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グローバルに年金の課題を共有

2017/06/05

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人口高齢化、超低金利に伴う運用難など、さまざまな課題に挑み続ける世界の年金、資産運用業界。1973年創刊のPensions and Investments紙はそうした業界の今を伝える信頼できるメディアとして世界中の業界人に読まれている。P&Iはどのように事業展開しているのか、世界の年金市場のどんな動きに注目しているのか、P&Iの発行人、クリス・バタグリア氏に語っていただいた。

語り手 クリス・バタグリア氏

語り手

クレイン・コミュニケーションズ
ヴァイス・プレジデント
クリス・バタグリア氏

Merrill Lynch、Pierce、Fenner & Smithにてマーケティングのキャリアを積む。91年 Crain Communicationsに入社し、欧米地域の広告営業に従事。2006年 Pensions and Investments紙(P&I)の発行人。2013年よりP&I及びBusiness Insuranceのグループ発行人。

聞き手 堀江 貞之

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション研究部 上席研究員
堀江 貞之

1981年 野村総合研究所入社。96年~2001年 野村アセットマネジメントに出向。現在、大阪経済大学経営情報研究科大学院客員教授。「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」メンバー、GPIFの運用委員会・運用委員長代理、「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」メンバー等を歴任。著書に「コーポレートガバナンス・コード」(日経文庫)他多数。

P&I創刊のきっかけとなったERISAの制定

堀江:

 バタグリアさんが発行人を務める『Pensions and Investments(P&I)』は世界の年金、資産運用業界で最も影響力のあるメディアです。P&Iを発行するクレイン・コミュニケーションズ社はどんな会社ですか。

バタグリア:

 クレイン社は、1916年にG.D.クレインが創業し、現在、彼の息子であるキース・クレインが三代目の経営者として舵をとっています。創業時から、特定の業界に向けてニュースや情報を発信する出版事業を展開してきました。現在、広告、自動車、ヘルスケア、投資などの分野で54のブランドを展開しています。

 昨年、クレイン社は100周年を迎えました。外部の株主や投資家がいない同族会社です。非公開会社がこれだけ長く続いてきたのは非常に驚くべきことです。

堀江:

 P&Iはどのような経緯で創刊されたのですか。

バタグリア:

 P&Iは、現在のクレイン社の社長、ランス・クレインのアイデアで1973年に創刊しました。

 当時ランスは、『ビジネス・インシュアランス(BI)』を取り仕切っていました。60年代後半、BIでは年金の話題をコラムで扱っておりその部分を独立させてP&Iとして創刊したのです。米国の企業年金を規制する従業員退職所得保障法(ERISA)が議会を通過しようとしていた頃のことでした。

堀江:

 それは絶好のタイミングでしたね。

バタグリア:

 そうですね。実際、ERISAがこの業界のすべてを生み出したと言っても過言ではありません。

 当時の年金業界は非常に小さく、信託銀行、商業銀行、保険会社が支配していました。スペシャリティマネジャーやブティックマネジャーなどがようやく出てきた頃です。

 その後1970年代から80年代にかけて、米国の資産運用業界は爆発的に成長しました。年金の世界も急速に成長し、国際投資、続いてオルタナティブ投資が始まり、その一方で確定拠出年金(DC)プランが登場しました。

 まさしく、P&Iは、年金業界が急速に成長し始める最もよい時期に創刊したといえます。

堀江:

 現在、P&Iの読者数はどのくらいですか。

バタグリア:

 現在、購読者は5万人で、回し読みの読者も考慮すると15万人近くになります。この数字は、米国の全投資可能資産の約9割をカバーしている勘定になります。またP&Iでは1990年代前半からコンテンツの電子版を開始し、今では20%以上が電子的にコンテンツを受け取る北米以外の読者になっています。

堀江:

 日本にも読者はたくさんいますか。私は20年以上P&Iを愛読しています。

バタグリア:

 日本でもほぼすべての主要なアセットホルダー、アセットマネジャー、調査機関が読者になっています。

 日本でP&Iが広く知られるようになったきっかけに、1980年代後半に、日経傘下の『年金情報』がP&Iの一部のニュースを日本語に翻訳して提供していたことが挙げられます。この『年金情報』との提携は、P&Iにとって非常によかったと思っています。


P&Iにとってコンファレンス事業の位置づけとは

堀江:

 P&Iでは現在メディア事業のほかに、コンファレンスを世界中で開催しています。いつ頃からこうしたコンファレンス事業を行っているのですか。

バタグリア:

 最初にコンファレンスを開催したのは80年代だったと思います。最初のコンファレンスはグローバル投資に関するものでした。それからDCに関するコンファレンスを確立したのは25年ほど前のことです。毎年、西海岸と東海岸で開催しているDCのコンファレンスは今では非常に有名になり、コンファレンス事業の重要な柱になっています。

堀江:

 P&Iがコンファレンス事業を手掛けるのはなぜでしょうか。

バタグリア:

 一言で言えば、コンファレンスは業界の人たちにとって、ネットワークを築いたり、ケーススタディを聞くことでさまざまな考えを比較したりするのに非常に役立つ手段だからです。

 10年以上前からコンファレンス事業は明確に一つの事業と位置づけられています。今日でもニュース・情報、データ、調査がわれわれのコア事業ですが、コンファレンス事業は今後も拡大し続け、今以上に重要なビジネスになるでしょう。特に、コンファレンス事業をグローバルに拡大することはわれわれにとって非常に重要だと考えています。というのは、投資のグローバル化が定着して、世界共通の問題意識が存在するようになっているからです。たとえば、いかにリターンを獲得するか知りたい、という要求は世界中どこにでも存在します。

 と同時に、国や地域によって規制や制度が異なりますので、他国で行われている改革、ガバナンスに対するアプローチ、ポートフォリオ構築の考え方を知り、そこからヒントを得たいという思いもあります。コンファレンスを通じて、ローカルなアイデアをグローバルに共有することが非常に有用だという理解は高まっています。

堀江:

 昨年、オランダの会社からコンファレンス事業、「ワールドペンションサミット」(WPS)を買収しました。これもグローバル化の一環ですか。

バタグリア:

 そうです。WPSがオランダとアフリカで開催しているコンファレンスは、既にブランドとして確立していました。これまでわれわれはEMEA(欧州、中東、アフリカ)で定評のあるコンファレンスを開催していなかったので、非常に合理的な買収だったと思います。

 P&Iはここ10年、日本で「グローバル・ペンション・シンポジウム」を開催しています。この日本での経験から、各国、地域において世界で活躍するグローバル投資家を招いて情報共有を図ることの大切さを学びました。

堀江:

 日本を除くアジアについてはどう考えていますか。

バタグリア:

 コンファレンスを開催する計画はあります。

堀江:

 アジアの国を見るとアセットオーナーの規模が小さいところがほとんどで、大きいところは限られています。そうした地域でコンファレンスを開催するのはかなりの挑戦ではないでしょうか。

バタグリア:

 そうですね。ですから、日本や欧米とは異なるスタイルになると思います。保険など、年金以外の重要なセクターの人たちにも参加してもらえるようにしたいと考えています。

 またアジアには欧米などとは異なる大事なトピックがあると思います。たとえば、インフォーマルセクターで働く人たちに年金のカバレッジをいかに拡大するかといった課題もその一つです。われわれはアフリカなどの事情を見て、初めてそうした問題意識を持ちました。そもそも企業や政府がスポンサーとなる構造が存在しない地域も存在するわけで、それぞれのマーケットに合ったトピックを扱う必要があると思っています。


DBからDCへの移行に伴う課題

堀江:

 世界の年金市場で、バタグリアさんが特に注目していることは何ですか。

バタグリア:

 DCの未来がどうなるのか非常に興味を持っています。DCは米国以外でも拡大しており、カナダ、英国、欧州の一部にも広がっていますし、オーストラリアでは強制加入のDCが定着しています。

 一つ懸念しているのは、確定給付年金(DB)からDCへと移行が進む中、DCは、DBのように分散の図られたポートフォリオを十分に実現できていないのではないかということです。

 DCにも、退職年に向けてリスクを減らしていく「ターゲットデート」や「カスタムターゲットデート」型のファンドが出てきて、改善の兆しは見えます。しかし、専門家の多くが伝統的なDBの方が基金加入者の最大利益に見合っていると考えています。DBの方がコストが低く、パフォーマンスもよく、さらに分散も図られているというわけです。

 特に、DCの世界でどのようにオルタナティブ投資を組み込むかは難しい問題です。プライベート・エクイティ、不動産、ヘッジファンドなどが投資の分散を図るのに有効だということは多くの人が認めています。

堀江:

 DBのスキームの方がDCより優れているという点については私も同感です。

 問題は、そうしたメリットにもかかわらず米国では多くの基金スポンサーがDBスキームを放棄してしまったことです。これは、基金スポンサーにとって、ERISAの制約があまりに厳しかったからだと私は思っています。ERISAは優れた法律ですが、受給権の設定に対しては非常に厳格です。基金のスポンサーは割引率も給付水準も変更することができません。これでは長期的にサステナブルなスキームになりません。

