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日本企業に求められる経営のグローバル化

2016年11月号

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近年、日本企業では事業のグローバル化が急速に進展しているが、一方でグローバル時代に対応できる経営者の育成が重要な課題となっている。米国ではどのように経営者を育成しているのか。経営者に必要とされる資質は何か。リーダーシップ論の著作もあるハーバード・ビジネス・スクールのジョセフ・バダラッコ教授に語っていただいた。

金融ITフォーカス2016年11月号より

語り手 ジョセフ・バダラッコ氏

語り手

ハーバード・ビジネス・スクール
教授
ジョセフ・バダラッコ氏

セントルイス大学、オックスフォード大学を卒業後、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)でMBA、DBAを取得。1981年からHBSで教鞭。93年から教授(現職)。専門は、経営戦略、競争戦略、企業倫理。83年から野村マネジメント・スクールにて「トップのための経営戦略講座」教授。著書に「Managing in the Gray」(2016年9月、Harvard Business Review Press)他多数。

聞き手 此本 臣吾

聞き手

株式会社野村総合研究所
代表取締役社長
此本 臣吾

1985年 野村総合研究所入社。台北事務所長、台北支店長を経た後、2003年 コンサルティング第二事業本部副本部長。04年 執行役員、10年 常務執行役員 コンサルティング事業本部長、15年 代表取締役 専務執行役員 ビジネス部門担当、コンサルティング事業担当を経て、16年より現職。近著に「2020年の中国」(2016年3月、東洋経済新聞社)。

「経営のプロ」とはどんな人か

此本:

バダラッコ教授はハーバード・ビジネス・スクールで長年にわたり教鞭をとられ、また野村マネジメント・スクールの「トップのための経営戦略講座」においても講義をいただいています。

バダラッコ:

野村マネジメント・スクールには1983年から講師としてきています。

此本:

私は85年入社ですから、私より「野村」歴が長いですね。

私はこの4月に社長になったばかりで、経営について学ばなくてはいけないことが沢山あります。今日は、先生と直接お話する機会をいただき、大変嬉しく思っています。

私は、社長になる前の2年間を除いてNRI入社後29年間ずっとコンサルティング事業に携わってきました。ですから、コンサルティング事業についてはプロとしての自負はありますし、マネジメントもできると思っています。一方で、会社経営についての経験値はこれからという感じです。

コンサルタント時代に感じていたことの1つは、日本企業の多くは経営者の育成を十分に計画的に行っているとは言えないのでは、ということです。「事業のプロ」はたくさんいますが、本当の「経営のプロ」を意図して育てている企業は少ないと感じていました。と同時に、そもそも「経営のプロ」というものがあるのかという議論もあるかと思います。

バダラッコ:

弁護士や医師のような「専門家」と同じ意味の「経営のプロ」はいないと私は思います。

今日の経営者はむしろ「セミプロフェッショナル」、つまり専門家に準じた職業と言えるのではないかと思います。世の中が複雑化して組織も複雑になっているため、会社を経営するには経理、財務、生産、マーケティングなどの基本をある程度理解している必要があります。

米国では多くの企業が経営者を育成するために、まず入口の部分で、MBA取得者やそうした専門知識を持ったビジネス専攻の学部卒生を採用しています。最初の2~3年間は様々な部署で経験を積ませます。その後、小さな事業分野の管理職のポストを与えるのです。

これは、日米の組織編制の違いもあるかもしれません。日本の組織は機能を中心に編成されているのに対し、米国では地理的あるいは製品別の事業分野ごとに編成されている傾向が強いように思います。事業部体制をとっているということは、一般的にその事業の経営をする機会が与えられるということです。

また、米国企業の優秀な人たちの多くは会社の特定機能の専門家にとどまることを好みません。特定機能の専門家になると、往々にして役員への道が遠ざかってしまうからです。

此本:

日本においても特定機能のプロとは別に、事業部長になれば、開発、生産、マーケティング、営業などの幅広い機能についてのマネジメントが求められます。その事業で育っている人であれば、それなりに事業部の経営ができるものです。一方、会社全体の経営になると、一つの事業のトップとは別次元の能力が求められるのではないかと思います。

バダラッコ:

今の時代においては経営者であっても、個々の事業の業界のこと、ライバル企業や技術動向のことが分かっていることが必要だと思います。ただし、経営者はそれに加えて、人を束ねたり、問題を解決したりする技量が求められます。


よい経営チームを作ることの重要性

此本:

もう1つ、私が感じているのは、日本の会社は概して社長を支えるマネジメントのチームが弱いということです。ともすれば、経営者は社長1人だけで、社長以外は全て部門の利益代表みたいな人たちで、経営チームで議論してもうまくかみ合わないことがあります。社長個人の経営力は当然大事ですが、経営の幹部が社長と同じ目線で議論できるチームの存在が重要だと思うのです。

