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デジタル通貨の可能性と金融システムの民主化

2019年1月号

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世界の中央銀行の間ではデジタル通貨への関心が高まり、調査や研究が活発に進められている。そうした通貨をどう設計すべきか。金融システムにどのような影響があるのか。MITメディアラボのデジタル通貨イニシアチブ(DCI)で法定デジタル通貨プロジェクトを進めるロブル・アリ氏に語っていただいた。

金融ITフォーカス2019年1月号より

語り手 ロブル・アリ氏

語り手

MIT Media Lab リサーチ・サイエンティスト
ロブル・アリ氏

通信事業会社勤務を経て、2011年 バンク・オブ・イングランド入行。デジタル通貨チームのヘッドを務めた後、2017年MIT Media Labのデジタル通貨イニシアチブに参画。研究の主軸は、既存の銀行システムの外でのデジタル通貨の発行及び、そうした環境下での中央銀行の役割。

聞き手 井上 哲也

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融イノベーション研究部 主席研究員
井上 哲也

1985年 日本銀行入行。92年 エール大学経済学修士課程修了。94年 福井俊彦副総裁(当時)の秘書官。2000年 植田和男審議委員のスタッフ。03年 金融市場局企画役。資本市場の活性化に関与。06年 金融市場局参事役。BISマーケッツ委員会等の国際会議の運営に参画。08年12月 野村総合研究所入社。「金融市場パネル」を主催し、モデレーターを勤める。著書に「異次元緩和」他。

デジタル通貨に対する関与

井上:

世界の中央銀行では、デジタル通貨の発行に関心が高まっています。その背景は何だとお考えですか。

アリ:

きっかけはビットコインだと思います。ビットコインが政策当局に認知されるようになったのは2012、13年頃でした。従来の金融システムの下で民間銀行が貸出を行うことで創造される通貨とは大きく異なっており、完璧と言えませんが、銀行なしに通貨システムが存在し得ることを示したわけです。

通貨は金融システムの基礎ですので、中央銀行にとって、新しい通貨システムを真剣に考えることは重要な義務だと思います。多くの国で中央銀行は金融政策と金融安定の両方を担っているので、通貨はその両方に関わる点で共通の課題となるわけです。

井上:

中央銀行はデジタル通貨の調査研究をどのようなスタンスで進めているのでしょうか?

アリ:

基本的な関心は、暗号通貨や関連する技術によって既存の金融システムに大きな転換が起きた場合の、中央銀行の対応だと思います。その意味で現在の調査研究は将来に備える保険のようなものです。暗号通貨を支える技術の内容やその下での決済の機能などをしっかり検証し、自らの対応を十分に準備する必要があります。

そのためにも、中央銀行は技術を理解するスタッフを抱えることが非常に重要です。暗号通貨や関連するソフトウェアを提供する人たちは、利用者の増加を目的としているので、事実を歪曲してアピールする可能性もあります。中央銀行が技術を理解できず、外部の専門家の説明に依存するようでは、適切な対応が採れないリスクがあるわけです。

井上:

デジタル通貨を中央銀行が発行することには、特に新興国で関心が高まっていますね。

アリ:

戦略としては合理的だと思います。金融市場が成熟していなければ、対応の自由度が高いからです。アフリカでは、固定電話の段階を飛ばして携帯電話が普及しました。デジタル通貨も同様で、制約が少ない分、新興国から先に普及する可能性もあります。

先進国の中央銀行がデジタル通貨の発行に慎重なのは、高度に発達した銀行システムへの影響に不明な点が残るからです。先進国は、他国の取り組みを待って、うまくいったら自国もやろうとするのではないでしょうか。

デジタル通貨の実験の進め方

井上:

アリさんはMITメディアラボの「デジタル通貨イニシアチブ(DCI)」で、デジタル通貨の研究をされています。DCIはどんな組織でしょうか。

アリ:

MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏が、「デジタル通貨の開発者たちが、商業的な圧力を受けない中立的でアカデミックな環境で開発に取り組める居場所を作りたい」と考え設立された組織で、2015年にスタートしました。

DCIには、ブロックチェーンの革新的な決済プロトコルと期待されるライトニングネットワークのプロジェクト、ブロックチェーン・ツールキットである暗号カーネルのプロジェクトなど様々なプロジェクトがあります。私はその中で、金融システムに焦点を当て、中央銀行が発行するデジタル通貨のプロジェクトを主宰しています。

特にインターネット上での価値の移転に興味を持っています。これはブロックチェーンの技術がもたらす大きなメリットの一つです。DCIでは、このメリットを実現してデジタル通貨をグローバルなものにする基礎研究を行っています。 残念ながら、現時点で一般的なデジタル通貨の使われ方はトレーディングです。私はこうした大規模な投機は問題だと思う一方、かつてのウェブブームと同様にこうした段階は避けて通れないとも思います。長期的には、技術も意識も成熟し、いろいろなことが可能になるはずです。

