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企業価値向上の機能を担うIR

2016年9月号

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コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードなどのガバナンス改革が進行する中で、企業と投資家の積極的な対話の重要性が謳われている。それは、上場企業が実践しているIRとは別物なのか。長年、IRのレベルアップに尽力してこられた日本IR協議会の佐藤専務理事に、IRの意義、今後のIRのあり方について語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年9月号より

語り手 佐藤 淑子氏

語り手

一般社団法人日本IR協議会
専務理事
佐藤 淑子氏

1985年 日本経済新聞社入社。広告局金融広告部などを経て93年3月に日本IR協議会に出向。99年3月から同協議会・主任研究員、2003年から首席研究員。15年6月 専務理事に就任。著書に「IR戦略の実際」(2004年、日本経済新聞出版社)、「IRの成功戦略」(2014年、日本経済新聞出版社)などがある。公認会計士・監査審査会委員などの公職も務める。

聞き手 大崎 貞和

聞き手

株式会社野村総合研究所
未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。90年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年 資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、東京大学客員教授を兼務。金融審議会委員、規制改革会議委員などの公職も務める。著書に、「ゼミナール金融商品取引法」(2013年、共著)他多数。

IRとは、双方向の対話

大崎:

佐藤さんはいつから日本IR協議会(以下、IR協議会)に携わっていらっしゃるのですか。

佐藤:

IR協議会は1993年に設立されましたが、私はその準備段階から関わっていますので、もう23年以上経ちます。

大崎:

IR協議会が設立された頃は、それこそ企業関係者や投資家の間でも「IRとは何ですか」といったものがありました。さすがに今はそういう人は少数派になりましたがIR協議会が何をやっているのか知らない人はまだまだ多いと思います。

佐藤:

IR協議会は、上場企業を中心とする会員で成り立っています。会員数は現在567で、その90%ぐらいが上場企業、そのほか、IR支援会社や証券会社が参加しています。

主な活動は4つあります。1つ目は、IRを担う人を育成するために、研修やセミナーなどを開催しています。2つ目は、IRに関わる方々のネットワークの構築を目的に、情報交換の場を設けています。3つ目は、高いレベルのIRを目指している企業を意識して、「IR優良企業賞」を設け、その選定と審査結果のフィードバック、カウンセリングを行っています。4つ目は、IR関係者の方々の関心の高いテーマについて調査や研究を行っています。

大崎:

そもそも論になりますが、企業がIRに積極的に取り組む意義についてどうお考えですか。

佐藤:

一般的にIRは「投資家向け広報」と解釈されていますが、それは狭義のIRだと思います。もう少し広く考えると、投資家からの声を聞いて、それを経営に生かして企業価値向上の手掛かりをつかむ。そういった拡大再生産の機能がIRにはあると思います。企業にとっては、将来の企業価値を資本市場で評価してもらうとともに、企業価値向上のプロセスにも役立てるという二つの面があると思います。

海外事業を積極展開しているB to B企業の社長から聞いた話ですが、その社長は、中国経済の減速が明らかになる前にリスクを感じていたそうです。しかし、社内からは「大きな変化はなく大丈夫です」という報告だけがあがってくる。けれども、世界経済や業界動向にも詳しい投資家を回ってみると、心配する声が多い。そこで、もう一回調べ直してみたら、やっぱり厳しかった。おかげで、早めに手を打てたそうです。

大崎:

とすると、今、ガバナンス改革ということで、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの遵守が求められていますが、これはIRをしっかりしましょう、というメッセージと見てもいいんですか。

佐藤:

私はそのように認識しています。IRによって得られた投資家の声を受け止め、自身の立ち位置を確認し、情報開示の一貫性をもってIR活動を継続することが、対話を実のあるものにすると思うのです。

ただ、企業なり投資家の立場から、これまでの活動の延長線にあるものと、新しく始めるものについて、少し取り組み方を変えていくことも大事なのではないかと思います。例えば将来の企業価値向上を議論する場合、これまでは、業績に関わる話や事業戦略などが主なテーマとなりましたが、ガバナンス・コードの適用を機に、ガバナンスそのものがどう企業価値に貢献しているかを示す時を迎えています。そういう対話を、IR活動に融合できるとよいのではないかと思います。

大崎:

「IRは会社から発信する。スチュワードシップ活動は機関投資家から要求していく」というイメージを持っています。

佐藤:

「あなたの会社の価値は顕在化していないから、もっと定量化して社内外で共有できるようにしよう」「EVAを入れて、決算説明会等で改革している姿を説明しましょう」といった提案をし、投資先の企業価値向上を促して市場に認めてもらおうとする機関投資家もあります。対話&IRの一例だと思います。