最近NRIでは、日本の上場企業の社長の在任年数と企業価値の関係について調査をしました。それによると、社長の在任年数が長くなると企業価値が上がる傾向が見られたのですが、次の代になると、前の社長の在任年数が長いほど企業価値が落ちる傾向があることが分かったのです。次の次の代の社長になると、さらに状況が悪くなっていました。つまりデータ上では、社長の任期が長いほどその反動が次の代以降に出てしまうということなのです。

バダラッコ:

非常に鋭い切り口ですね。もし、同じ分析を米国の企業で行ったとしたら、少し異なる結果が出るかもしれません。なぜそう思うかのファクターが3つあります。

まずは、CEOの回転率です。米国の場合、自ら進んで他の会社に行ってしまう人や解任される人も多いという事情があります。平均在任期間は大体5年ぐらいだと思います。2つ目は、取締役が、明確に後継者の育成計画を要求するところです。すなわち、1人の強力なCEOという体制、それ自体が、取締役会にとって大きな懸念材料となります。3つ目は、CEOに対するインセンティブがまったく違うということです。米国のCEOは非常に大きな業績連動の報酬をもらっていることから、広い視野と健全な判断力を備えたメンバーを集めて最善のチームを編成するインセンティブが働いています。

此本:

つまり米国では後継者の育成や強力な経営チームの組成に外部からのプレッシャーが働くということですね。

ところで、米国のCEOの平均在任期間は5年ということですが、私たちの日本企業の分析でも、企業価値を最も安定的に増やしている会社のCEO在任期間は5、6年というデータが得られました。

なぜ5、6年で交代したほうがよいのか。日本ではある人が社長になると、その社長と同年代の役員も一緒に常務や専務などに昇格します。一般に、役員には役職定年がありますから、たとえば、社長の任期が長くなると、その途中で社長以外の役員は役職定年で入れ替わっていく、つまり経験豊富な社長の下に新任の役員がつくということになります。そしてさらに社長が続投すると、社長と経営チームの経験年数の差がどんどん開くことになります。

そうなると現場の声が社長に上がりにくくなったり、社長が決めた方針に経営チームが反対しづらくなったりする雰囲気が出てきます。また社長と役員の経験値にあまりに差があると両者の会話が成り立たず後継者育成の面でも問題がでることもあります。

バダラッコ:

米国でも、「カリスマ的リーダーと弱い取り巻き」の問題を抱える企業がときどき見られます。もちろんスティーブ・ジョブズのようなすごい経営者がいますが、「ジョブズを模範とすべきだ」と言う人はたいてい2つの重要な事実を誤って理解していると思います。

第一に、彼は100万人に1人の異彩を放つ人間だということ。そして第二に、運も良かったということです。ビル・ゲイツも同じです。


労働市場が経営幹部育成に果たす役割

バダラッコ:

これまでの議論から、私は日米の経営者の違いはガバナンス体制の違いに起因する部分がかなり大きいように感じています。

私は日本企業には最近まで実質的に取締役会はなかったと考えています。法律上は存在していますが、メンバーを見ると会社の経営陣ばかりだったからです。それでは経営に圧力を与えることは難しいです。

此本:

日本でもガバナンス改革が進められ、少しずつですが社外取締役も増えています。昨年はコーポレートガバナンス・コードで社外取締役の人数のガイドラインも出されました。

バダラッコ:

社外取締役の制度が浸透している米国でも、必ずしも彼らが真に独立した立場にある人たちというわけではありませんでした。しかし、それ以上に市場の圧力がガバナンスを効かせる大きな力として有効に働いています。

これは株式市場だけではなく、労働市場の圧力もあります。優秀な人材を社内に引き止めておきたければ、彼らに満足できる将来を与えるキャリアパスを設ける必要があるのです。

日本ではこの労働市場の圧力が働いているようにみえません。

此本:

特に経営幹部層の流動性が低いと思います。

この問題は日本の人事制度に起因していると思っています。勤続年数をベースにした「職能給」と仕事の内容に応じた「職務給」がありますが、日本では大半の企業で職能給の比重が高くなっています。

職務給の比重を高めれば、たとえばある経営幹部のポストについて、能力的な要件とその職務に支払われる報酬を決めることで人材を外に求めることも可能となり、幹部人材の流動化は進むと思うのです。

最近、日本のグローバル企業では、日本は職能給中心、それ以外の国は職務給中心とするところが多くなっています。さらには、人事制度を一本化して国内も職務給中心に変えてしまう会社も増えてきています。このような流れが定着すれば、様々な会社のポストを経て豊富な経営経験を積んだ経営幹部が出てくるかもしれません。


