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アセットマネジメントに必要な「選択と集中」

2017年11月号

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近年、日本の資産運用業界は、ロボアドバイザーなど新技術への対応や、顧客本位の業務運営に向けた取り組みなど新しい課題に直面する一方、投信市場では投資家の裾野が若年層にも広がるなど明るい兆しも見えている。日本の資産運用ビジネスの現状をどう評価すべきか。マニュライフ・アセット・マネジメントの山本真一社長に語っていただいた。

金融ITフォーカス2017年11月号より

語り手 山本 真一氏

語り手

マニュライフ・アセット・マネジメント株式会社
代表取締役社長
山本 真一氏

1997年 JPモルガン証券入社。ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2002年 ピムコジャパンリミテッド入社。グローバル・ウェルス・マネジメント・チームの立ち上げ他、日本拠点の業容拡大に従事。同社で取締役社長兼共同最高経営責任者の役職を経て、2017年4月より現職。マニュライフ生命保険の執行役員を兼務。

聞き手 臼井 直人

聞き手

NRIプロセスイノベーション株式会社
代表取締役社長
臼井 直人

1988年 野村総合研究所入社 新システム推進部配属。T-STAR及びBESTWAY/AMの当初開発に携わる。2008年 資産運用サービス開発三部長。2014年 NRI大連 総経理。2016年より現職。

日本市場の魅力を高めるために

臼井:

山本さんは今年4月にマニュライフ・アセット・マネジメントの社長に就任されました。資産運用業界でのご経験は、もう20年近くになりますね。

山本:

キャリアのスタートは、証券会社で国債のマーケットメイク業務を担当しました。当時、縮小していくビッド・オファーのスプレッドに触れて、情報の非対称性は遅かれ早かれなくなるだろうと肌で感じていました。そういう環境下で金融の世界で「付加価値をつけられる“もの”をつくろう」と思い立ったのが1999年です。私のアセットマネジメントのキャリアはそこからスタートしました。

臼井:

実際に金融市場の情報の非対称性は小さくなったと感じますか。

山本:

はい。金融市場に限らず、すべての産業において見られる傾向だと思います。

アセットマネジメント・ビジネスにおいても、世界的にアクティブ運用からパッシブ運用への流れが強まったり、ロボアドバイザーなど新しいテクノロジーが入ってきたりすることで、運用会社と最終投資家との情報の非対称性は確実に小さくなっています。

臼井:

外資系の資産運用会社を経営する立場から、日本の資産運用マーケットにはどのような課題があると感じますか。

山本:

現在、日本には1,800兆円の個人金融資産がありますが、その過半が預金であり、また高齢者に偏った投資家構成となっています。長年言われ続けていることですが、まずは、貯蓄から資産形成への流れを作ることと投資家層の裾野拡大を図ることが至上命題です。同時に、日本国内の資産の魅力を高め、資本市場の活性化を図ることも重要だと考えます。日本の資本市場は、米国などと比べると厚みに欠けるところがあります。その結果、海外資産への投資割合が増え、カレンシーリスクを取ることになるため、どうしてもボラティリティが高くなってしまいます。

ですから私は、日本に根ざしてビジネスを展開する運用会社の使命として、海外の運用戦略を提供するだけでなく、日本の資産に有効に投資できるような仕組みをつくり、投資家層の裾野拡大に貢献しなくてはいけないと思っています。

臼井:

海外投資家にしても、日本の資産自体に魅力がないと日本に投資をするという流れはできませんね。

山本:

その通りです。魅力的な資産があれば海外から資金は入ってきます。過去に、日本にREIT市場をつくったことで多くの海外のプレイヤーが参入し、それによって不動産市場が活性化したという良い事例があります。

ですから、空港をはじめとするインフラ施設のコンセッション(運営権)など、新しい日本の資産に海外の投資マネーを呼びこむ仕組みが必要です。一昨年、東京証券取引所がインフラファンド市場を創設しました。そうした取り組みを更に発展させていく必要があると思います。

今のところ外資系運用会社にとって日本の市場は、「日本のお金を海外に」というビジネスがメインになっています。「海外のお金を日本に」も加わり、双方向が拡大すれば、金融市場の厚みは格段に増していくと思います。

臼井:

日本の市場の魅力に関連して、今、東京都は「国際金融都市」構想を進めています。この構想ではビジネス面だけでなく、インターナショナルスクールを整備するなど外国人の生活面での環境整備も目指しています。

山本:

日本の市場を魅力的にするには、先ほども申し上げた通り、まずは投資資産そのものを魅力的にすることが大前提になると思います。

そしてその次に大事なのが、インフラ面での整備です。日本語の壁は非常に高いので、行政手続き、医療機関、学校、家事代行など、検討すべき課題は多いと思います。そうしたなかで、個々のピースではなく総合的に解決していかないとあまり効果的ではないでしょう。

三つ目に、東京がシンガポールや香港と競争するのであれば、やはり所得税や法人税の負担軽減は重要だと思います。


マニュライフ・アセットの強み

臼井:

御社の戦略について少しお聞かせください。日本で資産運用ビジネスを展開する上で御社の強みは特にどこにあるとお考えですか。

山本:

われわれの一番の強みは、保険会社を中核としたマニュライフという金融グループの一員であり、グループ会社間で協力してお客さまに総合的なソリューションを提供できるところです。

たとえば、グループの保険会社と共同で商品開発することが可能です。保険会社のバランスシートで投資している資産の中にはプライベートアセットや実物資産があり、すでに30年近いトラックレコードがあるものもあります。グループで培ったノウハウを用いることで、そうしたアセットを日本の投資家に紹介することもできますし、新商品の開発に活かすこともできます。

臼井:

金融サービス業では新しいテクノロジーを活用する動きが強まっています。資産運用業にもその波がきています。御社でもたとえばロボアドバイザーを活用するといったことを考えていますか。

山本:

そこは今後取り組むべき重要な課題だと認識しています。ただし、投資信託を提供するためだけのものではなく、お客さまが保険なども含めた総合的なソリューションツールとして活用できる、当グループならではの意味のあるものを提供していけるとよいと思っています。

臼井:

資産運用業界では、こうした新しいテクノロジーの波とともに、もう1つ、「お客さま本位の業務運営」という大きな波に直面しているように感じます。5月に改訂されたスチュワードシップ・コードもそうですし、いくつかの運用会社が行っているフィデューシャリー宣言もそうした動きに沿ったものです。

山本:

マニュライフ・グループでは以前より、「カスタマー・セントリシティ」、日本語に直すと「お客さま本位」というスローガンを掲げ、様々な取り組みを行ってきました。ですから、金融庁が進めるスチュワードシップ・コードやフィデューシャリー・デューティーへの対応も、われわれが従来やってきたことの、まさに延長線上にあると考えています。と同時に、私は業界全体でこうした課題に取り組むことは非常に意義があることだと思っています。

コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードにより、企業は収益性を高め、機関投資家はそれを監視することが明示的に求められるようになりました。また、運用業界もフィデューシャリー・デューティーを全うし、長期的に安定した資金を資本市場に流すことによって、日本の市場の活性化を図り、国内市場の魅力を高める好循環のサイクルを作ることができると考えます。


積み立て投信が根付くには

臼井:

8月末に投信残高は過去最高を記録しました。顧客本位の取り組みが根付けば、更によい流れができるのではないでしょうか。

山本:

そう思います。これまで投資信託は投資家の裾野がなかなか広がらず、その一方で一部の投資家が盛んに売買を繰り返す時代が長く続きました。今、業界全体にビジネスモデルの転換、すなわちパラダイムシフトが起こりつつあります。その過程では、これまでのやり方が通用しないことも出てくると思います。何年かかるかわかりませんが、そうした壁を乗り越えていかなくてはいけません。こういった大きな変化があるところには、困難もありますが、大きなビジネスチャンスがあると考えています。

臼井:

確かに、最近、長期の資産形成が必要な20代、30代の方々が投資信託に目を向け、少しずつではありますが積み立て投資を始めています。こうした行動は、これまで投資信託を買っていた層とはずいぶん異なります。

以前は、投資信託の基準価額が上がると解約されてしまう、といった嘆きを運用会社の方々からよく聞きました。積み立てるスタイルで資産形成をする投資家ですと、基準価額の変化だけで行動を起こすことは少ないかもしれませんね。

山本:

ネット証券会社の積立投信も驚くほど伸びて、結構な規模の金額になってきています。今おっしゃったような投資家の変化が起きているのだと思います。ただ1,800兆円という個人金融資産のパイ全体から見ると、まだまだ小さな動きという気もします。

臼井:

こうした動きが定着するためのカギはどこにあると思いますか。

山本:

やはり投資家が成功体験を持つことが大事だと思います。それも単に、「一つの投資信託を買ったら儲かった」というのではなく、積み立てていく中でポートフォリオを形成し、結果として世界の成長の果実を受け取っていくことが大切です。日本人にはまだこうした「ポートフォリオを持つ」という感覚が根づいていないところがあるように感じます。

アメリカでは1981年に、確定拠出年金(DC)制度が導入され、そこから投資信託が普及しました。ただし、投資信託市場が大きく成長したのは90年代後半ですから、20年弱かかったことになります。

日本でDC制度が始まったのは2001年ですからまだ20年経っていません。導入企業が思ったほど広がらなかったため、DCを利用する人自体が少ないという面は否めません。しかし、iDeCo、つみたてNISAと、積み立て投資を促す新しい制度が立て続けに導入されていますので、積み立て型の投資制度を利用する投資家は着実に増えていくと考えます。

臼井:

そうした中、信託報酬が低下する傾向が続いています。若年層を中心に、信託報酬などの手数料に敏感な投資家が増えているとも聞きます。

山本:

これはいい傾向だと思います。

同じ信託報酬でも、ゼロ金利環境下と、金利が5%だった時代とではインパクトが全く異なります。これだけ経済の低成長が続き潜在成長率が下がる中で、信託報酬や販売手数料が高いと、投資家が成功体験を積む確率は必然的に下がってしまいます。

もともと、金融商品に支払う価格は、一般的な消費財と比べるとわかりにくく、投資家もあまり敏感に反応しないところがありました。また金融商品と言う性質上、リターンが変動しますので、手数料の妥当性も商品間で比較しづらいところがありました。しかし、情報の非対称性が小さくなる中、手数料が全体的に収斂し低下していくのは合理的ともいえます。

臼井:

とはいえ、運用会社にとってみれば収益環境は厳しくなりますね。

山本:

もちろん、信託報酬の低下は運用会社の経営にとって影響が大きいです。信託報酬に見合った付加価値をいかに提供するかということがより求められることになると考えます。

そして、今までのように全方位的に商品を展開するのではなく、各社がそれぞれの強みを意識して「選択と集中」を図ることが重要になります。

また、資産運用業は規模の経済性をいかに享受し、それをいかに投資家に還元するかというビジネスです。ですから規模の経済性のメリットが得られるビジネスモデルをつくる必要があると思います。


BPOサービスへの期待

臼井:

NRIでは資産運用会社のバックオフィス業務を中心にBPOサービスを提供しています。お客さまからは、「日本では欧米と異なり、運用会社が投資信託の基準価額を算出するためアドミの機能を持たなければならない。毎日、信託銀行の結果と照合しなければならず計算ミスを防ぐためとはいえ非効率だ」という話を聞きます。御社もこうした日本独特の慣習による非効率性を感じていますか。

山本:

確かに、感じなくはありません。日本はエラーに対して欧米より格段に厳しいと思います。

ただ私は、それが日本のお客さまのニーズであり要求であるわけですから真摯に対応していかなくてはいけないと思っています。「お客さま本位」の立場から考えると、それは大切なことです。また、この国はこういうカルチャーがあるからこそ、世界に誇れるモノをつくってこれた、とも思います。ですから、この国の良さを尊重しながら、お客さまのニーズにどのように応えるかという問題意識を持つことが大切だと思います。

臼井:

ただ、そうすると運用会社としては固定費がかさみますね。

山本:

海外の運用会社が新たに日本に参入しにくい一つの要因になっているかもしれません。

運用会社のコストの中身を見ると、固定費がかなり大きいことがわかります。なかでも賃料、人件費、ITコストの比率が高くなっています。一方、収益は運用資産額に応じて変動しますから、固定費を回収できる臨界点に早く達することのできるビジネスモデルをつくることがカギとなります。

そういう意味では、御社が提供しているようなBPOサービスを活用することで、「経営を安定させながら日本の顧客のニーズに応えていこう」と考える運用会社は今後ますます増えていくのではないかと思います。経営のアジリティ(機敏性)を高めるためにも、固定費を変動費化するのは大切です。

運用会社によるBPOサービスの利用が増えれば、そうしたBPOサービスにも規模の経済性が働きますね。そうなりましたら、BPOサービスの手数料も下がると思いますから(笑)、BPO提供会社、運用会社、投資家の全てが恩恵を受けられる構図になるのではないでしょうか。

臼井:

私どももBPOサービスを高度化させることによってより多くの運用会社からの信頼を獲得し、規模の経済性を働かせてお客様に還元できるように努力したいと思います。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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