デジタルトランスフォーメーション ~最初の一歩が意味を持つ~
新ビジネスの創出、既存ビジネスの改革にデジタル化の要素は欠かせない。挑戦に必要なことは何か。デジタル・トランスフォーメーションの流れをいち早く察知し、自らのビジネスモデルの変革を進めてきたGE。そのGEが2015年に立ち上げたGEデジタルにおいて、インダストリアルインターネット推進のリーダーを努める新野昭夫氏に語っていただいた。
語り手
GEデジタル
インダストリアルインターネット推進本部長
新野 昭夫氏
1987年、三菱重工業入社。原動機事業本部タービン技術部配属。1994年 GEインターナショナル・インク入社。Power Systems所属、1997年~1999年米国GE Power Systems本社勤務の後帰国し2000年 GEインターナショナル・インクにて送配電事業営業部長、11年 GE富士電機メーター市場開発部長、15年より現職。10年より経済産業省スマートメーター制度検討会委員。
聞き手
株式会社野村総合研究所
理事長
谷川 史郎
1980年、野村総合研究所入社。事業戦略コンサルティング部長などを経て、2002年 執行役員コンサルティング第二事業本部長。10年 取締役常務執行役員コンサルティング事業担当兼システムコンサルティング本部長。12年 取締役専務執行役員コンサルティング事業担当兼未来創発センター長。2014年より現職。著書に「ラストキャリア」(東洋経済新報社)ほか多数。
デジタル・トランスフォーメーションに第一歩を踏み出す
谷川:
GEは、イノベーション企業として、そしてIoTを先導する企業としてグローバルに一目置かれている存在です。それを中核となって推進しているのがGEデジタルだと思いますが、GEの中でどのような位置づけなのでしょうか。
新野:
GEにはいろいろバーティカルでビジネスがありますが、GEデジタルは独立した組織で、いろいろなリソースを使うことができます。ですので、本来のGEのコンペティターとも、デジタルビジネスの協業について話をする機会がある組織です。
谷川:
昨年、GEデジタルを訪問した際、CEOのBill Ruhさんとお話する機会がありました。Ruhさんは、「デジタル・トランスフォーメーションはある種の戦いです。GEデジタルも生き残りを懸けて仕事をしています。GEの中ですら、全部の事業部が温かく迎えてくれているわけではない」とおっしゃっていたのが印象的でした。
日本の中で、デジタル・トランスフォーメーションについてここまでシビアに捉えている企業は少ないのではないかと思います。これは私の個人的な関心でもありますが、日米の企業で、どの位の温度差があるものでしょうか。
新野:
日本が大きく遅れをとっているとは思いませんが、日本では、「デジタル・トランスフォーメーション」について、単に「デジタル化すればいいんでしょう」といったイメージで捉えている企業が多いように感じます。
欧米は、特に大企業の中で、チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)を置くところが増えてきています。
谷川:
一般的にCDOは、CIOが替わっているのですか?それとも全く別なんですか。
新野:
別です。CDOは、ITのプロではないケースが結構多くて、現場を知っていて、ある程度ITを推進できるだけのスキル、能力のある方がなられています。
谷川:
CDOを置くこと自体で、デジタルに対する士気を高めているのでしょうか。
新野:
「CDOを置く」というコミットメントをまず社員に見せる。マーケットにも見せる。そうした意気込みで、デジタルにトランスフォームしていく。そうしたカルチャーチェンジを推進している企業が、日本よりも欧米に多いのは事実です。
日本人のメンタリティとしてどうしても、先が読めて、費用対効果が確実になってから行動に移す傾向があります。ですので、デジタルのように先が分からない、本当に成功するかどうかも分からない、効果が出るかも分からない、というものに先行投資することに対して、コンサバティブになってしまうようです。
谷川:
欧米の企業は、どうして見通しが立たない中で投資に踏み切っているのでしょう。
新野:
これは一概には言えませんが、「小さくてもいいから第一歩を踏み出してカルチャーを変えていこう」といった考えを持つ経営者が欧米企業に多いのかもしれません。トップダウンが機能しているといったらそれまでですが、このままでは先がないという危機感をうまく社員に伝える。「失敗しても最初の一歩を踏み出す。するとそこからその次の2歩目が見えてくるでしょう」というアプローチをしているところが多いように感じます。
谷川:
GE自体は、どういうきっかけでこの第一歩を踏み出していったのでしょうか。
新野:
どんどんIT化が進む中で、これまでの製造業のスタイルを続けていったら、ITベンダーにわれわれの製造業としての正当な利益を奪われてしまう、という危機感があり、CEOのJeff Immeltの指揮のもと、強力に舵をきりました。
