フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト レポート レポート一覧 ゴールベース資産管理で顧客の人生計画を実現する

ゴールベース資産管理で顧客の人生計画を実現する

2018年5月号

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

対面営業員が顧客のゴールを聞き、その実現のためにラップによる中長期分散投資を基本的実行手段として伴走する「ゴールベース資産管理」(GBWM)モデルは90年代半ば以降に米国で広範に普及し定着した。米国大手証券メリルリンチで米国個人部門トップを含むさまざまな立場でその確立と普及実現に奔走したライル・ラモス氏に、GBWMの本質や実現のための要諦について語っていただいた。

金融ITフォーカス2018年5月号より

語り手 ライル・ラモス氏

語り手

Snowden Lane Partners社
会長(Merrill Lynch元米国個人部門長)
ライル・ラモス氏

1987年にメリルリンチにファイナンシャルアドバイザーとして入社し、地域統括、米国個人部門長としてゴールベース資産管理の導入と浸透のほか、顧客セグメントの再編やローン事業の推進を牽引。2012年より、富裕個人層向け独立系投資顧問会社(RIA)のスノーデンレーン・パートナーズで会長を務める。2017年にNRIアメリカ客員フェローに就任。

聞き手 吉永 高士

聞き手

NRIアメリカ
金融・IT研究部門長
吉永 高士

『週刊金融財政事情』記者、金融財政事情研究会ニューヨーク事務所長等を経て、2005年にNRIアメリカ入社。2011年より金融調査を統括。四半世紀に渡りニューヨークを拠点に金融経営調査に従事し、日本へのゴールベース資産管理モデル導入と普及にも約10年前から取り組む。日本人2人目の米国登録ファイナンシャルジェロントロジスト。

顧客理解を格段に深めるために尋ねるべき質問から考え始めた

吉永:

米国の対面投資商品販売チャネルではゴールベース資産管理(GBWM)という概念とプロセスが90年代半ば以降に確立され、その後の20年あまりで広範に普及しました。ラモスさんは米国大手証券で営業員から個人部門トップに至るさまざまな立場でこの対面証券モデル改革に取り組まれてきました。GBWMをどのように定義されていますか。

ラモス:

GBWMとは、端的に言えば、お客様の目的に紐付けられた財産の管理や資産の運用をすることです。ほんの数十年前までは単に「お金を増やす」ことのみが資産運用の目的とされ、何のために資産を増やすのか、どのようなリスクを取るべきなのかという視点に考慮を欠くのが一般的でした。このような資産運用は、市場の大きなボラリティリティやストレスに直面するたびに、悲惨な投資判断につながるということをわれわれは教訓として学んできました。

今日においては、GBWMのアプローチをとるファイナンシャルアドバイザー(営業員)は、お客様がなぜこの資産を形成しようとしているのか、その実現のためには何年後にいくら必要なのか、お客様が取るべきリスクはどれだけなのか、といったことをきちんと理解していることが当たり前となっています。

吉永:

GBWMを社是として推進するにあたり、商品や銘柄の魅力を語って売買を促す伝統的なトランザクション型営業に慣れ親しんだ営業員に対して、それなりの再教育や追加教育が必要だったと思います。約15,000人もの営業員を抱えるメリルリンチではどのような研修を行ったのですか。

ラモス:

研修の中味の多くは、私自身や同僚の幹部らの営業員時代の経験などを踏まえ開発していきました。

それまで、営業員には投資や市場の仕組みやリスクについての知識や理解はありました。しかしそこからさらに先に進んで、個々のお客様が株や債券への投資を通じて何を実現したいのか、たとえば、子供が大学に行くためとか、家を買うためといった個人的なことについてはほとんど何も知りませんでした。

それらを理解するために、研修プログラム開発では、お客様のゴールを知るためにお客様にどういった質問をすべきかに重点を置きました。

1つ例を挙げると、会話の始めに「投資先としてどのような業種や企業に興味がありますか」といった投資の話から入る場合でも、その後「投資期間はどれくらいを想定していますか」という時間軸に関する質問から、「あと何年くらい仕事をする予定ですか」と展開してみます。こうすることで、市場や投資の話から個人の話へと自然と会話を繋ぐことができます。お客様のゴールと市場のメカニズムを関連付けるためのステップとして有用な質問です。こうした質問を何年もかけて改良して、お客様のことを理解できるプログラムに仕上げていきました。

新人研修プログラムも、かつては株式の評価やリスクなど投資に関する専門知識の獲得に重点が置かれていました。それが現在では、まず顧客と顧客ニーズを最大限に深く理解するための基本動作を教えて、その上で市場や投資商品について必要な知識を取得させるようになっています。