日本のグローバル企業が直面している問題

バダラッコ:

私の方から1つ質問させてください。日本企業は、今、深刻な問題に直面していると思いますか。日本は失業率が低いですし、工業製品の分野を中心に非常に競争力を持った企業がたくさんあります。取締役会や人事制度の改革も徐々にではありますが進んでいます。

此本:

業種によって違うと思います。製造業でいえば、単純にスケールで勝負する分野では韓国、台湾、中国などには太刀打ちできなくなっています。たとえば一年間に何億個とか何十億個も製造しなければならない製品はもう勝ち目がありません。その点、自動車は最大でも1,000万台ですのでまだまだ勝負できると思います。ボリュームがもっと小さく技術的な付加価値が高い分野ではもっと分があるでしょう。B to CよりB to Bの分野、特に複数の分野のメーカーが関与し、高度な「技術のすり合わせ」が必要な製品などでは競争力を維持できると思います。

バダラッコ:

おっしゃる通りだと思います。

一方で、グローバル競争といった視点では、日本企業は果たして真の意味でグローバル化できるのだろうか、という問題があると思います。

此本:

以前は気質がよく似ているといわれたドイツと日本の企業を比較した時、ドイツ企業はグローバル化したのに対し、日本企業は「事業はグローバル化したものの、経営はグローバル化できていない」。つまりこの10数年で両者の経営の中身が大きく違ってきたと思っています。

バダラッコ:

おっしゃるように、一部の日本企業に対して、「生産や販売はグローバルに展開しているのに、重要な決定はすべて日本で、かつ日本人により行われている」という批判があります。日本のマネジメントは権限移譲が苦手で、そこを克服しなくてはいけないのかもしれません。

此本:

そうですね。

この点についてはもう1つ、日本企業の業務モデルが複雑すぎることも問題だと思っています。日本の業務モデルをそのまま海外に持ち出しても複雑さゆえに日本人でないと使いこなせないので、結局、意思決定するのは日本人となってしまいます。経営のレベルでグローバル化を進めるには、多国籍な様々な人材でも使いこなせるもっとシンプルな業務モデルにしないといけないわけです。

バダラッコ:

日本ではガラパゴス化が製品だけでなく経営にも見られるということなのでしょうか。

此本:

その通りです。

業務がガラパゴス(複雑)なので経営もガラパゴス(日本人にしかできない)になってしまう。その仮定に立って、日本本社はこの先もガラパゴスのままにして、海外のオペレーションはグローバルなスタンダードの業務モデルにする、つまり二つのスタンダードが並存する姿を目指すという企業も出てきています。

日本の仕組みを海外に持ち出しても機能しないが、一方で、シンプルな海外の仕組みを日本に無理やり持ち込んでも、複雑で繊細な業務に慣れた日本人には適合しない。それなら「一国二制度」でやろうよ、という考え方です。たとえば、海外比率の大きな事業は、ヘッドクォーターを海外に移して多国籍なチームで運営するという動きも出てきています。そこに日本人幹部を送り出してグローバルな経営のプロトコルを学ばせようというわけです。

バダラッコ:

ダブルスタンダードを維持するのは大変そうですね。

此本さんは、日本の業務モデルについて「複雑」、「繊細」という言葉を使いました。まさしく、日本の文化そのものを言い表したものだと思います。これは、褒め言葉として申し上げています。それに対して、アメリカ人やドイツ人は実践的です。

此本:

先生は日本の旅館に行ったことはありますか。日本と欧米の違いは、言ってみれば旅館とホテルの違いです。旅館では仲居さんが至れり尽くせりのサービスをしてくれます。ところがホテルだと、もちろん洗練されたサービスはありますがそれはあくまで合理的な範囲であって、旅館のように個人のニーズに微にいり細にいり尽くしてくれるサービスが受けられるわけではありません。

日本のグローバル企業は利益率が1桁台のところが多いと思います。グローバルに事業を展開し、製品も非常にレベルが高いにもかかわらず、なぜそんなに利益率が低いのか。これは業務モデルの複雑さに原因があるのだと思います。つまり、グローバルな競争で求められるのは旅館ではなくホテルのサービスを提供するための体制です。業務や経営をもっとシンプルにしないと真のグローバル化は達成できないと思います。

バダラッコ:

日本は高齢化の問題も深刻になっていますし、日本全体が持続可能性を意識したもっとシンプルな生き方を選んでいかないといけないのかもしれませんね。

此本:

そうですね。

本日は先生と議論ができて本当に楽しかったです。経営者の育成と一口に言っても、社長と社長を支える経営チームの問題、後継者育成の問題、幹部候補の裾野を広げるという問題、経営のグローバル対応の問題、本当に様々な論点を挙げていただきました。ありがとうございました。

(文中敬称略)

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