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国際金融再構築における新興国の役割

2016年8月号

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新興国経済は金融危機から相対的に早く回復し世界経済を牽引してきたが、中国経済の減速や商品価格の下落などが相まってここ数年変調が見られる。新興国が克服すべき経済構造の課題は何か、長期的な国際金融の再構築にどう貢献すればよいか。ペンシルベニア大学ウォートン・スクールのブラント・グルテキン准教授に語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年8月号より

語り手 ブラント・グルテキン氏

語り手

ペンシルベニア大学
ウォートン・スクール 准教授
ブラント・グルテキン氏

1976年にペンシルベニア大学 PhD取得。87年~89年にかけてトルコ住宅開発地域参加局総裁。87年~89年及び91年にトルコ首相チーフアドバイザー、90年~91年にポーランド民営化省チーフアドバイザー。93年~94年 トルコ共和国中央銀行総裁。81年よりペンシルベニア大学ウォートン・スクールで教鞭をとる。プログラム・ティーチングアワード受賞など、受賞歴多数。

聞き手 井上 哲也

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション研究部 部長
井上 哲也

1985年 日本銀行入行。92年 エール大学経済学修士課程修了。94年 福井俊彦副総裁(当時)の秘書官。2000年 植田和男審議委員のスタッフ。03年 金融市場局企画役。資本市場の活性化に関与。06年 金融市場局参事役。BISマーケッツ委員会等の国際会議の運営に参画。08年12月野村総合研究所入社。2011年10月より現職。著書に「異次元緩和」他。

新興国経済を取り巻く構造的問題

井上:

新興国の経済は金融危機後から早期に回復し、世界経済を牽引してきましたが、ここ数年は変調が見られ、市場の見方も厳しくなってきています。

グルテキン:

そうですね。中国経済の減速や商品価格の下落などが相まって、新興国経済に対する懸念が高まっています。

私が現在の新興国経済に特に大きな影響を与えていると思うのは、欧米、特に米国の金融政策です。

米国発のサブプライム危機によって新興国も影響を受けましたが、震源地でなかったこともあり、欧米ほど深刻ではありませんでした。つまり、米国経済が落ち込み、ユーロ圏が困難な状況に陥る中、インドや中国などは比較的安定を保っていた訳です。

しかし、この間に欧米の量的緩和が流動性を急拡大させたことで、行き場を失った資金が新興国に大量に流入していました。

その結果、トルコやブラジルなどでは現地通貨が高くなりました。中央銀行は何か手を打ちたいと考えましたが、できることはほとんどありませんでした。流入資金を不胎化すると金利が上昇し、却って資金の流入を促すからです。

もちろん、新興国が世界経済を牽引する上で、こうした資金が役割を果たしたことは事実です。しかし、こうした資金流入が長く続きすぎると、どこかに歪みができるものです。

井上:

その歪みを揺り戻す契機となったのが、2013年のテーパー・タントラム(米国の量的緩和縮小に対する思惑に伴う市場の動揺)でした。

グルテキン:

そうです。「ちょっと待て。そろそろ逆回転の時間だぞ」と人々は考えたわけです。実際には新興国への資金流入は既に減速していましたが、センチメントはそこで大きく変わりました。そして今、われわれは「逆回転したときに新興国に何が起こるか」、「先進国の金融緩和の出口戦略をどうするか」といった未知の問題に直面しています。

井上:

地政学的な問題の影響についてはどうお考えですか。

グルテキン:

センチメントの変化という意味では、こちらの方がより影響は大きかったかもしれません。

特に影響が大きかったのはロシアのクリミア侵攻です。欧州は突然新しい嵐に見舞われたと言ってもよいでしょう。かつてベルリンの壁が崩壊したとき、多くの経済学者は「政治の重要性は低下し、経済が世界を司る唯一の原理になった」と考え、大いに歓迎しました。しかし、それは幻想だったことが改めて白日の下に晒されました。

つまり、冷戦が終わっても、欧州では国内少数民族の独立問題などが噴出し、19世紀の世界に引き戻されました。ロシアでも共産主義経済から市場経済への移行が無秩序に行われ、少数の人たちが国家の資産と富を独占する「マフィア資本主義」と呼ぶべき形態が出現しました。

井上:

グルテキンさんは当時、ロシアや東欧の経済改革や民営化に携わっておられました。

グルテキン:

そうです。しかし私にもどうすればロシアがこうした事態を避けられたのかわかりません。ただ、ポーランドはうまく市場経済に移行することができました。その結果、東欧とロシアの間には冷戦時代と同じような構図ができてしまいました。

そして、今に至るまで中東に深刻な影響をもたらしているのがアメリカのイラク侵攻です。ムスリム世界で保たれていたスンニ派とシーア派の微妙な均衡を完全に破壊してしまったという意味で大きな過ちだったと思います。