吉永:

新人研修については、メリルリンチには未経験者を3年余りかけて営業員として養成するプラクティス・マネジメント・デベロップメント(PMD)という業界随一の著名なプログラムが第二次大戦直後からあります。GBWMの推進や普及に伴い、PMDの中味や評価体系は変わりましたか。

ラモス:

PMDも改良が重ねられており、現在のような形に変わり始めたのは2000年頃です。私が研修を受けた「暗黒の時代」(笑)の1987年から遡ってみましょう。

当時は2年間のプログラムで、10週間の資格取得、3週間の投資知識を中心とする集合研修以外は、支店の現場でトランザクション型の手数料収入中心の目標が課されていました。

これが90年代半ばになると、ファイナンシャルプランニングをお客様に提供することが奨励されるようになり、手数料収入だけではなく預り資産やプランニング提供件数も目標に追加され、そのための研修項目が追加されました。

90年代末から2000年代初頭にかけては研修期間が3年になり、さらに2000年代後半以降には4年近くにまで延長されました。これは、顧客理解や顧客サービスの強化を目的とする研修項目を拡充するとともに、手数料収入の短期的な成果ではなく、お客様との長期的な関係を強化することが残高に連動した手数料の積み上げにつながることについて説く研修が拡充されたからです。

顧客理解や投資家心理を分析するための各種ツールも開発し、使い方も教えました。振り返ると、20年がかりの改革になります。


早期実践者をロールモデル化し成功体験を共有

吉永:

伝統的なトランザクション型営業に慣れ親しんだ支店現場の営業員の間には、GBWMの導入に対して、強い抵抗感や戸惑いがあったという話をよく聞きます。どのようにしてそれらを乗り越えていったのですか。

ラモス:

70年代や80年代以前にこの業界に入って経験を積み上げた営業員を「ブローカー」から「アドバイザー」に変えることは、マインドセットの変更を伴う、非常に難しい課題でした。たとえば、オレンジを売りたいブローカーがいて「あなたがいま欲しいのはリンゴではなくてオレンジである」ということをお客様に説得するのが仕事だと考えていたとします。そうしたブローカーに、お客様はどの果物を求めているのか、あるいは適切なのかを見極めて提案するのがアドバイザーや相談員の仕事である、ということをわかってもらう必要があります。

マインドセットという点でいえば、支店の営業員だけではなく、社内のそれぞれの組織が特定の商品を売ることで手数料収入を得るというロジックで成り立っていたため、関係者全員の考え方も変えてもらう必要がありました。

われわれは当初躓きました。それは、すべての人の考えを同時に動かそうとしたからです。数万人の従業員が働いている環境ではそれは非常に難しいことが分かりました。

そこで、GBWMのアプローチを比較的早く実践して成功している営業員を特定して、彼らをロールモデルとして評価するとともに、その成功体験を他の営業員に示す機会を社内のあちらこちらで創り、研修プログラムも拡充しました。それまでの営業スタイルを否定するのではなく、われわれが理想とするアプローチで成功している営業員やトレーニーを従業員向け刊行物や社内イベントなどで積極的に取り上げることで、「これが自分たちの進むべき将来である」というメッセージを伝え続けました。

そして、仕上げに行ったのがGBWM型と伝統的トランザクション型それぞれの営業員の業績比較です。それにより、どちらにより明るい未来があるのかが一目瞭然になりました。

幸か不幸か、米国では90年代後半と2000年代初頭に株式相場の大幅下落をみました。トランザクション型のお客様の運用資産は分散されておらず相場暴落の直撃を受け、コミッションを中心としていた営業員の収入は激減しました。これに対し、GBWM型の営業員のお客様の資産は、ゴールに紐付けされたプランニングに基づき、きちんと分散運用されていました。相場の下落の影響も限定的でお客様の離脱もほとんどみられず、その後の収入も順調に増えていきました。

メリルリンチには当時約700の支店とそれを統括する約170のコンプレックス(地域統括組織)がありましたが、GBWM型の営業員を多く採用しているコンプレックス傘下の支店のほうが、明らかに業績が伸びていきました。この事実は非常に説得力を持ち、営業員、経営層、本社各部署のいずれもが納得しました。

もう1つ付け加えておきたいのは、相場暴落時に、トランザクション型のお客様とは対照的に、GBWMのお客様からの訴訟がほとんどなかったことです。法務部門からは、関連コストの観点においてもGBWMの方がよいという見解が示されました。

吉永:

支店長や地区担当役員などはどう反応したのでしょうか。

ラモス:

大方の営業員のスタイルが変わるのに15年程度かかりましたが、支店長や地区担当役員についてはもっと短期間に変わりました。というのも、彼らは営業員とは異なり、お客様を直接抱えているわけではないので、本社からの目標設定や評価体系の変更に敏感に即応しやすいからです。

組織全体でGBWMの推進を始めた当時、支店長の3分の1はすでに新しい方針を実践済みで、次の3分の1は程なく対応し、残りの3分の1はしばらくして転勤や退職などで入れ替わりました。90年代半ばにおいては、まだトランザクション型を志向する支店長が過半を占めていましたが、2002年時点ではGBWM型の方が多数派になっていました。


GBWMのよさをお客様に実感してもらう

吉永:

トランザクション型の売買に慣れ親しんだお客様への説明はどのように取り組んだのですか。

ラモス:

残高連動型手数料をお客様からいただくラップの場合は、なぜそれがお客様にとってよいかの説明責任を果たす必要があります。

まず、一定以上の頻度でコミッション型の売買をしているお客様に対し、残高に一定率を掛けるラップの方が有利になるケースを示しました。また、必ずファイナンシャルプランニングをセットで提供するといったことをやりました。投資商品の売買ではなく、ゴールを実現するために営業員が常にお客様に寄り添うリレーションシップのよさを実感していただくためです。

一時的に手数料収入が減ることもありますが、適切に価格設定をすることで、最終的にはお客様の理解を得られ、それが追加の資金流入等をもたらし、預り資産の増大につながります。

ただ、注意が必要なのは、すべてのお客様が残高連動型の手数料の支払いを好むわけではないということです。多くのお客様は選択肢があることを望みます。

現在、米国の対面投資商品販売会社では手数料収入のうち約8割がラップを中心とする残高連動、残り約2割がコミッションという構成のところが多いです。保険、仕組み商品、一部のオルタナ商品などは引き続き、コミッション型で提供されるということもあり、将来的にも100%残高連動になるということはないでしょう。

吉永:

米国でも90年代以前は、対面証券会社と取引する投資家の多くは「次に儲かりそうなものは何か」という情報を聞き、金融資産のサテライト部分を中心にコミッションを払いながら売買していました。それが今では、コア資産をラップによる中長期分散投資主体で運用するようになっています。

ラモス:

お客様のほうも、コミッション型で売買されることの多かったサテライト資産に比べ、分散の効いた中長期運用されるコア資産の方がより高い予見性と一貫性のあるパフォーマンスが得られ、自身の人生やゴール実現に向けた親和性が高いことを実感するようになりました。

また、ポートフォリオのモニタリングがなされ、リバランスやプランニングなどのサービスが約束した通りに実行されるということで、手数料に見合う価値は十分にあるという納得感も持つようになっていきました。自分の人生に紐づく資産を、専門性のある営業員が自身と同じ立場にたって面倒をみてくれることの価値はますます高まっていくと思います。


国境を越えても人間の生活や相談ニーズに大きな違いはない

吉永:

営業員の努力と並行して、本社側ではどのようなサポートや取り組みをしたのですか。

ラモス:

営業員を支援するために、広告、営業用資料、セミナー・イベント等において、お客様向けに発信するメッセージを変えました。そこで訴えたのは、営業員がお客様の人となりやゴールを理解すればするほど、お客様に適した提案をすることができるということです。これは一種の長期戦です。

これまで営業員は何かを売りにきた単なるセールスパーソンという印象を持たれています。もう単なるセールスパーソンではありませんといわれても、すぐには理解されません。変化には時間がかかりますが、重要なことは、組織全体が一枚岩となって、この変化はお客様のためによいことであるという、包括的で一貫性あるメッセージを発信し続けることです。

吉永:

日本でも米国のようなレベルでのGBWMの浸透は実現できると思いますか。

ラモス:

私がこの仕事を長らくやってきて感じているのは、カルチャーが違えど、世界のどこでも人生や生活に大差はないということです。たとえば、学校に行き、仕事をして、子や孫が生まれたり、いつか引退したりする。米国でも昔は確定給付型年金が主流でしたが、いまでは確定拠出年金や自助努力による貯蓄・投資で一人一人が自分の将来を考えていかなくてはなりません。長生きリスクはますます深刻になり、インフレにも負けずに生涯を全うできるよう、人々は自分の人生により大きな責任を負っています。

このように、人間の生活やマクロ環境が似通った状況で、信頼のおける人に自分の大事な資産について相談したくなる。これは米国のみならず、日本でも、他のどの国でも同じではないでしょうか。

吉永:

同感です。本日は日本人の人生のありようにとっても示唆に富むお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

 

ダウンロード

ゴールベース資産管理で顧客の人生計画を実現する

ファイルサイズ:0.96MB

金融ITフォーカス2018年5月号

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn