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金融ビジネスを根底から変えるFinTech

2016年10月号

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米国フィンテックを代表する企業の1つムーブン(Moven)は、銀行免許を持たずに銀行サービスを提供する点で伝統的銀行サービスにとってディスラプター(破壊者)とみなされがち。しかし一方で、米国内外の既存銀行と共存する事業パートナーとしての顔も持つ。創業メンバーの1人であるアレックス・シオン氏に、銀行ビジネスの未来観とともに語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年10月号より

語り手 アレックス・シオン氏

語り手

Moven社
共同創業者
アレックス・シオン氏

キャップジェミニのウエルスマネジメント業界担当リード・コンサルタント、シティグループのウエルスマネジメント部門の戦略担当SVP、サピエントの金融サービス・センター・オブ・エクセレンス(COE)部門長等を経て、2011年にムーブン創業に参画し、社長職も務めた。ジョージタウン大学客員教授も兼務。

聞き手 吉永 高士

聞き手

NRIアメリカ
金融研究室長
吉永 高士

『週刊金融財政事情』記者、金融財政事情研究会ニューヨーク事務所長・主任研究員等を経て、2005年にNRIアメリカ入社。金融サービス調査部門長等を経て、2015年より現職。20年以上に渡り、米国において投資銀行と銀行の戦略、戦術、オペレーション、制度について、日本への応用機会抽出の観点で研究。ニューヨーク大学経営大学院修士。

ファイナンシャル・ウエルネスを提供する

吉永:

世界に数多あるフィンテック企業のなかでも、ムーブン(Moven)は最も代表的な1社であり、シオンさんは創立者の一人です。ムーブンは、既存の銀行事業モデルに対するディスラプターとして存在感が高まる「ネオバンク(neobank)」(新手の銀行サービス提供者)群の騎手としても知られています。その当事者として、そもそも「ネオバンク」をどのように定義していますか。

シオン:

私にとってネオバンクとは、「エンドユーザーに対して(伝統的銀行とは)根本的に異なる価値提示(バリュー・プロポジション)ができる銀行サービスの提供者」を意味します。商品、サービスを提供する方法も斬新なやり方で行います。単に目新しいテクノロジーを活用しているだけではネオバンクとはいえません。

吉永:

ムーブンでは自身のポジショニングを、単なる「金融商品・サービスの販売者」ではなく、「ファイナンシャル・ウエルネスの提供者」であると謳っています。

シオン:

デジタル世代と新しいテクノロジーとが融合することで、新しい価値の提示とプラットフォームの提供を行うことが可能になりました。それはわれわれがファイナンシャル・ウエルネスと呼んでいるもので、ムーブンの「デジタル+モバイル」を通じた入出金管理や購買動向の分析サービスを利用することにより、人々はよりよい消費や貯蓄活動を行うために自分を律することができ、より豊かなライフスタイルを目指すことができます。

ファイナンシャル・ウエルネスはムーブンを起業した時にかかげた理念です。銀行がもたらす価値の体系の中で最も上位に位置付けられるもので、銀行商品・サービスの提供はそのための手段にすぎません。

吉永:

ムーブンでは、「デジタル+モバイル」が金融サービス提供へのあり方を変えると予測していますが、その背景にある強力な要因として、すでに人々の行動が大きく変化していることを挙げています。

シオン:

ダイナミックに成長する顧客セグメントを見ると、その顧客の行動様式や需要の変化が、金融サービス提供者を「デジタル+モバイル」にいやおうなく導いていると考えています。

たとえば、「ミレニアル」(1981~2000年生れ)と呼ばれる層はデジタル技術を生活の奥深くまで取り込んでいます。また、「女性」というセグメントも、デジタル時代でさまざまなアプリによって個人的にもビジネス面でもパワーアップした存在になっています。伝統的な銀行とは縁遠く、預金口座を持たない「アンバンクト」層は引き続き一定以上います。「次世代労働者」層は、大企業でのフルタイム従業員となるのを良しとするのではなく、独立自営業者やギグ・エコノミー労働者(必要とされるリソースを時間単位で提供)として働く時間と場所を選びながら生きる人たちです。そのほか「インターナショナルなマインドを持つ人々」の層はグローバル経済にコネクトしている感覚を有する一方、物理的な通貨へのこだわりもありません。

今挙げた5つのセグメントは、成長性において世界のどの金融機関にとっても魅力的な顧客層です。彼らのライフスタイルや行動のダイナミックな変化に対し、銀行はデジタルを含むテクノロジーの導入によって応えていかねばなりません。


支店は激減しオムニチャネルも陳腐化する

吉永:

現在アメリカには銀行の支店が8万5,000店舗程度あり、直近5年間では増えてはいませんが、さほど減ってもいません。しかし、シオンさんもムーブンのブレット・キングCEOも、今後10年で支店の数は激減すると予測しています。

シオン:

そもそも伝統的銀行ビジネスと顧客の関係は銀行が主で、顧客が従というものでした。顧客は支店にわざわざ出向いて商品・サービスを利用するための許可を銀行から得なければいけなかったわけです。これを180度変えたのがデジタルです。顧客は銀行商品・サービスを利用するために支店に行く必要がなくなり、初めて銀行が顧客に対して奉仕する関係が実現したのです。

これで立ち行かなくなるのが、従来の物理的支店に依存してきた伝統的銀行事業モデルです。これまで支店は取引を開始したり追加商品を提案するための主たる拠り所であったわけですが、商取引がどんどんデジタルに移行するなかで、支店の存在意義が急速に失われています。

吉永:

アメリカで現在、多くのメガや地銀が共通して進めている支店戦略は、多機能端末導入やビデオチャットを多用することによる小型店舗やセルフ取引促進型店舗の割合を増やすことです。100年後はともかく、支店が物理的に存在することへの顧客のこだわりがすぐにはなくならないという想定のもと、支店戦略も考えられているわけです。

シオン:

支店の存在意義としては、セキュリティ、現金信仰、人的アドバイスの3つがよく挙げられます。しかし、これらはすでに過去のものとなったか、そうなりつつあります。

セキュリティは、物理的支店の安全性とデジタル・セキュリティを比べればどちらが安心かは明らかでしょう。現金も、現在はデジタル・カレンシーが世界中で実用化され政府当局もその利用を後押ししている時代です。人的アドバイスの必要性が強調されてきたのは、複雑なケースは人間でないと対応できないというロジックによるものでした。しかし、そもそもこれらの複雑性は銀行自身の都合でもたらされたものがほとんどです。規制が導く形で現在は、銀行商品・サービスの透明性の改善が進んでいます。これらが更に進めば、複雑性も排除されていき、支店でないと対応しにくい案件もどんどん減っていきます。

吉永:

現在は米国に限らず欧州や日本の銀行でもオムニチャネル戦略として支店、コールセンター、ネット、モバイル、ATM等に跨り統合的でシームレスな顧客管理やサービス提供を標榜しています。衝撃的なのは、ムーブンではオム二チャネルは陳腐化すると言っていることです。

シオン:

オム二チャネルというのは、そもそも銀行が銀行側の論理で言ってきたものです。しかし、今後多数を占めていく次世代の顧客層は、スマホが完全に普及し、モバイルだけで完結的に商取引を行うライフスタイルに慣れきっています。銀行はオム二チャネルに多額の投資をしてきましたが、今後はコスト効率が非常に悪い仕組みとして経営の重荷にさえなっていくと考えられます。

すでにスマホやモバイル商取引の普及度は臨界点を超えており、これからは「デジタル+モバイル」の「プライマリーチャネル」が主流になっていきます。これは、伝統的銀行にとっては、著しい苦痛を伴うディスラプティブな話です。カルチャーや事業の仕組みや組織を変えていくことには強い抵抗感があることは理解できますが、立ち止まって様子を伺っているうちに変化への対応に大きく出遅れてしまいます。


銀行はなくならずわれわれとは共存の関係

吉永:

ムーブンは業態的にいうと銀行代理業に属し、銀行にならずに入出金等の銀行サービスを事実上提供しています。起業時には、銀行免許を取得するという選択肢もあったはずですが、それを選ばなかった理由は何でしょうか。

シオン:

われわれはムーブンの役割と銀行の役割は完全に別物として捉えています。当社が保有するのはデジタル・エクスペリエンス・プラットフォーム(DEP)であり、銀行が保有するのはバンキング・プラットフォームです。後者には預金や与信などのコア商品機能が含まれますが、ムーブンはこれらの製造業者になるわけではありません。われわれは次世代の顧客にデジタル・インタラクションを通じこれら銀行商品を提供するのです。銀行とは互いに補完的であり、また必要とし合う関係にあります。

もちろん、銀行は自力でDEPを構築することもできますが、それには多大な投資と時間を要します。ムーブンと組むことで、DEPを短期間に構築することができるのです。

吉永:

ムーブンは米国において、裏にCBWバンクという黒子の銀行がいて、「ムーブン」ブランドでB2C(個人向け)事業を展開しています。一方で、ニュージーランドの大手ウエストパックNZやカナダの大手トロント・ドミニオン(TD)との提携では、ムーブンが黒子となり相手のブランドを前面に出してサービスを展開しています。2つのモデルはどのように使い分けているのでしょうか。

シオン:

CBWとの事業提携は、基本的に顧客の特性や行動の変化を捉えたサービスの実験場としての位置付けです。ここで開発し、テストの上で改善したソフトウェアを、米国内外を問わず提携した他の銀行に展開していくという関係にあります。

