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FinTechが示す発想の転換の必要性

2017年8月号

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フィンテックは日本でも一時のブームを超え金融サービスを変革する展望が拓けつつあるが、中国では急速に拡大したリテール決済に加え、小口与信でもプレゼンスを拡大している。中国のフィンテックから何を学ぶべきか。フィンテックが解決すべき日本の課題は何か。今年3月に日本銀行FinTechセンター長に就任した河合祐子氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2017年8月号より

語り手 河合 祐子氏

語り手

日本銀行
決済機構局 FinTechセンター長
河合 祐子氏

外資系銀行(金融市場業務)、金融シンクタンクを経て、日本銀行。金融市場局(金融市場調査、外国為替平衡操作)、金融機構局(金融機関考査)、香港事務所長、高知支店長などを経て、2017年3月より決済機構局FinTechセンター長。京都大学法学部、ペンシルバニア大学ウォートン校(MBA)卒。

聞き手 井上 哲也

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション研究部 部長
井上 哲也

1985年 日本銀行入行。92年 エール大学経済学修士課程修了。94年 福井俊彦副総裁(当時)の秘書官。2000年 植田和男審議委員のスタッフ。03年 金融市場局企画役。資本市場の活性化に関与。06年 金融市場局参事役。BISマーケッツ委員会等の国際会議の運営に参画。08年12月野村総合研究所入社。2011年10月より現職。著書に「異次元緩和」他。

FinTechセンターが目指すもの

井上:

日本銀行は昨年、フィンテックの専門部署「FinTechセンター」を設立しました。河合さんは二代目のセンター長ということになりますね。

河合:

そうです。岩下初代センター長(現在京都大学教授)は、ITの専門家でしたので、私がセンター長に就任した時には多くの方々から「君は、テックの人だっけ?」と質問されました。答えは、きっぱり「ノー」です(笑)。

井上:

私は、既にフィンテックも河合さんのようなビジネスに明るい人が主導する段階に来ているのだと感じました。

河合:

私にできることは、金融やそれ以外の分野でのいろいろな方々とのネットワーキングです。フィンテックは、金融と情報技術の融合。まさにネットワーキングが鍵を握る世界なのかなと思ったりもします。

井上:

改めて、センターの役割をどう考えていらっしゃいますか。

河合:

フィンテックの世界には、様々なバックグラウンドの方々がいます。中でも、これまで中央銀行とはお付き合いのなかった方々とどう繋がっていくのかが大切で、センターの一つの役割は、外に向けてのインフォメーション・ゲートウェイと考えています。この点は、黒田総裁も「「FinTechセンター」の設立に寄せて」の中ではっきりと述べています。

もう一つは、日本銀行の内部におけるインフォメーション・ハブの役割です。日本銀行にはフィンテックに関連する業務や研究をしている部署が複数あり、それらに散らばる研究者や実務家の知見を集める必要があります。今は、センターが事務局となって行内にネットワークを立ち上げ、情報を交換、集約しています。

井上:

日本銀行の中にもフィンテックに関わりたい人はたくさんおられると思いますから、組織内の人的なネットワークは大いに有効だと思います。こういう分野はやる気のある人に任せたほうが上手くいくので、そうした人材をうまく発掘するのも大事ですね。

河合:

その通りだと思います。ある日本の金融機関で「フィンテックをやろう」となった時に、これまであまり注目してこなかった分野なので、社内の人材をどう集めればよいのか思案したそうです。結果的に、「こういうプラットフォームでやるので興味のある人は集まって」と行内に呼びかける手法が有効だったそうです。


中国のフィンテックに注目すべき理由

井上:

河合さんはセンター長に就任されてから、特に中国などアジアのフィンテックの動向に注目し、精力的に現地を回られたと聞きました。なぜ、欧米でなくアジアだったのでしょうか。

河合:

確かに当初は、最初の訪問はシリコンバレーかなと漠然と考えていました。しかし、様々な方々から「中国がすごいことになっている」という話を聞き、フィンテックが実用化されている場面をまずは見たいと思って、アジア、中でも特に上海、杭州という地域を選びました。

井上:

行く前と後では印象は変わりましたか。

河合:

相当に期待値を上げて現地に行ったのですが、その上限を完全に超えていました。

事前に、「現金が日常生活から消えている」とか、「スマホのアプリで何でもできるようになっている」という話は聞いていました。確かに、事象としてはその通りでしたが、革新の全体像は、自分の想像をはるかに超える広がりを持っていました。IT技術を利用した生活革新が起こり、その中に金融も自然に組み込まれている姿。つまり、金融の世界で起きていることは、中国で起きている大きな変化のほんの一部に過ぎなかったわけです。

井上:

それは中国におけるフィンテックの担い手が大手IT企業だったことと関係するのでしょうか。

河合:

そうですね。例えば、中国で今、フィンテックによるリテール決済の主力を担っているのは、Eコマース会社アリババ・グループの関連会社アント・フィナンシャル(アリペイ)と、ソーシャル・メディアやオンライン・ゲームを手掛けるテンセント(ウィチャット・ペイ)の2社です。両方とも、いわゆる「テック・ジャイアント(巨大IT企業)」で、もともと金融のプレイヤーではありませんが、今では銀行も傘下に抱え、幅広い金融サービスを、利便性の高い形で提供しています。「フィン」の側からではなく「テック」の側から革新が起きることで、「フィン」のサービスの位置づけも全然違ったものになると感じました。

井上:

中国でこうした新しい決済サービスが急速に受け入れられたのは、現金決済が不便で、銀行サービスも未成熟だったからでしょうか。

河合:

そういう要素もあるかもしれませんが、それが主因ではないと思います。

今、リテール決済でキャッシュレスが特に進展しているのは都市部です。中国の都市部では、日本の銀行サービスの利便性にはかなわないかもしれませんが、ATMも多数あり、銀行サービスの利用が不可能であった訳では決してありません。現在これだけの革新が起きているのは、金融サービスが空白だったからというよりは、「テックがこれだけ進歩したのだから、それを利用して生活を便利にしよう」という大きな流れがあり、金融は自然とその一部に組み込まれたということだと考えています。

井上:

確かに「フィン」の側から入ると、どうしても安全性、頑健性、外からの攻撃に対する防御といった話にウエイトが置かれます。中国ではテックから入ったため、サービスを発展させやすかったという面もあるのでしょうか。

河合:

それは十分にあり得ると思います。また、日本と中国の個人情報保護に対する意識の違いも大きいように感じます。

中国では一つのモバイル・アプリから生活や金融に関する何百というサービスにアクセスすることができます。それらのサービスを利用すれば、アプリ提供会社はユーザーに関するデータを蓄積し、データに基づいてユーザーにより適したサービスを提供してくれるわけですが、ユーザーから見れば個人情報は一手に握られることになります。

現地で、ユーザーである中国の方々に「こうした状況に不安はないのか」という質問をしましたが、不安を表明した人はいませんでした。

井上:

個人情報を集約する主体が、銀行であるのかテック・ジャイアントであるのかで違いがあるとユーザーが考えているのでしょうか。

河合:

個人の情報を国家がある程度把握していると考えられる環境では、相手が誰であれ、追加で情報を差し出すことに抵抗が少ないという可能性はありますが、それよりも、情報が自身の利便性につながる利点を強く感じているということではないでしょうか。

例えば、アント・フィナンシャルでは取引履歴等に基づいて個人に信用スコアを付与しています。よい取引を積み重ねればスコアが上がり、優遇措置もあります。自分の「良い」行動履歴が蓄積されることで自分の便益が高まるという好循環が意識されているのは事実だと思います。


中国における銀行とフィンテックの関係

井上:

テック・ジャイアントによる新たな金融サービスは、伝統的な金融機関とどのように棲み分けられているのでしょうか。

河合:

テック会社は、「銀行とは事業分野が違うから競合しない」と説明しています。これまで銀行があまり手がけていなかった個人や小規模事業者に対する金融サービスに注力しており、銀行が得意とする大企業向け金融はやらないというわけです。確かに、彼らが提供している信用スコアを使った個人・小規模事業者向け融資などは、伝統的な金融機関のサービスと補完関係にあると思います。

ただ、そうは言っても、銀行が影響を受けないわけではありません。モバイル・アプリ(電子ウォレット)による決済や送金は、銀行を介さないため、銀行は送金手数料や決済情報を入手することはできません。また金融が効率化すれば、貸出金利が下がりますから、銀行の預貸利鞘も縮小します。そういった意味では、銀行収益の下押し圧力はあると思います。

井上:

それに対して銀行はどのような対応を見せていますか。

河合:

銀行がフィンテック企業の持つデータを利用したり、自らのサービスをテック会社が提供するモバイル・アプリのプラットフォームに乗せたりと、テック企業との提携を強化する動きは顕著です。

一方で、銀行が自身のモバイル・アプリを刷新し、自分たちもユーザーフレンドリーになろうとする動きも見られます。顧客や情報を取り戻そうとしているのだと思います。

井上:

個人や小規模事業者のマーケットは、中国の商業銀行にとって、今後の収益源となるべき分野だったはずです。この部分を取られてしまうのは厳しいですね。

河合:

その通りです。

一方で、テック企業からは、「資金調達コストは自分たちより銀行の方が低いので、融資マージンを稼ぐビジネスは銀行に任せたほうがいいかもしれない」という声も聞きました。ですから、テック企業が銀行に信用スコア情報を提供して銀行から手数料をもらい、銀行が顧客に融資を提供する、といったビジネスモデルも成り立ち得るのではないかと思います。


日本のフィンテックの現状をどう見るか

井上:

日本のフィンテックの現状については、どう見ておられますか。

河合:

一時のブームで終わらないという見方が強まってきたと思います。学習の段階から実証実験、実用の段階へと移っていく中で、解決すべき課題を明確にして技術の適用を考えるという本来あるべき姿が明確になりつつあります。つまり、「フィンテックがはやっているので何かやらなきゃ」というのではなく、実務における課題を洗い出し、それを解決するためにどの技術を利用すればよいかを考えるという段階に入っているということです。

日本の金融の課題としてよく聞かれるのが、「キャッシュレス化が進んでいない」ということです。しかし、キャッシュレスは現象にすぎず、どんな課題を解決したいのかをより明確にする必要があると思います。

私が考える大きな課題は、金融機関の業務の効率化と、小規模事業者の財務会計の自動化・効率化です。

金融機関業務の効率化をフィンテックと呼ぶことには異論もあるでしょうが、「テックを利用して既存業務のフローそのものを見直す」動きは、既にあちこちに見られます。ここは間違いなく「テック」を利用して「フィン」が変わっていく分野だと思います。

また、小規模事業者においては、「財務会計の数字は2、3カ月遅れで出てくればよいほうだ」という感覚がまだあるように思います。しかし、会計処理を自動化・クラウド化するサービスを導入した事業者に聞くと、会計事務を大幅に省力化できた上に、最新の計数を見ながら今後の事業戦略を考え、さらには銀行との交渉も楽になったとのことでした。銀行から見れば、「事業性評価」による融資のあるべき姿といえるでしょう。

井上:

中国の話に沿って考えると、ユーザーである企業にどういうメリットを還元しうるかという点ですね。フィンテックの浸透には、「フィン」側のロジックだけではなく、ユーザーにインセンティブをもってもらうことが重要だと思います。

河合:

フィンテックの世界には「テック」側から入ってきた独特の言葉がいろいろあります。その中で最もよく聞くのが「ユーザーエクスペリエンス(UX)の向上」、すなわち顧客の満足です。フィンテック界では大企業であるPayPalを始め、実に多くのフィンテック企業の創業者たちがこの「UXの向上」を社是にしています。

その背景は、これまでの金融サービスのUXが必ずしも高くなかったということだと思います。日本の金融も、UXの向上を徹底したらどういう姿になるかを考えてみる必要があると思います。

「フィンテック」というのは「ファイナンシャルテクノロジー」ですよね。金融はもともとテクノロジーの塊なので、今までと何が違うのか、と考えると、それは情報技術の水準です。情報技術は飛躍的に向上しています。クラウドであったり、AIであったり、CPUの劇的な性能向上であったり。中でも、最も大きいのはスマホの普及だと思うんです。スマホの正体は電話ではなく、「コンピューター」です。1人が1台のコンピューターをモバイルで持っているという環境の変化に、金融は応えられているのか。今問われているのはそこだと思います。「みんなが1台、コンピューターを常時携帯する環境において期待されるUXの水準は何だろう」と考えると、フィンテックが解決しなくてはいけない課題は見えてくるような気がします。

井上:

一般のユーザーはスマホのキャパシティのほんの一部しか活用していません。日本人の技術に対する順応性を考えれば、まだまだ発展の余地は十分ありますね。

河合:

フィンテックは、地域金融機関の間でも関心が高まっていて、そうしたテーマで講演に行くことがあります。そこで時々感じるのが、地域金融機関が自ら限界を設けてしまっているのではないかということです。「顧客の平均年齢が高いのでITサービスは無理」という言葉をよく聞きます。

しかし、今や高齢者もお孫さんの写真をSNSで見たい、あるいは情報発信したいという理由でスマホを持つ時代です。ITサービスは高齢者には無理だと決めつける必要はありません。金融機関自身がスマホの講座を開き、顧客の生活利便性を高めて、その一環として自行アプリを入れてもらうというやり方もあるでしょう。

井上:

発想を変えることで、日本でもフィンテックの可能性は広がりそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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