製造業にはハードウエアを売ると、その後の10年、15年はメンテナンス契約を結ぶサービス・モデルがあります。しかし、ある機器に関してITベンダーが来て、「機器が壊れる前に予測してメンテナンスします」といった売込みを行ったのです。これを突き詰めて考えていくと、この事象だけでは絶対終わらない、将来、製造分野すべてにそういったことは起こり得る、という危機感を覚えたわけです。
谷川:
ある種のドキっとする危機感が最初の一歩につながったわけですね。
翻って日本を見たとき、ITよりIoTのほうが、前のめりになっている経営者は多いように思います。それでも「どこかがやるのを見てから、考えようかな」と遠目に見ている感じがしてならないんです。
新野:
今投資したものがどれぐらいのリターンになって返ってくるかというところは読めません。欧米では「読めないけれども、第一歩をやろう。早くやらなければいけない」といった考えが強いのかもしれません。
谷川:
グローバル企業の経営者から指摘されたことがあります。「おい谷川。経営資源とは何か知っているか?」。私が「人・モノ・カネ・情報でしょう?」と答えると、「グローバル企業には、もう一個あるんだ。時間だ。日本の企業には、これがない」と。
新野:
デジタルの世界は、エクスポネンシャル(指数関数的)に機器や通信の性能が上がっています。それをビジネスに取り入れることを考えたとき、リニアの成長では遅いんです。ちょっと遅れただけで数十倍、数百倍の差がつく世界なんです。「遅れをとった時でもキャッチアップしてきた」という時間軸では相当な遅れが生じるということになります。
IoTへのプロセスは堅実
谷川:
GEでは、産業向けソフトウェアのためのクラウドプラットフォーム「PREDIX」を開発し、デジタル・トランスフォーメーションを推進しています。「PREDIX」はどのように生まれたのですか。
新野:
まず、GEがデジタル化に舵を切ったのは2011年ぐらいです。当初は、研究所のソフトウェア部門が、ハードウエアを売るときの付属品的なものを開発するところから始めました。それを推進していくうちに、「クラウドを使ったらもっといいサービスができるよね」と意識が変わり、さらに「GEの製品以外でも利用できる基盤になったよね」ということで一般に公開し始めたんです。コンペティターの製品でも「PREDIX」を使うことができるので、「基盤をご提供します」となったわけです。
谷川:
IoTの世界で、ライバルというか意識されている競争相手はいらっしゃいますか。
新野:
IoTの世界では、今までのサプライヤーとバイヤーの関係がなくなっていきます。今は競合であっても、もう少しすると、パートナーになっているかもしれません。
谷川:
そういう意味では、お客さまだけではなく、パートナーの開拓もミッションになるわけですね。
新野:
そうですね。GEデジタルのミッションとして、いかにエコシステムを広げるか、ということがあります。ソフトウェアをつくるパートナーもいれば、通信デバイスをつくるパートナーもいる。キャリアのオペレーターもいます。このようにいろいろな分野のパートナーが、うまくエコシステムを構築して、それぞれのお客さまにソリューションを提供するところに力を入れています。
谷川:
このエコシステムに参加される日本企業は増えてきていますか。
新野:
おかげさまで増えてきています。ソフトバンクとの協業については何度かメディアに出ましたし、NECとの協業もプレス発表させていただきました。また、NRIセキュアと当社のGEデジタル(ワールドテック)との間で、制御システムやIoTシステムのセキュリティ対策支援で協業することも公表しております。
谷川:
協業する会社とは、どの辺りに境界線を引きながら仕事をするのでしょうか。
新野:
いろんな組み合わせがあって、案件ごとに違ってきます。
まずわれわれは、お客さまとビジネス上の課題や、どうなったら成果が出せるのかについて一緒に考えるところから始めます。お客さま自身も気がついていないような課題が顕在化するように、デザインシンキング的なワークショップをやります。
やはり個々の企業は分野も違えばカルチャーも違うので、課題が微妙に違います。何をもって成功とするかといったKPIも違います。ですので個別に対応しています。そういった中で、どこまでGEが提供するのがよくて、どこまでパートナーにやってもらうのがよいかも、ケース・バイ・ケースということになります。
谷川:
ワークショップから、何か面白い気付きはありますか。
新野:
ワークショップには、同じ会社内でも普段会話を交わしていない部門の人が一堂に会します。そうすると、例えば保守をしている人達やラインの現場の人達では、日々とっているデータが違っていたりします。IT部門はまた別の視点でデータをとっている。ワークショップで初めて別の部門がとっているデータが分かるんです。そこが実は宝の山なんです。ワークショップに同席しているGEのデータサイエンティストは、そういうのを見て「では、このデータとこのデータを組み合わせたら、こういうことができる」というところをアドバイスするわけです。
