がありましたら、ぜひ社会保障改革担当室に連絡いただけるとうれしいです。


官民のIT化を促進する効果も

梅屋:

マイナンバー制度に期待する効果に、今まで手作業で処理してきた事務をIT化する動きが加速し、効率化につながるということがありますね。

向井:

マイナンバー制度には官民両方のIT化を一層推進させる効果があると思います。特にIT化の遅れていた役所への影響は大きいです。

梅屋:

私も自治体への影響が非常に大きいと思っています。

これまで企業がIT化できなかったかなりの部分は、行政に紙で提出するよう求められていたところです。しかも、自治体によって求めるものが微妙に違っているので、個別対応しなければなりませんでした。

企業にとって、マイナンバー制度の厳しいルールに手作業で対応するのはリスクが高く、これを機にIT化したいというニーズがあります。ですから、行政のIT化が進むことは、「願ったりかなったり」と言えます。

向井:

本来、税については自治体ごとに異なっている必要は全くありません。福祉についても、地方の独自性はあるでしょうが、書類を統一することは可能なはずです。先ほどでてきた保育の勤務証明書も同様です。

梅屋:

もしこれを機に自治体間でフォーマットを合わせてもらえれば企業側が楽になるのはもちろんのこと、受ける側の役所も楽になります。

向井:

双方向にIT化されるわけですから楽になると思います。「IT化する」と言うとすぐ「ハッキングされたらどうする」という反応がありますが、紙だったら盗まれた時に何をされたかもわかりません。

梅屋:

余談ですが、企業からの質問で必ず出てくるのが、「従業員からマイナンバーを預けたくないと言われる」という問題です。会社が「うちのシステムは、こうやって管理して、こういうふうに対応しているから安全だ」と説明すると、「いや、会社がしっかり管理しているのはわかる。でも、そのデータを役所に提出するんでしょ。役所がちゃんと管理しているか、会社は責任取れますか?」と言われるそうです。

こういった反応はデータ漏えいの報道がたくさん流されたためだと思いますが、行政のデータ管理に対して国民に強い不安感があるのは確かです。ですからマイナンバーの安全性をきちんと説明するのは意味のあることだと思います。さもないとせっかく作った仕組みなのに、多くの人が使わないで済ませようとするかもしれません。

向井:

マイナンバーについては、マイナポータルを通じて、国や自治体がいつ誰と自分のマイナンバー付きの情報をやりとりしたのか、役所がそれぞれ自分のどんな情報を持っているか、見られるようになります。観衆の目にさらすことで安心感を高めたいと思っています。また、それは不正利用を防止するけん制効果もあると思います。


マイナンバー制度の今後の展開

梅屋:

マイナンバーカード(個人番号カード)の今後の普及についてはどのように見込んでいますか。

向井:

現在、1,000万枚弱の申請がありますが、これは低い予想と高い予想のちょうど真ん中くらいです。来年の3月までは3,000万枚分の発行を見込んだ予算を組んでいます。足りなくなった場合には、予算の手当てをして、カードの普及を促進していきたいと思っています。カード交付システムの不具合については、システム改修がだいたい終わりました。今のところ実際に交付したのは200万枚ぐらいですが、800万枚についても、目処が立ち始めています。

そして総務省では第2弾のカードの普及策としてマイキープラットフォーム構想を打ち出しています。マイナンバーカードにはマイキー部分といって、ICチップの空きスペースと公的個人認証の機能がついており、民間でも活用できるようになっています。例えば、ネットバンキングやコンビニバンキングの事業者からは早晩、マイナンバーカードにキャッシュカードの機能をもたせATMに読み取らせるという話が出てくるでしょう。また、コンビニの複合機とATMを組み合わせることで、もっとさまざまなソリューションが可能になると思います。

面白い例としては、マイナンバーカードをコンサートのチケット代わりにすることもできます。今、人気アイドルのコンサートでは、チケットを転売できないように入場時に本人確認してチケットを渡すケースもあります。チケットをマイナンバーカードにすることで、一挙に解決できます。同じように、東京オリンピックの入場券としての利用の話も出ています。

それともう1つ、厚労省では2018年をめどにマイナンバーカードを健康保険証代わりにできるようにするという話があります。これも普及に大きく貢献すると思います。

梅屋:

すべての医療機関や薬局にマイナンバーカードのリーダーが置いてあって、そこにかざすと保険の確認ができるわけですね。

向井:

そうです。病院によっては受診カードの代わりにもなります。

こういうことを見越せば、そう遠くない将来に、マイナンバーカードの普及率は50%を超えるでしょう。50%を超えればあとは自然に増えていくと思います。

梅屋:

今回のマイナンバー制度の仕組みは副次的効果が大きいですね。一つのサービスがきっかけとなって、他のサービスを生むといった形でどんどんいろいろな分野に広がっていくように感じます。

向井:

マイナンバー制度は、内在的にマルチ番号になっているので、連携する側は自由に番号を振ることができます。ですから、マイナンバー制度に乗っかって、いろいろな制度をつくることができます。

その中でも大きいのは、公的個人認証だと思います。日本のITで一番困るのは自分が誰であるかを証明する手段が今のところないことです。民間認証のようなものはいくつか出てきていますが、マイナンバーカードを用いた公的個人認証サービスを行政機関だけでなく民間に開放したのは画期的だと思います。とりわけ、民間事業者にとって、顧客の提出する電子証明書を利用していつでも現住所を確認できるのは大きいと思います。

梅屋:

最後に、法人番号の利活用について聞かせてください。消費税率の10%への移行時に軽減税率制度が導入されますが、軽減税率制度の導入に当たりインボイス制度を導入し、そこに法人番号を活用しようという話もあります。

向井:

その場合、個人の課税事業者の扱いが問題になり、「マイナンバーとは異なる個人の課税事業者番号が必要」という話が出てくると思います。この件については各省の調整が必要ですが、恐らく国税庁が受けることになると思っています。「個人の課税事業者とは何ぞや」と考えた場合、事業収入の額でしか識別できないため、結局、税務署しか把握できないからです。

梅屋:

法人番号と同様の性格の個人の課税事業者番号ができると個人事業主の透明性が非常に高まります。

向井:

確かに預金を全部把握されたら、あとは現金商売しか隠しようがありません。

それに、個人事業で成功すると多くは法人化します。欧米は個人事業主がほとんどおらず、みんな法人化していますが、日本も欧米並みに減る可能性があります。そうすればクロヨン・トーゴーサンといった所得捕捉率の不公平は是正されていくでしょう。

梅屋:

不公平の是正によって国民の今後の税負担が軽減されるといいですね。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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