今回のシリア危機も、根本的な原因はスンニ派のカタールとサウジが、シーア派のイランと仲の良いアサド政権を嫌ったことにあると思っています。シリアは完全に破綻し、人口2000万人のうち1000万人が国を離れてトルコ、ヨルダン、レバノンなど周辺国に逃れています。

中東では「アラブの春」も人々に民主化の期待を与えましたが、こちらも失望に終わりました。フランスがリビアに軍事介入しましたが、内戦を招き、かえって大きな混乱を引き起こしています。問題のある政権を倒すだけでは、また別の権威主義的な体制ができて混乱を助長するだけなのです。


新興国の制度設計や政策立案能力はどれだけ向上したか

井上:

新興国の制度設計や政策立案能力は、1997年のアジア通貨危機当時に比べると、飛躍的に向上したように思います。例えば、多くの新興国でインフレ目標や柔軟な為替制度が導入されたほか、様々な構造改革が進められました。外貨準備も積み上がり、外部ショックに対する頑強性は大きく改善した印象を受けます。

グルテキン:

私もそう思います。

第一に、新興国は通貨危機の経験から大いに学んだのだと思います。特に東アジアや東南アジアの中央銀行の人たちは優秀で、学習能力も長けていたのだと思います。同時に、国民も「中央銀行や金融制度を守っていく必要がある。さもないと多大なコストがかかってしまう」と理解したのでしょう。

第二に、中産階級の人口が大幅に増えたことが、新興国の政策立案能力の向上に大きく貢献していると思います。

つまり、中国もそうですが、国民の多くが中産階級とまでいかなくても貧困ラインを超えたことで、政策決定者はそれまでのように政策に対して無責任ではいられなくなったのです。貧困ラインより下の人たちは経済変動の影響をあまり受けませんが、中産階級の人たちは住宅ローンを抱えていたり、子どもを学校に通わせていたりするので、影響を大きく受けるからです。政策決定者は経済政策を真剣に注意深く立案しなければならなくなったわけです。

井上:

新興国の外国為替制度も、以前に比べるとかなり柔軟性が高まっていると思うのですが、ここから改善の余地はないでしょうか。より柔軟な外国為替制度を採用するといった対応があれば、例えば、先にお話された米国の量的緩和の影響も抑えることができたのではないでしょうか。

グルテキン:

それはなかなか難しいと思います。外国為替制度を柔軟にすれば、相応に効果はあるでしょうが、それだけで問題を解決することはできません。

そもそも、新興国の場合は、政策決定者が外国為替制度に十分な知見を持っているか疑問である場合もあります。また政治プロセスが先進国に比べて洗練されていない場合も少なくなく、中央銀行は外部からさまざまな影響を受けます。私自身もトルコ中央銀行総裁としての経験から、政治家と折り合いをつけることの難しさが米国や欧州の比でないことを実感しています。

例えば、かつてのブンデスバンク(ドイツの中央銀行)は畏敬の念を持たれていて誰も手出ししませんでした。しかし、新興国ではそうもいきません。「独立した存在」であることは、時にはとても難しいのです。

制度をつくるには時間がかかりますが、国民がそうした制度の重要性を認めて尊重するにはもっと長い時間がかかります。確かに以前と比べると新興国の政策立案能力は改善しましたが、とんでもないことが起きてもおかしくないような要素はまだ残っていると思います。

井上:

「新興国はアジア通貨危機の経験に学んだ」とのお話がありましたが、逆にそうした危機を乗り切ったことが慢心を招いた側面はなかったでしょうか。これは先進国にあてはまるのかもしれませんが、最初の小さな危機を乗り越えたことによる慢心が、その後に大きな金融危機を招いたケースが少なからずあるように感じます。

グルテキン:

それは大事なポイントだと思います。

金融危機以前に「大いなる安定」が実現したと言われました。これは、1980年代半ばから金融危機に至るまで、景気循環によるGDPやインフレ率の変動がそれ以前と比べて小さくなった状況を指します。われわれはそこで経済政策の力を過信してしまったのだと思います。

米国ではS&L危機や1987年のクラッシュをFRBのグリーンスパン議長が市場を刺激することでうまく乗り切りました。そして緩和的な金融政策を続けるうちにバブルが発生しました。それでも多くの人は、「バブルの発生は予測できないが、事後的に経済政策で対処することはできる」と考えたのです。

規制面でも慢心がありました。特にクリントン政権以降は、厳しい規制がなくても、金融市場の参加者は自身を律することができるという信念ができました。これは多くの場合、正しくありません。金融市場では事態があまりに早く変化するため監督機関の対応が後手に回ることも多いですし、人間は欲深いため規制の抜け道を探してしまうからです。