大崎:

投資家は自分たちが先に投資をして、その後で自発的に提案するわけですね。そうすると、変な話、企業側はただでコンサルティングを受けられることになりますよね。

佐藤:

おっしゃるように経営者の中には、普段から対話をしている投資家だと、自分たちの弱みもよくわかっているので、納得のいく提案をしてくれる、と考える方もいらっしゃいます。もちろん一部の投資家だけを優遇するような行動はしてはならないですし、すべての投資家に恩恵がある結果となるよう気をつける必要はあると思います。

大崎:

本当にそれがうまく回れば、企業としても嬉しいし、投資家もリターンを享受できます。

対話を積極的にしていこう、という機運が高まる中で、日本の場合は、株主総会も集中しているし、招集通知はなかなか来ない、といった実情があります。特に海外の機関投資家から不満が聞かれますが、最近は改善されているのでしょうか。

佐藤:

招集通知の早期発送やウェブ開示をされる会社がかなり増えました。これを含めて株主に議決権行使に関する情報を早めに届けようとする企業は多いように感じます。また総会前を避けて前年の秋とか、あるいは年明け1月、2月に機関投資家を訪問する企業も表れています。


望まれる議決権行使助言会社の柔軟性

佐藤:

IR協議会が株主総会に関わるIR活動について実施した調査結果によると、議決権行使助言会社(以下、助言会社)への訪問を実施している企業と、実施を検討している企業が合わせて約4割ありました。

大崎:

助言会社については、いろいろ議論があります。特に、数値的な基準で機械的に判断するのはどうかという指摘については共感するところがあります。今後、どのようになっていくと良いと思いますか。日本株を大量に保有している海外の投資家では助言会社に対する依存度が高まっているように思います。

佐藤:

企業にはそれぞれ置かれた環境なり事情があります。ですので、あまりに一律的な判断をするのではなく、助言会社自体が企業ごとに精査することができれば良いですよね。

大崎:

そうなると、企業と投資家の直接対話はもちろんですが、企業と助言会社の対話も大事ですよね。

佐藤:

そうですね。ですが、企業が助言会社に説明しようとしても、総会が集中しているせいもありますが、時間がないと言われたり、説明しても判断を変えてくれないというケースも多いようです。ですから、海外の投資家などに直接説明しに行く企業もあります。

大崎:

確かに、すべての投資家が助言会社の推奨通りに投票するとは限りませんから、説得に行くわけですね。

佐藤:

実際に説明の成果が見られたケースもあるように聞いています。


本来のアナリストの役割とは

大崎:

証券会社のアナリストが、いわゆるプレビュー取材で得た決算情報について、「投資家に漏らした」、「それを使って勧誘した」ということで、金融庁から行政処分を受けました。これに対して、日本証券業協会がガイドライン案を出すなど、業界では非常に重く受け止めています。佐藤さんのお立場からどのようにご覧になっていますか。

佐藤:

企業の中には、プレビュー取材に対して違和感を強く持つところも多かったです。2013年頃から、「こういう取材を受けたけれども大丈夫か」「どのように対応したらよいか」という相談がありました。

大崎:

プレビュー取材は、昔からあったわけではなく、ここ数年の話ということですか。

佐藤:

話題にのぼるようになったのは、ここ数年だと思います。プレビュー取材が行われるようになった直接的な原因は把握しきれていませんが、業績予想の大幅下方修正などによるショックを緩和するために、沈黙期間の前にアナリストが「足元の状況」を確認しに行ったことが始まりのようです。

大崎:

企業からすれば、確かに業績下方修正はあまりいいことではないけれども、そこであまり一喜一憂しないで、まさに中長期で付き合ってほしいという思いがある。だから、プレビュー取材に対してあまり快くは受け止めていなかった。

佐藤:

そうですね。ショックを緩和するという意義自体は、皆さん理解はされていますが、プレビュー取材の後に、何らかの理由で株価が動くことがあり、不安を感じられたことはあるようです。ですので、ガイドラインに示されたようにプレビュー取材がなくなる、減るということは、ある意味、企業もポジティブに受け止めていると思います。

大崎:

アナリストがガイドラインに従って自発的にやめれば、企業側は、アナリストに聞かれたことを答えている分には大丈夫だという安心感が出てくるのではないでしょうか。

佐藤:

ただ、行政処分の対象になった証券会社が指摘された点のひとつに、法人関係情報の管理がありますが、企業側には法人関係情報が何を指すのかがよくわからない、と指摘する声もあります。

大崎:

それは難しい問題ですよね。あれはもともと証券会社に対する規制の中で出てきている概念なので、すべての上場企業に法人関係情報を意識しろというのは、私も無理な話ではないか思います。