谷川:
そこから実際にプロセスを変えるところにはハードルがあるのではないでしょうか。
新野:
まず、今のプロセスを大幅に変えるということは前提としていません。今の業務プロセスの中で、ボトルネックがある、というところをまず取り払うことが重要です。
谷川:
デジタル・トランスフォーメーションと言いながらも、比較的穏やかに適用されているように聞こえます。これは、日本にアジャストしているからですか。
新野:
いいえ。GEデジタルの活動は、「お客さまの成果は何ですか」から入り、リソースを投入してワークショップを開いて、ソリューションを提起して、実行にうつすという方法をとっており、これは国を問わず同じです。
谷川:
クラウドを使うところで、IT部門から多少なりとも反発が出たりすることはあるんですか。
新野:
IT部門に限らず、あります。データをクラウド上におくことに対して懸念を持つ企業はまだまだたくさんあります。もちろん、法的な規制があって出せないといったものは別ですが、機密漏えいが心配だからという理由のものについては、時間が解決していくと考えています。というのは、自分のところに持っているほうが安全であることを証明できない世界になってきていますので。
IoTを目的化しない
谷川:
お客様がGEデジタルとつくりあげてきたものを、どこかに売りに行こうという議論はあるんですか。
新野:
GEは、そういったことができるプラットフォームづくりをしています。GEのプラットフォーム上に、スマホのAppStoreのようなアプリが幾つも揃っているマーケットプレイスを用意しています。ある企業が開発したアプリをそのマーケットプレイスに乗せて、誰かがそのアプリを使うと、「誰がどれぐらい使ったか」が分かる機能がありますので、課金することもできます。開発者に還元できる仕組みになっています。
谷川:
そのマーケットプレイスはどれぐらい活発に動いているのですか。
新野:
この半年で相当増えてきています。まだまだGEが開発したアプリが多いのですが、徐々にサードパーティのものも出てきています。
谷川:
マーケットプレイス上には類似のものもいっぱい出てくるということですか。
新野:
今後出てくる可能性はあります。ただGEとしては、何でも乗せればいいと思っているわけではありませんので、しっかり品質やセキュリティのチェックをさせていただいた上で認証する形をとっています。
谷川:
御社がサポートされている中で、デジタル・トランスフォーメーションがすごくうまくいっている会社を教えていただけますか。
新野:
アメリカの電力会社Exelonは早くからIoTに取り組んでおり、そこでできたソリューションを対外的にも売っていきたいということで、GEといろいろなパイロットに取り組んでいます。
また、AirAsiaは、飛行機の航路の解析をするサービスを利用した結果、2014年の1年間で、燃料費で年間10億円のコスト削減につながったと聞いています。
谷川:
これから取り組もうとされている日本のお客さまに、何かアドバイスはありますか。
新野:
実は、お客さまから「IoTをやりたいんだけれども、何をしたらいいですか」という問い合わせを受けるのが一番つらいです。
谷川:
想像できます。
新野:
IoTはそういうものではありません。IoTを目的化せずに、まず何をやりたいのか、ビジネス上、どのような課題を解決したいのかが、先にあるべきです。そこから入らないと、間違った方向に進んでしまいます。そして、最初は小さくてもいいから、まず始めてみる。小さければ、失敗してもそれほど痛手にはならないですし、失敗から学ぶことのほうが多いのではないかと思います。最初の一歩を踏み込むことで次の2歩目はどちらに向けたらいいのかが見えてくると思います。
谷川:
いくらGEと言えども、お客さますべてに対応するリソースがあるわけではないと思います。ですので、何かしらの線引きがあるかと思います。例えば、「日本ではこういうソリューションを取りたいね」であったり、「アメリカでこれがうまくいっているから、日本でも展開したいね」というものがあったりするのではないかと思います。
新野:
日本の製造業はレベルが高いので、匠の技だったりカイゼンだったり、そういう部分までソリューション化したいですし、できると思っています。日本人の細やかさをデジタル化できたら、海外に持っていくことができると思います。もちろん、海外のものでも、日本の製造業に適用できるものもあります。そういったものは取り入れていく。けれども、日本企業の持っている知見や質の高さをアプリ化していければ、ビジネスとしては成長の柱になるのではないかと思っています。
谷川:
そこに「時間」という経営資源が投入されることが期待されますね。本日は、まさしく現在進行形で生じているお話をお聞きすることができ、大変勉強になりました。ありがとうございました。
(文中敬称略)
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