 一方、日本の企業年金は積み立て比率が100%を超えています。これほど健全な積み立て比率を達成できるのは、危機的な状況に陥ったときに基金スポンサーがたくさん拠出することが可能で、かつ受給権も柔軟に調整できるからです。そういう意味では、日本の制度は厳格な確定給付とは言えないかもしれませんが、サステナビリティの観点からは、米国よりはるかに優れていると思います。

バタグリア:

 米国でDBからDCに移行が進んだのはERISAの影響ばかりではないと思います。

 確かにERISAが成立したとき、今おっしゃったような理由で、多くの専門家がDBの終焉を予想しました。しかし実際にDBプランの閉鎖や廃止が加速したのは、年金債務を企業のバランスシートにのせるよう要求した財務会計基準審議会(FASB)基準の影響でした。企業のCFOたちが「企業のバランスシートにこれ以上の変動はいらない」と訴えて、DBをやめさせたわけです。

 そもそも、米国のDC制度である401(k)プランはDBの代替として意図されたものではありません。今日では一般の加入者を対象としたメインの制度になっていますが、もともとは高報酬のエグゼクティブに対する給与天引制度に過ぎませんでした。

堀江:

 普遍的なプランとして意図的にDC制度を導入したオーストラリアとは違う、というわけですね。

バタグリア:

 そうです。米国のDCは時とともに進化し、今では非常に洗練されたものになっています。しかし、その進化は他の国とはずいぶん違う形になっています。


高齢化の問題にどう対応するか

堀江:

 世界の年金が直面している最も重要な課題は何でしょうか。

バタグリア:

 私は現在世界中で見られる問題の多くは人口動態に起因するものだと思っています。先進国をはじめ世界中すべての地域に深刻な影響をもたらしています。

 日本は世界で百歳以上の人口が最も多い国です。高齢化が社会に与える影響がこれほど深刻な国は他になく、日本の経験は非常に貴重です。

 高齢化が進むと、貯蓄をどう積み立てるか、所得をどう配分するか、いつ退職すべきかを考える際、これまでとは全く異なるダイナミクスが働くことになります。寿命が伸びる分、もっと貯蓄しもっと長く働く必要があるわけです。

堀江:

 私も、人口動態の問題への対応は万国共通で「もっと貯蓄して、もっと働く」に尽きると思います。ここで「貯蓄する」には、投資の意味も含みます。ですから、自国の株式に投資すれば高いリターンが期待できるということが望まれます。そのためには企業は適切な利益を生み出す必要があります。これは、DCでもDBでも年金のサステナビリティを堅持するには非常に大事なわけです。

 残念ながら、日本企業は過去20年高い利益をあげてきたとは言えません。これは年金基金向けに日本株を運用している人たちにとって、あまりよい話ではありません。

バタグリア:

 日本の株式市場はよい方向に向かいつつあると思いますか。

堀江:

 そうですね。そうなるように、われわれも日本企業と機関投資家の関係を変えようと頑張っています。

 これまで日本ではアセットオーナーやアセットマネジャーを含めステークホルダーが企業の資本生産性にあまり関心を持っていませんでした。現在、日本政府が、企業が適切に収益をあげているか注視しているのもそういう理由からです。

バタグリア:

 かなり古い話ですが、米国でもERISA以前は大半の投資家が議決権を行使していませんでした。機関投資家が企業のガバナンスの問題に深くかかわり、企業の収益性に大きな影響をもたらすようになったのはERISA制定以降です。こうした動きは、80年代から90年代にかけての米国株式市場の上昇、ブルマーケットにも大きな影響をもたらしたと思います。

堀江:

 ERISAがもたらした最も重要な影響の1つは、フィデューシャリー・デューティの概念を確立したことだと思います。日本にはフィデューシャリー・デューティのような厳格な概念はありません。だから代わりにスチュワードシップ・コードを導入しなければならなかったわけです。フィデューシャリー・デューティの概念は、スチュワードシップ責任も含むものです。

バタグリア:

 フィデューシャリー・デューティの重要性については全く同感です。

 P&Iのミッションステートメントでも、「プラン加入者にとって最善なことは何か、という視点で見ること」を明確にしています。「プラン加入者にとって最善なこと」とは、フィデューシャリー・デューティの考え方そのものです。世界を見回しても、フィデューシャリー・デューティに基づく目的やミッションを持っているメディアブランドは、われわれ以外あまりないと思います。

堀江:

 そうですね。ぜひ今後もプラン加入者の視点を持ったメディアとして、年金、資産運用業界を盛り上げていただければと思います。

 本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(文中敬称略)

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