しかし、株価に影響を与えるような情報を、公表前の段階で特定の人に出さないようにするといったフェア・ディスクロージャーのルール化という議論が金融審議会のワーキング・グループでも出ています。

佐藤:

フェア・ディスクロージャー規制については、私は慎重に考えるべきだと思っています。確かに、アナリストが未公表の重要情報を受け取った場合に、それを強制的に企業に開示させる法律は今のところありません。米国のフェア・ディスクロージャー規則のようなものが必要ではないかという声があるのも認識しています。しかし米国で問題視されたような、企業側が意図的に重要情報を伝えて市場のコンセンサスを変えようとする事例は出てきていませんし、アナリスト側が取材のやり方を変えれば株価に影響を与える情報が出る恐れは少なくなります。また、中長期の企業価値向上に関する対話が求められている中で、そういった規則を入れてしまうと、神経質になってしまって対話も進まなくなる恐れがあるのではないかと思います。

大崎:

そう思います。日本は、公表という概念がテクニカルに決まっているだけに、公表されていない情報が幅広くなります。極端な話、ホームページに載っていないことは言えない、みたいな話になると、対話も弾まないですよね。

佐藤:

およそ公表だけですと、企業の中身をよく知ってもらえないこともあります。「公表」にこだわることはないのではないかと思います。

米国のフェア・ディスクロージャー規則でも、モザイク情報(一つ一つの情報は株価に影響しないけれども、アナリストなどが分析する上で非常に価値がある情報)は伝えてよいと言われています。まさしくスチュワードシップ・コードで求めているような企業の深い理解には貢献すると思うので、そういった情報を出してもらうのも重要です。

大崎:

企業側を規制してしまうと、アナリストがモザイク情報を組み合わせて新しい見解を出すといった建設的な活動がむしろやりにくくなる気がします。

佐藤:

全くその通りだと思います。早耳情報を集めてお客さまに伝えることはアナリストの役割ではありません。本来のアナリストの仕事に引き戻す必要があると思います。

大崎:

一方で、なぜアナリストがそんなことに血道を上げていたのかというと、結局はその裏にお客さまの存在があるわけです。アナリストが早耳情報の提供をやめることで、そういうことを期待していたお客さまは離れていきますよね。これは、短期の株価に一喜一憂する人が減るだけだから、マーケット全体からすると、決して悪いことではないということになりますか。

佐藤:

流動性の観点からは、お金を供給してくれる人は、いろんなタイプの人がいたほうがいいと思いますので、そういうお客さまを否定することはできません。しかし、今までそういったお客さまの影響力が大きすぎたことは否めません。

証券会社からすれば、どうしてもお金をたくさん出してくれるところに力が入ります。あまり売買してくれないお客さまは、収益に貢献しませんから。その辺りの構造が根本的に変わらない限り、なかなか難しいのではないかと思います。だからといって、セルサイド・アナリストは要らないのかというと、それはまた別の問題があって、個人投資家を中心とする一般の人々が投資情報を知るすべがなくなってしまいます。

大崎:

上場企業も、個人投資家が長期的な観点で保有してくれることを望んでいるところがあります。

佐藤:

マーケットの厚みという意味でも、個人投資家の存在は大きいと思います。

大崎:

個人投資家への情報発信について、直接的なIRの取り組みは行われているのでしょうか。

佐藤:

個人株主に対しては、株主総会後に株主通信を発行したり、懇親会を兼ねた説明会を実施したりする企業が多いのですが、それに比べて一般の個人投資家向けに説明会を開催する企業は少なくなります。個人投資家は数が多いということもあり、効率的な発信手段としてウェブサイトを活用している企業が多いようです。

大崎:

その辺りは効果との折り合いが難しいですね。個人投資家向けIRを行ったら、その会社の株を買ってくれるというものでもありません。

佐藤:

確かに、個人投資家向けIRは最も効果測定が難しいといわれています。中小型株企業ですと、「個人株主が増えた」「売買高が増えた」といったところで手応えは得られますが、規模が大きい会社になってくると、ある程度株価の下支え効果を感じるものの、定量的に証明できていないというのが実情のようです。

ただ大企業の株主の傾向として、高齢化が挙げられます。今後そういう方々が株を手放した後に、どういう方々が持ってくれるのかを想定してIRを行っていくことも重要です。

NISAという制度もできましたし、少しずつ株式投資に関心のある方が出てきている今、新しい投資家たちにアピールしていく活動が盛んになるとよいと思います。

大崎:

今日はいろいろ興味深い話を聞かせていただきましてありがとうございました。

(文中敬称略)

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