このように、金融危機の原因には金融緩和のような実体のある要因もありましたが、目に見えない「世界的な慢心」の影響も大きかったと思います。


新興国は国際金融の再構築にどう貢献してくべきか

井上:

国際金融はこれまで先進国が先導してきましたが、新興国も実力をつけてきています。今後の枠組みを考える上では、先進国と新興国がもっと活発に対話し、議論を深めるべきだと思います。

グルテキン:

その通りだと思いますし、IMFや世界銀行などの国際機関では、新興国の意見を反映しうる体制を構築しているところです。

ただ実際の現場では依然として数カ国の先進国の発言力が強いままです。新興国はこれらの国際機関の運営にもっと参加し発言していく必要があると思います。

井上:

新興国の実力を考えたら、国際機関の要職をもっと多く占めるべきということですね。

グルテキン:

そうです。欧米主要国が不当に地位を独占しているという訳ではないとしても、先進国だけで議論を進めると、1997年の東アジア通貨危機のときのように当事者にとって一方的に厳しい政策が打ち出されることにも繋がります。今こそこれらの組織をもっと民主化して、新興国も先進国ともっと一緒に政策を立案できるよう改革すべきではないでしょうか。

井上:

その通りだと思います。

そのように先進国と新興国がグローバルなレベルで協力関係を強化することが必要であると同時に、世界の多くの地域で進行する経済統合の中でも、新興国が大きな役割を果たすことが一段と重要になっているように感じます。

グルテキン:

こうした動きの少なくとも一部は、自然発生的に起こっているのだと思います。

たとえば東アジアでは、中国とインドネシア、タイ、さらにはオーストラリアとニュージーランドまで、一つのブロックを自然に形成しています。

井上:

いわば、地域的なサプライチェーンを形成している訳であり、日本も当然にその一角を占めています。

グルテキン:

世界的に地域経済圏を形成する動きがいくつか見られますが、東アジアの域内のつながりはもともと他と比べても特に強固であるという印象を持っています。

気をつけなければならないのは、こうした経済圏では、良くも悪くも域内の国々同士が常に影響を与え合うことです。特に資金の流れなど金融面の影響は大きいでしょう。

したがって、このように密接な関係を持つ地域経済においては、単に経済統合を実現させることを目指すのではなく、安定した共同体のシステムを作り上げていくことが重要です。一部の国の問題がグローバルな大きな問題に拡大しないようにしなければなりません。

そのためにも、貿易や資金フローのメカニズムを改善する必要があります。金融機関に対する流動性規制の内容も見直すべきでしょう。私は、これまで新興国市場で起きた大半の危機は、然るべきときに銀行に流動性が十分あれば軽減できたと思っています。

また、米国の金融・経済政策に左右されないためにも、新興国は、外貨準備を米ドルばかりで保有している現状を変えていく必要があるでしょう。特に、金融危機などの困難な局面で外貨流動性を供給してもらうようなときに、米ドル以外の選択肢が存在することは柔軟性の面で大きな意味を持つでしょう。

米国は金融危機に際して量的緩和政策をとりましたが、これは米ドルが国際的な準備通貨だからこそ有効であった訳です。ある意味、米国は米ドルの通貨発行益(シニョリッジ)を使って自国の経済問題を解決したのです。新興国にこんなことはできません。

井上:

準備通貨を各々の新興国がどう選択するかについては機械的に決められるものでもないように思います。どの国も、良くも悪くも通貨発行国の政策の影響を受けざるを得ない訳です。

アジアでは、米ドルにいつまでも依存するのでなく、何らかの形で域内の共通通貨が実現できるかどうかが長期的な論点であり、私も関心を持って見守っています。

グルテキン:

地域の共通通貨があれば、域内のある国が問題に陥ったときにも地域全体で問題を解決しやすくなります。長い目で見て、アジアでも地域通貨ができる可能性はあるのではないでしょうか。

現時点では、われわれはいまだに米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制の世界にあるといってよいと思います。こうした体制が成立して70年も経っているのですから世界も少しずつ変わっていかないといけません。

井上:

そうですね。

同時に、新たな国際準備通貨の発行者にはぜひ、国内の状況だけでなく国際的な視点を持ち、何らかの規律を持って経済政策を運営して欲しいと思っています。

グルテキン:

重要なポイントですが、現実にはなかなか難しい注文かもしれません。米国が国際機関で小国のようにわがままに振る舞っているのを見ているとそう感じます。

井上:

国際準備通貨の多様化のためにも、責任感を持ったリーダーが各地域に出現することを期待したいですね。

本日は貴重なお話を大変ありがとうございました。

(文中敬称略)

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