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金融サービスの民主化

2017年3月号

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フィンテックに大きな注目が集まっている。社会を大きく変える、と声高に叫ぶ向きもあるが、一過性のブームではないかという醒めた見方もある。フィンテックはこれまでの金融サービスと何が違い、何を目指しているのか。フィンテックベンチャー、インフキュリオン社の代表取締役でFinTech協会の代表理事でもある丸山弘毅氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2017年3月号より

語り手 丸山 弘毅氏

語り手

株式会社インフキュリオン
代表取締役社長
丸山 弘毅氏

1999年 ジェーシービー入社。信用管理部門、マーケティング部門を経た後、新規事業開発・M&A部門の設立メンバーとして参画し、会社最大のM&Aを実行。2006年 インフキュリオン(現インフキュリオン・グループ)を創業。2015年 一般社団法人FinTech協会を設立し代表理事に就任し、業界発展に向けた活動も開始。2016年4月 ネストエッグ社創業、取締役フェローに就任。

聞き手 大崎 貞和

聞き手

株式会社野村総合研究所
未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。90年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M.)。91年 エディンバラ大学ヨーロッパ研究所修士課程修了(LL.M.)。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。東京大学客員教授を兼務。著書に、「ゼミナール金融商品取引法」(2013年、共著)他多数。

フィンテックがもたらす「金融サービスの民主化」

大崎:

フィンテックが今、非常に注目を集めています。丸山さんはFinTech協会の代表理事で、インフキュリオン・グループというフィンテックベンチャーの代表取締役でもあります。まずインフキュリオンについて教えていただけますか。

丸山:

私はもともとJCBにいたのですが、その仲間と4人で10年ほど前に、インフキュリオンを立ち上げました。ペイメントの分野を中心に、もっと新しいサービスが出てくるであろう、特に技術を使えば面白いことができるであろうと思ったんです。

大崎:

10年前ですと、フィンテックという言葉がまだ世間では聞かれない時期ですね。JCBの社内ベンチャー制度を利用したわけではないんですか?

丸山:

全くの独立です。

インフキュリオンで立ち上げた事業の一つがコンサルティングです。主に大企業のフィンテック事業立ち上げに携わってきました。ベンチャー企業よりも大企業が新しいサービスを出したほうが、社会的に価値が高くなることも多いので、大企業の方々と一緒に新しいサービスを作っていくわけです。

一方で、大企業が踏み切れないものや、ベンチャー企業が社会的な実験装置として手がけた方がいいようなものもあります。そうした事業は、われわれが自分たちの事業として挑戦してきました。

大崎:

具体的にはどんな事業に挑戦されたのですか。

丸山:

一つが、2010年に立ち上げたリンク・プロセシングです。スマートフォンを決済端末にするビジネスを展開しています。このサービスは、その後JCBやNTTドコモから出資してもらい、この分野での日本の業界スタンダードに成長しました。

リンク・プロセシングは、キャッシュレス化に向けてカードが使える場所を増やそうというインフラ作りを念頭においたものですが、コンシューマー向けのサービスも作りたいと思い、昨年ネストエッグという子会社を設立しました。そこでは、自分が目標設定した貯金額が銀行口座から自動的に専用の貯蓄用口座に振り替えられる自動貯金アプリ「finbee」のサービスを提供しています。これは、銀行口座の情報を書き換えることになりますから、日本で初めての「更新系API」を使ったサービスとなっています。

大崎:

フィンテックは今、一種の流行語になっていて、玉石混交の感もあります。日本のフィンテックは今どのような方向に向かっているのでしょうか。

丸山:

主に2つの方向性があるのではないかと思っています。

一つは、新しい技術的要素を活用していくタイプです。ブロックチェーンやAIもそうですし、APIを使ったサービスなどもこれに当たります。

もう一つは、既にあるサービスをスマホをベースに作っていくものです。たとえば、複数の口座情報を集約する「アカウントアグリゲーション」のような昔からあるサービスのスマホ版です。しかし、単にスマホで使えるようにすればフィンテックなのかと言うとそうではありません。真にフィンテックであるための要素は「ユーザー主導のサービスであるか」です。スマホだとそれが実現しやすいということはあると思います。

大崎:

それは面白い視点ですね。

フィンテックはスマホという新しい媒体を用いてユーザー主導のサービスを提供したという意味で従来のサービスとは大きく違うというわけですね。

丸山:

そうです。私は、フィンテックというのはある意味「金融サービスの民主化」だと思っています。

これまで金融の世界では、業界とユーザーとの間に大きな情報の非対称がありました。それゆえ、金融機関側には、その情報の非対称を埋めるようにしっかりとした説明責任が求められています。けれども、今はこうした立場は逆転してしまった面があります。業界の人たちがSNS上で出すさまざまな情報に接することもできますし、ユーザーのほうが他社比較や口コミに詳しかったりします。他のインターネットサービスと比較して「金融サービスはなんでこんなに不便なんだろう」と考える視点も持ちあわせています。


ゴールはレガシーな紙ベース社会を乗り越えること

大崎:

日本では、「銀行がもっとフィンテックにコミットするにはどうすべきか」、「業法を改正する必要があるのではないか」といった議論がなされてきました。既存の金融機関がフィンテックを活用するにはどうすればいいか、といった視点です。しかし、こうした発想自体が少し古く、ずれているのでしょうか。

丸山:

私は金融機関がフィンテック企業を活用して便利なサービスを提供するという発想はすばらしいと思います。

米国では、銀行に口座を開設できないアンバンクト層が非常に多いため、フィンテック企業はそうした層を取り込むことで影響力を高めていきました。そのため、フィンテック企業が既存の金融機関を脅かすという構図がありました。その後、金融機関もキャッチアップし、フィンテック企業と提携したり、APIを公開してフィンテック企業と協業するフェーズに入ってきています。日本は少し遅れた分、金融機関がフィンテックをうまく活用するフェーズからスタートしたと見ることもできます。

大崎:

日本は、最近の欧米の動きと合致しているということですね。

丸山:

そうです。

ただ一方で、日本はアンバンクト層は限られていることから、フィンテックが活躍する余地は小さいのではないかという議論もあります。しかし日本はいまだ紙ベース・現金ベースの取引が主流で、ITを利用した金融サービスの普及度から見ると後進国と言えますから、むしろそうした点に注目すべきだと考えています。

大崎:

「現金取引が多い」という日本の特質は、フィンテックにとって「成長余地がある」と捉えることもできますが、逆に「切り込みにくい」とも言えるのではないでしょうか。インターネットで買い物をしても代金引換で支払う人も多いです。クレジットカードは普及していますが、「浪費しないためには使わないほうがいい」と言う人もいます。

丸山:

クレジットカードやネット決済といったこれまで「便利な金融サービス」といわれてきたものには、「使い過ぎたりしないか」、「本当に安全なのか」とユーザーに不安を与える部分もありました。

しかし最近のスマホアプリには、利用者のセルフコントロールを助けるサービスも増えています。家計簿アプリや弊社の自動貯金アプリなどを利用すると、家計を把握しやすく使い過ぎも防止できます。そういう意味で、決済サービスも単純に「現金の代わりになって便利」というフェーズから、「こちらの方が安全だし、管理が簡単」というフェーズに向かっていると思います。

大崎:

スマホの普及がフィンテックの進展に大きな役割を果たしていることは間違いないと思います。ただ、スマホの普及はせいぜいここ10年くらいです。10年後、20年後にはまた全然違うアプローチになっているのでしょうか。

丸山:

システムにつなぐユーザーインターフェース(UI)は今後も変わっていくと思います。これまで主たるUIはキーボードから始まってスマホへと移ってきました。今、最も注目されているのは「音声入力」でしょう。

コミュニケーションの方法も、AIを利用したチャットボットのようなものが出てきています。そこに音声入力を組み合わせれば、声を発して注文を出したり、AIとやりとりしながら投資商品を決めたりしてもいいわけです。

大崎:

提供するサービスは根本的に変わらないけれど、デバイスは変わっていく、というわけですね。

丸山:

そうです。「どうすればユーザーは便利に感じるのか」を徹底して追求するのがフィンテック企業です。ですから「この技術のほうが便利だ、クールだ」となれば、スマホの美しいグラフィックのUIにもそれほど固執しないと思います。


フィンテックをめぐる日本の規制環境をどう見るか

大崎:

丸山さんは、FinTech協会の代表理事でもあります。協会を設立された経緯を教えていただけますか。

丸山:

FinTech協会が活動を開始したのは2015年10月です。ただ実際にはその1年前からフィンテックのベンチャー企業同士でFinTechMeetupという、ビールを片手に情報交換する場を不定期に開催していました。この会合は評判を呼び、毎回150人ほどが参加し、大企業や省庁、議員の方などにも広がっていきました。そこで、Meetupをもっと公式に運営するため、協会を立ち上げることにしたわけです。

現在、協会にはフィンテックベンチャー企業62社を含む約160社が加盟しています。

大崎:

どのような活動をされているのですか。

丸山:

大きくわけて2つあります。一つは、フィンテック業界の要望をまとめたり、業界が健全に発展するために提言したりする活動です。もう一つは、これまで通り、関係者のインフォーマルな出会いの場を提供することです。昨年12月には、FinTech Japan 2016という1,000人規模のイベントを開催し海外からもたくさんのゲストや来場者が集まりました。

大崎:

ここのところ金融庁や日本銀行など政府、行政サイドもフィンテックを応援するためさまざまな政策に取り組んでいます。こうした動きをどう評価されていますか。

丸山:

金融庁の動きを見ていると、世界の先頭に立とうというスピード感、ゴール感を持って取り組んでいると感じます。仮想通貨は「貨幣の機能」を持つと認定されましたし、年末にはフィンテック企業がAPIなどを利用して金融的なサービスを提供するために登録制を導入する方針も示されました。

ルールが明確になることで、事業は推進しやすくなったと思います。

大崎:

それ以前は、事業を立ち上げたり広げていく過程で規制面での困難に突き当たることが多々あったということでしょうか。

丸山:

そうですね。日本の法律はプリンシプルベースで、趣旨を定義して詳細はその都度判断する形になっています。そうすると、実際には最もリスクを抑えた判断に導かれてしまうんです。消費者保護の観点から突き詰めると、「これも問題に当たるのではないか」とどんどん厳しくなるようなところがありました。イノベーションを行う側からすればどこまでチャレンジできるのか見えにくく、なかなか一歩が踏み出しづらい印象がありました。

大崎:

今後、規制面で「こういう点を改善して欲しい」というところはありますか。

丸山:

過去に事例のない本当に新しいサービスについては、依然として規制面の判断が難しく、われわれも躊躇するところがあります。過去を振り返っても、仮想通貨はビットコインが出てきて、金融機関にAPI接続する中間的事業者は家計簿アプリなどが出てきて、ようやく規制の整備が進んだところがあります。

そういう意味では、海外で広まりつつある「レギュラトリー・サンドボックス」のような、これまでになかったサービスを実験的に試せるような仕組みは有効だと思いますので、検討を進めて欲しいです。

大崎:

日本では、「アメリカにこういうサービスがあるけど、日本ではこの法律に触れてできない。だから、こう手当する必要がある」という議論になりがちです。そこをもう一歩進める必要があるということですね。

丸山:

そうです。

日本のフィンテック企業は、ベンチャーを支援している方などから「日本は少し遅れている」、「世界に出ていく会社が少ない」、「米国で生まれたサービスの焼き直しに過ぎない」と批判されることがあります。

そうした批判が生じないようにするためにも、新しいサービスを試して問題を洗い出していけるような環境を作ることは非常に重要だと思います。こうした環境がないと、どうしても海外の後追いになりがちで、世界のフィンテックのハブとしては二番手以下になってしまうと思います。

大崎:

「日本人は他の人を真似て改善するのは得意だけれど、独創的なアイデアを出すのは苦手だ」と言う人もいますね。

丸山:

フィンテックの業界には日本でも今、面白い人材がどんどん入ってきています。もともと、クリエイティブやテクノロジーの分野では最先端を走る日本人がたくさんいます。金融業界の人たちが、そういう人達と出会って、「こうすればこんなことができる」というアイデアがどんどん出てくることはよくあります。

そういうのを見ていると、チャレンジできる領域が広がれば、日本も後追い型ではなく先行できる可能性は十分あると思います。

大崎:

もう一つ私が感じるのは、日本でビジネスをスタートすると日本語の世界で閉じてしまって、膨大な英語人口に浸透させにくいのではないか、ということです。日本語でスタートして、その後、英語に展開していくことも可能なのでしょうか。

丸山:

確かに言語の問題は非常に大きいと思います。実際、日本人の起業家でもそうした意識から、日本ではなく海外で起業している人は少なくありません。

一方、優秀な外国人の中に、「住むなら東京がいいよね」という人もたくさんいます。ですから、初めから言語対応をしっかりしていれば、日本でビジネスをしながら海外に出ていくことは可能だと思います。最近FinTech協会に加盟した若い会社の一つに、日本で活動していながら、10人のチームの半分以上が外国人で、初めから全部英語で対応しているところがあります。こうした会社は今後増えていくのではないかと思います。

大崎:

確かにネットベースのサービスですから、物理的にアメリカにいないとアメリカ人にサービスできないわけではありません。規制の問題をクリアすれば、日本からでも挑戦していくことは可能だということですね。

本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(文中敬称略)

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