井上:

具体的には、どのようにプロジェクトを進めているのですか。

アリ:

第1フェーズでは、いくつかの中央銀行の取り組みをもとに、中央銀行によるデジタル通貨への関わり方に関する論文を公表しました。そこでは、一つの法定通貨に対して複数のデジタル通貨発行者を想定し、発行者ごとに細胞(=台帳)を作る「細胞構造」のモデルを提案しました。

第2フェーズでは、そうしたモデルをどう発展させるか検討を進めていきます。まずは法定通貨をベースとするデジタル通貨のモデルを基に、株式や債券をどのように統合し、DVP決済をどのように行うか考えています。というのは、ビットコインから得られた知見として、金融システムを金融機関の集まりではなく、金融機能の集まりとして見る必要があるという考えに至ったからです。ある金融機能は金融機関がなくても果たすことが可能ということです。

私は、実際にシステムのモデルを構築しソフトウェアを作成して、「仕組みはこうで、こうすれば自律的に動く」ことを示すのが大事だと思っています。新たな通貨システムが具体的にどう機能するか知見を得られるからです。

井上:

ビットコインをはじめ今の多くの暗号通貨もこうした実験みたいなものですね。

アリ:

そうです。たとえば、「ビットコインの報酬が21万ブロックごとに半減する」と言われても、その時何が起きるか事前に予測することは不可能です。

われわれは価値の移転を伴う新たな通貨システムをいきなり稼働させるつもりはありません。まずはマシーン上でリアルなソフトを走らせて学習した後に、新たなシステムに移行すればよいと思っています。

ビットコインが他の暗号通貨と比べて有利だったのは、最初の2、3年、技術的なソフトウェアのプロジェクトに過ぎず、興味を持っていたのもソフト開発者だけだった点です。投機でなく技術に焦点を置くことができたことはよかったと考えています。

お金が関わると、最終的に投機を引き起こしますので、できるだけそうした要素を排除すべきだと思います。ビットコインの初期と同じように、われわれも技術や技術者に焦点を合わせて開発したいと考えています。実際にお金として使ってもらう前に、技術が確実に機能することを確認する必要があります。

井上:

ホールセールとリテールのどちらに焦点を置いていますか?

アリ:

現段階では、両者を区別したくないと思っています。

井上:

これまでいくつかの中央銀行が実施した実験プログラムはどれもホールセールに関するものでした。

アリ:

そうですね。多くの中央銀行が、証券決済や証券決済機関(CSD)に関係する機能に焦点を当てています。

われわれは両方をサポートするシステムを作りたいと思います。別々のシステムは不要だからです。

新たな通貨システムの下での金融システム像

井上:

デジタル通貨の革新性はどのあたりにあると思いますか。

アリ:

銀行の介在しないお金だということです。金融機関を取り除くことで、通貨システムをフラット化し、異なる構造を創造できるわけです。

デジタル通貨のルールは基本的にすべてソフトウェア(=技術)に含まれ、ソフトウェア上で執行されます。ところが、従来の決済は技術とルールの組み合わせに基づいています。たとえばVISAの決済システムに参加するには契約や規制を受け入れる必要があるわけです。

デジタル通貨も技術ですべてが完結するわけではありません。コインの発行や承認といった基本的な手続きはソフトウェアで規定されますが、ガバナンスの問題は存在し、それが運営者間の意見の対立をもたらし、異なる通貨の出現につながっています。

ですから、システムをどこまでソフトウェアのみで統治できるのかは興味深い問題です。これは、現在の枠組みの下での証券決済機関(CSD)やクリアリングハウスの在り方を問う問題でもあります。

井上:

分散型のデジタル通貨のもとで、信用創造はどうなるのでしょうか。

アリ:

論文で示した細胞構造のデジタル通貨のシステムは、既存の通貨システムとの共存を前提としており、民間銀行による信用創造には基本的に影響ありません。 デジタル通貨の発行に伴い部分準備制度を捨てるとなると、金融システムの抜本的な変更になります。ただし、それは中央銀行ではなく、政府が注意深く考える必要のある問題であり、国民を巻き込んで民主的に議論されなくてはなりません。

井上:

スイスの「ソブリンマネー・イニシアチブ」を思い出します。国民投票で否決されましたが、100%準備の意義の再検討は、国際機関も含めて活発な議論を巻き起こしました。

アリ:

そうですね。

この議論には「金融危機後の対応は正しかったのか」といった視点もありました。10年たって「金融システムは根本的に変わった」と言われますが、応急措置がなされたに過ぎないというのが私の見方です。

暗号通貨が関心を集めた理由の一つもそこにあります。暗号通貨は、「システムの仕組みを本当に変えたい」というニーズに応えたわけです。中央銀行は人々が抜本的な変化を望んでいることを認識しなければなりません。

私の役割は、そうした変化をいかに実現するか考えることです。暗号通貨が普及しても、金融システムの構造が変わらず、大きな影響を持つ大銀行のようなプレイヤーが出ては意味がありません。暗号通貨でも既にマイニングが産業化され、システムの在り方に大きな影響を与えています。将来は更に集中化が進むかもしれません。

井上:

技術が変わるだけでなく、金融システムが民主的に変わらないといけない、ということですね。

アリ:

そうです。重要なのはユーザーの利益になるようにシステムが運営されることです。私が期待するのは、個々のユーザーがシステムの運営に影響力を持てる世界です。

井上:

ユーザー中心のシステムを作るにはどうすればよいのでしょうか。

アリ:

競争を確保することです。

現在、貯金しようと思ったら、ほぼ強制的に銀行に預けなければなりません。これは銀行にお金を貸しているのと同じです。そのために預金保険が必要となり、銀行が破綻したら政府も救済に関与します。

私はこうした暗黙の補助金システムには、代替となるシステムが必要だと思います。重要なのは、新たなシステムが銀行と競争するだけでなく、新たなシステム内でも競争が行われることです。私がデジタル通貨の細胞構造について考えたときも、競争が長期的に確保されることを重視しました。

システムの集中化を促す力が働きやすいことを認識する必要があります。そして、そうした力を押し返すルールの構築を考えるべきです。私は、金融の安定性の観点からも、競争の維持は公共政策の上で考慮すべき重要なポイントだと思います。

日本でデジタル通貨が活用される可能性

井上:

最後に、デジタル通貨をめぐる議論が日本に与える示唆について、ご意見をお聞かせください。

日本の銀行は長い間、貸出が伸びず収益の低下に悩まされています。そのため、デジタル通貨を受け入れる環境がむしろ存在するように思います。デジタル通貨のシステムに移行すれば、銀行に対し、バランスシートの健全性に関する規制をある程度軽減しうる可能性もあるように思います。

アリ:

私は日本の銀行システムの専門家ではありませんが、一般にそうした変化が起これば、金融システムや金融機関の仕組みを変えるよい機会になります。銀行には収益性の高い事業もあれば、損失を計上している事業もありますが、大きな組織の場合、部門間での収益性の違いを特定しづらい面があります。デジタル通貨のシステムへの移行が、特定を可能にするかもしれません。

井上:

大きな組織で隠れていた問題に光を当てるわけですね。

その一方で、日本人が通貨システムの抜本的な変化を受け入れる準備ができているかについては、やや慎重な印象をもっています。

アリ:

ただ、好むと好まざるとにかかわらず、いずれは受容せざるを得ないところもあると感じます。

中央銀行がデジタル通貨の発行に至るには2つの道筋があります。

一つは民間が主導するケースです。民間によるデジタル通貨のプロジェクトが軌道に乗って利用しやすくなれば、中央銀行も自ら発行することを考えざるを得ません。これは銀行券の歴史と似ています。英国では、かつてはさまざまな民間銀行が銀行券を発行していたのを国家が統一し、今では国がお金を発行しています。

もう一つは、海外の変化に対応するケースです。現在、多くの国でデジタル通貨の実験や取り組みが行われています。もしある国、特に大国が発行に踏み切ると決めたら、多くの国が追随するのではないかと思います。

井上:

後者の道筋では、自国通貨の国際的なプレゼンスも考慮すべき要因になりそうです。

アリ:

中国では中央銀行がデジタル通貨の発行を議論していて、実際にデジタル通貨を発行するのは時間の問題だと思っています。中国は、自国の通貨が国際的に準備通貨としての地位を高めれば、メリットが大きいと考えているのだと思います。

井上:

そうした場合に米国はどう対応するのでしょうか。

アリ:

大国では、純粋な経済学を越えた戦略的な要素が働くと思います。また、米中以外の先進国も、自分より大きな国が採用したときにどうするか考えておかないといけないでしょう。隣国がデジタル通貨を持てば、自国内でも「使いやすいから」といった理由で隣国の通貨を用いる人が出てくるリスクが存在します。

井上:

いわゆる「ダラライゼーション(米ドル化)」のデジタル版ですね。大きな隣国である中国で取り組みが進むだけに、日本も十分準備して対応を考えておく必要がありそうですね。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

 

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