一方、国外においては、「ムーブン」ではなくその地域の銀行のブランド名を前面に出して事業を進めています。TDとの提携はその良い例で、TDではTD MySpendという名前のアプリを出しました。これは開始数ヵ月で50万ものユーザーを獲得し、現在も増え続けています。一時期は、カナダのスマホ・アプリの中でも、ダウンロード数で第1位を獲得したほどです。2016年8月時点でのムーブンの全世界ユーザー数は60万人ですが、年末には100万人になるでしょう。

吉永:

TDとの提携では銀行のシステム開発や運用を巡る既成概念をいくつか打破できたと聞いています。

シオン:

1つは既存のTDのスマホ・アプリと共存するコンパニオン・アプリという位置付けにしたことです。銀行は通常、ウェブサイトやスマホ・アプリをバーチャル支店と位置付けています。このため、それぞれ一本化して、かつそれぞれに全商品を揃えようとします。しかし、TD MySpendはTDの既存スマホ・アプリとは切り離した別物のチャネルとして、並存させました。

2つ目が、クラウドの使用です。顧客と直接に接するチャネルの運用をクラウド環境で行うことには銀行は及び腰になりがちですが、低コストという点のみならず、不断の革新が続くIT基盤技術を用いることができる点や迅速な開発が可能になるという点でのメリットは大きいです。

そして、3つ目は短期間で実装できたことです。銀行では通常、顧客と直に接するチャネルを追加するには18?24ヵ月以上かかります。TDではムーブンと組むことにより、コーディングを開始してからわずか9ヵ月でローンチできました。

吉永:

今後の提携先の開拓についてはどのような展望や計画を描いていますか。これまでは国外の大手銀行が中心でしたが、今後は地域銀行なども対象になるのでしょうか。

シオン:

いろいろな銀行とお話をさせていただいています。これは国外だけでなく、国内の銀行も、また地域銀行も対象です。2017年末までに少なくとも2行以上と新たな提携を締結する計画でいます。

地域銀行にとっても、われわれと組むことで次世代の顧客層を掴むことによる成長機会を追求できますし、より防衛的な観点からも生き残りをかけた伝統的事業モデルからの転換を迅速に進めることができます。


AIの活用余地は格段に広がる

吉永:

ムーブンが米国で現在提供している商品・サービスは、機能としてみれば決済性預金口座を通じた入出金とパーソナル・ファイナンシャル・マネジメント(複数金融機関の入出金一元管理)です。今後はどのような商品・サービスを追加していく予定ですか。ロボ・アドバイザーや投信なども検討対象になりますか。

シオン:

米国では2016年に貯蓄性預金、2017年前半にローンなどの与信商品の取り扱いを開始する予定です。顧客のファイナンシャル・ウエルネスを通じたライフスタイル改善という価値提示において、フルレンジの金融商品・サービスを提供していきたいと考えています。

投信などの投資商品については貯蓄の延長線上にあるものとして、検討しています。ロボ・アドについては、われわれ自身がその提供者にはなりませんが、提携先の銀行がそうしたものを使っていくとすると、ムーブンのサービスに反映させるということは考えられます。

吉永:

今後の実用化を念頭に、ムーブンが注目しているフィンテックの分野はどの辺りでしょうか。特に人的な対応やアドバイスを代替する存在としてのAIの可能性についてはどのようにお考えでしょうか。

シオン:

AIについては、無限大の可能性があると考えています。AIには大きく分けて2つの活用シーンがあり、その一つである単純な計算ロジックに基づき機械的な解析処理を担う部分についてはすでにかなりのことが実現できています。

これに対し、今後格段に改善すると予想されるのが、顧客の感情や個性を認識し解析してインタラクションを担っていく部分です。これがどんどん自然なものになり、従来は人間が行っていたアドバイスもできるようになって、カスタマーエクスペリエンスも向上します。カスタマーサポートもかなりの部分がアプリに置き換えられるでしょう。

他に注目している技術は、ポケモンGOでも知られる拡張現実(AR)や資金証券決済インフラのブロックチェーンの応用などです。

吉永:

シオンさんに初めてお会いしたのは10年ほど前で、米銀の対面投資商品販売に関する私的なラウンドテーブルの会合でした。当時は経営コンサルタントとして活躍されていましたが、現在のようなフィンテック企業の経営者になるという姿は想像がつきましたか。

シオン:

いえ、想像を超えています(笑)。ゲームチェンジャーとなったのは、モバイルとSNSとデジタルEコマースの3つです。これらが同時かつ爆発的に普及したことで、銀行ビジネスというものの想定が根底から変わりました。当時からテクノロジーが金融サービスの事業モデルの変革を主導することについては確信を持っていました。しかし、その後の変化のスピードや特性は、私の予想を遥かに超えるものでした。

吉永:

本日は2026年の未来からタイムマシーンに乗って戻ってきたシオンさんにお話を伺ったような感覚を覚えました。ありがとうございました。

(文中敬称略)

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